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日々のあれこれ
 

クレムリンと赤の広場の見学、そして帰国

2015-08-26 | ロシア旅行

8/15 クレムリンと赤の広場を見学して、いよいよ夕方ロシアを離れます。最後の観光です。

ホテルを出てバスで15分くらい走り(迂回したらしい)、クレムリンに着きました。今から見学者用ゲートに向かいます。

入ってすぐのところにある建物。

クレムリン大会宮殿。1961年完成。かつては共産党大会などしていたが、今はオペラ、バレエなどを上演。建物正面に双頭の鷲が輝く。

客席は6,000席だそうで。威圧的。

ウズベンスキー大聖堂は修復中。ロシア帝国の国教大聖堂。皇帝の戴冠式もここで行われた。地震倒壊後、1479年に再建。

廻り込むとこんな感じ。

イワン雷帝の鐘楼。1543年に完成。

右、武器庫とダイヤモンド庫。今から見学に行きます。左、ポロヴィツカヤ塔。もう一つの入り口です。

蹄の音も高らかに、馬に乗った衛兵が通ります。隊長は白馬、他の兵士は栗毛に乗ります。

大きさも歩調も揃って、目の前を通って行きます。

土日は騎馬部隊の交替式があるそうです。

通った後は清掃。車が排ガスを出すように、馬は生き物ですから。

イワン雷帝の鐘楼前広場で、交替式が始まります。大勢の観光客が待っています。

私たちはこの後、武器庫とダイヤモンド庫の見学。建物の中は撮影禁止。

武器庫とは博物館のことで、歴代王朝の宝物を、ダイヤモンド庫は飛行機に乗る前のような厳重なチェックがあり、出るときも時間を決めてドアが開きます。

クレムリンホームページから写真を拝借します。

戴冠式用のガウン?セーブルの毛皮?

王冠

儀式に使われた食器セット

花嫁衣装。ウェストが細い。昔の結婚は10代半ばだったそうで。

この他には馬車や玉座、武具など見応えたっぷり。


 

このあとダイヤモンド庫に。厳重な荷物チェック。ハンドバッグを開けて、中身を全部確かめられる。

いちばん目を引くのは自然金塊のコレクション。30くらいある。地中に金の塊のままあるのを掘りだしたそうで、それぞれキャベツくらいの大きさ。

「これはそのままの形の方が値打ちがある」と誰かが言っていた。参考に金の延べ板ではなく、ブロックが置いてある。それよりどれも大きい。うわあ~目がくらむ。一度にこんなにたくさんの金塊を見たのは初めて。エルミタージュでも黄金ばかり展示している部屋があったけど、こちらけた違い。

周りはずらりと王冠やアクセサリーなど。宝石の一つ一つがとても大きい。エカテリーナ二世が愛人から送られたという巨大なダイヤもここにあったのかもしれないが、ここはガイドもいないので気が付かなかった。残念!!

照明を落とした部屋でダイヤ他の装身具、煌びやかのをたくさん見て圧倒されました。

出たところで100ルーブルの絵葉書と3400ルーブルの琥珀のペンダントを買う。皇帝一族には及ぶべくもないけど、庶民なささやかなぜいたく。

 

鐘の皇帝

1733年から35年にわたって鋳造される。高さ6.14m、重さ200tの世界最大の鐘。

製作中に火災が発生し、水を掛けたら割れたそうで、一度も鳴らされたことがないとか。

おや、先ほどの衛兵が。パッカパッカとひずめの音も高らか。後ろの工事幕、大統領官邸の一部。きょうは土曜日なので、プーチンさんは自宅にいるのかも。

先ず音楽隊が。

目の前を通ります。

続いて騎馬隊。

きちんと歩くのが訓練のたまもの。脚の黄色いのはサポーター?飾り?

レーニン廟? ツアー客は行かないようです。

赤の広場

左からワシーリー寺院、スパスカヤ塔は公用の入り口で大統領も出入りする。大統領官邸と、小さな三角屋根はレーニン廟。丸い屋根は元老院。

広場は土曜日で大勢の人です。

昔、大統領他の人たちがここに立ち、人民に挨拶していた。。。。のは北京でしたか。。。。

ニコリスカヤ塔と国立歴史博物館

反対側の国営デパート、グム百貨店。

向こうにワシーリー寺院が。最もロシア的風景。設計した二人は二度と他で同じものを作らないようにと、イワン雷帝から目をくり抜かれたそうで。いゃあ、権力者のめちゃくちゃぶりもロシアは並外れているのかも。。。。

 

グム百貨店内部。通路は二本。三階までの吹き抜け。ショップ色々。作りは広島のダイヤモンドシティソレイユみたい。あそこもイオンとかダイソーとかいろいろ入ってますが、こちらはブランド店ばかり。

店の中心、スイカの切り売りにスイカジュース、この手前でまたしてもアイス食べる。50ルーブルくらいだったかな。ガイドさんが通訳してくれた。

地下のトイレはあまりきれいではなかった。残念。

クレムリン全体が丘の上、ワシーリー寺院は通り過ぎて振り返るときれい。

さよなら、クレムリン、さよなら、赤の広場。手前から、スパスカヤ塔、レーニン廟、ニコリスカヤ塔。

広場の外に出てバスに乗って食事に行きます。

 

スープや

魚料理や食べて

・・・・・・・・・

空港へ。いよいよ帰国です。

モスクワ川を渡り

空港へと急ぎます。ロシアの道は広くてまっすぐ、トンネルなし。向こうは火力発電所。

サンクトペテルブルクへ戻るのならいいんだけど、私たちは空港に向かっています。

空港に着きました。

飛行機色々。エアロフロートらしい。

サヨナラ、ロシア

サヨナラ、悠久の大地。

素朴で桁はずれていて、国は広くて、人は大らかで、無愛想で、でもきっと正直で、不思議な魅力のある国でした。

大韓航空、以前はそうも思わなかったけど、食事はやや地味かな。

朝はお粥をチョイス。ふりかけ掛けます。

ソウルでは四時間くらい待つ。トランジット客は無料のシャワー室あり。髪を洗いました。福岡へ向かって飛びます。空は秋の気配。

一時間半のフライト、国際便なので水平になってから軽食配る。忙しいです。

福岡郊外、海の中道。右が金印の見つかった志賀島らしい。

福岡港と福岡市内。

どんどん高度を下げます。市街地の真ん中にある空港まであと少し。

無事着陸。8/16 15:25

お疲れ様。終わってみればあっという間の6日間。強行軍と寝不足、消化器管の不調と、たいそう疲れる旅でしたが、写真整理して、やっとがどんなところへ行ったか理解できた気がする。

何事も復習、大切。

ロシア旅行、長い間のお付き合い、ありがとうございました。

 

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修道院を見学、モスクワに帰る

2015-08-25 | ロシア旅行

8/14午後、モスクワから70キロ離れたセルギエフポサードのトロイツエ・セルギエフ大聖堂を見学します。

こちら事務棟。日本風に言うと社務所。トイレもあります。

ガイドさんが入場券、買に行ったので待っています。

入場券のほかに、写真撮りたい人は撮影券も購入。100ルーブルだったかな。記念に缶バッジ貰いました。

ウズベンスキー大聖堂。イワン雷帝の命により、1585年完成。

鐘楼と右は何だったかしら?

精霊降誕教会。

僧院の食堂内。たくさんのイコノタスで荘厳な雰囲気。

壁や天井を覆うフレスコ画。17世紀に作られたという。観光客のほかに熱心な信者さんが礼拝していました。

観光客には厳しく言われないけど、男性は帽子を脱ぐ、女性は手持ちのスカーフで髪を隠すくらいの気遣いが欲しいところ。

そう、私たちは異教徒だけど、いえ、異教徒だからこそ、現地の人の信仰するものに敬意を払いたいものです。

外へ出てきました。ロシア正教の教会はどこかアジア的。フランス、ドイツなどの教会とはかなり違います。胸の奥にふつふつと違和感が沸き起こるのは、カトリックや新教の教会を見慣れているからでしょう。

ロシアの教会はカラフルで、屋根が円くて、うーーーむ、インパクトがありました。

今からモスクワへ帰ります。

モスクワ市内。バスの車窓から。車線がありません!!

でも不思議と車はスムースに流れています。

午前中食事したアルバート通りで解散。各自、買い物をします。

通りの入り口に大きなスーパーがあり、そこで最後の買い物をしました。アリョンカのチョコを買い足したけど、チョコはヨーロッパ各地にある正方形のがおいしかったかも。

アリョンカはちょっと柔らかかった。日本か暑すぎるのが悪いんですが。スイカのガムも珍しいので。ロシア人はスイカ好きらしく、道端で山盛りにして売っていたり、デパートでも山盛りしていましたね。

所変われば品変わる、ゆっくり買い物できなかったのが残念です。

夫は屋台大好き、夕方から開く屋台で蜂蜜の試食などしたとか。大道芸も見たそうです。

こんなのを買った方も。有名なおみやげらしく、日本で買うと激高らしい。残念!!知らなかった。

写真撮らせてもらう。

ホテルはモスクワマリオットグランドホテル。クレムリンに近い高級ホテルとのこと。ツアーの最後はたいていいいホテルへ行きますよね。

食事はホテルのレストランで。肉は厚かったけど、とてもかたくて、ナイフでギコギコ切り離す。ケーキは、スーパーの山崎製パン製風。

とは言え、私は、出された食事の文句は言わないと躾けられた世代なので、黙っていただきます。

フランスのツアーでは食事もいろいろあり、おいしかったので、期待しすぎてました。こんなものと割り切れば、ロシアの旅もまた楽し。

ドイツは、とても塩辛くて食事も単調。北へ行くほど食事は質素かな。ロシアは最近観光客増えたらしいので、まあ頑張っていると思う。

テーブルに水は各自一本ずつ置いてあるし、コーヒー紅茶は無料だし、こちらは嬉しいサービス。

翌朝、窓から。

ロビーから見ると地下階には噴水が。

ガラスの天井で明るい。

さよなら、お世話になりました。15日朝。きょうはクレムリン見学して、夕方の飛行機でソウルへ、明日の午後福岡に帰ります。名残惜しいロシアの旅です。

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モスクワからセルギエフポサードへ

2015-08-23 | ロシア旅行

8/14 午前九時前、列車はモスクワに着きました。きっとサンクトペテルブルク駅というはず。

駅前。第一印象は雑然として、ビルが威圧的で、北京に似ているかな。

ここでガイドさんと落ち合います。ガイドさんは、モスクワ大学日本語学科の院生の若い女性です。

朝ごはん食べにレストランへ行きます。

ハードロックのライブハウス。午前中、ツアー客を受けているようです。夜は当然、がらりと様子が変わることでしょう。二階へ行きます。

アーティストゆかりの品が。

食事はビールのつまみ的な・・・

まさか来て歌ったわけではないでしょうが。

レストランはアルバート通りにあります。向こうは外務省だそうです。

プーシキンがしばらく住んでいた家。

プレート

家の反対側の銅像。

こちらがお店。店名ハードロック?

外務省前でバスを待ちます。

道は何車線?とても広い。向こうは銀行。

このあとバスで二時間ほどで、古都セルギエフポサードへ行きますが、寝てしまって途中の記憶も写真も一切ありません。モスクワから北北東に70キロとのこと。

次にバスを降りたのはこんなところ。今からマトリョーシカの工房見学です。

ロクロに、二年間乾燥した菩提樹の木をセット、ノミで削り出します。経験と勘だけの一発勝負。

きょうは職人さんは夏休み、「おかみ」が説明してくれました。この「おかみ」、なかなか向こう意気が強く、ツアーバスの運転手と大声で言い合いしてましたが、ロシア語なので内容は分かりません。

工房は菩提樹の森の中にあります。

ボダイジュ。

ヤナギラン。北半球の寒冷地に広く分布。日本も長野県のスキー場や道端など、今の時期よく見られる花。

日本で言うと、アキノキリンソウ。左下はキツネノマゴ。赤いのは初見。名前不承。

????

絵付け体験。

バスで移動。トロイツェ・セルギエフ大聖堂へ向かいます。

バスを降りて。。。先ずは昼ごはん。

修道院の一部を改装したような建物の中でいただきます。

こちら蜂蜜酒。蜂蜜味の発泡酒でほのかに甘くてさわやか、おいしゅうございました。

ヌードル入りスープ。

壷焼き。カップの中にジャガイモと豚肉。それをパン生地で蓋してオーブンで焼くらしい。

店内。宗教的場面の壁画。


 

店の外のバラ各種

さていよいよ、世界遺産、大修道院の見学です。立派な教会の中はどうなっているんでしょうか。

 

 

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食事のあとモスクワへ

2015-08-22 | ロシア旅行

8/13 夕方、再びサンクトペテルブルクに戻り、夕食です。

昨日見た血の上の巡礼教会が見えます。

独特の造形。

パワフル。今回内部の見学がなかったのが残念。日程tite。


 教会近く、半地下になったレストランへ。

サラダ

夕食はフォークロアーショウを見ながら。民族衣装を着た女性二人、ご高齢の方と体格のいい方。いい声でロシア民謡を歌います。

客が指名されて踊ります。焦る同行人。振り回されそう~

このあと、私も指名されてよさこいの鳴子みたいな楽器持って踊りました。

旅の恥は何とやら、固辞したのでは場がしらけます。

でもそんなことなら初めから言ってよね。奥の方の出にくい席に座るから。

ロールキャベツに・・・

フルーツ盛り合わせ。ロシアの料理は素朴なのが多かったです。

飲み物サービス。良心的。

外へ出るともう午後8時過ぎています。まだ明るい空に虹が。

しかも二つ。三角の屋根の上、見えるでしょうか?


 

 

このタイミングだったか、夜の列車出発が23:43と知らされる。まだだいぶ時間があります。

お土産物屋に寄ったり、自由時間もたっぷり。でも寝不足その他で体調悪いです。

芸術広場に立つプーシキン像

その後ろのロシア美術館

お土産物屋さんではだいぶ休んだ。店の前の飾り。


 

やれやれ、モスクワ駅(モスクワへ向かう路線の出発点なのでこう呼ばれる)近くのショッピンクセンター手前で、爆弾テロの恐れがあって今閉鎖中との説明。でも30分くらいで解除になりました。

皆さんは買い物に行きましたが、私と佐賀からのご夫婦はトイレへ。迷ったらいけないとワーシャさんがずっとついていてくれました。本当に感謝です。一人でトイレに行って迷子になった人が過去にいたのでしょうか。

やれやれ、やっと列車にに乗り込みます。

左の寝台車で、モスクワには明日8:40ころ着きます。

 

モスクワとは直線で650キロの距離。列車は途中何度も停まりながら、9時間かけてモスクワへ。

二人一部屋。コンパクトですが、機能はいろいろ。ベッドの下にスーツケース入れます。

窓際に頭を持って行くと寒かったので、ドアの方へ向いて寝ました。トイレに行く時も施錠して行きます。

夜が明けてきました。

軽食サービス。

ロシアの接客業の方は一切笑顔がありません。業務外のことも一切しません。これはお国柄。日本人から見たら無愛想で怖そうに見えるけど、案外いい人かも。

ワーシャさんみたいにおもてなしの心のある人は例外のようです。ワーシャさんとはモスクワ駅で別れました。モスクワもワーシャさんに案内されたかったなあ。

 

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ピョートル大帝夏の宮殿へ

2015-08-22 | ロシア旅行

8/13午後、ピョートル大帝夏の宮殿を観光します。

食事のあと、40分くらいバスで移動します。茫漠たるロシアの平原。広い国です。

着きました。ここは北方戦争に勝利したピョートル大帝が、大国にふさわしい宮殿をと、晩年、心血を注いで作らせたという。

写真、左下が入り口です。

宮殿は、フィンランド湾に面した斜面の地形を生かして作られています。

何よりの特徴は噴水がたくさんあること。

シャワシャワ、ジャバジャバ・・・・惜しげもなく滝に水が流れ、ゴージャス。この場所だけで37の銅像、64の噴水、142の水の吹き出し口があるそうです。

この噴水はポンプなどは使わず、22キロ離れた水源地から水を引き、宮殿後ろの上の庭園から落差を利用して噴出しているという。

冬は凍るので、噴水は止められているとか。

中心にあるサムソン像。ライオンの口を引き裂き、その口から参ったーーーというように水が20メートルも吹き上がる。

これは、対スウェーデン戦争勝利25周年記念として1734年に建てられた。スウェーデンの国旗にライオンがあしらわれていることから、そのライオンをも打ち負かす力を誇示している。

はじめは船で宮殿に着けるため、これら噴水はなかったそうです。

下へ下ります。いろいろな噴水があります。子供が喜びそうなアヒルの噴水。

ナチスドイツの破壊跡。エカテリーナ宮殿よりもひどかったそうです。

水路から宮殿を振り返る。

突然の豪雨。傘を持たない観光客が東屋で雨宿り。ガイドさん曰く、「サンクトの天気は美人の心と同じ。変わりやすい。一日の中にすべての気候が入っている」

雨が降って涼しいというか、寒くなりました。

海まで出ます。風もあります。

向こうにサンクトペテルブルクの町が見えます。ここへ来る観光用の船もあるとのこと。

広い公園です。前を行くワーシャさん。ホスピタリティ溢れた方で、とても楽しい旅になりました。ありがとうございます。

もう雨が上がりました。変わりやすいお天気です。

これは面白い。ロシアンルーレットみたいないたずら噴水。上手く走り抜けられたらOK、どこかを踏むと、いきなり水が出てきます。このお嬢さんたちは当たりでした。

花壇に来ました。日本のノカンゾウに似た花。

バラ園も。涼しい気候で、バラはよく育つのでしょうか。

またしてもサムソン。今度は魚?手前はオオバギボウシ、日本原産。花壇の縁取りとして欠かせない花。

とても広くて豪華な宮殿と庭園、ロシア帝国の栄光を今に伝えているようでした。

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エカテリーナ宮殿

2015-08-21 | ロシア旅行

観光二日目8/13 いよいよエカテリーナ宮殿の見学です。

ホテルは8:30頃出ました。鍵の開かなくなった部屋があり、解除するのに時間がかかったそう。でも無事出発できました。

高速道へ入ります。あいにくの雨です。

ロシアの平原。

一時間ほどで宮殿近くのバス駐車場に着きました。歩いていくと向こうに見えてきました。

向こうに見えるのは出口。開門までしばし待ちます。風があってとても寒いです。11月頃の感じ。夏服の上にジャケットを着ます。

もうすく゜門があきます。

やったあ、一番乗りです。誰もいません。開場は10時くらいからでしょうか。ちなみにここもナチスドイツが破壊し、近年ようやく修復されたとか。

夏場はツアー客優先で、個人で行ってもなかなか入れないそうです。

1724年、ピョートル大帝の妻、エカテリーナ一世のために建設される。夏の宮殿として利用したそうです。日本で言うと吉宗とかあの時代ですね。質素倹約と言われた時代、倹約の対極にある宮殿。

1752年には、女帝エリザベータがバロック様式に改築し、この時、外回りの金の装飾にペンキを塗ったそうです。エリザベータは派手なのが嫌いだったそうで。

さらにエカテリーナ二世の時、クラッシック様式に改装され、現在両方のスタイルの豪華な饗宴が見られるそうです。私には様式の違いは分かりませんが、ともかくも豪華絢爛らしい。ドキドキ。

建物の反対側は緑地になっていて、カラスがいます。コクマルガラスです。以前イギリスでニシコクマルガラスというのを見ました。あのカラスに比べて、首のあたりの色がより薄いのが特徴です。

翌日、佐賀県から参加の方が、佐賀にはカチガラスというのがいると教えてくれました。

カチガラス…初耳です。

「広島の方なら知らないですね」とのこと。

こちらです。http://worldjc.com/3934/

カチカチと鳴くのが縁起がいいので、秀吉の朝鮮出兵の時、九州へ連れ帰ったのだとか。厳密に言うとカラスではなく、カササギのようですが、佐賀県の県の鳥にもなっているとか。いゃあ、勉強になりました。ありがとうございます。

入ります。ペンキで塗るより、金の方がよかったのにと、個人的には思います。

宮殿内土足禁止。土に着いたバクテリアやカビが宮殿内に棲みついてもいけないしね。

入ってすぐの階段

壁に古伊万里の壷などを飾っている。当時は船で運んで、とても高価だったとのこと。

大広間。ベルサイユ宮殿、鏡の間によく似ている。あそこよりは狭いけど、両側窓で光がたっぷり。

金が・・・☆☆キンキンキラキラ~☆

一番乗りなので、目の前に誰もいません。この贅沢感。ワーシャさんいわく、皆様方、運がいいですよ。いつもは人が大勢でとてもゆっくり見られませんから。

少し人がやってきました。

鏡に金が映り込んで、豪華さ、二倍、三倍、四倍増し。

次の部屋へ

豪華な部屋が続きます。水色のはオランダ焼きのマントルピース。一枚ずつ違う絵が描かれています。

豪華に食卓を再現。

何気に置いてあるマイセン。

椅子も豪華。緑の壁材も高価なはず。何でしょうか。黒人の飾りは、実際にアフリカに植民地がなくとも、帝国の版図が大きいことを示すためと思います。

エカテリーナ二世。元々はドイツ人、姑エリザベータに請われて、王妃としてロシアへ来る。エリザベータ亡き後、夫を暗殺させて帝位につく。

己の運命を生ききった人と言えるかも。

緑の食堂。古代ローマ風の浮き彫り。

琥珀の間は撮影禁止。琥珀自体は高価と思うけど、色合い的には地味。部屋がほんのり暖かいのは琥珀の持つ暖かさだそうです。

ショップには琥珀の装身具たくさん売っていたけど、買う時間がなくて、クレムリン内で買いました。

こちらも第二次大戦中、ドイツ軍によって破壊、略奪され、2003年にようやく再現されたそうです。それから観光客がとても増えたとか。

つくづく、戦争の罪深さを思いますね。アメリカの手助けして、世界の果てまでも軍隊出そうなんて、気が狂ったとしか思えない。

出てきました。まだまだ修復は続きます。

今度は気持ちいい木陰を歩いて・・・

こちらへ行きます。

キャメロン、ギャラリーです。エカテリーナ二世の時、思索するための散歩用に作られたそうです。

庭が見下ろせます。夏の花がいっぱい。

先端の階段下りた先には池があります。

ぐるっと公園を廻ると、むこうにさっきの宮殿が。

雀。日本のより少し色が薄い。

説明するワーシャさん。

お昼は郊外のレストランで。ツアー客が増えたので、レストランも増えた模様。

メインはシャシャリクという串焼き。肉が固かった。ロシアはどこでも肉が固かった。日本人が柔らかいのを好みすぎるのかも。

午後からピョートル大帝夏の宮殿へ行きます。いいお天気ですが、やがてとんでもないことに…

 

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ロシアバレエを鑑賞する

2015-08-20 | ロシア旅行

子供のころ、松島トモ子、小鳩くるみといった少女スターが活躍していたころ、バレエは憧れの習い事でした。

でも近くにそんな教室ないし、あぜ道駆けまわってツクシを採っていた少女も、老人になってやっと、ロシアで本場のバレエを見たのでした。長生きはするものです。

子供の自分に言ってやりたい。大丈夫よ、見られるからねと。

実は旅程に入っているって知らなかった。4月に申し込んだときにはオプションで23,000円のバレエ鑑賞が付いていたけどパスして、夜はホテルでゆっくりするつもりだった。

7,8月出発にはバレエまたはオペラ鑑賞が付いているんだそうで。これはラッキーというかお買い得。日本で見たら1万円くらいするのかな。見たことないけど。

6時からホテルで食事(ハイキング)、7時ホテル出発、8時開演、終演は23時過とtiteなスケジュール。でも流れに乗っていきましょう。

会場はこちら、アレキサンドリンスキー劇場。客席は1,378人、素敵な劇場です。

道を挟んでピンク色のビル。

一階は焼き鳥屋。寿司店とともに市内各所で見かけました。ロシアも日本食が一定程度根を下ろしているようです。

チケット貰います。二列目の41番です。いい席かも~

夏場の、観光客対象の公演らしい。夏は本当はオフシーズンとのこと。

オーケストラが音合わせしています。観光客多し。

玉座もある劇場内。でもピョートル大帝(だったかな)は舞台袖の、客席からは見えない席で鑑賞し、踊り子たちと楽しく過ごしたとか、どうとか・・・いゃあ、皇帝はやりたい放題。

またしてもガイドさんに写真撮ってもらう。二人で写真に納まるなんて気恥ずかしい。

公演中はもちろん撮影禁止。これはアンコールで最後のあいさつの場面。

指揮者も舞台に上がってきました。

 

すっかり夜も更けました。ものすごく眠くて半分くらい寝てしまった。残念。

外へ出ると小雨でした。バスまで急ぎ、今の劇場を振り返ります。海沿いなので、雨はけっこう多いそうです。

向かい側のビル、ライトがとてもきれい。

ホテルへ帰って風呂入って寝たのは12時ころ、明日は郊外を観光するので、スーツケースを各自でバスに積み込んで8:15発です。忙しいです。あれこれ考えず、一刻も早く眠りましょう。

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エルミタージュ美術館へ

2015-08-20 | ロシア旅行

午後からエルミタージュ美術館の見学、約3時間の予定です。

はじめは皇帝が冬の間を過ごす宮殿として建てられ、その後エカテリーナ二世は、美術品を購入してそれを鑑賞するための建物を建設。隠れ家という意味のエルミタージュが現在の美術館の語源となっているという。

収蔵品は300万点に及び、一点30秒ずつ見るとして飲まず食わず眠らずで7年だか9年だったか。展示されているのはごくわずかで、しかもツアーではそのまた一部しか見ません。豪華な内装も見るので、人ごみ掻き分け掻き分け、美術鑑賞というよりは名所めぐりの趣。

美術館内は人の熱気で蒸し暑く、時たまの窓からの風が嬉しい。そんな美術館でした。

収蔵品がデータベース化されてるそうです。http://www.hermitagemuseum.org/wps/portal/hermitage/

 宮殿広場前でバスを降り、今から見学です。真ん中に立つのはアレクサンドルの円柱。

あちら入口です。

めったに二人で写真撮ることがないけど・・・

豪華ですね。ロシアの宮殿が明るい色なのは、冬のお天気にでもきれいに見えるようにと考えたからだそうで。夏でももちろんきれいです。

入ります。

入ってすぐの大使の階段。城の正面玄関です。

豪華なシャンデリア

シャンデリア/白の間

ピョートル大帝の間。(小玉座の間)

「ピョートル大帝とミネルヴァ」という絵が飾ってある。

紋章の間

ブロンズ製のシャンデリアにロシア各県の紋章がデザインされているそうです。

1812年のギャラリー。ナポレオン戦争に参加した300人の将軍の肖像があります。

こちらストロガノフ将軍。歳とって堅い肉が咬めなくなったそうですが、若いときは美男子。

聖ゲオルギー(大玉座)の間は皇帝に拝謁する部屋。人が多いので全体を撮れなかった。残念。

天井と同じ柄のモザイクの床。

パヴィリオンの間。元は四部屋。エカテリーナ二世の愛人が暮らしていた。孔雀の時計は愛人からエカテリーナへのプレゼント。時刻が来ると鳴き声がします。

象嵌のテーブル。

きれい。

窓から川を見る。風が涼しい。

続いて美術品を見ます。

ダヴィンチの聖母ブノワ

ダヴィンチの間。天井。

こちらもダヴィンチ。リッタの生母。

この二点の前は人が多く、鑑賞は順番待ち。

ラファエロの回廊。ラファエロが描いたヴァチカンのフレスコ画を摸写したもの。

アントニオ・カノーヴァ作 三美神 

古代絵画史の回廊?

天使像。どちらへまわっても目が合う。

この他に各地で発掘された黄金の美術品を展示した黄金の間、見学。照明を落とした部屋でロシア語の案内が付きます。

印象派以後の近代の絵画は別館にあり、見学しません。そちらは大変すいているそうで、いつかまた・・・があればいいけど。

十月階段。1917年10月、レーニン率いるポルシェヴィキがこの階段を駆けあがって宮殿になだれ込んだのがロシア革命の始まり。とガイドさんの説明。

記念のプレート。でも突入したのは大使の階段とするサイトばかり。詳細不明。 

オランダ美術の部屋

 

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レンブラント フローラに扮したサスキア

レンブラント 放蕩息子の帰還

美術館には印象派以後の近、現代絵画も展示していますが、今回は行きませんでした。残念ですがツアーの宿命、仕方ないですね。諦めることといたしましょう。いつかまたサンクト・ペテルブルクに還ってくることがあれば、その時には見たいものです。

階段下ります

弾丸見学終了。解散してしばらくしたら再集合。午後は私がアイス。

もう疲れてしまって、歩きたくありません。このあとホテルへ戻り、食事してバレー鑑賞です。

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サンクトペテルブルク市内観光

2015-08-19 | ロシア旅行

8/12 世界遺産サンクトペテルブルク市内観光とエルミタージュ美術館見学です。

旅行社から渡される旅程表に詳しい時刻の記載がないのは、美術館の見学予約時刻が不確定のためのよう。美術館は3時間滞在、駆け足で見どころだけ廻り、よく歩き、よく疲れました。

足腰丈夫なうちにヨーロッパへ。しみじみと思いました。

窓からさっきのスーパーが見えます。そろそろ出発です。人影はほとんどありません。右へ5分も行くとバルト海。何かの施設の建設中で海へは近寄れません。

客室数1,000室以上の巨大ホテルで、真夜中近くになってもツアー客が次々やってきていました。


 

先ずはボりシャヤ・ネバー川に面したスフィンクス像前へ。

左右一対あります。19世紀初め、ギリシア人の考古学者が発掘し、購入先を探していたところ、ロシア人の将校、外交官目に留まり、国の財産として購入。船ではるばると運ばれ、1832年にここに据えられたとのことです。

赤いのはロストラの灯台柱。向こうにペトロパブロフスク要塞が見えます。

対岸にエルミタージュ美術館が見えます

宮殿橋をバスで渡って広場で降ります。ニコライ一世の像があります。脚二本で像を支えています。

ギラギラと暑い日差し。でも空は秋の色。

反対側にあるイサク大聖堂。帝政ロシアのシンボルとして1858年建立

この地は元々低湿地だったため、地中に杭を打ち込み、石を敷き詰め、重い柱を立て、完成までに40年もかかったそうです。金色の屋根は純金と水銀の合金とガイドさんの説明。

ちなみに二日間の観光のガイドさんはワーシャさんという40代の男性。とても日本語が上手で、ユーモアたっぷり、本業はオペラの演出家、以前はオーケストラでバイオリンを弾いていて、日本にも講演に来たそうです。

その時、日本の魅力にはまり、日本人にかかわる仕事がしたいと、独学で一年間で日本語マスターしたそうです。四文字熟語などもよく御存知。サンクトの中心部アパートにに奥様とオザワクンという猫、あともう一匹も日本風の名前でしたが、失念。

ワーシャさん、皆様、右のアパートの四階をご覧ください。こちらはとても重要な建物ですが、お判りでしょうか。

客全員、・・・・・・

ワーシャさん、私の住んでるところです。皆様、次またきっとサンクト・ペテルブルクヘゆっくり来てください。私の家にも来てください。

とホスピタリティ満点のガイドさんでした。二日間、とても気を遣っていただいて、ロシアの商店などはおおむね無愛想でしたが、この方一人のおかげで、ロシアにいい印象を持ちました。

 

エルミタージュ対岸のペトロパブロフスク要塞。ピョートル大帝の時代に作られ、実際は監獄として使用される。ピョートル大帝の皇太子も謀反の疑いでこの獄で拷問を受けて死亡したとのこと。

またこの中の聖堂には歴代のロシア皇族が眠っている。最後の皇帝だけは遺骨が確定していなかったが、時代が下り、大津事件の証拠品とDNA鑑定で照らし合わせてようやくそれと分かりまつられているそうです。

正午に号砲が鳴りました。

続いて血の上の救世主教会へ。

「人民の意思」派のテロで1881年にアレクサンドル二世が暗殺された場所に建つ。建築は1907年

土台はコンクリートで、新しい技術が随所に見られるとか。ソ連時代は倉庫などとして使われていたが、修復して元の姿によみがえったとのこと。サンクト・ペテルブルクの人気スポットで観光客多し。

観光客相手のアイスクリームスタンド

品数豊富。130円から200円くらい。指さしてお金を渡すとアイスボックスを開けてもらえます。

もうおじいちゃんだけど、アイス大好き。見たらたいてい買ってしまいます。胸に燦然と輝く旅物語。

続いてお昼ご飯のレストランへ。パリ風のお洒落な通りです。向こうは劇場。名前失念。

前菜のスープ、トマト味にハーブが効いていて、やや塩辛い。ドイツほどではないけれど。

このあとビーフストロガノフ。これはストロガノフという人が歳とって、牛肉を柔らかく煮込んだ料理を好んだことからつけられたそうです。肖像画がエルミタージュ美術館にありました。

お天気良くて暑いです。昨日の疲れがまだよく取れていませんが、頑張って午後も観光いたしましょう。

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広島→福岡→ソウル→St.Pertersburgまでの長旅

2015-08-19 | ロシア旅行

福岡空港で、JTB受付カウンターでe-チケット貰いチェックインです。ソウルで6時間待ちの乗り継ぎです。

機内食は韓国料理も選べます。

夕陽を追いかけながらひたすら西へ。ヨーロッパへ入ってきました。大小の湖が見えます。

もうすぐです。ソウル、インチョン空港発17:55、サンクトペテルブルク着21:30。時差はロシア西部で日本と6時間。日本時間では翌日の午前3時半になりますね。さすがに疲れました。

畑が見えます。まだまだ日が長い。

ロシアの高速道路。

着きました。入国審査は出入国カードを一人ずつ係官が作るので時間がかかります。

二人行方不明の人がいて、荷物が出てから20分くらい待っていました。両替所を探していたらしいけど、見つからなかったようです。

兌換率悪くても、当面のお金は準備した方がいいかもしれませんね。

空港出るのに1時間、バスで市内まで1時間、もう日本時間で朝の6時近く。さすがに疲れました。短い時間でしたが、バスは日本語科の学生さんがガイドをしてくれました。そろそろホテルに着きます。


 

ホテルはパークイン・プリバルティスカヤ。ソ連時代は外国人専用のホテルで地元の人は近寄れなかったとか。

今は外資系に経営が移り、ツアー客御用達のホテルになっているようです。中国からはビザなしで来れるので、中国からのお客さん多し。あとは韓国と日本がちらほら。中国人は食事会場は別でした。

いかめしい作りは社会主義の名残?

案内のmapで顔隠す。

1703年、この街を造ったピョートル大帝の像。1712年、帝政ロシアの首都がモスクワからバルト海に面したこの地に移り、西欧に開かれた窓として発展を遂げる。都市の名前はピョートル大帝の守護聖人ペトロから採り、ドイツ風にしたとのこと。

本日は9:30ホテル発。ゆっくりしているので海まで散歩。海岸には行けないので引き返します。

アパートと放置した車。広い国なので駐車場というのは特になく、どこにでも停めています。そのまま乗り捨てるのもあるようです。車を洗う習慣はないとのこと。

スーパーは八時開店

品物豊富。

おみやげコーナーも。

部屋に返って一休み、午前中は市内観光です。

ヨーロッパは初めての夫は期待いっぱいらしい。私はまあまあ。ケンカせず仲良く旅したいものであります。

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ロシア、おみやげいろいろ

2015-08-17 | ロシア旅行

買ったのは三か所、

サンクトペテルスブルクの海沿いのホテル、パークインプリバルティスカヤの部屋の窓から見えるスーパー、

ガイドさんに案内された土産物店、

モスクワ市内アルバート通りのスーパーです。あとは美術館のショップで絵葉書とネックレスなど。二人で飲み物含めても3万円も使わなかったのは、物価が安いからでした。というか、今はルーブルが安い。

福岡で両替したのは1ルーブルが2.57円でした。

買ったものと値段の一部、よかったら見てください。

チューリップの箱はチョコレート、ヨーロッパはどこでもベルギー製を売っている。768円くらい

赤い10月というメーカーのアリョンカという板チョコ。ずしりと重いけど、49.90ルーブル、128円くらい。

手前の紅茶は30パック入りで102円くらい。

後ろはレモンと生姜の紅茶、夫が支払ってレシートどこかに持っているらしいけど、値段不明。手前のよりちょっと高いかも。

右上はスイカのガム。これは113円くらい。

その下はグミ。値段不明。

びん類各種。夫はジャムと蜂蜜大好き。パンに塗りたくって食べる。自分用に買った。

私は甘いものはちょっと・・・・

あとはピクルスなど。

絵葉書各種。左、クレムリン内の武器庫ショップで。100ルーブルなので257円。10枚くらい入っていた。激安。

右、エテカリーナ宮殿内のショップで。200ルーブル。32枚ということは1枚16円と感動の安さ。

ばらしていろいろな方に差し上げ、残りは自分で使う予定。琥珀の間も第二次大戦後修復したそうな。憎しナチス、そして戦争。

フランスの観光地は一枚1ユーロと激高。去年一緒に行った人は、絵葉書一枚ずつ買ううち、思わぬ出費になったと嘆いていました。

長男一家は甘いものが嫌いなので、小鯵か何かの干物。205円。

モスクワのスーパーでハンドクリームを。一つ69.90ルーブルなので、180円くらい。

民芸品各種。ロシア正教の教会をかたどったオルゴールは夫が買った。値段不明。2,000円くらい?

キィーホルダーは五個で5ユーロ。ユーロで支払った。マトリョーシカも一個5ユーロ、350ルーブルで899円くらい。ユーロで支払ったら675円で済んだはず。悔しい。

真中ふたつは手作り体験。けっこう時間がかかった。面白かったけど。

琥珀ネックレス。時間がなくて慌てて買った。3,400ルーブルのカード払い。あとで明細見てみよう。

ゴミみたいなのは虫の死骸などのゴミです。石みたいに冷たくなくて、プラスティックみたいに暖かい。本物の合成樹脂だったりして・・・


 

赤の広場に隣接したク゜ムという国営百貨店3階に食器の店あり。スポード各種、買いたかったけど、集合時刻が気になる。それにかさばる割れ物、機内持ち込みにするのも躊躇して買わず。残念。きっと安かっただろうなあ・・・

 

 

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KAREInaruロシア6日間

2015-08-16 | ロシア旅行

というツアーから本日夕方帰宅。名前は華麗でも体調絶不調、前半はヘロヘロの旅、後半、やっと旅に慣れた頃にはもう帰国というあわただしさでした。

10日夕方、前泊のため自宅発。広島駅までの電車の30分で冷房にあたり、ものすごく具合悪くなった。ふだんからほとんどエアコンなしの生活の身に、きつい冷房は辛い。

博多までの新幹線も寒風吹きすさび、夜のホテルもものすごく寒い。部屋のエアコン切っても部屋の前が廊下の冷房の吹き出し口、ドアの向こうから寒い。体感温度が違うので、夫とは別の部屋。

今回は夫に担当させたら、博多から空港までのアクセスがあいまい。夜中近く、気分悪いのに一人でバス停探しに行った。集合時刻に遅れたら洒落にならないもん。


 

翌日もまだ寒い。本当は家に帰りたい。でも帰れない。ああ、家でゆっくりしたいなあ。半分涙目。

風邪薬、解熱剤各種を呑み、福岡発ソウル乗継は5時間。サンクトペテルスブルクまでの長旅、本当に疲れた。ソウルの空港も冷房がめちゃくちゃ寒かった。

機内で体を温めるつもりもあって韓国風の唐辛子たっぷりのスープ付きご飯チョイスしたら、またまた具合悪くなった。今度は消化器系統が急を告げる。が、気流が悪いとかでシートベルト着用のサイン、席から立たせてもらえない。スッチーに何度頼んでもダメ。

でも最後は止めるのを振り切ってトイレに行き、geriouto、喉に指突っ込んで思い切り吐いてやっと気分良くなった。

すみません、汚い話で。団体ツアー、体調悪くても人さまに合わせないといけないのが辛いところです。


今回は13人のツアー、ロシアってどんなところと恐々参加しましたが、普通のヨーロッパツアーと同じでした。ホテルも便利で、快適、お店にものも豊富で、フランス、ドイツと同じ品物がたくさんありました。

現金はレストランの飲み物の支払いには必要だけど、スーパーや土産物店は普通にクレカが使えるし、空港の免税店はドルやユーロも使えます。ガイドさんが連れて行ってくれる土産物店もドルやユーロでも支払えます。で、そちらの方が割安なのでガックリです。

これから行く皆さんは、用心してルーブルたくさん持って行かなくても大丈夫ですよ。ミネラルウォーターもホテルで一本、昼夜のレストランで各一本、合計で、一日三本も無料で貰えます。そんなに水飲めないって。

レストランではデザートには必ずコーヒーか紅茶が付きます。こちらもサービス。食事の時にアルコール類頼みたい人だけ、別にお金かかりますが、飲まない人は強く勧められたりしません。このロシア的おおらかさがとても好きになりました。ロシア旅行は本当にお金がかかりません。

スーツケースのポーターサービスもありませんが、自分で持って行けば済むこと、早くに廊下に出しておくストレスとも無縁でした。

今回は往復2日半、観光3日半の強行軍。でも皆さんによくしていただいていい旅になりました。ロシアは各都市でスルーガイドが付くので、これもよかったです。

でも今回は夫が同行、お盆なので共働きのご夫婦が多かったです。九州の人は大らかで、お互いを比べたりしないので楽でしたが、広島というとみなさんのけぞってびっくりされる。関空でびっくりされ、福岡でびっくりされて、どうすりゃいいのよ。頼むから田舎もん扱いせんで欲しい。田舎者だけど。

旅行写真は追々整理しますが、今宵はこれだけ。

12日、サンクトペテルブルクのニコライ一世の像の前で。ものすごく暑い。

誰だあ、最高気温22度、合服なんて言ったのは。車のガラスに映った自分の姿を撮る。

 

12日、夜八時から、白鳥の湖全幕の鑑賞。3時間くらいかかった。ダンサーは全員、ものすごく小顔で姿勢かいい。跳躍後に着地するときに、ダアーンッという音がして臨場感いっぱい。オーケストラピットには楽団がいて、音もよかった。疲れて半分くらい寝てしまったのが残念。

夏の公演は観光客も多い。客席は満席でした。

13日、エカテリーナ宮殿は一番乗り、謁見の間も他に誰もいません。金ピカの豪華な宮殿はナチス空爆の後、復元されたそうです。戦争は人も殺すけど、ものも壊す。

ピョートル大帝の夏の宮殿。向こうはバルト海。海から直接宮殿に来られます。こちらもナチスが破壊したのを復元したとか。

こちらおなじみの。モスクワ赤の広場にあります。どこか東洋的なのはギリシア正教の流れをくむロシア正教だから?

明日以降、少しずつ追加しますが、いつになることやら。また時々覗いてください。おかげさまで帰りはよく寝ながら帰り、元気になりました。

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