手技療法の寺子屋

手技療法の体系化を夢みる、くつぬぎ手技治療院院長のブログ

テクニックを自分のものにするための工夫 その3

2011-02-26 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
前回からのつづき。


モビライゼーションのNAGSを、私が自分で行いやすいようにアレンジすると、体幹寄りの筋肉がより多く参加できるので、安定した力を発揮できるという長所がある半面、モデルの頭部の安定性が弱くなるという欠点を生んでしまいました。



その欠点とは、押圧を加えたときに頸椎の前彎が増加しやすくなる、つまり、頸椎が伸展してしまうために、目標となる治療面の方向に沿った刺激を加えるのが難しくなるということでした。



それを克服するための工夫は何か!!


聞いてしまえば何ということはありません。





それは、はじめにモデルの額をセラピストの肩口や胸元に当てるとき、予めモデルの頸椎を屈曲させた状態で当てるということです。






ただし、このとき注意が必要です。


それは、顎(オトガイ)が突き出た状態で頭を前に倒してくると、頸椎は伸展してまま前傾しているだけになっています。


これでは意味がありません。





ですから、患者さんには「あごを引いた状態で、私の肩におでこをつけてください」と口頭で指示しながら、誘導するようにします。


こうすると頸椎は屈曲し、前彎を減少させた状態で安定して固定することができます


これならアレンジのポジションで治療面に力を加えても、頸椎が伸展しにくくなるために上手くいきますよ。





外から見る限りでは、その違いは少なく見えるかもしれません。


こちらが、頸椎が伸展している望ましくない状態で、



こちらが、頸椎が屈曲して前彎が減少している、テクニック実施に適した状態です。



角度を変えて、こちらが頸椎伸展位、


こちらが頸椎屈曲位です。


2つならべて比較するとわかるのですが、一方だけ見せられると、とくにはじめのうちはわかりにくいかもしれません。





このように、セットアップの段階で固定力を強めるような操作を加え、刺激を加える屈曲の角度も決めておくようにするわけです。


聞いてしまえば何ということはないのですが、そのような小さな工夫の積み重ねが、大きな違いを生んでいくのです。





いかがでしたでしょうか。


「なるほど」と思えるものだったでしょうか。


それとも「もっと良い方法があるよ」と感じられたでしょうか。





ご注意いただきたいのが、私はお伝えしたいのは、テキストの方法よりもアレンジのほうが優れているなどということではありません。


治療の目標を達するために、型が意味しているところを汲み取ることが大切であって、型にはまってはいけない、ということです。


この場合の治療の目標は、テキストで述べられているように「治療面の方向に確実に滑らせること」です。





型や手順は目標に向けての、矢印のようなものです。


矢印は目標への方向やルートを示してくれているので便利ですが、矢印は目標そのものではありません。


目標にたどりつくために、多少わき道に反れたり、矢印の示すルートから外れて回り道をしなければならないときもあります。


私の行ったアレンジも、目標にたどりつくために少し違うルート、手段を使ったというだけです。


さまざまな体格のセラピストが、さまざまな体格の患者さんを手技療法によって治療するためには、このような工夫が求められるわけです。





ちょっと脱線しますね。


今回はテキストで紹介されているとおりのかたちで行いましたが、この内容だけがすべてではなく、きっともっとたくさんのポイントがあるはずです。


伝える側にとっては、テクニックのコツやパターンはたくさんあっても、それを説明する量を増やせば煩雑になって、はじめて学ぶ方にとって敷居が高くなってしまいます。


かといって平易にしすぎれば、テクニックの習得には不十分になります。


「ボールを投げて」と指示すれば、誰でも投げることができますが、より遠く、より早く、より正確に投げるとなったら、さまざまな技術を身につけ、果てのない工夫を重ねなければなりません。


それと同じことですね。


伝える側は、技術を文章で表現するとき、「詳しく」と「かんたんに」の間で揺れ動き、足したり削ったりして一文を作るだけでも悩むことがあります。


私もASTRの解説を行うときには、必要にして十分ということの難しさを思い知りました。


伝えるということは、本当に難しいことだと思います。





話を戻して、このシリーズではテクニックのアレンジについてお話ししてきたのですが、一方で「つくった先生のかたちをきちんと守らないといけないのでは」という意見もあると思います。


次回はそのような、テクニックについての考え方のお話です。



テクニックを自分のものにするための工夫 その2

2011-02-19 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
前回は、「マリガンのマニュアルセラピー(協同医書出版)」で紹介されている、頚椎のNAGS(Natural Apophyseal Glides = 椎間関節自然滑走法)を、テキストのかたちと、私がアレンジしたかたちで、何が異なっているか考えていただきました。





いかがでしたか?





まず、私がテキスト通りのかたちでモビライゼーションを行ったとき、どのようなところに違和感を持ったのか、ということからお話しします。


テキストでは、モデルの頭部を安定させるため、右側の前腕も顔面に触れて、頭部を包むように保持しています(前回示した手順の「2」に当たります)。



このように前腕まで触れて頭部を支えようとすると、私の場合、左肩が前に出て半身の状態になります。





問題は、ここから左手の母指球外側縁を右手の小指に重ね、モビライゼーションを加えるときです。


左肩が前に出た状態で、関節面に沿った方向に押圧を加えようとすると、肘を曲げる力を利用することになります。


おもに上腕二頭筋ですね。わずかに三角筋や大胸筋も参加するかもしれませんが、これらの筋があまり強く働きすぎると、関節面の方向から反れてしまいます。


ところが私は男にしては非力なほうなので、このような腕だけの力を用いた方法ではすぐに疲れてしまいます。


それだけでなく、治療面に対し同じ軌道で反復刺激を加えることは難しくなると共に、疲労感を感じると、関節が動きを取り戻しているかというモニターの感度も落ちてしまいます。





そこでアレンジとして、無理なく安定して力を発揮できるよう、より多くの部位がモビライゼーションを加える動きに参加できるよう工夫していきます。





あれこれ試した結果、身体を正面に向けモデルと正対するようにし、脇を開いて肘を張ることで、自分の上肢を安定させるようにしました。



この状態でモビライゼーションをかけると、左肘と左肩を引く動きを利用できます。


左肘と肩を引くとは、肘を曲げると共に、肩甲上腕関節を水平外転し、肩甲骨を内転するということです。


この動きに参加するのは、肘を曲げる上腕二頭筋の他、肩甲上腕関節を水平外転させる三角筋後部線維・広背筋、肩甲骨を内転する菱形筋・僧帽筋など、胸郭から体幹の強力な筋肉が参加することになります。


これだけの筋を使うことができれば、私も楽々と同じ軌道で反復刺激を加えられ、関節のモニターを続けることができます。


この手技療法の寺子屋ブログでも、何度かお話してきました「小さな操作は大きな動作で行う」ということですね。





ところが、このアレンジをすることで、右前腕がモデルの顔から離れて頭部の支えが甘くなり、安定性が弱くなるという欠点を生んでしまいます。


安定性が弱くなると、とくに押圧を加えたとき、頸椎の前彎が増加して、目標の治療面の方向に沿った刺激を加えることが難しくなります。



そのためさらに工夫が必要になります。


一体どのような工夫だと思いますか?


どうぞ考えてみてください。


続きは次回に。


テクニックを自分のものにするための工夫 その1

2011-02-12 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法のテクニックを考案した人は、それをより多くの方が習得しやすいように、「型」や「手順」を決めて整理していきます。


そのなかにテクニックの持つ基本や、特徴的な技法を織り込むわけですね。


それがテキストやセミナーを通して伝えられるわけですが、必ずしもその型や手順が、みなさんひとりひとりに合っているとは限りません。


体格差などの条件によって変えていく必要があります。


ASTRでも、それはもちろん同じですよ。


今回は、私がどのように工夫してアレンジしているのか、そのプロセスを少し紹介したいと思います。





取り上げるのは「マリガンのマニュアルセラピー(協同医書出版)」で紹介されている、頚椎のNAGS(Natural Apophyseal Glides = 椎間関節自然滑走法)です。


NAGSは、椎間関節を穏やかに滑走させる関節モビライゼーションの仲間です。


メイトランドの分類なら、関節のあそびを回復させるグレードⅠのモビライゼーションになるといえます。





テキストに紹介されている、このテクニックの手順は、


1.セラピストはイスに座っているモデルに向き合って立ち、モデルの額をセラピストの利き腕側(この場合、下の写真に合わせて右側とします)の肩口に当てる。


2.セラピストの右手の小指をモデルの機能障害を起こしている頸椎の棘突起に当て、ほかの手指は後頭部を保持する。右腕の前腕は、モデルの頬を横切るように当て、頭部を安定するように支える。


テキストの写真を引用しますと、このようなかたちです。



3.左手の母指球外側縁を、右手の小指に下方から沿わせるように当て、ほかの手指は上背部に触れて支える。


4.右手の小指はリラックスさせたまま、左手の母指を前上方、モデルの眼球方向にむけて、関節を滑らせるように押圧を加えモビライゼーションを行う。


他にも、足を開いて右に重心をおくことで頚椎に軽い牽引をかける、右腕の操作で屈曲の程度をコントロールするなど、のポイントがアドバイスされています。





この手順に沿って練習するわけですが、はじめのうちは流れを覚えるのに手一杯でしょう


それが、繰り返し練習してくると身体が覚えてきて、徐々にスムーズに行えるようになります。


しかし、型通り練習を繰り返しても、何か自分に馴染まない、窮屈でしかたがないということが起こってきます。

そう感じたら、工夫のしどきです。





私の場合、左手の母指側でモビライゼーションを行うとき、何か違和感を持っていました。


そこで、自分なりの工夫して、しっくりくるかたちにアレンジしたものが以下の写真になります。


テキストの写真とは、明らかに異なるところがあると思います。





みなさんに想像して考えていただきたいのは、次の2つです。


・私がテキスト通りのかたちでモビライゼーションを行ったとき、どのようなところに違和感を持ったのか。


・私がアレンジしたかたちでは、何が変化したのか(良い点と悪い点)。





すぐにわからなくても結構です。

この目的は、あれこれ考えて工夫することを覚えていただくこと。

そして、動きやかたちから、何をしようとしているのか見抜く練習、言い換えると、『技を盗む練習』です。



意識して考え続けることで、見えるようになってきます。


答えは次回お話しますね。

ひとりでできる!!腰椎の可動性検査 その5

2011-02-05 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
シリーズ最後は、腰椎の回旋です。



回旋ということは身体をひねればよいということになるのですが、側屈同様にこの場合も脊柱起立筋が緊張するので意外と難しいです。


腰椎の回旋を感じ取りやすいように動かす、というのはけっこう大変で、私も苦戦しました。


あれこれ試した結果、いちばんよかった方法をご紹介します。





右回旋を調べようとする場合、まず、右足をイスにのせます。



写真では伸びていますが、左脚の膝はムリしてピンと伸ばさなくてもかまいません。軽く曲げておくくらいがよいでしょう。
(ベッドが高いので、脚の短い私は伸びあがってしまいました)


左手で棘間部にコンタクトします。


そのまま、右肩を後ろに引くように胸郭を回旋させると、力が腰部に伝わって腰椎が回旋しはじめるのでその動きを感じます。

(ほとんど動いていませんが、引いているつもりです)





ずいぶん大げさな動きですが、まず、左膝を軽く曲げ、イスに右足を乗せることで骨盤は少し後傾して、腰椎も屈曲位をとるために、棘間部が開いてコンタクトしやすくなります。


体幹を屈曲させると脊柱起立筋は緊張しますが、骨盤を後傾させると、さほど緊張しないというのも大切なポイントですね。


この状態から、右肩を後ろに引くと腸肋筋など体幹の右半分の筋の働きによって回旋力が生まれます。


すると、コンタクトは左側から加えているために、筋の収縮にさほど邪魔されず、回旋の動きを感じることができるというわけです。


いかがでしょう。感じ取ることができたでしょうか?





ここでも、勢いよく動かすのではなく、ゆっくり動かしてくださいね。


あせって早く動かすと、余計にわかりにくいかもしれません。





戻す時も、注意して感じ取るようにしてください。


「回旋を加えたときはよくわからないけれど、戻すときのほうがわかる気がする」という方もいらっしゃいます。





左回旋は、手足や動きを反対にすればよいだけです。


慣れてきたら、上下の二分節にわたってコンタクトし、回旋力がどのように伝わっていくのかを感じ取る練習をするのもよいでしょう。





ところで、腰椎の回旋と聞いて「んっ?」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。


腰椎は回旋しないという考え方もあるからです。


腰椎は上下の椎間関節面が矢状面上で互いに向き合っています。


ちょうど「前へならえ」をしたとき、左右の手のひらは互いに向き合っていますが、これが椎間関節面の向きになります。


回旋を加えると関節面にぶつかって止まるわけです。


実際には、ほとんど着くかどうかという距離しか離れていないため、回旋の範囲は2度程度とされています。





このわずかな範囲のために、いろいろ議論はあるかもしれません。


そういえば私が学生の頃は、「仙腸関節は動く」「いやっ、不動関節なのだから動かない!!」という議論がまだありました。


結局は年齢によって異なるものの、壮年期くらいまでならわずかに動く(3ミリ程度)ということで大勢は落ち着いているようですが、何を持って動くとするか、見方の違いによってさまざまな意見が出るのでしょう。





ここで大切にしてほしいのは、私たちの手で確認できることは、必ず手で確認するということです。


手技療法を用いる上では、判断するとき理屈だけではなく、手で触れて確認した情報も加えるようにしてください。


触れた情報を自分で信頼できるようになるまで、徹底的に手の感覚をトレーニングしてください。






ただ今回の練習について補足しておかなければならないのは、椎骨は自動運動の際に単独で純粋な回旋は起こさず、側屈と連動するということです。


これをカップルムーブメントと呼んでいますが、この側屈と回旋の左右の組み合わせについても(とくに下部腰椎で)意見が分かれます。


左に側屈したとき、同時に左へ回旋するのか、右へ回旋するのかということです。


関節面の形状は個人差がありますし、周囲の軟部組織の状態による影響を受けるので、はっきりと一般化させるのは難しいことなのかもしれません。




このあたりは研究をされている方にお任せするとしても、とにかくまず私たちがわからないといけないのは、その分節の動きがあるのかないのかということ。


動いているなら、それはどのような感触なのか。


動いていない感触なら、それはどの方向なのか。


これがわからないと仕事ができません。


その感覚をこのブログでご紹介している、いろいろな練習法を通して養って欲しいと思っています。


今回の方法では便宜上、体幹の動きから回旋と表現していますが、実際には側屈運動も合わせて触知しているのだというこを、頭の片すみに置いてトレーニングしてください。





5回にわたって、分節的な腰椎の屈曲・伸展・側屈・回旋の動きを触診するための練習法を紹介してきました。


動きがわかればどのような方法でも構わないので、ご紹介した方法がベストだというのではありません。


このシリーズを通して私がお伝えしたかったことは、わかったとしても、さらにわかりやすくするために、何かできることはないかと試行錯誤するのが大切だということです。


そのプロセスがトレーニングになって、手技療法のテクニックを患者さんひとりひとりに合わせて調整できる力となっていきます。



こちらのメッセージも合わせて、心に留めておいて欲しいと思います。