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「地形の思想史」 原武史

2021-03-30 | 読書

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なかなかに面白い本でした。

日本全国七つの場所へ実際に行ってみて、そこに立ち上ってくる先人たちの気配を感じ、地形と人の関りを考えています。

作者の心は天皇制に親和性があるらしく、いくつかの章はその場所に、天皇、皇族の足跡をたどっています。

章立ては以下の通り。

「岬」とファミリー(浜名湖近辺)
「峠」と革命(五日市から大菩薩)
「島」と隔離 (瀬戸内の二つの島)
「麓」と宗教 (上九一色村から富士山の麓の宗教施設)
「湾」と伝説 (三浦半島と内房)
「台」と軍隊 (大山の麓の相武台)
「半島」と政治 (大隅半島)

私が最もインパクトを受けたのは、岬の物語。今の上皇一家が皇太子時代、いわゆる御用邸ではなく、民間企業の保養所に滞在して夏を過ごしたこと。家はごく普通の和風建築。家族と、時には未亡人になっていた皇太子の姉を伴い、家族水入らずで、地元の人と普通に交流して過ごしていたこと。今の天皇がユニフォーム借りて、地元の子供たちと野球ゲームしたことなど。

ほほえましい話だろうか。いえ、私は胸が痛むのです。天皇と一口に言っても古代と現代では生身の人間の暮らす時代が違う。生身の人間を制度の中に閉じ込めていいのかと。

普通に暮らすのが難しく、それをつかの間体験できることに喜びを感じる家族がいることにショックを受けた。庶民の私は家が広く庭も広かったらゆったり暮らせると思うけれど、広い御殿に住む人は、お互いの気配が感じられる狭い家で肩寄せ合って暮らすのに憧れるらしい。大原のベニシアさんもそんな話していた。

で、胸が痛むことと、そんなに苦労されて国民のことを常に考えてくださると思うことは容易につながっていく。これが天皇制の空間。天の下知らすめす皇尊の下、世は今日もことなしの空間。

天皇制のフィルターで景色を見るのは、このほかにもあちこちで見られる。

第二章の峠の話、歴史上、追い詰められた集団は東京都を流れる川に沿って山襞の奥深くへと入り込み、そこで再び都へ打って出る機会をうかがう。私の若い時、連合赤軍のグループが大菩薩峠で捕まる事件があったけれど、自由民権運動が先鋭化して同じ場所へと逃げ込んだ歴史を思い出していた。

なんで同じ場所かと不思議だったけど、東京と山梨の間の山はとても険しく、容易に超えられないと同時に谷あいに人が隠れるにはいい場所なのだと今回初めて知った。

連合赤軍が捕まった登山客の宿泊所に、今の天皇が皇太子時代、休憩で立ち寄ったのは、どんな人にも目配りを忘れないからと本書にはあるけれど、私はたまたまではないかと思う。ご本人に聞いてみるのが手っ取り早いけど。

半面、峠が低いと、歩いて移動する昔の人は今の時代に想像するよりもずっと容易に交流する。好例が八王子と五日市。五日市は低い峠で八王子と、八王子は絹の取引で横浜とも行き来があったとのこと。

明治憲法のできる前の民間の憲法試案が、五日市の旧家に残されていたのが50年くらい前に発見された。

民主的な内容を含むその憲法に上皇后が皇后時代触れている。私はあの時、ピンポイントでなぜそのことを言うのかと思ったけれど、その前に見学したらしい。また安部の改憲の動きに釘をさす意味もあったとか。それは感じましたね。政治的立場を表明できないので、あえて違う言い方で思いを伝える。

改憲は講和条約の後から延々言い続けて、言うだけで、その先には進んでいない。本気でするなら本気で議論を始めなければならないけれど、支持者向けの選挙対策にしか結果としてはなっていないように見える。内輪受けすることを話しているだけではだめ。考えの違う人を説得するだけの理論武装、してください。

そのほかの章も、紀行文として読んでも面白いし、まだまだ戦前の残滓が残っていることを知ることもできた。

天皇制、日本国民はこれからも選択し続けるのだろうか。男系で続いて行くには生物学的リスクが多すぎ。そのためにお妾制度、釣り合う家柄をキープし続けるための貴族制度(日本では華族制度)で補強しない限り、無理は明らか。

女性も天皇にとなれば、法律改正して継承順位も決め直すのでしようか。ハードルいろいろ。いろんなこと言う人が入るし、まあ、私が心配してもしようがないけど、皇族の厳しい暮らしをこの本では知りました。

現天皇が浜名湖の、子供時代の思い出の家を再訪してとても懐かしそうにしていたらしい。田舎のない人の、それは懐かしい田舎の家なのでしょう。しみじみ。

コメント (2)
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