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日々のあれこれ
 

孫と遊んだ

2016-09-30 | 日記

19日の運動会以来です。

応援頑張ったので、ご褒美にTシャツ買ってやりました。

線路に線路。

お姉ちゃんは可愛いゴムで髪を結んでいます。サンタさんに貰ったそうです。

私が羨ましがると、おばあちゃんは可愛くないからサンタさん、来ないそうです。髪型は可愛いけどね。ですと。

私は最近美容院へ行ったばかりです。子供にも分かるのかしら。

三歳児は椅子から何度も跳び下ります。

水色の座布団が海だそうです。

海に落ちないようにジャンプ!!

着地。

その他、きょうはダンゴ虫、アリ、猫になって遊びます。アリの時はチクン、チクンと何度も刺されます。

大丈夫よ、痛くないよ~ん。

かくれんぼ、一緒の機織りもしました。

雨続きでどんよりとしていた私の気持ちも活性化。楽しく遊ぶためには体に気を付けて長生きしたいものであります。

 

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九州お買い得旅Ⅱ

2016-09-29 | 旅行

宿のロビー

さて、同行者は「イビキかくから」と気にして、手前の三畳の部屋で寝てくれました。私はありがたく十畳一人占めです。ごめんね、ありがとう~

朝は大広間で、折り畳み式の学校の机といすみたいなのを向い合せに並べて、そこでいただきます。

演芸などもするらしく、長崎の出島と南蛮船の豪華な緞帳。ナショナルカークーラー、昭和のいい時代の面影。

朝食もおいしいです。白いお椀は自家製豆腐。

左はフグ。


 

ロビー、廊下の書や色紙いろいろ。

徳富蘇峰は明治のジャーナリスト。蘆花の兄でしたか・・・

角川書店主催の講演旅行でもあったのでしょうか。何を話したのでしょうか?

昔は作家が時代のオピニオンリーダー、本もよく売れ、作家の社会的地位は今より高かったかも。

こちら女流。こちらも講演旅行でしょうか。

こちら団体で。最後余白が足りなくて二段重ねに書いている。

この他にも古伊万里などいろいろ展示。美空ひばりも泊まったそうです。各階の廊下にも展示はあるはずだけど、私が見たのは宿泊した3階だけ。残念。

ちなみに同行者はこういうものに一切興味がなく、私が写真撮っている間。ロビーでじっと待っててくれました。

宿はこちらです。http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/28126/28126.html

至れり尽くせりのお宿。帰りに、若女将さんと少し話しました。きりりと泥大島着て、さすがの老舗旅館でした。

皆様もよかったらどうぞ。今は復興割引で1万円引きで泊まれます。


 

続いて一軒目の立ち寄り先。

外でタバコ吸う男性たち。

ツアーバス。総勢42人、ぎっしりです。

海辺です。向こうは長崎でしょうか。


10時半頃、長崎到着。

大浦天主堂はパスしてグラバー庭園に向かいます。以前はなかったエスカレーターで、楽に上に上がれます。

旧三菱第二ドックハウス。園内で一番高いところにある。港が一望のもと。

降りて、次へ行きます。

旧リンガー住宅

テラスが開放的。旧リンガー住宅。

旧オルト住宅。石造りの洋風建築。日本人が建築。

旧オルト邸。遠景。

旧グラバー邸。世界遺産。国指定重要文化財。

遠景。

美しいベランダ廻り。確か、コロニアル様式とか言うはず。暑い植民地に適した、庇が深くて風のよく通る開放的な建て方。

天井格子

晩餐が再現されていました。貿易商だったグラバーは日本人と結婚し、子孫は倉場と名乗って日本人としてと暮らしたそうです。

門の外の、元は何かの施設だった建物。売りに出ていました。


 

あまりに暑くて、三つほど建物見逃した。パンフレットしっかり見て要領よく回るべきでしたね。反省です。

入口へ戻ります。入園料は園内全部回って610円と良心的。

神戸の異人館は高いよねーーーと二人の意見が一致。こちらは公園も楽しめます。


 

続いて有田ポーセリンパークへ行きます。ここで自由に食事します。1600円のバイキングはパスして、和食処で、980円のシチリンライスをいただきます。

それはこちらです。見本ではお皿からあふれるくらいの野菜。でも出てきたのはこんな感じ。

ショボーーーーーン。

一見の客ばかりの観光地とはいえ、これはあんまりです。広島本通りのコーヒーにデザートまでついた、フレンチのランチを見らなってほしい。ブツブツ。

本来はマヨネーズが掛かっています。私はマヨネーズ苦手で断ったら、「マヨネーズないと食べにくいですよ」「いいです」と押し問答に。

出てきた料理は、マヨネーズがご飯にもたっぷりかかっていて、同行者は食べにくそうにしていました。

これから行かれる皆様、マヨネーズは少しにしてくださいとお願いした方がいいかもです。

あとはカレーとかうどんとか・・・しかし、バイキングもなあ・・・・山の中で他に店もないし。

ドイツ、ドレスデンのツヴィンガー宮殿を模した建物の中にはショップと有田焼、古伊万里などの展示があります。

最初に行ったのは25年くらい前の開業直後。宮殿はピカピカで、ショップも高級なのばかり。

二回目は2003年、夫と。コンクリートの建物はすすけてとてもみすぼらしく見えて、店もほとんどなくなっていたし、寂しいものがありました。

今回で3回目。色も安定したのか、そう古い感じはしませんでした。一度表面を洗ったのかもしれませんね。

こちら、ドレスデンのオリジナル。2012年11月、修復中でした。11月のドイツは日暮れも早く、写真はきれいではありません。ヨーロッパは春か夏に限りますね。

ドイツの建物はイタリアと違って砂岩が多く、中の成分が酸化するとかで、とても煤けるそうです。それで、今回はそう古く感じませんでした。よかった、よかった。

この時はスーパー探してお土産買ってたけど、ここへ入って陶磁器の一つでも見学すべきでしたね。またすぐ行こうと思いつつ、たぶんもう行くことはないだろうけど。

もう一度土産物屋に寄り、博多駅から新幹線で広島まで。同行者は四国へ帰りました。

あっという間の二日間、人任せの旅は気楽。お喋り三昧の楽しい旅でした。

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蒸し暑い一日

2016-09-28 | 日記

パソコンのエクセルが調子悪い。古いパソコンに、フリーメールに転送していたファイルをダウンロード、本日、とりあえず水彩画の会計簿を仕上げる。経費帳は月明けの予定。

新しいパソコン買う予定だけど、なにはともあれ、きょうは梅雨よりももっと蒸し暑く、午前中、孫の服の交換にそごうへ行き、帰りにニトリに寄ってあとは徒歩で帰ったけど、いゃあ何とも蒸し暑い。

私の服装は半袖登山服。胸に高山植物が派手にプリント。街ゆく中高年は皆さん秋らしいシックな装い。私、まだ夏山気分。だって暑いんだもん。で、電車の中は冷房でめちゃくちゃ寒い。冷房大嫌い。冷房気持ちいい人には申し訳ないけど。

そごうくらいならチャリンコで行くんだけど、雨ならばいかんともしがたし。だから雨も嫌い。いやいや、ばあちゃん、天気の愚痴言ってどうする?

愚痴は老化への一本道。慎みたいものでございます。

老化を防ぐ私なりの心得。なるだけ早く歩く。用事もなるだけ手早くする。毎日文章を描く。週に一度は絵を描き、機織りをする。

要するに、頭と体に負荷を掛けるくらいに動かすと言うことでしょうか。


本当なら旅行、二日目をアップするところだけど、これは古いパソコンで書いているので写真がありません。この後、新しい方の、エクセルがクラッシュしたパソコンで書くつもりでございます。

旅行二日目は、お土産屋に三か所も立ち寄り。さすが阪急さん。

でも手洗いお借りして、休憩してお茶も飲めるので世の中は持ちつ持たれつ。文句言ったら罰が当たると言うもの。

最後に博多駅で買うつもりだったけど、広くて探すのも大変かもしれず、結局、立ち寄ったところで買いました。最後の福岡空港近くの店ではツアーバスが7台くらい停まっていたので、平均40人の客としてもざっと300人くらいは買い物しているということになります。

素晴らしい。このビジネスモデル考えた人は偉い。


で、ツアーで何を用心するかと言うと、おじさん複数のグループ。会社の元同僚とか、田舎の高校の同級生とか。たいていお行儀悪い。今回も午前中、行きの新幹線の中から酒飲んで・・・ああ、見たくない。

なるだけ近寄らないようにしていたのに、あーーーん、有田ポーセリンパークのショップでニタニタたして話し掛けられたようーーーー。思いっきり無視したけど。

有田ポーセリンパークには、以前はなかったけど、焼酎の蔵元がショップと和食処を出している。焼酎の試飲に、おじさん二人、羽目外して飲み過ぎたのか、泥酔状態。歩くのもままならない様子。

わが人生であんなに酔った人初めて見た。タダ酒だと飲んでしまうのが(呑まれてしまうのが)限りなく下品。

まあ安い旅行なので、来る人もそれなり。いえいえ、他のご夫婦連れの方は皆さん上品で穏やかな人ばかりでした。なんでおじさんだけ、あんなにお行儀悪いのだろう。おばさんも喋ってうるさいけど、酔っ払わない分まだまし。

私の同行者は話好き。昔の苦労話をいろいろ聞かされたけど、今は幸せに暮らしているし、苦労が身についているのでよかったなと思いました。

いつまで一緒に旅行できるかわからないので、一旅入魂、私も楽しみました

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九州お買い得旅Ⅰ

2016-09-27 | 旅行

さて、同行者は我が家に前泊して、日曜朝、広島駅新幹線口集合です。

8:38のぞみ乗車。博多着9:41

さすが、のぞみ、速いです。九州も隣町感覚。

バスに乗り換えて九州道に乗り、柳川へ行きます。

御花について

鰻をいただきます。

場所は以前泊まった建物の二階。

以前の宿泊http://blog.goo.ne.jp/kawashima134/e/e5eb5985b30e8f9b09e398cc50d62560

広い宴会場にずらりと並んだテーブル。たくさんのツアーの人たちの昼食会場です。

食べたら今度は川下りです。今回はお花の周りを巡る30分コース。船で元に戻ります。

中国人のツアーとすれ違います。皆さん、ニコニコしています。ニーハオ!!

今度は一般道を通って熊本港まで行き、有明海を縦断してフェリーで島原港へ向かいます。

16時ころ、雲仙温泉の宿着。

窓から雲仙地獄が見えます。

ウェルカムドリンクです。労働集約的接客業の温泉宿、わけてもこの宿はスタッフがたくさんいました。

夕食まで、散策に行きます。

白い粘土のようなものの真ん中がぼこぼこと吹きだしています。

湯けむり。通るだけで暑く硫黄くさい。30年前の旅行では、息子が鼻をつまんで写真に写っています。

同じツアーの方が親切に写真撮ってくれました。

水色の登山シャツが私です。

続いて温泉街を歩きます。

旅行会社からもらった九州パスポート見せると、お菓子がもらえます。

それだけでは申し訳ないので、お煎餅をいただきます。

手焼きの温泉煎餅。

縁のおこげがおいしい。

続いてこちらへ行きます。

坂道を下りていくと地元の人の共同浴場。料金は200円だそうで。

水色のワンピースの女性90歳、毎日来るそうです。

「あんたたち、どこから来んさったと?」

「広島と四国です。長生きしてくださいね」と言って別れました。

地元の方と触れ合うと遠くへ来たことが実感できます。同行者は九州はほとんど来たことないそうで、喜んでいました。

宿へ戻ります。

ロビーの奥の図書コーナー。雑誌、絵本、単行本いろいろ。


 

温泉に入って、19時から食事です。ツアーには珍しいそうですが、お部屋でいただきます。

国内ツアー、あまり行かないけど、個人で行っても食事処の場合もあるので、ポイント高いかも。

氷入りの梅酒、前菜、お造りなど。

茶碗蒸しとか炊き合わせとか・・・

小なべのすき焼きとか・・・

梅肉のパイ包み焼きとか・・・

この辺りからお腹はいっぱいになるし、ビールの酔いは周るし・・・


 

どうもお昼の鰻のせいろ蒸し、完食したし、全体に食べ過ぎたようで、夫に電話して持参の薬を飲んでいいか聞きます。

「そんなに御馳走でたなら持って帰って」ですって。持って帰れるものなら持って帰りたいけど、とりあえずそれは無理です。

真夜中、あまりのお腹の痛さに目が覚め・・・・朝には治っていましたが。やれやれ、無理は禁物です。

旅行記はまだまだ続きます。

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暑い九州、旅行していました。

2016-09-26 | 旅行

阪急交通社の九州ツアー二日間に、親族の女性と旅行していました。

留守中、お二人の方からコメントいただいてました。ありがとうございます。明日以降、ゆっくりお返事させてください。

国の九州何とか助成金1万円を補助してもらい、博多往復は新幹線。ツアー料金は激安、42人の大所帯ながら変な人もほぼいなくていい旅行でした。

行ったところは柳川、雲仙、長崎、有田ポーセリンパークなどなどです。

宿は期待外れだと悲しいので期待してなかったけど、地獄がよく見える部屋。

地獄って本当の地獄ではなくて、温泉の沸いている場所です。湯けむりに硫黄の匂い、近くへ寄ると熱湯が地面からポコポコ沸いているというこの世でないような場所。

将棋の名人戦をするような老舗旅館で、宿泊した文豪の色紙なども多数展示、徳富蘇峰の揮毫した屏風など、お宝いっぱい。いゃあ、びっくりです。阪急さん、ありがとう~

私は国内の宿泊付きのツアーはほとんど行ったことなくて、何かと珍しかったんですが、結局は海外ツアーも同じ。パスポートが要らないだけ。楽でよかったです。特に人と行くのは二人の考えをすり合わせて旅程組むのも大変だし、費用は掛かるし。

雲仙、グラバー亭などは30年くらい前、息子三人を車に積んではるばる出かけましたが、やはり鉄壁の観光地。今は今で楽しめました。

旅の報告は追々することにして、きょうはとりあえず我が家でゆっくり寝ます。

どこがよかったかと言えば、やはり長崎でしょうか。前はお盆休みの熱い長崎でしたが、今日も30度以上と暑かったです。いったい、秋はいつ来るんでしょうか?

 

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秋にアジサイを描く

2016-09-23 | 水彩画

描きかけの絵が見つかりました。6月、途中でスペインに出かけ、そのままになっていたもの。

画用紙が勿体ないので、仕上げました。きょうは空気が乾燥していて、絵具がよく乾くのではかどりました。

花の色は違っていてもいいので、パレットの上では混ぜないよう頑張りました。透明絵の具なので、乾いてから塗り重ねると近い色になることもあります。

反対に葉はなるだけ混色。彩度を落とす。地味な色で、花のきれいさをより目立つように。

背景は多少ニュアンスつけましたが、最初に黄色にしたので派手すぎたようです。花の中の一色にすべきでした。

何事もやってみなければわからないこともあります。ということで、本日も絵を描いて、家事をして買い物で一日終わりました。

ささやかな決心。一週間単位で、絵→機織り→読書→お出かけと遊びとローテーション組むと能率上がるかも。古い絵は織りの時、機紙として使う。

で、今週は絵の一週間でした。来週は遊びかな。

瀬戸芸にも行きたいものです。男木島とか。。。。ばあちゃん、気もそぞろ。

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「死に支度」 瀬戸内寂聴

2016-09-23 | 読書

ノカンゾウ・・・かな。昨年広島駅近くの広場で。

 


 

今月初め、本通りフタバ図書で中古本として108円で購入。

内容は嵯峨野の寂庵での毎日を、自分とお手伝いの若い女の子の対話と言う形で、読みやすかった。群像に連載していたらしい。

若いころからの人生のいろいろ、今の思いなどは他の本でも読んだことあるし、以前はテレビにも出てよく発言していたので既視感があるけれど、この本の中に、若き日の今堀誠二先生のことが生き生きと書かれていたので、それにまずびっくりした。

こちらの学校へ来て一年目、今掘先生の東洋史Ⅰを選択。教科書は大部な「毛沢東研究序説」。本は千円くらい。部屋代払って毎月二万円で生活していたので、これは高かった。

だいたい教科書って高いですよね。買うのはそれを選択した学生だけだし、翌年は学校近くの古本屋に出回るので、どういう仕組みか知らないけど、もしかしたら先生の持ち出しだったのかも。

20年くらい前、今掘先生の葬儀に寂聴氏がみえて、弔辞を呼んでいたのでどういうご縁かなあ、北京での知り合いかなと思っていたけれど、破婚のときに先生が出てきた家に行って、立会人を付けて寂聴氏の服を持ちだすあたりは、小説とは言え、ドキドキしながら読んだ。

先生は生涯独身。勉強に忙しくて結婚する暇がなかったそうです。東洋史専攻の友達が言っていた。

教科書は難解でほとんど理解できなかった。講義も内容はすっかり忘れた。時々、アジア情勢を憂うような発言をされていたのを憶えているだけ。

それと先生の服装。地味な服の多い他の先生方に比べて、グリーンのブレザーに明るいグレーのフラノのズボンという軽快な装い。声も高くてよくとおった。

美術部のY村さんと二人で、先生の服装を今堀ルックと命名。偉い先生なのに、私たち、友達みたいに話していました。こちらの能力の範囲でしか人を理解できない例ですね。それにその頃の先生、今の私よりずっと若かったはず。

改めて、ご冥福をお祈りします。

 

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雨の休日、P難民となる

2016-09-23 | 日記

さて、秋のお彼岸中日は雨でした。最近エクセルの調子が悪く、経費帳がついにクラッシュしたので(先月までのバックアップはあるのでとりあえずやれやれ)、駅前のビックカメラにパソコン見に行くことにしました。

雨です。あのビルの中にあります。車換えてから運転が億劫で、この道を車で通るのは初めてです。高いビルは最近できて、右側にもう一棟建設中です。

しかし、このあとエールエールA館の駐車場へ入る車列に並べられません。ぐるりと駅西大橋から車が並んでいます。フラフラと駅前を彷徨うこと二周、諦めて八丁堀を目指します。

女学院横を走行中。このあとやっとPに入れて、ヤマダ電機と他の店に行きました。やれやれ。パソコンはパンフ貰っただけ、店で買うと高いし、設定してもらうと2万円くらいまたアップする。何とか自力でやるつもり。今までもそうしてきたから。

でも歳とって、もう無理かもしれない。というか、買うことすら、あれこれ探すのすら億劫。

食事して帰るつもりにしていたら、雨が上がり、街は野球の応援に向かう人が歩いているので、夫は顔色換え、急遽帰宅。応援用ユニフォームに着かえ、球場へ駆けつける。内野自由席。立ち見だったそうで。しかも四連敗。帰ってから口数少なかった。

勝つときももあれば負けるときもある。でも最近ちょっと元気ないので心配。せっかく広島が盛り上がっていたのに。


今週末のブラタモリは広島だそうで、予告編でタモリさんがシジミ漁体験していた。

そう、広島は百万都市ながら、街中の川でシジミが取れます。じょうれんという、棒の先に籠が付いたような道具で川底を浚えます。

10年以上前、ホームページ始めて町をウロウロしていた時、見つけて感動したものです。シジミは子供のころ、家の近くの用水路ならどこでも、手で掘るとザーと並んでいたものです。用水路がコンクリートで整備されてからはシジミも蛍も絶滅してしまったけど。

どんな番組になるか楽しみ。皆様もよかったらご覧ください。


 夫が福屋でシャツ一枚買ったけど、私はデパートで服がなかなか買えない。その心はデパートへ服を買いに行く服がない。店の方に話しかけられるのが苦手の二点です。

で、午後からゆめタウンでブラウス二枚(お腹周りがゆったりしている)、ワンピース、カーディガンを買う。

ワンピースは25%オフのまた20%引き。つまりは4割引と安く買えました。カープ優勝セールかな?ん?そうでもなさそうだし、まあ安いのでよかったです。

エンジ色と紺の二色展開。地味好みの私はちょっと迷って結局紺に。フリーサイズで身幅充分、丈はもっと充分。と笑ってみる。


身幅と言えば、だいぶ前の、某男性の描く私。あんまりです。マツコさんでもトヨタの車に乗り降りできます。受けを狙うとは言え、どんな巨大な母親かと世間様は思うはず。

この他に家の玄関から出られない母親と言うバージョンもあります。

ええっ?普通に出入りしてますけど。

この時はたしか、帰省が終わって近くのGSまで一緒に行き、私のカードでガソリン入れて、私はそこで降りる場面。あまりの車高の低さに、体の重心を車の外へ移すのに戸惑っただけ。それと、降りたら息子はもう行ってしまうと、とても悲しかったので。うわあーーーーーん、母号泣。会いたいようーーー七月に帰省したけど、また会いたいようーーーーと、さらに号泣。

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夏野菜の絵を描く

2016-09-20 | 水彩画

先日のこの冬瓜ですが・・・

本日、やっと完成。絵は背景も大切ということで、ちょっとニュアンスつけて見ました。

自称、モネ風。モネが名前使われて怒る。

この後、

「せっかく海外へ旅行するんだから、絵を描いたら」と勧められたのを思い出し、いろいろ探してみたけれど、近景から遠景までバランスよく、建物や木が程よく入り、色も色々って、なかなかないものです。

絵を描きだしたのは約3年前、それからだって絵を描くつもりで写真撮ってないので。

午後からはそんなこんなであっという間に時間が過ぎた。

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運動会でした

2016-09-19 | 日記

午前中、雨が上がったので運動会がありました。

かけっこ。手前のハイソックスの子を応援します。

逆上がりも難なくクリア。出来ない子は補助具つけたり、先生に助けてもらいます。

リレー。快走。

 写真、小さすぎ。

騎馬戦はお父さんにおんぶしてもらい、帽子の取り合いをします。一つゲット!!


 

お姉ちゃん頑張れーーー


初めて安心して運動会見られた・・・と夫の言葉。

勿論きちんとできていたけれど、孫は責任ないから、見て楽しむだけ。子供だと、期待してしまうので、要求水準が高くなりがち。

今さら遅いけど、子供たち、もっと褒めてやればよかった。

さらにさかのぼると、運動が大の苦手だった私、運動会が台風で中止にならないかと願う子供でした。でも一度も中止にはならなかった。

今同居している人、生まれも育ちも性格もおよそ似たところはないけれど、運動大嫌い、じっとして絵を描くなら何とか人並みに近いくらいは出来るというのが共通点かな。

先日会った友達、「**さんはそう言えば絵描いてたよね」

そうでした。そのあとあちこち寄り道したけど、何十年ぶりかで絵筆持つ運びに。彼女は英文科で、英会話のサークルで会話力みがいているそうです。


夕方、絵を描きました。

未完成。紙の皺が難しい。布はぼんやりと柔らかく、紙ははっきり皺を描くそうです。細かく追い過ぎて、やや劇画調。

夏以来、半日外出すると疲れて午後は根気が続きません。困ったものです。

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「美の世界旅行」 岡本太郎

2016-09-18 | 読書

コルドバのメスキータ 2016年6月


岡本太郎という人は、私たちの世代だと、あの大阪万博の太陽の塔のデザインをした人として記憶されていると思う。

また晩年、「芸術は爆発だあ」というCMに見られた存在感、天衣無縫のもの言いなど、エネルギッシュな芸術家としての活動も印象に残っている。

この本はまだ海外旅行が大変だった1967年頃、インド、スペイン、メキシコ、韓国などを訪ね、民衆の生活の中に生き生きとした芸術を見つけ出す紀行文である。

親本は1972年、その本が今年夏、文庫本として再版された。その意味を考えてみるに、芸術にはその時々の流行があるけれど、この本の中には普遍的な何かがあるからだと思う。

いわゆる美術史に取り上げられる芸術ではないものに心を動かされる岡本太郎。その視点は独特で、しかし、とても文章力があって、エネルギッシュだけど、説得的なのは今回読んで初めて分かった。

岡本太郎が海外で何を見てどう感じたかがよく分かり、なかなか得難い読書体験でした。


昨夕から、夫体調不良。二階で寝ている。

私が下で動く音も気にするので、夫仕事場へ避難。おかげで本一冊、たちまち読了。

これからは何かするときは、空き部屋で集中するに限るようですね。

夕方には少し良くなったようです。やれやれでした。

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「信濃追分文学譜」 近藤富枝

2016-09-18 | 読書

追分の旧脇本陣、油屋。私が一人で泊まったのは10年前の10月。

今、宿は廃業。交流サロンとして利用。希望すれば、曜日を限って素泊まりで利用できるようです。


 

作者は1922年生まれ、初めNHKアナウンサー、のちに文壇史を書いて世に出たドキュメンタリー作家。

親本は1990年、中央公論社発行。こちらは95年の文庫本で解説を大河内昭爾氏がしている。それからでももう20年以上経つ。作家も解説者もまだご存命だろうか。

この本は著者が思いがけずに追分に別荘を持つことになり、夏、そこで滞在して、まだ同時存命だった、昭和10年代の追分の文学者の交流を知る人からも話を聞いてまとめた、追分の文学史という形になっている。

追分に住んでいたのは堀辰雄。面倒見のいい人で、後輩に雑誌社を紹介したり、夏に尋ねてくる年若い人の話を聞いたりして、夏の追分は文学サロンの様相だったたらしい。

戦後いち早く、小諸で編集された「高原」は第一号で福永武彦、中村真一郎、野村秀男などが作品を載せ、戦後の文学史に足跡を残したのも、こうした交流の成果であった。

それにしても結核である。将来のある若い人が次々となくなっている。日本国中でどれだけの損失だったことか。

迫りくる死と戦争の影におびえながら、追分の短い夏、文学者は生きている時間をいとおしむように水晶のようにきらきらと輝く作品を残した。

時代を超えて、それらの作品はこれからも読み継がれることだろう。

実は避暑に行く代わりにと、夏に読み始めた本。生来の怠け者、やっと九月も半ばで読了。

 

 

 

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サゴシの味噌漬けを作る

2016-09-17 | クッキング・ランチなど

昨日、サゴシを買いました。

サゴシはサワラの幼名、大きくなったら名前の変わる出世魚。200円と激安だったので迷わず購入。そのまま持ち帰り、自分で二枚下し。

成魚なら脂も乗ってるけど、淡白な味と予想して、味噌漬けにしました。

味噌は友人の手前味噌、故郷香川の柔らかな味です。京風ですが、あそこまで甘くない。程よいおいしさ。次はお願いして作ってもらおうかしら。

おいしい味噌が勿体ないので、つい節約。←貧乏性。魚が見えてます。どんな味になるかなあ・・・ちょっと心配。


 

追加で

先日、友人からたんかんソルトを旅行土産でいただきました。たんかんとはポンカンとネーブルオレンジの自然交配でできた甘みの強い柑橘類だそうです。

テーブルの上に置いて、味が物足りない時、振りかけたりするそう。どんな味になるのでしょう。楽しみです。


本日、中日戦。仕事終わってすぐ行くと言うので久しぶりにお弁当作りました。あるもので簡単に。

頑張れカープ!、そして応援も頑張って!!

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最近疲れやすくて・・・でも頑張ろう!!

2016-09-15 | 日記

先日の絵付け教室。持ち寄りおやつ各種。御饅頭に落雁はお友達。私はいただきもののクッキー持って行く。おやつもそろそろ秋~


 

本日午前中、用件いろいろ済ませて帰宅したら13時前。たったそれだけで疲れたーーー。

近くの外出はなるだけ徒歩で。ズボン穿くのも面倒でたいていワンピース、ならスニーカーもおかしいのでちょっと踵のある靴で歩く。それで疲れるのかもしれない。

昨夜は2時過ぎまで眠れなかった。と言うのは寝る前にバッグの中の携帯確認したら、先日の友達とはまた違う友達から、みんなで会いましょうと、とっても嬉しいメール。

即返するには遅すぎる時刻、でも嬉しくてなかなか寝つけられなかった。そろそろ会いたいなと思っていたから。

それまでに皆さんの笑える話題、いくつか考えておかないと。

先ずは船上山転落事件ですかね。ぐるぐる回っているのはススキではなくて、私だったというお粗末。

スペインの入国審査の、英語でいろいろ話しかけてくる若い女性の審査官。込み入ったこと言えないので、日本語で答えて切りぬける。

スペインらしく緩くもあり、なかなか得難い体験だった。日本人は悪いことしないと思い、あちら様も安心していたのかも。

六月に友達と泊まった温泉旅館、9時半から寝る同行者。我が家3より時間くらい早い。眠くなるまで間が持てんかった~などを。

今度会うグループ、最初は私もおとなしく。やがて馬脚顕して、楽しく話する。私の場合、家族をネタにすることもあるので、普段、夫を立てている方には聞き苦しいかも。性格は急には変えられないけど、少なくとも、人前で家族のネタは減らしていきたいもの。

まだ会うには間があるけど、それまで怪我したり病気しないよう、身を慎んでいきます。


本日は実母に食べるものいろいろと、敬老の日のお祝い、お中元のお返しをまとめて送った。

私の歳だと両親ともにいないという人が大多数、母が生きていてくれるのはありがたいけど、もう孫子の心配をするでもなく、こちらの話を聞いてくれるでもなく、自分の思いのままに行動し、発言するだけ。会話が成り立たないので寂しいけれど、それでもプレゼント送れる親の居ることはありがたいのだと思う。

もう何をしてもらうこともないけれど、いなくなれば風通しがよくなりすぎて、寂寥感にとらわれるはず。それともホッとするのだろうか。

遺言書を書く、書くと数年前から言っているが、「十年経つと書いた遺言書は無効になる」と本人は思い込んでいて、まだ書いていない模様。ということはまだ10年生きるつもりらしい。

百歳になりますけど。。。。とびっきり体の丈夫な人なので、案外生きているのかも。

いまだに出歩くのや旅行するのが大好き。「足元よく見て転ばないように」と手紙に書いた。

会いに行けばいいんだけど、母の話を聞いていると必ず過呼吸に不整脈、それがきっかけで春先ぜんそくが発症し、今も急な温度変化で咳が出るので、まずは自分の体第一にするとことと決めた。

考えてみれば人を変えようなんて、私も無謀で愚かなことを考えたものである。自分さえ変えるのは難しいのに。

最近ネットで見つけた箴言

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

                                    マザー・テレサ

はい、気を付けます。まずは何事も前向きに考えることから始めよう。

失くしたものを嘆くのではなく、今あるものに感謝しよう。


 

南の島へ旅行したお友達のお土産。グァバ、色がきれいで、不思議な食感でした。御馳走様~♪

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「住まいと家族をめぐる物語」 西川祐子

2016-09-14 | 読書

昨日は絵付け教室でした。スペイン旅行の写真見て、白い村の道を描いてみました。


京都文教大学での講義録をもとに、学生とのフィードバックも織り交ぜて、近代以後の日本人の住まい、家族の変遷をコンパクトにまとめている。

扱うのは主に戦後で、復興期から高度経済成長期を経て、この本の書かれた今世紀初めまでをたどっている。

以前、この著者の「借家と持ち家の文学史」も面白く読んだけど、この中では当時の学生が、私たちの世代だと当然と思っていることに驚く様子も興味深かった。

家は家族の容れもので、人の暮らすところ。自分がどう暮らしたいか、家族でどう過ごしたいかが、私自身が想像していた以上に、はっきりとと映し出すものだとの認識を新たにした。

ここで取り上げるのは都市の家との、学生の指摘も面白かった。最後の方で北陸の大きな家の間取り図があり、一階は応接室に茶の間、続き間の座敷(これは仏事などに対応)、二階が家族の個室という家があり、その家のにぎやかな暮らしも想像した。

しかし、この家は女性が働かされる家でもある。親戚、地域の集まりでは男性が、取り仕切り、せきにんしゃとして振る舞う家でもある。そんな家に住みたいかと問われれば、今の私にはノーと答えるしかない。

ややこしい親族や地域社会から離れてなら昔の家も楽しいかも。主に都市部で、古民家に若い人が店を出したり、シェアハウスとして住むのはこの本の出た時点での新しい傾向で、それは今も続いていると思う。

いえいえ、えらそげに言いましたが、私には大家族を維持するだけの家事能力が決定的に欠落しています。

人は時代によって生かされ、時代の制約から逃れることも容易ではない、そんなことも考えました。

私の住んできた家を指折り数えたら、7軒目。若い頃は二年ごとくらいに引っ越ししていたけど、もう38年この家に住んでいます。途中で大規模な増改築や細かな手直ししながら、半日日が当たらないのは不満だけど、いつか日当たりのいい老人ホームへ行くまでは(出来たら行きたくないけれど)ここで住みます。

この本は先週、友人と会いに久しぶりに本通りに出かけ、フタバ図書で買ったもの。新本と古本の共存する珍しい本屋です。

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