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日々のあれこれ
 

ワインゼリーの瓶を割ってしまった!!!

2015-10-31 | 事件、事故

明日は友人夫婦と山登りの予定。七月に玄関に置いたまま忘れて渡しそびれたワインゼリー、今回こそと今朝から準備万端、玄関の下駄箱の上に置いておきました。

買ったのは半年前。確かハーフサイズのワインとセットで9.8ユーロだったと思う。

http://blog.goo.ne.jp/kawashima134/e/23f83f741a07c9f05066178626dcd957

そう高いものではありません。ゼリーだけだと700円くらいでしょうか。

でも・・・・

でも・・・・

でも、でも・・・・

ゼリーの瓶の下の、明日の予定表入れたファイルのそのまだ下のカメラを引き出したとき、瓶が三和土に落ちて割れてしまいました。

しばし呆然。何とかならないかとしばし考えたけど、こうなったからにはどうしようもありません。

ラベル ベルンカステル/モーゼル/マルクトプラッツ ドイツ語で そして大きくワインゼリー ドイツ語で。

ああ、なんてそそっかしい私。

このあといいところだけお皿にとって食べてみました。濃厚なドイツワインの香りと味。3スプーンくらいで体がポカポカ、血流までよくなる感じ。アルコール分を飛ばさずにどうやってゼリーにするんだろう。

とにかく甘くてしっかりワインの味がしていて、とてもおいしかった。

ベルンカステルのワインは瀕死のトリアー大司教が飲んで病気から回復、ベルンカステラー・ドクトルの称号を貰ったそうで。

よほど縁がなかったらしい。ネットでいろいろ調べても日本では買えないようです。残念。砂利のようにガラスの破片が混ざったのは舌でゆっくり拠りだして、一人で味わいます。

夫には内緒。楽しい話ではないので、黙っている。上げるということも言ってないので、知らないと思う。

それにしても残念です。

 

 

 

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織り柄問題、解決

2015-10-30 | 機織り

先日取り掛かった次の作品、全然うまくいかないので、きょうは東雲の友人の織り工房へ教えてもらいに行った。

友人二人に聞くも、こんな難しいのは織ったことないと言うので、その場での解決はあきらめ、一緒にお昼食べて、楽しく話して帰ってきた。

で帰ってからふと気が付いたのだけど、踏み方は二列に分けてメモしていたのに、私の勘違いで、列を無視して、上から左、右と踏んでいたのでした。

なあんだ、分かってしまえば簡単。ソフトに踏み方を入れ直して組織図をワンクリック。ずざざざざーーーーと一瞬に柄が出てきました。いつもこの時は気持ちいい。それはこちらでございます。

A4紙に打ち出すとこうなります。うんうん、柄になっている。

こっちの方が分かりやすいかな。パソコン画面でくっきり柄が分かる。手前は先生にいただいた見本。

何はともあれやれやれです。


少し織ったのは外しました。三か所くらい緯糸を切り、切れ端の糸を引き抜く。西陣の職人さんは間違えるとこうして解くそうで、下手な私もちょっと職人気取り。

全部解いたところで「こみは」(字は込羽?)を一カ所発見、結局本筬からやり直すことに。それは明日以降になりますが、気にかかっていたことがすっきり解決してやれやれです。


友達の工房、R2を通れば簡単だけど、旭町を通って近道しようとして必ず道に迷う。広島は土地の形が元々デルタなので不定形、昔は農村だったから道も狭い。自転車であちこち迷いながら辿り着いた。

友人にカキ貰った。友人もまた別の、私の知っている友人にもらったとのこと。

ありがとうございました。いただきまーーーす。

織り工房の向かいが小さな商店。肉に魚に野菜に果物、飲み物にお弁当、何でもある。年寄りは小さな店が買いやすい。

野菜が安かったのでついつい買いこんでしまった。

明細 大根35円 レタス2個100円 ホウレン草88円 カブ125円 白菜88円 税込合計471円。

でも重くて自転車がふらついてヤバかった。車はすぐ着いてしまうし、楽しくないので自転車で行けるところは自転車で行く。

明日からまた織りを頑張ろう。

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「いつまでも若いと思うなよ」 橋本治

2015-10-29 | 読書

最近あまり消息を聞かないなと思ったら、大変な病気をしていて、しかも大借金があると言う。

若い人には、誰、それという感じかもしれないが、私たち同世代はこのインパクトのあるポスターhttp://pds.exblog.jp/pds/1/200901/15/33/c0035233_031379.gif

で一躍世に出たサブカル系の多才な人として、よく知られた人である。

何?そのポスターと聞かれたら、昔々のその昔、おじいちゃんやおばあちゃんがうんと若かった頃、日本には第二次安保闘争というのがあり、その前からベトナム反戦の運動や、世界的なstudent powerの高まりの中で、日本のたくさんの大学でも学生運動というものが起き、特に東大や京大では・・・・といいつつ、まとめるのが面倒になってきた。徒労感もある。

総括なんて、永遠にできないと思う。嫌な時代だった。思い出したくない。青春の一ページなんて、能天気に思える人は幸せである。いくら言葉を尽くしても、どこにも届かず、何も表現できなかった。この深い徒労感。

おやおや、なんで今さら文学少女するんだろう。恥ずかしや。

ポスターはその運動の最中、東大駒場祭のもの。無名の一学生のポスターが顕しているのは騒然とした時代の空気かな。

この人は後に桃尻娘シリーズなど、小説もたくさん書いた。面白かったのは編み物が得意で、こまわりくんの栃の嵐を編み込んだ自作のセーターを着ていたのをテレビか何かで見たことある。

こまわりくん?栃の嵐?あん、もう説明するのがめんどくさい。そこら辺の年寄りに聞いてください。ついでに東大闘争も。紛争という言い方もあります。どう言うかでその人のスタンスが丸わかり。

で、この人はバブルのころそそのかされてマンションの半地下の部屋30坪を1億8千万で買い、未だ借金が何千万と残っていると言う。毎月150万のローンが今は110万になっているというが、それにしても大変だあ。

この人の書くものはおばさんの無駄話みたいに、初めはなかなか頭に入らないのだけど、借金と病気の辺りから俄然面白くなり、歳とったり病気にならないと分からないこともたくさんあるのだと知った。

人は誰も年を取り、やがて死ぬ。でもそう怖らず、その変化だってよく観察すれば教訓がいっぱいと、この本で分かった。

まったくの同学年なので、同級生ではありませんが、この人のことがちょっとショックで、自分ももう若くないのだと合わせ鏡のようにしてようやく悟ったのであります。

あと同学年と言えば、村上春樹氏や井上陽水氏、ジュリーもそうですね。女性は誰だろう、今ちょっと思い浮かばない。


 

きょうは久しぶりに駅前のジュンク堂まで行って、窓際のカフェでほとんどを読んだ。いつの間にかでかいビルが目の前に建設中で、見通しが悪くなっていた。

クレーンで鋼材が引き上げられるのを見るうち、橋本治氏つながりで、東大に進学した高校の同級生のことを唐突に思い出していた。卒業後は文通していて、休みには故郷の街で会ったりしていたけれど、そのうち休みにもお互い帰省しなくなり、疎遠になって些細な齟齬が重なって、とこの辺りはあいまいにぼかす、やがて付き合いも途絶えた。

その人はもう亡くなってしまったらしい。そのことを知ってからだってだいぶ経つのに、広島の街を見下ろしながら自分たちの世代も歳とり、やがて死んでいくのだと気が付き、何か急に、初めて涙が出た。

何の涙だったのかな。一人一人と別れ、一つ一つを手放してやがて死んでいくのかな。死ぬまでにあとどれだけのことができるのかなと思うと、毎日ボートしてはいけないのかなとも思った。

さしあたりは片付けですね。要らないものは捨てる。捨てられなかったら間引きする。

本の感想からは程遠い記事になりました。深謝。

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「今日の空の色」 小川糸

2015-10-28 | 読書

昨年10月。香川県多度津付近で。


 

作者は40歳前後ったと思うけれど、割と読みやすい小説をたくさん書き、中にはベストセラーもある今人気の作家。以前「つるかめ助産院」を読んだことがある。さらっと読めて、まあまあ楽しめたかな。

新聞広告の惹句に魅かれて買ったエッセィ集。マンションがリフォーム中、夫と離れて古都鎌倉で家を借りて一人暮らし。その日々がつづられる。

いいなあ、古都での期間限定の一人暮らし。私はとっても憧れる。いつか実現できたらいいと思っている。

鎌倉は自然がたくさん残っていて、隣近所の付き合いもまだまだあり、暮らすような旅人、旅するような住人として生活をとても楽しんでいる、その楽しさがよかったと思う。

本題とは直接関係ないけど、ついに不妊治療をして、いい結果は出なかったけど、人生の見通しが立ったのでよかったとのこと。敷居は全然高くないそうで、歯医者さんのような軽いノリだったとか。

もしどうしようかと迷っている人がいたら、この本の内容は背中を押してくれると思う。

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「京都ぎらい」 井上章一

2015-10-28 | 読書

京都市内、呉服問屋杉本家。2010年11月。この時は修復中で、軽トラが狭い場所に上手に駐車していた。


アマゾン、地域研究カテゴリーでベストセラー一位だそうで。

キャッチーなタイトル、これでだいぶ読者を獲得していると思う。

嫌いは好きの裏返し…ではなく、洛中の人に出会うまで自分は京都人と考えていた著者が、洛中名家の当首に、嵯峨出身をあからさまに侮蔑され、それをきっかけに、京都の住む人のプライドを否応なく考えるようになるところからこの本は始まる。

やらしいなあ。持って回った言い方で、あんたの生まれた辺りはなまりがあるし、百姓が下肥を買いに来ていた場所と差別される。京都人のプライドは天よりも高く、周辺部でさえこうなんだから、ましてよその土地のものなど、いくらお金を落とす客でも心の底ではどう思われていることやら。恐ろしや。

悪口まではいかないにしても、誰もそこまでは言わなかったことを言い切る、それを読む心地よさ。この本の美点はそれに尽きると思う。

観光の魅力とは、歴史的な景観を大切にし、その土地らしさを前面に出し、旅人をして日常生活とは違った体験をしてもらうことだと思う。京都は充分にその魅力があるが、京都の人がもう少し腰が低かったらもっと感じがいい街かもしれない。高飛車に出られてもそれさえも「都ぶり」とありがたる人がいる間はそれも難しいかもしれないが。

というか、その土地で培われた気風はなかなか変化することはないのかも。それを周辺部の著者が丁寧に腑分けしてみせる。面白いです。

京都の街角、よく見られるお地蔵さん。お盆には地蔵盆があるそうな。まだ見たことないけど。

こちら西陣で。2003年11月

 

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織り柄が出ない!!

2015-10-27 | 機織り

整経したのはいつだったかな。今月の初めころだったと思う。

それから風邪をひき、旅行に出かけ、その他にもいろいろあって24日土曜日にやっと綜絖に通しました。

これだって、途中で間違いに気が付き、糸を抜いてやり直すも、間違ってないことに気が付き、またやり直し。おまけに一本余計な糸が出てきて、うんと離れた最後にまた一本、なんで????

でも糸が傷むので柄が少し右にずれるけど、ブックカバーの縫い代に回収できる間違いなので続行。

本筬に通して、女巻も完成。ここまでが長く時間がかかりめんどくさい。織り始めたら、あとは簡単・・・なはずが・・・

全然柄が出てきません。緯糸は友達からもらった黒白ミックスの糸。それにしてもこれでは何のために苦労して綜絖通し、苦労してあちこち踏むのか訳わからん。

こんなんなら平織で充分ではなかろうか。

先生からもらった組織図、タイアップが私の織り機と違うので読み替えて踏んだんだけど、全然柄が出ない。

織りのソフトで試しに柄を出してもうまくいかなかったので、やっぱりタイアップからやり直さないといけないのだろうか。

タイアップ、触ったことないけど、ここで引き下がったのでは女がすたる。前進あるのみでございます。

タイアップを変えて、織りのソフトでもう一度試してみて、なんとかきれいな柄を出せるよう頑張ります。

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片付く家、片付かない家

2015-10-27 | 断想

先日、某男性の家へ行って、そのあまりのきれいさにカルチャーショックを受けた私であります。

引っ越しして約2年、でもどこもピカピカでモデルルームみたいなので、いったいどうしたらこのきれいさを維持できるのだろうと私なりに考えました。

1 ものが少ない。自分の好きなものしか買わない

汚れる前に掃除し、散らかる前に片付ける

結局はこの2点なんですよね。

そのためには何を置いても片付けと掃除、でもものが少ないからゴミもたまらず掃除も簡単。普段がきれいだと毎日はそう大変でもなさそう。

いゃあ、負うた子に教えられると言いますが、負うてもない子に教えられまくり。これからは不出来な姑は心を入れ替え、よく片付いた心地よい家で晩年を迎える所存であります。

掃除と片付けの効能は何か。それは見た目すっきりとしていると、心まですっきりして次に自分が何をしたいかが見えてくる、あらゆることに意欲がわき、前向きに生きられるということでしょうか。

たかが掃除ではなく、生きるためのエネルギーが片付いた家にいると湧いてくるのでした。

この母にしてあの息子、最初はお嫁さんに躾けられ、だいぶ苦労したらしいけど、今ではすっきりとしてた暮しをしているようでした。台所にも自然に立ち、今の若い人の暮らしぶりをまぶしい思いで見ていた昭和の若嫁でございます。

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快晴の名古屋、その他

2015-10-26 | 旅行

10/18日曜日、息子宅に泊めてもらい翌日は名古屋近辺で遊びます。

天守閣より一段低くなっている場所、家臣の館で産まれたそうです。その家臣がどうなったのか、詳しいことは分かりません。

川に架かる橋を渡り、

門のあとを通り

屋敷のあった場所。スマホで写真撮る某男性。

東照公恵那塚

しかみ像

戦国武将隊演舞

ゆるキャラ。ゆるすぎると息子。

堀の発掘調査。午後から説明会があるらしい。その前に名古屋まで行く。

ホテルのバイキング会場。ハロウィンの飾り。

併設の美術館はパスして、ノリタケの森へ行く。私四度目。夫二度目、息子たちは初めて。

フェラリーのオフ会やっていた。20台くらい集まっていた。

オーナー氏がボンネット下げて、快く写真撮らせてくれた。フェラリーもこれだけ集まれば壮観。何か絵になりそうな眺め。

このあと名古屋駅まで送ってもらい、夫は広島まで。私は京都で途中下車して観光を続けたのでした。

残りの写真はまた後ほど。

 

 

 

 

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六条院の雛遊び

2015-10-25 | 京都たびたび

光源氏が晩年を過ごした六条院は、現在の六条辺りの設定でしょうか。

たぶんこちらの店とも近かったと思います。

京都の西本願寺、北西向かいの法衣店。

五階が小さな博物館になっています。10/19月曜日、見学しました。

京都駅からは七条通を西へ、堀河通を北へ、徒歩20分くらい。私達は西本願寺の北側を長い塀に沿って、あれこれ喋りながら歩きます。


500円の入館料で、四分の一スケールの建物、人形などを展示。とっても精巧にできていて、源氏物語のころの実際の生活のようすがよくわかります。

個人商店でここまでするのは、経営者の方が源氏物語や平安装束に詳しく、かつ好きなのでしょう。

本当なら、もっと大きなところ、自治体などでもっと大規模にすれば、京都の、日本文化の発信としてとてもいい施設になると思います。

世の中は源氏物語や、十二単が好きな人、たくさんいそうだし。かく言う私もその一人ですが。

 

展示の説明。

人形にもそれぞれ説明があったのに、よく見ていなかった。今度行くことがあればしっかり見よう。館内撮影自由。


 

今回は女性の髪形というテーマらしい。ということはテーマに沿って、人形を置き換えたりするのかしら。人形はとびきり手が込んでいて、表情も上品。さすが京都の底力と思いましたです。

着物がすごい。これは女房が不義の子、薫を抱く場面らしい。

女房?

こんな感じで40㎝くらいの人形がずらりと並びます。いゃあ、一体でいいから欲しい。持って遊ぶ。

出家した女三の宮。寂しそう。同行者、髪が長いというので、当時の出家姿の標準的長さ、とうんちく垂れる私。人にものを教えるのは大好き、教えられるのは大嫌い。はい、困った性格です。

女房たちが縫い物しています。髪を耳の後ろに挟んだり、後ろで束ねています。これで活動的な髪型。

これは扇で灯りを消す場面かも?

三日夜の餅?

女三の宮との婚礼に向かう光源氏?

 

女三宮の髪揚げ=成人式

控える女房。裳着をつけた盛装。

出衣いだしぎぬ。顔は見せずに着物だけ。

殿上人。雨夜の品定め風。装束の色が派手すぎず地味すぎず。絶妙。

御帳台。これだけ見ると実物みたいですが、精巧な四分の一スケール。

御殿は全て檜造りらしい。こちらもよくできている。

夏の庭。


別の部屋には竹取物語の場面が。かぐや姫が天女の衣を着て、天に帰って行く場面。


 

続いて装束の着装体験コーナー。誰もいないので、自分たちで勝手にあれこれ着て、写真撮ってはしゃぎました。いゃあ、楽しかった。

等身大の人形あり。

こちらも。調度も素晴らしい。ピンボケ深謝。

もしもし・・・

オホホホ・・・

狩衣も来ました。袖が大きくて面白かった。狩衣は夏冬二着。でも色合いがはっきりするよう、袴は夏用にしました。

小さな博物館ですが、とても楽しく過ごしました。皆様も京都へ行かれた時にはぜひどうぞ。

有名観光地の清水寺、平安神宮、金閣、銀閣もなどもちろんいいですが、街中にこんな素晴らしい施設があるので、京都はまだまだ遊べそうです。

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京都・美術館巡り

2015-10-23 | 京都たびたび

10/17

さて、嵐山を離れて平安神宮へと向かいます。地下鉄東西線の東山で降り、歩いていきます。

小さな路地が。

街中では道路を縦横に広く造れないので、どの土地も間口が狭くなりがち。さらにその裏へと通じる道もあります。

今の建築基準法その他ができるまだずっと前からの道でしょう。

どんな洋服でしょうか。きっと若いおしゃれな人でしょう。

見えてきました。巨大なコンクリ鳥居。この先に平安神宮があります。

平安神宮は明治になって寂れた京都の町おこし、桓武天皇を祀る社を明治になって建てました。それまではこの付近は農村だったとか。

平安神宮・・・もう50年以上行ってません。最後は中学の修学旅行。そのひと月前、家族旅行で。その二回だけ。どんなんだったか、すっかり忘れた。

今見たらどんな感想でしょうか。でもこの先も行く機会はなさそう。

こちらを見ます。

http://www.momak.go.jp/index.html

尾形光琳へのオマージュの作品いろいろ。以後の日本芸術に広く長く影響を与えたというテーマに沿って、いろいろなジャンルからの芸術を集めている、なかなかユニークな展覧会でした。

土曜日、人はそう多くありません。そうそう、昼ごはんは広島駅で買った赤飯のおにぎりに、自作のお茶で済ませました。場所は嵯峨嵐山の駅ホームで。おいしいもの食べるより観光優先、いつもこんな感じ。何はともあれ、節約第一。

展覧会は・・・うーーーむ、ちょっと散漫な印象。本歌取りという制約上、それぞれの作家の一番いいものではないのかも。ちょっと期待外れでした。

それに何より、館内は冷房がきつく、風邪の治りかけの身には辛かった。咳が止まらず、困った。

やれやれ、やっと出てきました。向こうに東山が見えます。

今度は川沿いに近道を行きます。

紅葉が始まっています。朝夕の温度差が大きいときれいになるそうで、盆地の気候は紅葉にはうってつけ。

川の中のオブジェ。地元の人が置いているらしい。水草たくさん。水質はよさそう。

続いて並河靖之七宝記念館へ行きます。いつか行きたいと思いつつ、春秋しか開館していないので、やっと今回、見学できました。

http://www8.plala.or.jp/nayspo/

自宅兼工房が記念館になっています。今は作品の展示と邸内の公開、人は住んでいないようでした。

作品と邸内は撮影禁止でした。細かな技巧の数々、ゆっくり拝見しました。


 

続いて地下鉄で烏丸御池まで。もう一つの美術館を目指します。

いゃあ、懐かしい。息子が京都の学生になった13年前、確か入学式で上洛した折に訪れた記憶有。

元NTTの建物で、今は商業施設になっています。当時は何とか見て周れたけど、今はもう若者向けのショップは居心地悪い。

烏丸三条角、みずほ銀行。1906年、辰野金吾設計。2003年、確か前と同じ形に建て替えたと聞きました。

きれいなのはその為と思います。

道路元票。烏丸三条交差点、南東角。向こうは三条郵便局。

中京区郵便局。明治時代の建物。外側を残し、中だけリニューアル。1979年当時は画期的な保存方法だったとか。

京都市中心部は戦災に遭ってないので、明治以後の近代建築がよく残っています。京都人は保守的なばかりではなく、新しいものも取り入れる気風もあるようで、それは千年以上都を張っていたという気風とも通じると思います。自分たちは都会人、新しいものを取り入れ、発信する流行の先端という自負。

明治の建物を見てそんな感想を持ちました。

東京なども焼けていなかったら、もう少し近代建築は残っていたかも。

こちら旧日銀京都支店。現在は京都文化博物館旧館。どこか東京駅に似ているのは、設計者が同じ辰野金吾だから。

イタリアだと赤と白の大理石で作るところを、ここでは煉瓦と御影石。石材の乏しい日本で、白い御影石は唯一使えるものだったのかも。

これは化粧張りではなく、躯体も煉瓦と石?としたら、貴重。

建物前で手作り作家のマーケットが開かれていました。ちょっとヨーロッパ風。でも広場ではないので、窮屈そう。

内部。これも辰野金吾風。

続いて見たのはこちらです。

レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展

http://www.fujibi.or.jp/anghiari.html

フィレンツェのベッキォ宮殿に飾られるはずだったダヴィンチの壁画の一部、摸写した絵を最近東京の富士美術館が入手し、イタリアへ寄付したとか。それを記念しての、関係する絵画、資料を集めた展覧会。

ダヴィンチと言えば「モナリザ」に「最後の審判」と静謐な絵ばかり思いうかびますが、パワフルな絵だったことが模写からも十分伝わってきます。

宮殿の絵がすべて完成すれば、ダヴィンチとミケランジェロが同じ空間に並ぶというルネッサンスの奇跡が起こったそうですが、残念ながら、絵の完成を待たずに壁は上から塗られたそうです。

こちらは人が多かったです。冷房もそうきつくなくてけっこうでした。時に3時過ぎ。5時には名古屋へ着きたいので本日の京都はこれにて終了。

帰りにまた京都に寄り、一泊して帰る予定です。

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嵐山で雅な気分になる

2015-10-21 | 京都たびたび

さて、JR嵯峨嵐山までは市内運賃なので、広島からの料金は京都駅も同じ。嵯峨線(山陰線)に乗り換えて嵯峨嵐山で降ります。

列車内は大混雑。中国人が多いです。一つ空いた席を譲ってくれたので、中国から?と英語で聞いたら、日本語で台湾と答えてくれました。親切でした。

きれいな空気にきれいな景色、きれいな水に親切で穏やかな人々、清潔な街・・・日本はもうものづくりしてもパッとしないし、成熟した国として観光立国へと舵切るべきではなかろうか。

その昔日本人が海外デビューした時代の行儀悪さを思うと、某国の人たちの振る舞いも一過性と思いたい。異なるものに触れるのは初めの一歩、そこから理解が深まるといいなと私は思っている。

などと考えるうちに着きました。

17日土曜日、朝10時前、暑いです。

明日は斎宮行列。斎宮とは伊勢神宮の巫女、皇女で未婚女性が務める習わしだった。伊勢に下る前に嵯峨野の野々宮神社で潔斎する。

光源氏の恋人、六条御息所は源氏の愛が得られず、失望して娘が伊勢に下るのに着いていく決心をする。

一夜、源氏は野々宮の御息所を訪ね、別れを惜しむ・・・というようなことを商店街歩きながら思い出している。

現実と歴史と物語、現在と過去と架空の話が融合し合う京都。自分もまた一歩ずつ物語の中へ分け入っていくような不思議な感覚。。。。

天龍寺の前まで来ました。昔ここは後嵯峨天皇の離宮だったそうで、寺域は今よりずっと広大だったとのこと。入ると一時間以上かかるので今回はパス。

渡月橋も過ぎて

こちらへ来ました。

展示は後で見ることにして、二階で装束着て写真撮ってもらいました。

バサッと羽織って、衿、袖、裾を整えてそれらしく。

座ったりしてすっかり平安女房気分。ああ、気分よかった。だあれも来なかったので、ゆっくりできました。

十二単などは着ません。右は天皇などの御座所、御帳台。

入ってみる。見通し悪くてうっとおしい。貴人も楽しいことばかりでもなさそう。向こうは着付けしてくださったボランティアの方。その節はありがとうございました。

百人一首屏風

蔀戸風の跳ね上げの戸、大堰川に小倉山。ロケーション最高。気分はもうほとんど平安時代。

帯締め各種

名前を織り込んである。どうやって????


 

一階展示

百人一首と歌人の人形

こんな感じで

明月記複製。筆まめな方。

これは素晴らしい。宮中の歌合せの場面を人形で再現。

人形、衣装、調度、御殿、どれも本物と同じ作り方らしい。素晴らしい今日の職人の技。

女房の衣装。染め、織りは人形用に柄が小さい。冠着けているのは身分の高い人?

こちらは宇多上皇の紅葉見物の場面でそうで。白い着物が上皇。

企画展は紫式部の和歌について。考えてみれば源氏物語の中の和歌は登場人物が詠んだのではなく、すべて紫式部の創作。だって物語の中の歌だから。がしかし、そうでないと思わせ、歌さえもうまく書き分けているのが才能だそうで。なるほど。


 

いゃあ雅でした。外へ出てもまだ雅な気分が続いています。

大堰川に渡月橋。川の流れは昔と同じ。

駐車場は満杯。

でもちょっと離れると静かなのが嵐山。バス駐車場、天龍寺、渡月橋を外せばまあまあ静かに歩けます。

土産物探さなければツアーでもそれなりにゆっくり観光できる。ヨーロッパツアーで何度も痛い体験をして得た涙の教訓でございます。

次はJRで二条まで。地下鉄乗り換えて東山まで。リンパマッサージではなく、琳派の何とかという展覧会に行きます。それはまた次回以降に。

 

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京都と愛知県、宿ふたつ

2015-10-20 | 京都たびたび

土曜日、京都で歩き回って17時前、名古屋に着きました。

名古屋駅前には新しいビルができていた。以前の大名古屋ビルヂング?の跡地?

見上げればそびえたつホテル2棟。

桜通り


自然がいっぱい。夏にはカミキリムシやクワガタが庭に来るそうな。

団地の端まで行くと池が見える。以前はバス釣りしていたらしいが、家が増えて今は人影なし。

一台は借りもの。二人とも体が大きいから借りてきたって、誰が大きいんだい???

こっちにすればよかったのに。。。。

敷地内に段差があると、歳とったり、脚にケガしたとき困る。でも二人で決めたことだから親はいらんこと言わない。若い時には自分が年寄りになるなんて、夢にも思わないもんね。この私もそうだったから。

先日、お嫁ちゃんのおばあちゃんが訪ねてきて下さったらしいけど、玄関までの階段に難儀したとか。いずれ私もたどる道です。

分譲地のコスモス。

夜は外へ食べに行ったけど、朝は息子夫婦が朝食作ってくれた。ウルウル。

ちょっと前まで・・・だいぶ前にはコアラのぬいぐるみ持って我が家のそこら辺ウロウロしていたのに、いつのまにかこんなところへ来て、はるばる訪ねて行った両親にご飯作ってくれるなんて。

子供たちが作ってくれたものは一層おいしい。ただ感謝。


続いて京都、街中の宿。

17:41頃。日暮れが早くなりました。

宿に着くと知り合いはもう到着していました。日本旅館にめずらしく、一人一部屋で予約できます。

食事は彼女の部屋で。話に夢中になって食事はほとんど写真撮ってません。今になったら残念。とってもおいしい京料理だったのに。。。。。

思い出すままに。

刺身。量が多かった。

賀茂なすの味噌田楽。なすは素揚げ。熱々で、これまたおいしい。

豆乳鍋。湯葉が入っていた。赤いのはこんにゃくだったかな。昼間、ホテルのバイキング食べて、お腹全然すいてない。こんにゃく残す。

平たくて大きいお皿に、京都の秋の景色を料理で表現。どれも一口ずつ、素材の味が生きていて、おいしかった。何があったかしら。忘れた。エビとか、小芋なんかもあったかな。

すまし汁は松茸一切れ。今年はたぶん最初で最後、ありがたく頂きました。

ブリの照り焼き。味醂がものすごくきいていた。

これもおいしかった。蒸し物。エビかなんかのしんじょをもち米でくるんで蒸し、菊の花びら入りのあんかけ、トッピングは唐辛子の薄切り。一椀の中にたくさんの素材があり、混じり合って絶妙のハーモニー。

食事のあとまたまた大話する予定だったけど、息子の家でほとんど寝られずキャンセル。誰かと一緒に寝るのはとても気になって眠れない。老人ホームも個室希望。でも高くなりそうだし、今から誰がいても眠れるよう練習しなければ。

真夜中過ぎひとりリビングで、本を読む。ゴミ一つ落ちていないきれいな家。髪の毛一本落ちても目立つ。気を遣いました。


 

朝になりました。部屋から大きなお寺が見えます。

少しだけ紅葉。秋の京都の旅。

京都駅方面。昨夜はあそこから歩いてきました。

朝ごはんは写真撮りました。

手前は胡麻豆腐とくみ出し豆腐。ナスは朝食にも。ナス大好きなので嬉しい。

チェックアウトのあと、歩いて平安装束、着に行ったのでした。彼女は私と同世代、毎日ウォーキング2時間くらいしていて、歩くのはへっちゃら。前日は朝から京都へ来て、駅から平安神宮まで、途中、清水寺や二年坂、八坂の塔、高台寺、石塀小路と歩き、宿まで来たそうで。

京都は歩いて楽しい街。頼もしい道連れです。その他の写真はいずれまた。

 

 

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三日間、旅行してました

2015-10-19 | 旅行

土曜日朝出て、一泊目は某男性(通称息子)夫婦の家に泊めてもらい、二日目は京都駅近くの旅館に知り合いと投宿。上品でおいしい京料理を二食とも部屋でいただき、本日午後帰宅。

好天で、あちこち見物して盛りだくさんの旅行になりました。

途中から同居人、合流。途中で同居人は離脱。一人で歩き、二人で見物し、四人でドライブし、目まぐるしくも楽し毎日でした。

本当は旅行に行きにくい事情がしゅったい、がしかし、助けてくれる人がいて、予定通り出かけました。助けてくれた人に深く感謝です。

何してるの?ハイ、袿うちき着ています。時雨殿で。

超有名観光地ですが、ちょっと離れたここは穴場。平安装束着装体験のできるこの場所にはだあれもいません。商工会議所の施設で近年できたらしい。

見学施設込みで500円払って入館、ボランティアの方に着せていただき、写真も撮ってくれます。一人15分くらいかかるので、集合時刻に追われるツアーの人はちょっと無理かも。

蔀戸を上げた外は大堰川。向こう小倉山?

窓の外、だあれもいません。京都市内中心部から離れているためか、もう紅葉が始まっています。


 

車遍歴最新版。10年乗っていたドリ車、オイル漏れしてエンスト再々、ついに手放したとか。すでに造られていない車で、遠くからキャッシュ持って買いに来たそう。何と買った時より40万も高く売れたそうで、びっくりです。

で、そのあと買ったのがこれ。でも普段の通勤は後ろに見える動力付き自転車だとか。いったい、なんやねん?

近くのお城で。橋を渡って・・・

門があって・・・

屋敷があったそうです。

胎盤埋めた記念碑。あとから整備されたという説もあるらしい。


 

昨日は京都で途中下車、今朝はまたまた袿うちきを着ます。

左は夫ではありません。先に帰宅しました。

オッホツホッホッと笑ってみる。同行の知人が写真撮ってくれた。

場所は西本願寺東北角向かい、某法衣店で。京都駅からは徒歩20分くらい。

法衣とは宗教者の儀式服、平たく言えばお坊さんの袈裟、衣の販売店。併設した小さな博物館で装束いろいろが楽しめます。二回目は落ち着いた色合いで。

ほら、あなたも笑ってと促す。相手無言。ばあちゃん、京都まで行って何してるんだか。

今度は狩衣です。うーーーむ、髪短いのでこっちが似合うかも。手には笙。

日常生活を忘れ、しばし平安雅に遊ぶ。


最近読んだ「京都ぎらい」という本で、末尾に七は「ひち」であるという一節があった。京都では七をひちと発言、標準語読みは抵抗があるとのこと。

昨夜泊まった宿のおかみさん、ちょっとした道を聞くとき、私が「七条通しちじょうどおりですか」と発音したら、「ななじょうどおりです」と言い直した。あれ、いつのまにそんな言い方になったと怪訝に思ったげと、この本で納得。

京都洛中の人はプライドが高く、標準語の発音を押し付けられるのに抵抗があるのだとか。最近では「しち」でも「ひち」でもない「なな」ということもあるそうな。

なるほど言葉ひとつにも京都人の屈折した思いいろいろ。

でもですね、この私も子供のころは七をひちと普通に言っていました。ひちじゅうひちの年寄りとか。

はばかりながら、わが故郷は畿内文化圏の最西南端、讃岐高松ですもの。お正月の雑煮は丸餅白味噌、都の天子様と同じもの食べてたんですもの。(餅はあんこ入りとやや田舎バージョンになってますが)

しちって、私は今でもとても言いにくい。ついひちって言いそうになる。でもあまざかる鄙の広島、関西なまりは却って田舎者扱いされるので、長い間にがんばってこちらの発音に慣れてきた。

京都へ行くとホッとするのは文化の古層が、生まれ故郷と通底しているからだとやっと気が付いた。

ひち、ひち、ひち、ひち・・・思い切り言ってみたい。広島県奥地出身の皆様、そんな私を決して田舎者扱いしないでね。本州に産まれた人はどんな田舎でも四国、九州を見下す傾向あり。あれ、何なんでしょうね。

おやおや、全然関係ない話に。

この本ではかみひちけんと言いたいとあった。そう、私もその方が本当は言いやすい。言おうかな。

 

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幸せな秋の記憶

2015-10-18 | 断想

キンモクセイが香り始めると、私の実家地方では秋祭り。秋祭りには神社ごとの獅子舞が各家を廻り、その鉦の音が遠くまで響いて、賑やかだった。獅子舞は一週間くらいかけて、念入りに周ってていたように思う。

獅子頭は大きく、大人が頭を入れ、目の穴から外を見ながら使う。胴はゆたんという絵羽柄の大きな布で、後ろ足にも一人、入っている。

獅子の前にはきょうちく?きょうくち、という唐子のような子供が二人、獅子を挑発するように踊る。それは小学生の低学年から選ばれ、秋口の練習からずっと動員される大変な役割だけど、祭りの一週間は学校は公休扱いだったように思う。晴れがましい花形。

授業時間中にも鐘の音が聞こえると、心が浮き立つ。先生が、「きょうは**のお宮さんのお祭りやけん、**のもんは六時間目はもう帰ってええ」と言うと、その地区の子は晴れがましく早退する。羨ましかった。

「聞き書き香川の食事」という本に、昔の祭りの行事食が載っています。昭和40年代には廃れつつあった伝統行事に伝統食、懐かしく思い出します。

お膳に載っているのが、お祭りの御馳走です。

天ぷら、煮魚(我が家では刺身だった)、しょうゆ豆、てっぱい、豆腐の味噌汁(我が家では豆腐とかまぼこのすまし汁だった)、かきまぜ寿司。それにうどんは別腹。全部食べてもうどんを勧められる。

うどんは金彩の大なます皿に湯だめで出され、共柄の蕎麦猪口ではなくてうどん猪口に出しを入れる。猪口はちょくと言っていたかな。

お酒は祭りの日でもそう飲んでなかったと思う。我が家と親戚だけが飲めなかったのかもしれないが、今のように毎日お酒を飲むというのは割と近年の習慣ではないかと思う。

御馳走が載っているのがマツのくり抜き膳、どこの家にも三十客くらいは揃えていたと思う。いまだに延々とヤフオクに出品されている。実家のは小さかったので、大きいのを私も落札した。


上はお祭りのお土産。甘酒一升、うどん、押し抜き寿司、巻き寿司、紅白の蒲鉾、天ぷら(揚げもん)各種は、色粉で赤、緑、黄色と鮮やかな色を付ける。お祭りだけの御馳走。

我が家では押し抜き寿司は五月に作るので、お土産は揚げもん、うどん、巻きずしだったかな。

当然、主婦は大変なわけで、二、三日前から準備していたと思う。特に大変なのはその年、神様がお立ち寄りになる?当家、とうやと言っていたけど。

集落中の人を接待、御馳走も大量に作り、一代で当

たるか当たらないかくらいの大行事。私の実家では20年くらい前に一度、それだけ。

とても家のものだけでは間に合わないので、親戚、近所の人も総動員で準備していた。もうすたれた風習かと思ったら、従妹の家では数年前、当家にあたり、家紋入りの幕を新調したり、家族は第一礼装、すなわち、紋付の羽織はかま、留袖、訪問着に振袖と本当に大変な行事だと改めて分かった。


お祭りにはお小遣い貰って神社の露店で買い物する。これが楽しかった。何を買っていたのだろう。ほとんど忘れてしまった。

人が大勢来て、帰り際の挨拶をして、少しずつみんないなくなる。来ていた人がいなくなった時って本当に寂しい。大人はやれやれだったとしても。


農業と深く結びついていた昔の祭り。料理も社交も人情の機微も人との距離の取り方も、共同体の運営や親戚づきあいも、つまりは世間にあるありとあらゆることを凝縮して体験していたのだと今にすれば分かる。

同居人はずっと都会育ち、濃密な季節がなく、草木や作物や生き物とのかかわりがなく、育ってきた環境がまるきり違う。結婚した当初、キュウリの木というものがあり、毎年それに実がなると思っていたと言うので、本当にびっくりした。今はせっせと屋上で野菜作ってますが。

この記事、家事などで中断して少しずつ書いたので全然まとまってません。いつかまた直すかもしれないけれど、きょうはこれにて。

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美濃焼青磁大皿径40cm

2015-10-16 | 日記

というのを買いました。けっこうな値段でした・・・と自慢したいけど、ほんとはヤフオクで落札しました。(柿はついてませんでした。念のため)

こんな場塞ぎなもの、欲しがる物好きが私以外にいるはずもなく、初値の300円で難なく落札。送料は岐阜県から来たので1,200円と高かったけど、全体で1,500円ならまあまあかなと。

こんなモノどうするの?と聞かれそうですが、魚の絵を描くとき、載せるお皿のいいのがなくていつも困っていたので、これなら安心です。

元々はどういう用途でしょうか。大きな鯛を載せたり、鍋物の材料を並べるとか、フグ刺しもこれならたくさん並びそうです。

次のモチーフ当番は来年の予定。最近はスーパーの魚コーナーでも描いて面白い魚ないかなと探しています。


なんで買うん。言ってくれたら貸すんだったのに。

なんで言ってくれんの。言ってくれたら買わんかったのに。

発行は9月1日、ということは原稿書いたのは7月頃。それから状況は変わってしまったけど、なかなか読みごたえありました。んーーー、47,8年ぶりくらいに買ったかも。当時は生ぬるいリベラリズムと思っていたはずだけど、世の中全体が右に寄ってしまったので、今になったらけっこう読めた。

もう一冊は全然読まれてません。難しかったそうで。そう難しくないよ。全部短い記事ばかりだから、どこからでも読めばいいんです。雑誌ってもともとそういうもの。そして、即時性が何よりも命。今読まずしていつ読む?

いつ読むの?今でしょ!!

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