さっぽろ物理塾です

ここは私の五感と第六勘の場所です。
過去現在未来の時空を行き来するでしょう。
希望を込めての日記・エッセイです。

さっぽろ物理塾  時間と空間のもともとは?

2012-04-15 10:55:00 | 日記・エッセイ・コラム

50坪ほどのわが邸宅の残雪庭に、クロッカスと福寿草とすみれなどなどの芽が息吹出してきました。牡丹の芽も勢いづいてきました。

日経サイエンス5月号に 「時空は粒々か? ホログラフィック宇宙を検証する」の論文が目について購入しました。読んで、かつての湯川時空論に現実が追いついてきたかと感じました。アメリカの筆者には、湯川時空論の認識があるかどうかわかりません。

1970年代、日本物理学会主催で毎年、夏の学校(のちの物理サマースクール)がありました。日仏会館で、冷房が利いていて快適でした。私は当時は函館東高校に在職していて、隔年で数回出席しました。もちろん自費でした。

1974年だったか、湯川秀樹先生の講義がありました。「物質と時空」でした。講義が始まると、例のとおり思考に入り、つぶやきになりました。現在の13型ノートPC程の大きさのテープレコーダーで録音しましたが、いまでもよく聞き取れません。

主旨は、時間や空間はそのもともとがあるのではないか。それを時間の素領域、空間の素領域と言えるのではないか、というものです。私は、とても興奮したことを覚えています。インド哲学と禅の思想を感じました。100名ほどの聴講者はどう感じたかほとんど無反応にみえました。

以来、私は時空のことをこれまで以上に深く意識するようになりました。ギリシャ思想の延長線上にある欧米の影響が強い当時の名だたる物理学者は聞き流したか、無視したと感じました。そして約40年、アメリカでよみがえったのでしょうか。湯川時空論の記述がないので、独自なのでしょう。

私には、事例の少ない思索的発想が、他の独自の現実的発展からの検証実験が追認実験になりそうに思えます。デジタル意識が時空のデジタル発想に至ったと思えます。

そこでまた思います。さて、そしてそのあとはどんな展開になるのかな、と。

物理学は、どんな哲学や思想の先を行きます。まれに、哲学や思想が物理学の先を行くことある、と考えています。

http://www4.ocn.ne.jp/~b-juku/     さっぽろ物理塾  もどうぞ

   


最新の画像もっと見る

コメントを投稿