さっぽろ物理塾です

ここは私の五感と第六勘の場所です。
過去現在未来の時空を行き来するでしょう。
希望を込めての日記・エッセイです。

この夏の星を見る

2023-10-15 12:50:58 | 本と雑誌

クラシック喫茶ウイーンが・・

 札幌狸小路7丁目 「ウイーン」が閉店していました。何とも 残念  とても残念今月(2月)半ばの午後、「ウイーン」に行きました。進路が決まった高3の孫を伴って、私の心のオ......

 7月に、セニアカーで、イトーヨーカドー屯田店内のe-hon書店に行
きました。なぜかすぐ目についた本がありました。
「この夏に星を見る」辻村深月著、角川書店でした。
 翁はこの本をパラパラめくって、そして迷うことなく手に取りました。
購入しました。出版間もない本でした。
 家に戻って、丁寧に読むうちに、翁は、少年時代にタイムスリップの
思いになりました。

 中学高校を卒業し、当時の学芸大学岩見沢分校・札幌分校を卒業しま
した。新任から8年間を浦幌高校物理教員で過ごした時代が重なりまし
た。物理地学準備室には天体望遠鏡がありました。新米教員は、万代教
頭に「天体望遠鏡を、夜に持ち出して、星を見ても良いでしょうか」と
聞きました。教頭は「良いのです。準備室にある物は先生の管理の下で、
自由に使ってよいのです」と。僕は学校にある物品管理のことなど、高
等学校に関する法律・規則のこと無知でした。先輩の先生たちに、ずい
ぶん教えていただいたものです。
 浦幌町で生活するうちに、夜がとても暗いことでした。街灯があちら
こちら灯もっているのに、月が出ているときにも、銀河が見えました。
その頃、僕の視力は 2,0 でした。新月には、夜空が星々で満ちていま
した。普通科新設2年目です、放送局が出来て顧問に、3年目。物理部が
出来て顧問になりました。生徒の中には放送局と物理部の両方に入る、が
何人もいました。僕との付き合いで、使い分けていたのでしょう。
 低学年の地学、3年目からの物理の授業で、星や宇宙に渡る話を折々に
します。毎年、物理部は10名ほどになりました。
 そのうちに数名の生徒から「先生、こんどの土曜日の夜、天体望遠鏡で
星を見たい」と申し出があります。土曜日の15時を過ぎると、リアカー
に天体望遠鏡とテントや食料・防虫剤、懐中電灯それに重ね着を積んで、
学校の裏山である東山に上ります。途中から奥の道に入り、しばらく進む
と、少し広い場所に着きます。すべてセットして、おにぎり夕食を取ります。
少しの時間休んで、暗くなるのを待ちます。
 夕焼けが終わり、いよいよ暗くなり始めると、全天に星空が一斉に現れるの
です。音もなく、ゆっくりと。まさに壮大。
 西空に金星が浮かび上がるように見え、だんだん青みがかった金色に光って
いる。
 さらに、暗くなると、地平には、星が見えない暗い部分が山々の稜線。
 手を広げてかざすと、手のひらの形が黒く、手のひらの形の外は星でいっぱい。
 周りの景色も真っ暗闇、人の顔も見えない。声だけが聞こえる。真っ暗闇。
 一等星と二等星の区別がつかない、明るい星々が実に沢山、天空に満ちている。
 数えると、6千個以上あるように思えるほどの、まばゆい星々。
 今夜の見える星座を探す。毎年、12星座を天空に見出す生徒がいます。
 僕はこうしてすばる、カシオペア、ハクチョウなどの星座を生徒から教えても
らいました。ギリシャ神話を読むのが好きな僕であるのに、好奇心で店頭で天文誌
を開いて、あるいは大学での講義で星の名や星座をいくつか知ってはいたが、実際
には生徒たちから天空にその場所を教えてもらいました。
 なぜこれまで誰からも、天空を指さして星や星座を示してくれる人に巡り合えな
かったのだろう、と思ったものです。

 火星、木星、土星が見える時節は、楽しみです。
秋には、すばるは幾つ見えるか、みんなで数えました。僕は10個までは、目を凝
らして、数えることができました。12個数えることが出来るせいともいました。

 こうして、毎年、天空を楽しんでいました。この生徒の中からは、教育大釧路分
校理科地学を卒業して、一人は北海道内の高校で理科地学教員になり、理科年表に
天体写真を掲載されたこともありました。一人は千葉県内の中学校で理科の教員に
なり、東京科学博物館に出入りして、スタッフと懇意になったり、天文誌に天体写
真を掲載されたこともありました。
 僕は我がことのように嬉しかった思い出です。
他の生徒たち、日立など企業に、半導体研究者、浦幌町博物館長など地域の主だっ
た仕事をしていました。もうその頃の諸君はみな70歳を超えました。
 「この夏の星を見る」を読み終えて、作中の高校生たちに幸いあれと応援したい
感動を覚えました。


白内障を手術しました

2023-10-11 16:14:34 | 理科実験

クラシック喫茶ウイーンが・・

 札幌狸小路7丁目 「ウイーン」が閉店していました。何とも 残念  とても残念今月(2月)半ばの午後、「ウイーン」に行きました。進路が決まった高3の孫を伴って、私の心のオ......

8月に、大塚眼科病院で白内障の手術を二週に渡って、受けました。
まず、右眼を、次いで翌週に左眼を、一泊二日の入院での手術でした。
右眼の手術をして、翌日、眼帯を外しました。右眼で見える景色、薄いブルー
で光いっぱいに見えます。左眼での今まで見える世界は、薄いセピア色です。
 億週、左眼の手術を受けました。で翌日、眼帯を外しました。世界が薄い
ブーに光り輝いて見えます。
 考えみました。なんで、これまでの世界が薄いセピア色に見えていたのか、を。それは、可視光のうちの波長が短い青系光は、レンズである水晶体が濁っているので、その濁りの物質に当たると吸収されて、眼球に入るのが減少する。そのため、赤系光が強調されてセピア色に見える。
透明なレンズを入れると濁りが無くなる。すべての可視光が眼球に入る。
これまで、網膜に結ぶ像を通常の世界の像と脳が認識していた。
それが、青系光が増えた像が網膜に結ぶ。脳は青系が増えた像と認識する。
世界が薄いブルーでまばゆく見える、と。
小さな文字が見えます。手術後、感染症対策で眼薬を長く続けています。
そのためもあって、まだ文字が少しぼやけて見えます。日に日に、小さい文字の文章が読みやすくなって、嬉しいです。
これまでの眼鏡が沢山あります。メガネの必要がない生活です。
外出は初めて購入した、セピア色のサングラスを用いています。
まぶしい、と脳が認識してるのでしょう。



凄い時代になりそう

2023-02-25 10:32:30 | 日記・エッセイ・コラム

21世紀に入った頃、科学も技術も凄いことになりそう、と予感がしました。
キャパシティ(個体電池)が新素材で軽く荷電・大容量でかつ持続性がある、が実現しそう。常温超電導素材も完成の域に。耐熱新素材も超の時代に。
これらの開発技術が進むと、①核融合発電の実用が進む ②飛行機は空気を
イオン化して推進のプラズマジェットエンジン技術がさらに進展する。③自動車は②の技術から陸上も空も運行する。化石燃料も植物油も使わない時代が確実に近づいてます。恐らく僕の孫の時代あるいはひ孫の時代には普通になる。
2018年頃のnature誌に空気イオンん化推進エンジン飛行機の実験論文を読んで、実用化は新素材の開発が次々と進展しつつありますから、そう感じました。宇宙での推進ロケットは、核分裂・核融合ロケット技術が進展しつつあることも知りました。日本人も少なからず日本はもちろんヨーロッパやアメリカで研究している様子です。未だに、前世紀までの領土を欲しがる独裁者が、猛威を振るう世界に住んでいます。とても迷惑です。




炭素Cをダイアモンドにする、妄想

2023-02-12 14:15:56 | 理科実験

クラシック喫茶ウイーンが・・

 札幌狸小路7丁目 「ウイーン」が閉店していました。何とも 残念  とても残念今月(2月)半ばの午後、「ウイーン」に行きました。進路が決まった高3の孫を伴って、私の心のオ......

もう10年以上も前の話です。日本エステティック専門学校の仕事をしていました。1990年代後半は、ある協会の全国理事も務めていました。応用化学研究の人たちとのインフォーマルミーティングの機会が何度かありました。
 地球温暖化の話もしました。僕、木炭や大気中CO2は高圧・高温中での反応でダイヤモンドに結晶化できる時代はあり得ないとは思わない。分子・原子の量子論が進展して常温での結晶化ができないものだろうか、と。妄想です。
 すると、ある人が言いました。実は、可能性があって、研究室で取り組んだことがある。しかし、注意を受けた。もし、ダイヤモンドを作ったら、君は東京湾に浮かぶだろうよ、と。世の中は複雑、怖いことを知りました、と。
 函館では、温泉からの熱を利用して、冷蔵庫の原理で熱交換して、発生した炭酸ガスCO2からドライアイスを製造しているので、いつの日かダイヤモンドもできるかな、と思い続けていました。
 ダイヤモンドは、いずれは半導体基板になるであしょう。AIは将来、光は電子に代わり半導体を駆け巡るであしょう。化石燃料から出た大気中のCO”はダイヤモンドになって、AIは完成するであろう、と妄想しています。


こんなこともありました

2022-11-11 13:09:05 | 社会・経済
令和4年10月12日、北海道新聞です。何がしかの役に立つかと。