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日々のあれこれ
 

姑様に夏服を届けた

2019-05-31 | 日記

2017年6月 福山市鞆で。姑様の好きなアジサイが咲いていた。


五月は後半にとても暑くなり、家では通気性のいい登山服ばかり着ていた。寝るときも登山服。パジャマは着ない。災害その他でもすぐ逃げ出せるように。ついでにスマホと財布入れたバッグは寝るときには枕元に。

ゴミ出しも登山服。岡サーファーみたいに、年中、家では山登りの格好の私。変なばあちゃんです。

いえいえ、私のことではありません。施設に暮らす姑様も、急に暑くなったので、家にある夏服に追加でTシャツ2枚買って届けた。

丁度、正午ごろ。同じ階の人が食堂に集まり座っていた。全員車椅子。3人くらいで食事の介助、一人ずつ食べさせてもらっていた。他の人は待機。お互い話もしない。黙って待っている。

姑様は手づかみで食べるようになったと聞いたので、たぶん、もう介助が要るのだと思う。

少し話して、スマホの写真見せて、スマホで顔の写真も撮って帰ってきた。

夫が「一回家に連れて帰りたかったけど、腰が痛いのでもう無理」と、今朝言っていた。夫もだましだまし、車いすにならないよう気を付けてもらいたいものです。

姑様は血色もよく、元気そうでした。歩けず、耳も遠くなり、話がかみ合いませんが、時折、ニコッとする。96歳。一日に一度でも、楽しかったなと思って欲しい。いえ、淡々と心穏やかに過ごせているらしいので、それで良しとしましょう。

週に一度くらいは私か夫、一月に一度くらいは義妹が行く。先週の義妹のことは憶えていた。話すと笑っていたので、よかったなあと。

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GW 千葉旅行2

2019-05-31 | 旅行

5/4 さて目指す鋸山は上総と安房の国境。低い山ですが、海から立ち上がる独立峰で、高度感も見晴らしも抜群。

観光客も多かったです。

ロープウェイは30分くらい待ちます。

乗るとぐんぐん上がっていきます。

降りるとすぐに頂上。

山頂は遊歩道が縦横にありますが、上下移動が多くて過酷なハイキング。若い人ばかりで私たちの年代の人はめったにいません。アヘアヘ、、、

十州一覧台は立派な石段を上がって眺めよかったけど、さる新興宗教が整備したらしく大きなモニュメントあり。…躊躇して写真撮り忘れました。

続いて石切り場跡の百尺観音です。

立派な摩崖仏はバーミャンの遺跡を思い出しました。

地獄覗き。

インスタ映えする写真撮るために列ができています。

係員が「熱中症に注意してーー」と言いながら列を整理しています。90分待ちだそうで、ここもまた次の機会に。

ちなみに戦中に焼失するまで、山頂には「日本寺」という寺院があったそうですが、今は入園料を徴収する小屋だけがあります。また戦跡と思われるレンガ造りの建物跡もありました。太平洋からくる飛行機をいち早く見つける、そんな目的があったのでしょうか。

降りて行きます。向こう南、館山方面。

伽藍のあった場所は広く、大仏が鎮座。

お寺の再建は未だかなわないようです。

このあとも山頂を周回して、傾斜のきつい石段を上り下り、とても疲れました。

ロープウェイ駅は再び急な石段を上がります。アヘアヘ。

階段にも疲れたけど、人の多さにも疲れました。途中豪雨。これはすぐに上がったけど。

浜金谷駅から、今登った鋸山を振り返る。

参考画像。スペインの鋸山。バルセロナ郊外。

建物はホテルです。ガウディはよくこちらへ来たそうです。

今から館山まで行きます。

レンタカーの予約時間まで間があるので、重いリュク背負って海まで、トボトボと行きます。

この年齢で、他の人たちは家の涼しい場所でゆっくりしてるんだろうなあ。なんでまたこんなところを歩いてるのやら、という愚痴は胸に納めて黙ってついて行きます。

いいお天気というか、暑い!!

有名人の名前入り、柵の支柱。


レンタカー借りて今夜の宿のある鴨川めざします。

房総半島南部は広々として、いいところでした。東京からの日帰りができるのか、観光施設も多いようです。

当てもなく走っていたら「道の駅ローズマリー公園」への矢印があるので来てしまいました。

イギリス風の建物のほかに、物品販売、いちご狩りなどがあるようです。

http://www.rosemary-park.jp/

この付近はスペイン風?イギリスは寒いので、ベランダはないようにも思いますが、全然ないとは言い切れない。イギリス全部見たわけではないので。

何はともあれ、ヨーロッパ風。それで満足。

庭。

シェイクスピアの戯曲の場面を人形で再現。

庭から建物を見る。人形の展示は正面、二階でした。

建物いろいろ。柱は構造材ではなく飾り?機械で製材してますが、雰囲気は似ているのではないでしょうか。

全く同じに建てるのはいろいろと無理だと思う。

この付近は物品販売や手芸品の展示会。おしゃれなものが多かったです。

こちらは倉庫になっていますが、元はお店だったのかも。おしゃれな建物です。

ストラトフォード・アポン・エイボンのシェイクスピアホテルに似ているような気がします。

デザインを参考にしたのかも。

道路に近いところは賑わっています。

さすがの房総半島、花が元気で種類も多い。

いろいろなデザインの建物あり。

外国みたいで素敵ですが、木は日本の暖かい地方の木。

隣接して狂言の和泉流本家の記念館もありますが、公開してないようでした。


車で今夜の宿、鴨川に向かいます。

途中、海岸へ行ってみます。そろそろ夕方、関東は広島に比べて日の入りが早い。

鴨川の宿に着きました。予約した同宿人、料理のいい宿と言っていた通り、お魚豊富。

鯵は名物だそうです。

一度に持ってきてくれたので、よかったです。

頑張って食べたら苦しかったーーー


5/5 今日は千葉県各所を観光して木更津で車を返し、アクアラインをバスで羽田空港まで行き、帰宅します。

翌朝、太平洋からの日の出。

夏にはイベントもできそうです。

同宿人、まだ寝ています。

向こうはリゾートマンションらしい。

朝の七時、もうサーフィンしています。

東京オリンピックのサーフィンはどこが会場でしょうか。いい波が来るといいけど。

ハマダイコンにハマヒルガオ、黄色はツキミソウらしい。朝なのでまだ元気。昼にはしぼむ。

せり科の植物。初めて見た。名前はハマボウフウ。葉は食用になるらしい。

自然の砂浜が減り、少なくなっているらしい。ここで見られたのは幸運だった。

きれいな海岸でした。瀬戸内では見られない雄大な景色。

誕生寺。日蓮上人の出身地、ひなびたお寺でした。

ナビに入れるつもりでスマホで検索していたら、電話がつながり焦った。

でも電話番号が分かったので何とかたどり着けました。

右側がお借りしたトヨタヴィッツ。

今日もいいお天気です(^^♪

暑いです。_| ̄|○

 

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GW 千葉旅行

2019-05-30 | 旅行

もう一月も前になりますが、連休後半、あわただしく国内旅行していました。

5/2 仕事終えて空港まで。渋滞を予測して遅い便にしたので成田空港隣接のホテルには22時頃到着。

5/3朝、ホテルの外はもう空港。

昨夜は第2ターミナル→バスで第1ターミナル→ホテルの送迎シャトルバスと乗り継ぎました。

朝、いいお天気です。

京成電鉄で成田まで。あとは歩いて行きます。門前町が活気があります。

成田山新勝寺山門

本堂。豆まきはここでするらしい。

華麗な三重塔

奥に多宝塔。

多宝塔の下は西洋式庭園。新緑がきれい。

奥は池が続いていて、周りが遊歩道。人はあまりいません。

花筏

成田駅前でレンタカー借りて佐原へ行きます。

水郷佐原。利根川河口に近く、水運で栄えた町。

伊能忠敬の出身地でもあります。

忠孝旧居跡から川の向こうの記念館が見えます。

記念館では古い地図をたくさん見ました。

この記念館が収蔵するたくさんの伊能図は近年国宝に指定されたそうで、展示は複製ですが、ち密な仕事にただ脱帽です。

50歳過ぎて江戸へ出て勉強して地図作ったのが偉い。伊能家の養子になって家業を発展させ、たくさんの本を読んで教養も深めたところも偉い。

一日の時間は誰にも等しく与えられているけれど、ボーッと過ごすか有意義に過ごすかで、一生では大きな違い。

昔の作りの商家が並びます。

蔵のような頑丈なつくりの商家。


続いて香取神社に参拝。

順番待ち。

時間がないので次回以降に。

山門、木立の深い神社でした。

成田でレンタカー返して佐倉まで。JR佐倉駅近くのホテルに投宿。夜の食事は線路越えて反対側へ。中華料理食べて、あとは疲れて寝てしまいました。


5/4

JRで千葉まで出て、房総半島を南下。浜金谷駅で降りて…

てくてくと歩いて、向こうの山へ行きます。

さすが東京に近いので人も車も多いです。

この山のことは又明日以降にまとめたいと思います。

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今日もまたまたアクセス多い

2019-05-29 | 日記

一日にならすとそうでもないけれど、今の時刻頃からアクセス増える。

やっぱり二桁。何かに特化した内容なら人様に情報を提供して社会貢献になるのでしょうが、身辺雑記の類。恥ずかしいったらありゃしない。

どうしますかねえ。家族にもばれてない(はず)なのに。

今朝も6時前にマンションから大きな声が降り注いでくる。目が醒めて一日眠かった。

朝、マンションに面した方のベランダに出ていたら、あちらの二階の人も出てたいのでしばし話をする。

どうも、耳の遠いお父さんを引き取って介護していて、それで大きな声出すらしいとのその人の話。それなら仕方ないのかなと、思えるようになった。

男性が介護するのは、人の世話になれていないと大変ではないでしょうか。いろんな制度を使い、手助けもしてもらって、一人で頑張らないようにと他人事ながら願っている。

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「京都思想逍遥」 小倉紀蔵

2019-05-29 | 読書

「嵯峨野」スマホを見ながら観光する外国人。今の京都。2018年12月


京都大学の総合人間学部大学院の講義録を本にまとめたもの。修士課程だろうか。

まず資料を読み、実際に京都市内のその場所を歩いてみる。交通費や入館料は大学から補助が出るという楽しくも知的刺激に満ちた勉強のようで、誠に羨ましい。

いいなあ、私もこの大学行けばよかった。学力が届かなかったのが残念だけど。

場所は主に左京区、北の出町柳、北白川から始まり南は八条から深草まで。取り上げた人物は桓武天皇から始まり、古代、中世の歌人、紫式部、清少納言は言うに及ばず、後白河法皇、定家、世阿弥、近代文学、川端康成、三島由紀夫、高橋和巳、和辻哲郎、西田幾多郎などにも話が及ぶ。

たくさん本を読み勉強した人には、京都を歩いていると、それを見たたくさんの人の言葉がいまだにそこに漂っているように錯覚するのであろう。

ここまでは一般的な感想。

で、私が蒙を開かれたのは、現在京都的と思われている京都文化の神髄は、天皇や公家が東京に去り、残された裕福な町衆の文化が拡大したものらしいと言うこと。そこからの目線は厳しい上下関係にさらされ、中心部と周辺部がはっきり区分けされるけれど、あるのに語られない部分もあるということ。南部のコリアンタウンなど。

それもまた京都奥深さ。東京資本が都合よく組み替えた「京都らしさ」を消費するだけでは、本当の京都の姿に辿りつけないと言うことも分かった。

京都の人は南北には移動するけど、東西には動かないらしい。それそれの場所で用が足りるのも古い町の特徴かもしれない。

長い間、支配と被支配が複雑に絡み合い、見下し見上げる目へ返す視線の厳しさ。それは分をわきまえる賢さと、それを逸脱する者への無言の蔑みの姿勢。それを洗練と言えば洗練。人が密集して住む場所独特の文化。

全編を通して定家など、新古今の歌が引き合いに出され、それも的確。

著者はドイツ文学を専攻し、ソウル大学で東洋哲学も修めたそうで、まさに博覧強記。講義を受けられる身ではないけど、面白く読みました。

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今もアクセス数多い。オロオロ。

2019-05-29 | 日記

69位ですと。もうびっくり。先日まで2,000位前後をうろうろしていたのに。

22時ころから増え始め、日付またいでまだまだ減りそうにない。

見ていただけるのは本当にありがたいけど、なんか怖い。悪いこと起きないといいけど。

書くのは楽しいけど、そろそろほかのこともしないと。

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5/12 宮殿コンサート 5/13ウィーンからブダペストへ 

2019-05-28 | 中欧音楽の旅

5/12 夕食のあと、またシェーンブルン宮殿のコンサートに行きます。オプションで別料金。

開演前。

この夜はコンサート会場が大ギャラリーに変更になっていました。宮殿内で一番大きな部屋でウィーン会議の会場にもなった由緒ある場所。

午前中にも見学したはずですが、聴衆として座るとハプスブルク家の大宮殿もぐっと身近に感じられます。

旅行前はウィンフィルを楽友会館で聴けると早とちりしていた私。でもまあ、これはこれでよかったです。

望むらくは曲目のパンフくらい貰いたかったけど、刷り物は一切なし。短い曲に寸劇風のオペラもついて、観光客だからこれでいいのかも。

外へ出るとすっかり夜。明日はブダペストへ移動、早く帰って早く寝ましょう。


ヒルトンガーデンインウィーンサウス。ホテルは郊外にあり、新しいいいホテルでした。

3時間半かけてブダペストへ。途中、一度休憩がありましたが、眠ってしまって、気が付くとこんなところへ来ていました。

ドナウ川だあ~ 橋を渡ります。

まずは食事。皇妃エリザベートの愛した老舗カフェ「ジェルボー」というところです。

ちょっと斜めになってしまったけど。

おしゃれなアイテムの数々。真鍮のテーブル。

前菜。小さなウリのようなのは漬物でした。

見た目はきれいだったけど、鶏の旨肉で食べない人も。

私も普段は食べないけど、次に何が出てくるか分からないので、たいていのものはいただきます。

紫のブロッコリーはポリフェノールたっぷり。

デザートのケーキはおいしかった。

オプションでコーヒーお願いしました。昼間からワイン飲んでコーヒー飲んで、訳わからん状態です。コーヒーは少量。

店内。この付近はケーキの店頭販売。

外へ出ます。

今日は昨日と違って暑い。

ガイドさんと待ち合わせて市内観光です。ブダペストはパリ風の趣のある街です。

https://www.youtube.com/watch?v=iszySM2BzoM

英雄広場に着きました。ハンガリー建国千年を記念して、1929年完成。歴代王や英雄の像が並ぶ。

聖イシュトバーン大聖堂。ハンガリー初代国王を祀る。

中は広くて涼しい。

祭壇。

大理石を多用。豪華。

再び橋を渡り、今度はブダ地区へ。

車窓から。漁夫の砦。

バス降りて石段上がります。

ヨーロッパ旅行はどの街も中心部は歩きます。足腰丈夫なうちにヨーロッパへ。

途中でストリート系音楽あり。

本日のガイドさん。日本語が分かりやすかったです。

マーチャーシュ教会。13世紀完成。途中イスラム寺院になる。第二次大戦で破壊されるが、再建。

二階の回廊が見学コースになっています。

祭壇と反対側の飾り。

ハプスブルク家の皇妃エリザベート像。

夫フランツヨーゼフとともにハンガリー併合時にここで戴冠式を挙げたそうです。1867年、日本の明治維新の年です。

イスラム風装飾が残っています。

 外へ出ます。漁夫の砦へ行きます。

ドナウ川と対岸がよく見えます。

好天です。

砦の横を通って土産物店へ行きます。手芸品などが多い店で、夫にニセアカシアの蜂蜜を買いました。

夜はこんなの食べました。ご飯が懐かしい。

グヤージュという名物スープは撮り忘れ。あまりバチバチ写真撮るのも迷惑になるのでこの程度でお許しを。

食事の後はドナウ川クルーズです。船を二隻通り抜けて、一番向こうの船に乗ります。

定員は100人くらいの船に、私たちのツアー12人、添乗員さん1人と贅沢なクルーズ。

初め下にいたけど誰もいないので

二階に上がりました。フムフム、よく見える。

向こうは何日もかけてクルーズする船。個室になっているようです。川は波がないので楽な旅だそうです。

午後7時過ぎ。まだまだ明るいブダペスト。

橋の下潜ったり

写真撮ってもらったり。寒いのでダウン着ています。

ヨーロッパで三番目に大きい国会議事堂だそうです。一位はイギリス?二位はどこでしょうか?

立派です。丸屋根がエキゾティック。

「美しき青きドナウ」が流れる中、往復1時間のクルーズです。

https://www.youtube.com/watch?v=b1R5v72c3pM

だいぶ暗くなって

ライトアップ。おおおーーーとどよめき。

周りの歴史的建造物も一斉にライトアップ、きれいです。

このあとはホテルに戻り、帰国の準備。今回は殆どお土産買わなかったのでスーツケースはガラガラ。軽くて楽でした。

もう買い物は必要最小限だけ。持って帰るのは写真と思い出だけ。これからの旅は楽にいきたいものです。

今回の買い物。あとキャンディとか髪飾りも。


5/14はホテルを5:30に出て、ブダペスト発8:40。

ミュンヘン乗り継ぎ。あの飛行機ではなく、左に停まっていたた飛行機でした。

ミュンヘン発12:15。11:35から搭乗が始まります。私は32G後ろの方です。アイルシートプリーズでいつも通路側。やれやれ。そして、11時間余りのフライトの後、関空には6:20に着きました。自宅へは昼前に。

楽しくて少々きつかった今年の海外旅行も終わりました。

次はいつ行けるかなあ。お金と時間と体力使って遠くへ行かなくても、流れる雲を静かに見上げるだけで充実感感じるようにそろそろギアチェンジしないと疲れるもと。

旅行記、長い間のお付き合い有難うございました。毎日のことに追われ、細部は急速に忘れつつありますが、印象に残っているのはザルツブルクの街、ハルシュタットの絵ハガキ的風景、そして何よりも雄大なオーストリアアルプスに魅了されました。

私自身、見聞が広くなり、よかったかなあと。。。。

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遊びで忙しい一日

2019-05-28 | 日記

バラの季節。山陽道下り福山SAで。2017年5月


本日朝、友達が夫仕事場へ来たついでに、木の芽の酢味噌和えと桑の実をくれた。桑は庭で収穫。

彼女の家は、何も遠くの山の中ではなく市内中心部、家も広いが庭も広い。行くと庭の中の離れで遊ぶ。離れはトイレ完備でロフトで宿泊もできる。離れでは飲み食い自由という極楽のような場所。我が家もあんな離れが欲しいものですが、もう建てる余裕ありません。

11時にはある場所に集合して、別の友達と山歩きをする予定が、あいにくの雨模様、麓の公園と休憩所だけ歩いて、今度はゆめタウンまで移動、昼ご飯食べて、高校時代の友達の家に遊びに行く。

ご主人もおられて4人で楽しく話して3時前には解散。

やれやれと、野菜などの買い物して帰宅。雨は上がった模様。

雨はよくなかったけど、暑いのも辛い。ちょうどよかったかな。


最近とても眠い。時差ぼけはさすがにほとんどいいけれど、最近、近所のマンションの上階から、男が家族に怒鳴っている声がよく聞こえる。始まるとなかなか終わらない。深夜や早朝。きわめて迷惑。寝られない。

単純な機械音と違って、人の声には感情がこもっているのでこちらまで気分悪くなる。こんなこと書くと、そのときだけ思い出して余計気分悪くなるのだけど。

早く引っ越してくれないかなあ。建て込んだ街中では騒音や人の声が何よりの迷惑。これから開けることも多くなので、我が家も気を付けたいものです。

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なんかものすごくアクセス数が増えて・・・

2019-05-28 | 日記

gooブログ、ユーザー数が何人か知らないけど、確か100万はあったとおもう。200万だったかな。

さっきリアルタイムアクセス見たら、このブログの順位が二桁になっていて、びっくり、ちょっと気持ちも悪かった。ネットにのせて今更だけど、恥ずかしき行状の数々を世間にさらして、プライバシーも駄々洩れ、あばら家の中の写真もいっぱい。

これからは個人が特定されるような写真と記事はやめておきます。

さて本日は午前中買い物、午後は疲れて寝てしまうし、夕方、修理上がりの夫のパソコン受け取りと、ついでに孫娘に届いた誕生日プレゼントのことで息子宅へ。

孫たちにせかされてアマゾンの商品説明をよく読まず、要らないアダプターまで買っていたので受け取りに行った。返品の予定。

明日は、と言ってももう今日ですが、友達と待ち合わせて山歩きの予定があいにくの雨。とりあえず集合して麓を歩き、もう一人の友達の家に遊びに行く予定。

五月は遊びに始まり、遊びに終わりそうで楽しかったけど、体力の衰えを感じた。日頃こまめに体を動かすことが大切だと思う。


先日、友達と旅行していて、他の二人があの人は在日らしいと言っているのを聞いた。在日…嫌な言葉です。人を一くくりにしてレッテルを貼り、一つの見方に閉じ込めてしまうのが。

私の好きなテレビ番組に、日本に住む外国人を毎週一人取り上げるのがあるのですが、一度か二度、アジア人が登場したけど、他はすべて欧米人、ロシア人など。日本に住む外国籍の人、たぶんアジア系がいちばん多いと思うけど、まるで初めから存在しないような徹底した無視。反対に、欧米人に日本を褒められて嬉しがっている。

これはどうしたことでしょうか。それを考えることで、外国人に対する日本人の立ち位置がわかる。


 


私の出身小学校は都市近郊の農村地帯にあった。(今は高級住宅地になって人気の高い場所ですってどさくさに紛れて見苦しい自慢。まあ実家を出た私にはもう関係ないけど)六年生の時、市全体の工作の展示会があり、見に行ったとき、私はうっかり手を伸ばして、テーブルの上の工作の一部を倒したことがあった。友達がすぐ直してくれたけど。

それを見ていた街の学校の男の子が、私に向かって「**小学校のものは悪い。**小学校には給食があるんか」とさげすんだような言い方をして、言い返せなかった私。そんな見方されてるって知らなかったからショックだった。もちろん給食ありましたよ。

偏見って、実際を知らないところから生まれると思う。くれぐれもレッテルで人を見ないように。私はそうしたいと思っている。


「在日」というのはある結婚問題に関しての彼女たちの噂話でした。旅行中に嫌な感じになりたくないので黙っていたけど、他人様の結婚にあれこれ口出しするのはいかがなものでしょう。口出しと言うか、無責任な感想。親なら心配したりはあると思うけど、関係ない私たちが無責任に賛成だとか反対だとか言うべきではないと思います。

したいのならさせてあげる。結婚の基本はそうです。その結果も当人が引き受ける。子供はえてして親の思うような結婚相手は連れてきません。しかし当人たちが二人で築いていく家庭、見守るしかありません。どんな家庭でもそれが基本。失敗するのも人権の一つ、自由に生きさせてあげましょう。


さて、先日の旅行中に同級生の噂話が出たので備忘に書き留めておきます。

彼女は去る裕福なお宅に嫁ぎ、何不自由なく暮らしていると私は思っていました。ご実家も旧家で名のしれたお宅とのことです。

同じクラスでもほとんど話したことない人でしたが、2年前の同窓会で私が太っていると目を丸くして驚いたのです。そうですね、高校時代からだと14キロも成長した私。丈夫な胃腸と自分に優しいこの性格、親から受け継いだ遺伝的体質が原因と思いますが、友達でもなかった人に面と向かって言われたくなーーーーい。

「そりゃ痩せたとは口が裂けても言えんじゃろ」と同居のさる人には言われますが、私もまだまだ女のつもり、言われたくなーーーい。

帰りにはまた念押しで「太ったわねぇ」ですと。ふん、余計なお世話じゃわい!!あんた、なんでそんなに高飛車なのとむかついて帰るつもりが、二次会で会いたかった男の子(当然おじいちゃんですが)に会えて、二人で長い間話しできたので結果よければすべてよし、いい同窓会になりました。

彼女にはそういうわけでいささか憤慨していたのですが、夫に30年来の愛人がいたのを最近知り、精神がおかしくなるくらい悩んでいるとの話。もう、びっくりです。高飛車な時はまだ知らなかったのかしら。

「お金がないのは我慢できるけど、女性関係はねぇ…夫も子供もいらんお金持たせると不良になる。お金に女の人が寄ってくるのよ」と私は相変わらずの持論を言いましたが、彼女はそりゃ悔しいでしょう。その悔しさは体験した者にしか分からないでしょう。

私が彼女の立場ならどうするかなあ。一億くらい貰って別れてやりますか。いえいえ、愛情が少しでも残っていたら別れられない。別れる、別れないは最後は愛情のあるなし。

この先一人暮らしも厳しいけど、それでも一人暮らしの方が自分が幸せになれると思えば別れられると思う。彼女には、結婚生活に留まるにしても出て行くにしても納得するいい選択をしてもらいたいと思う。


旅行記はあと、ウィーンのコンサートとブダペスト観光を残すだけになりましたが、またいずれ。

ブダペストの空港で搭乗前の手荷物検査受けていたら、係官の若い男性から「あなたは日本人ですか」「ハンガリーではどこを観光しましたか」「私は東京、名古屋、大阪、京都へ行ったことがあります」と話しかけてきました。大学で日本語を勉強したそうです。

身体検査のゲートで私は引っかかり、しばらく待たされて再検査受ける羽目になったのですが、「大丈夫ですよ。心配ないですよ」と言ってくれました。

外国で聞く日本語がつくづくありがたく、気持ちが楽になりました。

再検査はシロ、モニターにはお腹周りに怪しい影が。ん?脂肪??脂肪は凶器にはならんでしょう?

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ラシットのバッグをカスタマイズした

2019-05-26 | 縫物いろいろ

このバッグですが

脇を広げると大きくなります。

でもファスナー付きでないので、たくさん物を入れたら落とさないかと心配。

それで中袋を縫いました。

材料は手持ちのレースカーテンの端切れと、50cmのファスナーです。

手縫いをしたので時間がかかった・・・

6か所を安全ピンでとめます。

ファスナー締めるとこんな感じ。

中袋はバッグの中に入れておいて、出先で荷物が多くなったらセットするって…それも面倒。

どうするかなあ…やっぱりファスナーだけつけた方がよかったかしらん???

しばらく使ってみて、またこちらで報告させてください。

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やれやれ、大変だあ~

2019-05-26 | 日記

4月にずっと家にいた反動で、5月は遊びまくっていたら、ここへきて、私自身は疲れるし、夫もいろいろトラブル続きでめげている。

昨夜からキィーボードが不調で、パソコンが使えなくなったそうで、これって、致命的。

大事なデータはその都度ネット上やメディア、はたまた紙に打ち出しておけばよかったのだけど、わかっていてできないのも人の常。

あまり責めるのも気の毒で黙っているけれど、23日夜から給料計算しなさいと言っていたのに、全然やらずにカープの応援サイトやSNS徘徊していい気分になっていたらしい。

いえいえ、私も人のこと言えないけど。


先日、JRに乗ってはるばると某市役所まで行き、転籍してきました。転籍とは本籍地を変えることです。

結婚した息子たちは我が家が本籍地、私たちも我が家の住所にしました。これからは謄本、抄本取るのに郵送依頼で三日もかかっていたのが、地元区役所で住むので楽になる予定。

そもそも結婚した時、夫の両親の住所に本籍をしようとしたら、今は亡き舅が反対して泣く泣く、遠くの舅実家にしたのです。舅にしたら思い入れがあったのでしょうが、もう変えてもいいですよね。お義父さま。

その心は先日、パスポート盗られた人の話から。そしてこの先、私たちの相続の手続きが少しでも簡単になるように、今のうちに替えておく。


いいこともありました。昨日は孫娘の誕生日、一家で我が家に来て、お嫁ちゃんと上の子はカープの二軍試合をマツダスタジアムに見に行き、息子と下の子は我が家でお留守番。息子は二階の「集いの部屋」と息子たちが言っていた三人共通の遊び部屋で、畳の上に布団も敷かずに寝ていた。

夏、実家の畳の上で眠るくらいくつろぐことはない。それを見る私もくつろぐ。しばらくして、夫、息子、私でカープの試合見る。昨日も勝って、人生もこう好調なら言うことないけど、そうはいかないのがこれまた人生の常。

試合帰りにお嫁ちゃんがイチゴのショートケーキをホールで買ってきて、ろうそく立てて吹き消してみんなで食べて盛り上がりました。

午前中、二人の誕生日祝いをアマゾンで注文。男の子はシンカリオン、これはまあよろしい。女の子は犬のロボット、アダプター付きで1万3千円くらい。後で夫に言ったら驚いていたけど、今のおもちゃ、そのくらいするのかも。


本日、本当はうどんツアーに参加予定だったけど、夫の腰痛がひどく、キャンセルした。去年からの介護が原因と思いますが、家でみると言ったとき、私の立場では反対できなかったし、大変なことが私も前もってわからなかった。

私の固い決意、介護で子供に無理を掛けない。先のある息子たちの人生を邪魔しないよう、自分の始末は自分でつける。手がかかるようになったら、まだ家にいたいと頑張らない。

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雨のウィーン、美術館とモーツアルトハウス

2019-05-25 | 中欧音楽の旅

5/12 午前中、シェーンブルン宮殿と旧市街の見学の後、食事に行きます。

ウィンナーシュニッツェル。

平たくて大きなカツは炒め揚げするそうです。

久しぶりの豚肉、おいしかった。

デザートも甘くなくて食べやすかった。

外へ出て

13:30頃、ケルントナー通りへ出て解散です。

18時の再集合まで、しばしの街歩き。

オペラ座の前通って。モーツアルトの服装の人は本日のチケット販売。

雨模様で軒下を通らせてもらって

美術史博物館を目指します。

トラム。

マリアテレジア広場へ来ました。あちら午前中に前を通った自然史博物館。

向かい側の美術史博物館へ。

入り口でチケット買う。証明書見せなくてもシニアと言えば割引してくれた。

万国共通の顔パスあり。

中央階段とき抜け。

天井。

分かりにくいけど柱の上のクリムト。

音声ガイド各種あります。

日本語ガイド借りずに勝手に見たので見逃したのがありそうです。残念。

館内はフラッシュなしなら撮影自由。

人がいるので斜め横からしか撮れません。でもまあ、雰囲気は分かっていただけるでしょうか。

ピンボケ深謝。

デューラー「皇帝マクシミリアン1世」1519年頃。

「バベルの塔」ブリューゲル 1563年

人はそう多くありません。

「雪中の狩人」ビューテル、ブリューゲル。大作。美術の教科書にはよく載っている。

「鳥の罠の描かれた冬景色」ピーテル、ブリューゲル

人のあまりいない回廊にまとめて展示。小品でした。見逃すところだったーー

「嬰児虐殺」 ピーテル・ブリューゲル。人と馬の躍動感、雪景色の中の建物のたたずまいなどが見どころかと思います。

「草原の聖母子」ラファエロ

「フランス王妃マリー・アントワネットの肖像」

マリー・ルイーズ・エリザベト・ヴィジェ=ルブラン

「中庭から眺めたシェーンブルン宮」ベレルド・ベルナルド

ベラスケス 「薔薇色の衣装のマルガリータ王女」

ベラスケス 「マルガリータ王女」

ジュセッペ・アンチンボルト 「火」

作家はイタリア人。ルネッサンスの頃の人。

同じく「夏」

「水」

「冬」

ルーベンス 「毛皮をまとった妻」

ルーカス・クラーナハ 「ユーディロットとホロフェルネスの首」

聖書の中にある話でしょうか…


日曜日でしたが、美術館はそう人も多くなく、ゆっくり鑑賞できました。説明がドイツ語と英語だけ。やはり音声ガイドは借りるべきでしたね。5ユーロだったかな。こんなところで何節約しているのやら・・・

(訂正 ほかの方の旅行記によると音声ガイドは無料。しかしながら、解説される絵を見つけるのが大変で途中で放棄したとのことでした)

フランドル派の絵のコレクションは見ごたえありました。躍動感あふれる群衆画、絵の題材がそれまでよりうんと広がった印象です。何を描くかで、ほとんど絵も決まる。当時は新しい絵だったと思います。

アンチボルトの絵も不思議な魅力がありました。

一人で見たので感動を分かち合う人もいませんが、絵は一人で見ないと疲れます。私にはよかったかも。


雨の中をカラスが歩いています。ヨーロッパのカラスはツートンカラー。ニシコクマルガラス。

雨の中をモーツアルトハウスまで。近道しようと裏通りを行って却って迷った。

昼間なのに人もいなくて、ちょっと不気味。

モーツアルトハウス。死ぬまでを過ごした家。三階建て。

音声ガイドは無料貸し出し。

ホワッツ、ラングエッジ?

ジャパニーズで借りられました。

モーツアルトはここで裕福な生活をしていましたが、浪費も激しく、借金がありました。

ザルツブルクからウィーンに来て、出世して舞い上がっていたのでしょう。

30代の早死にでしたが、芸術は永遠。その美しい旋律はこれからも残っていくことでしょう。

入り口は地味です。

ミュージアムショップで夫にチョコレートとピアノ曲のCD買う。

食品は10% CDは20%の付加価値税付き。一店舗75ユーロ以上で、外国人は免税になります。


ウィーンは夜の宮殿コンサートを残すのみとなりました。それは又次の機会に。

 

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5/12 ウィーンのシェーンブルン宮殿と市内観光

2019-05-24 | 中欧音楽の旅

 

さて、前日19:30頃、ウィーンのホテルに到着しました。ヒルトンガーデンインウィーンサウス、今まででは一番落ち着いた宿でした。

朝は少しずつ、量はたくさん。トマトのチーズ焼きみたいなのがおいしかった。

外はテラス。今にも雨が降りそう。寒い。

庭に出てみる。ウツギの仲間。色が優しい。

コデマリはあまり毬にならない。

バスで出発、車窓から見る乗り合い連接バス。

シェーンブルン宮殿、着きました。

ハプスブルク家、夏の離宮。1749年完成。1814年、ウィーン会議の舞台にもなる。

深みのある黄色はマリアテレジアイェローと呼ばれるそうです。

うーーー、寒い。ダウンジャケット着ています。

見学者の入り口。

宮殿内撮影禁止。ベルサイユは撮り放題だったのに。。。。

6歳のモーツアルトが演奏した部屋もありました。いろいろ案内されたけど、写真ないのでだいぶ忘れています。

ベルサイユよりは地味だったかな。

見学終えて解散。30分後だったかな、再集合。

あちらのモニュメント、グロリエッテまで行きたいけど遠いそうです。

グロリエッテはプロイセンに勝利したのを記念して1775年完成。

去年だったか、ウィーンフィルがこの庭で野外演奏会していました。BSで見たのです。

見渡す限り、いっぱいのひとでした。

あこがれていたけど、たどり着くには遠いです。

とは言え、行けるところまで行ってみましょう。

噴水の向こうのモニュメント。壮麗。

ネプチューンの泉まで来て・・・

まだまだ遠い。それに見えなくなってます。時間ないので断念して引き返します。


バスで市の中心部まで。あとは連れられて徒歩観光です。

先ずはオペラ座。1869年、モーツアルトのドンジョバンニでこけら落とし。

毎日違う演目がかがるそうで、日本からも予約可能。当日券もあるとのことです。

15時から日本語ガイドツアーもあるそうですが、参加した人によるとガイドはオーストリア人らしく、わかりにくかったとのこと。

分離派会館。車窓から。

1897年、クリムトなどの若い芸術家によって結成された分離派の活動拠点。

モダンで斬新な外観、現在は新進アーティストの作品を展示する。

マリアテレジア広場と自然史博物館。

市庁舎は工事中。

バス降りてフォルクス庭園の見学へ。

国会議事堂が少し見えています。

バラとマロニエ。

旧王宮とフランツ一世像。

門をくぐって

ローマ時代の遺跡が見られます。

ロースハウス。分離派の?建物。100年以上前のものらしい。

斬新でモダン。今の建築もこの流れの上にあると思う。

グランベール通りを行く。

ペーター教会。

ペスト記念柱。ペスト撲滅を記念してナポレオンが建てさせる。

無量の給水器。オーストリアはアルプスが近く、水がいいそうです。

夏はミストも。

シュテファン寺院。雨で寒い。人多し。教会もこう続くと・・・

ケルントナー通り。

クリムト、クリムト、クリムト、クリムト。

老舗カフェ、ハイナー。

お菓子いろいろ。

こちらもカラフル。

横道へ。昼ご飯行きます。

劇場の前通って・・・長くなりすぎるので、残りは明日ご紹介します。

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只今、旅行中。

2019-05-22 | 旅行
友達2人に現地から一人参加。高校時代のあれこれ、誰が誰とくっついたり、わかれたりとか。
呑んで騒いで丘には登らないけど、一人4千円もしない。地方の底力😀




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湖畔のハルシュタットとドナウ沿いのメルク修道院

2019-05-22 | 中欧音楽の旅

5/11 ザルツブルクを早々に出て、ひたすらウィーンを目指します。

二時間ほどバスで走って、ハルシュタット湖に着きました。

周辺は急峻な山、街外れには世界最古の岩塩鉱があるそうで、今はホテルやレストラン、ショップの立ち並ぶ観光地に。

バスを降りて、湖の奥を見る。

向かい側。

観光客多し。

バスもたくさん。

みんなで、山と湖に挟まれた細い路地を歩いて行きます。

広場。

裏へ廻って、また表へ歩いてレストランに着きました。

野菜たっぷりの前菜。

マスのムニエルほか。なかなか出てこないので、今釣りに行っているというご意見もありました。

新鮮でおいしかったです。釣ったばかりはおいしいというご意見もありました。

ツアーの人たちもだいぶ打ち解けてきました。

食事のあと解散、一時間後に集合です。

町並みの一番奥まで行ってみましょう。

石段は、冬季、道が凍った時のエスケイプルート…らしい。

眺めのいいところへ来ました。

良すぎて絵葉書的ですが。いいお天気だったので良かったです。

帰りは花を見ます。北方の、亜高山帯の花がいろいろ。

和名はキバナオドリコソウ?オクエゾガラガラ。牧野の植物図鑑にはあります。樺太が日本だったころ、樺太にあったようです。

今でも北海道の高山にはあるのかも。詳細不詳。

フランスの奥地でも見たので、北半球に広汎に分布するようです。

ゲンノショウコの仲間。

クワガタソウの仲間。日本にもこの仲間があるようなので、見たいものです。

センノウの仲間。花の元がもっと膨らんでいると、フクロナデシコと呼んだりするけれど、花の名前は恣意的、言ったもの勝ちのところがあるので、正式の名前はよくわかりません。

戻りながら、水辺に出てみる。

変わった枝。広島県の天狗シデみたいに突然変異?

エクステリアが渋い。

苔玉風の鉢植え。

椅子の上のグリーン。

山が独特。

街で一軒のスーパー。時間があるのでチョコレートなど買いました。高かった。

向こう岸。

バスで次の観光地目指します。

途中のSAで、若い人の楽団。

ウィーンへ行く途中に、メルク修道院へ行きます。

11世紀創建、ベネディクト派の修道院。

宮殿のような立派な修道院。

マリーアントワネットが、フランスへ輿入れする途中、一泊したそうです。

修道院はドナウ川に面しています。広い庭です。

寸暇を惜しんでアイスコーヒーを頼みました。

うわおう、巨大なカップに生クリーム、コーヒー、アイスクリームが入ってます。

頑張って食べました。

華の都ウィーンまではあと100キロ余りとなりました。

今夜はウィーンに泊まり、連泊します。観光はこの日が中日。忙しい毎日ですが、流れに乗って行きましょう。

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