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京都府北部の旅2 湯の花温泉と福知山、最上稲荷

2021-03-24 | 旅行

3/20 美山町を出て今夜の宿、湯の花温泉を目指します。

場所は嵐山の北西。京都市内から少し離れるだけで、とても静かなお宿でした。

食事は感染予防のためか、席の間が空いていて、私たちは19時半から。それまで温泉に入りました。

あらかじめセットしています。

いろいろおかずあり。いちいち写真に撮ってませんが15品。少しずつなので何とか食べきれました。

シニア割引に何とか割引でリーズナブルでしたが、京風の洗練された料理でした。

夜は早く寝て、夜中過ぎに目が醒めてすることないので文庫本一冊読み切りました。いつものパターンです。旅に本は必携。


朝ごはんは我が家の夕食より立派。

夫は先に部屋に帰りましたが、セルフサービスのコーヒーでくつろぐ私。

温泉。宿のサイトより。

部屋。宿のサイトより。


続いて福知山城へ。昨日の道を少し引き返します。

駐車場横の食事処は、一戸建ての家みたいでおしゃれ。

天守閣手前の太鼓橋から。

夫は天守閣へ。私は鎧やむ刀見るよりこっち。

雛飾り。

糸巻き。

人形。

織り機いろいろ。体験もできます。

このアイデア、頂き~

と言うか、織機に固定している方がいいかな。

綿を平たく伸ばす道具?

座布団が素敵~

製品いろいろ。いいなあ、こんなところで機織りしたい。

手紡ぎのいい糸使っています。

このほかに進物用の米を入れる、この地方独特の米袋、八木袋などの展示もありました。


夫が天守閣から下りてきました。あんたなら走って行けるから、ここで待っているという言葉におだてられて走って天守閣まで行く。

ゼイゼイ。

展示はすっ飛ばして最上階へ。眺め良し。福知山は盆地なんですね。

大江山は雲の彼方に。

平安時代の人にとっては、大江山は鬼の住む異界、そのくらい遠い世界だったのでしょう。

大江山生野の道の遠ければまだ踏みも見ず天橋立。


この後、自損事故でJAFのお世話になり、2時間半ほどの時間ロス。雨も降り始め、テンション下がる。

やがて、フロントグラスにたたきつける豪雨。でも帰るしかないので、帰る。

岡山県に入るころは雨も上がり、夫の希望通り、総社SAから地道へ降りて最上稲荷へ。

インド風、山門。

本殿。

門前町へも行きましょう。

レトロ。

人影なし。縁日などは賑わうのでしょうか。

私二度目。夫初めて。

再びSAに帰って山陽道復帰。自宅へ。雨が降らないともっといい旅行でしたが、これはこれで。無事帰れてやれやれでした。

最悪、大阪まで積載車で。と言われた時は焦ったけど。


24日の本日は合同展の展示準備。

手伝いに行った後、我が家で反省会。コンビニでお弁当とおやつ買い、食べながら、お茶飲みながら16時ころまでしっかり反省する。最後は食器まで洗ってもらって解散。春になって、みんな元気になりましたが、コロナにはくれぐれも気を付けたいと思います。

 

コメント (8)
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京都府北部の旅 3/20

2021-03-24 | 旅行

3/20 春分の日。8時前自宅発。山陽道、播但道、中国道、舞鶴若狭道経由で舞鶴着が12時過ぎ。昼ご飯はSA内コンビニで調達して、車内で交代で食べる。

舞鶴赤れんがパーク前が海上自衛隊の桟橋。船いろいろ。

1902年から翌年にかけて建設されたとのこと。海軍の倉庫群。

日露戦争直前、準備を急いだのでしようか。

土産物や海軍関係の資料の展示。

舞鶴鎮守府初代司令官が東郷平八郎。その像もあります。

映画なら三船敏郎がやりそう。そんな映画もあったかもしれません。

この倉庫群は映画、ドラマのロケにもよく使われるそうです。

赤れんが博物館は世界中のレンガをコレクション。

アウシュビッツのレンガもありました。

続いて少し離れた舞鶴引揚記念館へ。車で10分くらい。

入ってすぐの床に、シベリアの捕虜収容所の分布図が。

シベリアと言いますが、ロシアのほぼ全域、遠く黒海沿岸にも収容所があったそうです。

ユネスコの記憶遺産に認定されたそうです。

人は言葉を持ち、文字でそれを記録し、遠く離れた場所と次の時代へ体験を伝えることができます。

その記録から学ぶことができるのが人間だと思うのです。

学びを放棄すれば、先人の貴い体験とその記憶もまったく無駄になるというもの。

謙虚に、学ぶ姿勢は忘れてはいけないと思いました。

白樺の樹皮に書いた日記。

人間は思いを言葉で定着せずにはいられない。

道具いろいろ。箸などは手作り。

収容所の再現。

寒い、ひもじい、自由がない、将来が見通せない、家族と連絡が取れない。(捕虜郵便はあったとのこと。場所は書けない。届くのは半年もかかる。返事は本人には届かないことが多かったそうです)

60キロの丸太を二人で運んだそうで、試しに半分の模型にチャレンジするもびくともしませんでした。

小さな手帳いろいろ。靴の中に隠して持ち帰ったそうです。

この記念館のそばが引揚桟橋だったそうで、身内を待つために舞鶴へ来て、そのまま住んだ人もいたとか。


一つ行くとしたら赤れんがパークよりもこちらでしょうか。

たくさんの学びがありました。ガイドボランティアの人にいろいろ教えていただきました。


続いて美山町へ。

京都縦貫自動車道わちICから山道を40分くらい行きます。15年くらい前、広島からの日帰りツアーで行きましたが、夫は初めて。

観光駐車場に車停めて見学です。雨の予報が外れて、曇り空の写真撮るには都合がいい空模様です。

15年前と景色はほとんど変わっていません。

全景。

歩きます。

農具。

美山町の春。

資料館。

16時で閉館。片付けています。

いいなあ、絣の作務衣着てここで仕事したい。

昔の暮らし。

続いてカフェへ。

 

縁側から。

座敷。

あぜ道。

お名残り惜しいけど帰ります。

さようなら。またいつか。

茅葺の家屋を保存してそこに住むご苦労を思いつつ、美山町を後にしました。

観光シーズンには人が来て、歩く。敷地に入る人もいる。

「いいわねえ、落ち着くわねえ」と話し声も聞こえる。

その声聞く人が落ち着くかどうか。

それでも重伝建に指定された誇りで暮らしておられるのでしょう。

景色に余計なものを持ち込まないのが京都的。街中から山の中まで、京都人のプライドを見たような気がします。

続いて今夜のお宿、亀岡市の湯の花温泉へ。18時には何とか間に合う。

ずっと車で移動して、京都は北西に奥が深いことを実感。いろいろと収穫の多い一日目でした。

コメント (6)
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