経営コンサルタントへの道

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■■【経営コンサルタントのお勧め図書】506 イスラム世界の理解を深める

2020-08-07 11:15:03 | 経営コンサルタントの本棚

■■【経営コンサルタントのお勧め図書】506 イスラム世界の理解を深める

 「経営コンサルタントがどのような本を、どのように読んでいるのかを教えてください」「経営コンサルタントのお勧めの本は?」という声をしばしばお聞きします。

 日本経営士協会の経営士・コンサルタントの先生方が読んでいる書籍を、毎月第4火曜日にご紹介します。

■      今日のおすすめ

 

 『イスラーム 生と死と聖戦』(著者:中田 孝 集英社新書)

■      イスラム法学者の日本における第一人者の存在を知る(はじめに)

 今日の紹介本の著者は、2014年10月に起きた、某大学を休学中の男子学生が戦闘員として「イスラム国」に渡航を企てていた事件に関連して、事情聴取を受けた「元大学教授」です。その著者の世界観を知ることが、P・E・S・T(政治、経済、社会、技術)の一環として、経営者、経営コンサルタントにとって必要なのかと言う疑問の声があることを承知しています。しかしここで敢えて、私は必要だと申し上げたいのです。何故なら、著者は、私たち日本人が理解できていない、あるいは誤解している「イスラムの世界観」を、イスラム法学者・イスラム教徒の立場から説いているからです。

 私達企業経営に係る者が、今後の世界情勢を予測するとき、或はイスラムを対象とするビジネスを考えるとき、皮相的な知識ではなく、メタな(meta=表面的に見えるもの或は一般的情報の裏にある真実、つまり背後にある、決断の根拠に出来る事実情報)知識を知っておく必要があると思うのです。

 加えて、世界でイスラム教信者は約16億人(キリスト教23億人、仏教5億人)です。これだけ多くの人たちの考え方、状況について、無知に近いならば、グローバルな正しい経営判断は出来ないのではないでしょうか。

 この紹介本の巻末に、著者が第一期生として(また、卒業者の中で唯一イスラム教徒になった)所属した東京大学文学部イスラム学科の後輩である池内 恵氏が第三者的立場から、この紹介本を『日本語でイスラム法学にもとづいた世界認識や法・倫理規範を体系的に日本の読者に理解できる言葉で示したと言う意味での本書のオリジナリティーは高い』と解説していますが、私も自らの知識の浅さを痛感させられました。

 本書を読むことで、どの様な評価・判断をするかは読者のそれぞれの価値観によるとして、イスラムの世界観の理解を深める知見を発見できるのではないでしょうか。「イスラムの世界観の理解を深める知見」を幾つか紹介本からご紹介しましょう。

■      イスラムの世界観の理解を深める知見

【イスラム世界のキー・ワード「カリフ」】

 著者は言います。『ムスリムが掲げる規範的概念としての「イスラム世界(ダール・アル=イスラーム、即ちイスラム法が施行される空間)」とは、現在のイスラム圏、イスラム諸国ではない。歴史上存在した「ダール・アル=イスラーム」に最も近いものは、預言者ムハマンド〈マホメッド〉とその後継者が築いた最初のイスラム国家である』と。

 ムハマンド亡き後の、規範的概念としての「イスラム世界(ダール・アル=イスラーム)」に基づく国家とはどの様なものでしょう。著者の言うところによれば、それはシャーリア(イスラム法即ち、「クルアーン〈コーラン=114章からなる、預言者ムハマンドが天使ガブリエルを通じて受けた神の啓示を集めたもの〉」「ハディース〈97巻からなるムハンマドの言行録〉」)に沿った生活圏が、イスラム世界から承認された唯一人の「カリフ(最高指導者=イマームとも呼ばれる)」によって指導・保護されている状態と定義します。

 まず、この「カリフ」を巡っての考えの相違が、スンニ派(80%)とシーア派(20%)の対立を生じさせました。シーア派の思想は、本来あるべき(ムハマンドとの繋がり)カリフ(イマーム)が正当性を持つとの考えです。これに対して多数派のスンニ派は、カリフは政治的指導者であるから、権力を握った人間が正当な指導者と考えます。この二つの宗派の対立はAD656年のムハマンドの後継者争いに遡ります。ムハマンドの未亡人アイーシャ(初代カリフ、アリー・バクルの娘。ムハマンドのいとこのアリーとは血の繋がりが無く反アリー〈ムハマンドのいとこ〉を唱える)を支持するスンニ派と、ムハマンドのいとこで、ムハマンドの娘婿のアリーを支持するシーア派とが交戦し、結果ムハマンドのいとこのアリーが第4代カリフに就任します。シーア派にとっては、このアリーがシーア派初代カリフになります。その後、ムハマンドのいとこのアリーの血を引く、シーア派の12代のカリフ(イマーム)が続きます。しかし、十二代で途絶え、シーア派は、カリフがガイバした(隠れた)とします(AD874)。シーア派は、「ガイバしているカリフが、最後の審判の日に再臨し、イスラムの死生観のとおり、死者がよみがえり、天国に行く者と地獄に行く者とに分けられる」と考えます。

 スンニ派とシーア派のカリフは、第4代のハマンドのいとこのアリーを除いては、共通していないのです。

 更には、規範的概念としての「イスラム世界」に近かったどうかは兎も角、ムハマンドの死後続いてきた「カリフ」制度が、第一次世界大戦の敗戦により、トルコ帝国が滅び、ムスタッファ・ケマルパシャを指導者とするトルコ革命によって、1923年10月にトルコ共和国が誕生し、翌1924年には「カリフ」をイスタンブールから追放。これにより「カリフ」制が途絶え、以降約90年の間カリフ制の空白が続いていました。この空白をついて、アブー・バクル・アル=バクダーディーを「カリフ」とする「イスラム国」が2014年6月出現したと著者は説明します。勿論「イスラム国」の「カリフ」が莫大なムスリムの信任を得られるかについて、著者は悲観的と言います。

 また、トルコ帝国の衰退に伴い、イスラム圏は、西欧諸国の植民地支配にさらされました。第一次世界大戦、第二次世界大戦の後に、現在のイスラム諸国が西欧の植民地支配から独立します。著者は、これを「カリフ」不在の「領域国民国家(西欧的近代国家)」と呼び、規範的概念としての「イスラム世界」とは程遠い状況と言います。

 「カリフ」というキー・ワードに絡めて、イスラム諸国の状況を見てきましたが、NATOにも加盟し、立憲議会制民主主義(三権分立も確立されている)のトルコ共和国から、終身制のイスラム法学者が最高指導者として政治権力の頂点に位置するイスラム法国家のイラン・イスラム共和国まで、まるで、モザイク模様のように複雑なイスラム諸国に、平和が訪れる道筋は、残念ながら簡単には見えてこないというのが私の感想です。 

【「ジハード」の教義が過激行動を生む】

 著者によれば、ジハードとは『イスラム法に従うならば、異教徒の攻撃からの自衛に限定される戦闘行為』『異教徒がイスラム圏に攻め込んできた際に、イスラム社会を守るための防衛、抵抗、反撃する行為であり、カリフの命令がなくても、各人の主体性に任されている行為』と定義します。一方『ダール・アル=イスラーム(イスラム法が施行される空間)を拡大するためのジハードは、ムスリムの権威である「カリフ」の命令が必要となる』と定義します。

 この定義(教義)を読むと、誤った解釈や解釈の拡大により、過激行動やテロ行為が起こる可能性を否定できないのではと思うのです。残念ながら、今後も世界の様々な場所で、過激行動やテロ事件が起こることが予想されます。

■      イスラム諸国の混迷は身近なこと(むすび)

 著者は、『真の「カリフ」制の再興される道筋を考えるのが自身の務め』と結んでいます。それは読み換えれば、現在あるイスラム領域国民国家群が、理想的リーダーのもとで、スンニ派、シーア派、クルド人等、民族・宗派を超えて、融合していくのが良いとも取れるわけで、簡単ではないと読み取れます。その意味では、イスラム諸国の混迷は簡単に収まらないと読まざるを得ないのではないでしょうか。私達企業経営に係る者は、イスラム圏の状況をリスク管理にどの様に織り込むかがポイントになると思います。最早、遠くの世界のことではなく、身近な問題として捉えていく必要があるのではないでしょうか。

【酒井 闊プロフィール】

 10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。

 企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。

  http://www.jmca.or.jp/meibo/pd/2091.htm

  http://sakai-gm.jp/

 

【 注 】

 著者からの原稿をそのまま掲載しています。読者の皆様のご判断で、自己責任で行動してください。

 

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