さっぽろ物理塾です

ここは私の五感と第六勘の場所です。
過去現在未来の時空を行き来するでしょう。
希望を込めての日記・エッセイです。

原子核融合炉のこと

2018-03-19 09:43:26 | 日記・エッセイ・コラム

最近のNatureに記事があった。原子核融合発電を15年規模で実現を目指している、と。

私は、電気総合誌OHM 12月号での特集「核融合研究開発」をじっくり読んで感ずると
ころがあったので、やっぱりと思った。この記事を読んで、進捗が遅いなと感じた。

時系列をさかのぼると、関東大震災・福島第1原子力発電事故後にTV報道での益川博士が
「核融合発電を」という主旨の話しをしていた。1960年頃には北大物理 田中一教授
(北海道平和委員会でもあった)が、北海道新聞コラムで原子力発電(原子核分裂発電)
からいずれは原子核融合発電に進むであろうと述べていた。
最も最初には、インドの物理学者(飛行機事故で死亡)が核融合発電の可能性を述べていた。

私は、高校生の頃(1,950年代後半)から興味を持っていた。プラズマのことが問題なの
であろう、と思った。量子論のことと思った。難しい分野だ。
高校物理教師になって、毎年教科書の原子では、最後に人類の文明では化石エネルギーから
原子核分裂エネルギーへ、さらに原子核融合エネルギーへと進むであろう。太陽光を太陽電
池に、熱を温度差発電に、風力など力学的エネルギーを電気エネルギーに変換する実用化を
話した。私の使命と考えていた。

人類史上さまざまな分野で、シンギュラリティーに近づきつつあることを感じる。
物理学をはじめ自然科学のほとんどの分野にも人類学にもそう思う。スポーツの記録にもそ
う思う。量子コンピュターの動向にもそう思う。「人工知能」「情報」ということにもそう思う。
芸術・文学・史学などはどうなのだろう。
ましてや政治・経済・国家はどうなのだろう。

この先、これまでの指数関数的な量的変化がどのような質的転化をもたらすのだろう。