医療や健康についての情報は、本当かどうかはっきりしないものも少なくありません。
例えば、きちんと手順を踏んだ研究ですら、あるストレッチについて有効だったとする結果もあれば、そうでなかったとする研究もあります。
前回の最後に触れた「テニスボールでほぐすと組織が硬くなる」という話ならなおさらそう。
このような、本当かどうかわからないことについて、どのように考え対応すればよいのでしょうか。
個人的には、臨床でテニスボールを使い始めた10年前からを振り返っても、組織が硬くなったということは自分自身を含めて思い当たるところがありません。
ですから何とも言えないところではあります。
まずは何とも言えないものは、何とも言えないと認めるところからスタートするようにしましょう。
その上で考えてみると、可能性として硬くなることは起こり得ると思います。
それは「ペンだこ」みたいなものといえるでしょう。
私たちが子どものころ、鉛筆の使い方を習い始めてしばらくすると、中指にある爪の下の横側(DIP関節橈側)などが痛くなってきたということはなかったでしょうか。
字を練習しているうちに、何度も鉛筆が当たるためです。
腫れて熱を持ち、軽く炎症を起こすこともあったのではないかと思います。
多少当たると痛くても、勉強があるので使わないといけません。
やがてそこは膨らんで硬くなっていきます。
繰り返し刺激されることで、過酷な状況に耐えられるよう身体が線維を増殖させて「たこ(胼胝)」を作るわけです。
「たこ」ができることで丈夫になって刺激には強くなるものの、その裏返しとして組織が硬くなってしまい、運動性に制限が出るようになります。
ペンだこくらいなら大した影響はないでしょうが
神輿を担ぐお祭り好きの人の肩にできる「神輿だこ」も同じようなもの。
http://yybatabata.blog108.fc2.com/blog-entry-790.htmlより
「たこ」は「ペンだこ」のように軽い力が長期間かかり続けて起こる場合もあれば、「神輿だこ」のように短期間でも強い力がかかりつづけることでできる場合もあります。
場合によっては、色素が沈着して変色することもあります。
尾骨が後ろへ飛び出ている人のなかには、硬いところに腰を丸めて座ると尾骨が床に当たるので、尾骨の周囲が黒ずんでいる方もいます。
現代の生活では少ないかもしれませんが、硬い床に正座をくり返すことで足首の前側に黒ずんだ「たこ」ができている人もいました。
これらは身体の適応的な反応でもあるわけですから、同じところを繰り返し刺激が加わると、同様のことは起きる可能性があるでしょう。
テニスボールや他のツールを使ってもそれは同じ。
とはいえ、ご紹介したのは極端な例であって、テニスボールのように表面に弾力性があって柔らかいものは、鉛筆や神輿のように硬いものと比べて組織は硬くなりにくいとは思います。
もし異常を起こすとしても、先ほどお話ししましたように、硬くなる前に生体の反応として炎症を起こして過敏になる段階があります。
わずかながらも熱を持ってヒリヒリしたり、押さえるとケガをしたところを触っているような感触を持つはず。
そのような反応が出たとしたら、いったん休止して方法を変えましょう。
そうすることで、組織が固まることを未然に防ぐことが出来ると考えます。
炎症を起こしたら刺激しないというのは常識といえば常識なのですが、それをウッカリやってしまうのが人間というもの。
特に、内出血しやすいなど組織そのものが弱い方、感覚が鈍いかもと自覚されている方、何かやり始めたら根をつめて徹底的にやってしまう方というのは注意されるとよいかもしれません。
続いて、テニスボールマッサージの刺激の加え方について。
比較的浅く表面的な部位に行う場合は、軽く体重を乗せたままコロコロ動かしてもよいでしょう。
皮下の循環を直接的に促す目的もあるからです。
しかし、深い筋肉に対して刺激を加えようとする場合は、圧をかけたらそのまま持続させ、あまりゴリゴリ動かさないほうがよいと考えます。
なぜならゴリゴリ動かすと、深く刺激される感覚があるようで実は表面に散ってしまい、思ったほど深部に届かない印象を私は持つからです。
もうひとつは、強い圧を加えたままゴリゴリ動かすと、やり方によっては組織に対してすりつぶすような刺激が入る可能性があり、それがダメージを与え、結果的に硬くなってしまうリスクを高めることになるかもしれません。
全身状態の悪い方に起こる「床ずれ」は、圧迫力と、横方向にずれる剪断力の組み合わせによって生じるとされます。
もっとも床ずれは、ふつうの状態なら起きませんから神経質になる必要なんてありません。
しかし念のため、一般の方が深部に圧を届かせる場合は、20~30秒程度じっくり浸透させるように圧を持続させるとよいでしょう。
ちなみに指圧が治療効果を出しているのは、一定の持続圧によってであるという意見もあります。
持続的な圧迫によって痛みの感覚を抑えたり、反射的な作用によって周囲の血流を改善し、筋の緊張を低下させる効果もあるとされています。
また、トリガーポイント療法でも虚血性圧迫という方法があります。
それは20秒~1分間、持続的に圧迫を加えることで、組織の血流を一時的に低下させることによって血管を拡張させ、圧を緩めたときに抹消まで血液を送り込み、代謝を促すというものです(ややこしくなるので、あえてトリガーポイントの不活化には触れないようにします)。
持続圧も役立つ手段のひとつなのですね。
余談ですが、骨格筋の多くは30分から1時間程度なら血流が止まっても壊死することは通常ないとされています。
ですから手足の動脈を切って大きな出血をした時は、病院に運ばれるまで縛って血流を止めておく(長引くようなら一時的に緩めながら)という方法がとられます。
このことから一分程度、血流が止まるくらいなら問題ないことが多いと考えます。
ところで、コリなどの機能障害によって慢性的に血流不足になると、壊死に至らなくても組織の機能が低下して異常を起こすことになります。
私たちもお腹がすいたからといって、すぐ死ぬわけではないけど、頭が回らなくなったり効率的に動けなくなったりして、よい仕事ができなくなります。
それが細胞や組織レベルで起こると筋の活動や、情報の伝達や分泌など、それぞれの組織が持つ働きが鈍くなって機能を発揮できず結果的に症状をもたらしてしまう。
その状況を改善するために、コリをほぐすわけですね。
以上、まとまりのない話になりましたが、ここからが大切なところ。
今回ご紹介したお話は、テニスボールマッサージ自体の反応を調べて、根拠を示したわけではありません。
私のような個人の開業レベルで、組織に起こる変化を示すことは難しいでしょう。
ですからそれに近いこと、似ていることですでに明らかになっているもの。
あるいは今現在で、一定の同意を得られている知識と結び付け、それを基に予想するという「類推」を行いました。
明確な根拠を示すことができればそれがベスト。
けれども、根拠が示されなければ使わないということだったら患者さんは困ります。
私たちの仕事は目の前の患者さんの苦痛を、どうすれば早くやわらげることができるかを考え実践することですから。
根拠が明らかになるまで待っていられません。
根拠がハッキリしないものでも、運動機能障害に対するアプローチで経験的に有効であることがわかっているものはたくさんあります。
役に立つならとにかく使うという選択をしなければならないケースは、現場ならいくらでもあるでしょう。
だからといって、やみ雲に使うのではありません。
まずは適応と禁忌を判断すること。
運動機能障害であり適応と判断したなら、テニスボールなど用いようとする方法の効果を、他で明らかになっていることから類推して、可能な限り確からしさを高める、
同時にリスクも予想することも大切です。
そのために、肯定的な意見と否定的な意見の両方を吟味して検討しなければならないでしょう。
今回の「床ずれ」や「ぺんだこ」のような極端な例をあげて考えると、分かりやすいかもしれません。
検討したうえで危険性と効果を比較して、効果のほうが大きいと判断したなら実施する。
リスク・ベネフィットの判断ですね。
現場レベルではこのような対応が現実的かと私は考えています。
こうしてまずは仮住まいのようなものを作っていき、この条件で有効という結果がまとまって来たら、研究する能力を持った仲間達の手でエビデンスを構築していく。
このような流れがあればいいなあと思っています。
今回もひとつの考えとして参考にしていただければ幸いです。
次回は「どこに行っても治らなかった痛みが劇的に良くなった!!」という表現について。
これもまた、よくあるお話ですね。