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日々のあれこれ
 

2007年京都節約旅2 京都いいものミョーなもの

2016-08-30 | 京都たびたび

 京都、いいものミョーなもの

  京都いいもの
        
ミョーなもの
                             2007 10/13~14



祇園で  
   


いただきます


小路

旅館 元はお茶屋?
   
     

                     ???(置屋?)

お茶屋
     



すだれと犬矢来


路地
     
      

八坂女紅場学園


教科いろいろ
   
          
       
             顔見世

              四条通りの喫茶店で
   
   


某所で  
     


おともだち
 

走行会


バッテリーの入ったクーラーボックス!?!?




中出しインタークーラー?撤去あと???
 

            
             ハンサムなフロントまわり
   



旧御室御所跡仁和寺前を由緒正しく激(珍)走中
スープラドリフトクラブの鉢巻きは大学のパソコンで作る
国費流用と本人は自慢していた←まだまだ子供?
 

峠最強


   














 

神護寺
 
高山寺

     


高山寺開山堂 (明恵上人をおまつりしている) 
 
最後まで見ていただきありがとうございました 管理人敬白

 


 

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2007年京都、節約秋の旅

2016-08-30 | 京都たびたび

連続up road失礼します。ホームページサービスが来月終了、急いで主なページを引っ越し中です。

他にもっとすることあるやろ←最近生まれ故郷の言葉が楽。変な関西なまりが出てもごめんなさい。

ああ、9年前の私。もう一度、恥のかきなおし。 


京都、節約秋の旅 その1

 京都、節約秋の旅 その1 

                             2007 10/13~14

 

   10/7(日)京都パルスプラザでの骨董市へ出かけた。(読売旅行¥4.980)
  
  ついでに夏休みに帰省しなかった息子に連絡を取ると 「奈良へ友達と遊びに行く」とのこと。
  そうかあ、たまの休み、興福寺や東大寺などいにしえの文化に触れるのもよしと思っていたら、「阪和サーキットで走行会をした」らしい。
 (後日、本人が白状)。 奈良といえば、神社仏閣しか思い浮かばない我が不明を恥じるのみ

 で、翌週改めて出かけることにした。
 秋になってずっと出かけてばかりなので、今回はJR西日本一日乗り放題切符(3,000円)*2枚で超節約の旅。
 私だって主婦のはしくれ、節約大好き。在来線に乗るのも久しぶり。どんな旅になるのだろう。ワクワク、ドキドキ♪








6:03自宅発。今から市電に。眠い!! 
 
7:02発、普通上りに乗ります              

 


 電車では向い側の年配女性に話しかけられる。

  お話の概要
 八本松の障害者施設にいる息子(56歳)の運動会に行くところ。
 息子は1.250gの未熟児で生まれ、何度も死にかかった。
 ひらがなの読み書きが出来たら、普通の子が東大へ行くより偉いと言われたが、とうとうできなかった。

 家では共倒れになるしかない。可哀想だが預けている。
 去年からの自立支援法ではみんなとても困っている。月の負担が数万円の人もいて、それがこれからずっと続く。
 施設で作業した数千円の報酬も本人の収入に算入。あんまり。田舎の年寄りだが、おかげでいろいろ勉強した。

 そうですか。あなたは息子さんに会いに。その仕送りは立派な社会人になるための生きたお金、うちの子のは一生続く見返りのないお金。
 お金が続かなくなったら親子で死ぬしかない。

 気をつけて行ってらっしゃいと言われて、
八本松(広島から25.8キロ29分)で下車された。
 大きな束にしたネギの苗は施設の作業で使うのだとか。

  私の感想
 他人ごとではない。あすは我が身、いつかは私も年をとり人の世話になることに。
 このお母さんと息子さんが安心して暮らせるような国にしていただきたいと強く思った。

 いろいろな人と出会うのも普通列車ならでは。
 しかし、ここまでで
全行程380.6キロの14分の1、わずかに6,8%、まだまだ先が長い。

   

これで京都まで(山陽本線西条付近)
 

岡山着10:00。10:13の乗り継ぎ列車は高槻付近での人身事故で延着中

相生11:30分頃着「新快速野洲行」に乗り換え
   


12:00すぎ、やっと大阪まで。おなじみ梅田スカイビル


高槻で13:06発の普通に乗り換え。あと一駅
     
     いよいよつきました。時刻は13:11 、六時間の旅
       ここはもう京都府、京都の入り口です
 


山崎(やまざき) 昔も今も交通の要衝 歴史が色濃く残る町

              
JR東海道本線山崎駅線路沿いに数分、やがて天王山登山口へ。 
豊臣秀吉が明智光秀を破った「山崎の合戦(1582年)」跡として あまりに有名。
後ろは連歌の創始者、山崎宗鑑の庵跡。


この山の下を名神高速の天王山トンネルが通っています


アサヒビール大山崎山荘美術館 ウェブサイト

天王山の坂道を登ること十分余り、門をくぐるとチューダー様式の山荘が見えてきました
関西の実業家、加賀正太郎が大正初めから昭和初めにかけて造営。

その後人手に渡り荒廃していたものをアサヒビールが買い取り、修理した上で1996年に美術館として公開。
安藤忠雄設計の新館は景観を壊さないよう地下にあります。

敷地は広大、自然を残した庭で散策する人も。入館料600円
 階段踊り場のステンドグラス
 

二階天井付近
  

南側廊下
  

二階テラス
 オープンカフェになっています
 

テラスからは桂川が。このすぐ下流で宇治川、木津川と合流し淀川になります
河川が重要な交通手段だった時代、ここは京都と琵琶湖方面からの合流地点でもありました。

山際の歩道を行くとすぐにサントリー山崎蒸留所へ ウェブサイト
寿屋(のちのサントリー)創業者、鳥井信治郎が1923年に建設開始。
翌年から醸造したのが始まり。

いい水が出る、三つの川が合流して湿度が高いなど、ウィスキー作りに適した土地とのこと。
ガイド付きの工場見学は無料。
  







































 発酵した麦汁を蒸留しています。蒸留釜は12機並んでいます。
 釜の小窓から沸き立つ麦汁が見えます。
 工場内はかなりの蒸し暑さ。
          
出来たウィスキーはオークの樽に入れられ、冷暗所で熟成されます
見学コースの最後は水割りウィスキーの試飲も


旧西国街道 左奥JR山崎駅


駅前に妙喜庵が。「待庵」は利休が作った唯一現存する茶室で国宝。事前予約で見学可能 ウェブサイト


 

京都の宿
いしだ旅館 一人でも宿泊可能。        
周りはお茶屋さんが多い。二間続きのこの部屋もその名残?
静かで落ち着く宿。風呂、手洗いはとても清潔、お料理美味。
くつろげます。                              


 

息子を呼び出して、一緒に食事。しかし、まさかこれが聞くも涙、語るも涙の京都料亭物語となろうとは。ほんとはこの店の対応書いてたんだけど、下品になるので詳細外しました。

http://rumio.cocolog-nifty.com/rumio/2008/04/14_e012.html

こんな感じです。もうねぇ、何と言おうか。場所はチョー有名な京都観光地至近。

「京都の人は決して行かない。観光客が不用意に行ってしまう店と友達から言われた」と息子が後日話していた。

なんでももネタにするお笑い大好きの息子もさすがに困り、玄関までの打ち水を見て「ここだけ雨が降った」と行き帰りに騒いでいた。信楽焼の狸の置物の前に缶ビールが置いてある(酔客のいたずら?)のにも反応。←まだ子供の部分が。


よい子のお小遣い帳 gif素材はこちら
項目 細目 金額 備考
交通費 電車 家~広島駅 150  
  JR乗り放題切符 3,000
  京都市営バス 220  
小計   3,370  
弁当代ほか おにぎり、海苔巻 418  
  ビール  207  
  朝刊 130  
  美術館入館料 600  
小計   1,355  
食事代 美術館カフェで 800  
  ↑の店で 10,395
  近くのラーメン店で
(↑の量が少なかったので)

600
小計   11,795
教育費 息子にお小遣い 10,000
総計   26,920


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2008京都、信楽

2016-08-30 | 京都たびたび

広島 花と絵付けのページ 京都、信楽

京都、信楽 
       
山陽、中国、名神、新名神急ぎ

                              2008 3/16~17


急に思い立って京都へ。土曜日、午後から出発 広島東13:05~京都南16:50~東山将軍塚17:30
この日は名神の渋滞がなく、四時間足らずで京都着




東山の将軍塚市営展望台から京都市内を見る
左の低くなっているのは大阪方面
将軍塚からの夜景






春近し、空を突き切る飛行機雲(字余り)





北野天満宮は古くは農耕の神様、京都の都市化によって現在の信仰の形ができたと言われている










現在の本殿は江戸初期、豊臣秀頼が造営、桃山様式のあでやかな建物




う~~む、迷うところですね




北野天満宮近く、一条通り商店街、豆腐、和菓子、自転車、編み物教室・・・




息子の部屋に行き、いらない荷物を預かって車に積む
その後
開通した新名神信楽へ 京都南から30分くらい。便利
道の両側に窯元多数。店によってタヌキは少しずつ表情が違う




エクステリアの商品いろいろ、カエル、コアラ(右奥)なども




吉備SAで。楽しそう♪


信楽14:45~京都南15:20(息子を下してまた高速に復帰)~広島東19:30  交代で運転したが疲れたーーー
息子が京都にいるのも三月末まで。六年間、いろいろ遊んでくれてありがとう
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2010滋賀・京都春の旅2

2016-08-30 | 京都たびたび
 滋賀・京都春の旅その二

  湖東の城、安土、長浜は楽しかったが、彦根は町が大きくて人も多すぎ。  
   いろんなひこにゃんに元気付けられて歩きました。  
  京都はいつ行っても新しいことの発見。楽しみました。

                                   2010/3/21~22




  京都駅烏丸中央口出て左、鉄道案内所で教えてもらって、今から宝鏡寺へ行きます。堀川通りを市バスで北上中。  



つきました。塀の五本線は門跡寺院の印。





等身大の人形宝鏡寺は和宮が一時期住んでいたそうでゆかりの品もあります。





すぐ近くに茶道の家元の屋敷が。。。





同じく家元。





ふらふら歩くうち枝垂桜に遭遇





門は聚楽第の遺構だそうで。恐れ入りました。





同志社前から市バスで八坂神社まで。桜も咲き始め「今宵会う人みな美しき」





境内フリマもあります





枝垂桜と長楽館




丸山公園内「鳥久」さん。時間がないので早く食べられるものを注文。このあとバスで京都駅まで。
ダッシュで新幹線乗り場まで。

その一へ
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2010滋賀・京都春の旅その一

2016-08-30 | 京都たびたび
 滋賀・京都春の旅その一

 琵琶湖周辺のお城が見たいという人と一緒に関西へ。強風で寒かったです。  
 京都では桜もちらほら。一足早いお花見を楽しみました。   2010/3/21~22





京都・城南宮 鳥羽伏見の戦い発端の地






  天下布武のお膝元安土で回転する織田木瓜。正しくは↓

 



安土城址・遠いです





安土城址・近年の発掘で大規模な当時のようすが判明石垣は復元





近くの歴史博物館で安土城の天守閣の上二層が復元





朝の琵琶湖





朝の伊吹山





長浜城





紅梅、白梅





北国街道・長浜市内





慶雲館
1889年明治天皇夫妻が琵琶湖の汽船から列車に乗り換えるときの休憩所あと。
地元有力者が二か月の突貫工事で作らせ、当日の朝に完成。
天皇夫妻は一時間滞在。個人所有を経て現在は市が管理。





小川治兵衛の庭
明治の気分。隣のマンションの借景にもなっているようです


 


伊吹山





歓迎ひこにゃん





石ひこにゃん





傘持ちひこにゃん、寝るひこにゃん



 
戦うひこにゃん




垂れ幕ひこにゃん@彦根市役所

その二へ
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2009・京都女二人買物旅

2016-08-30 | 京都たびたび

2009・京都女二人買物旅

なんでまた7年も前の記事をと思われるでしょうが、昔のホームページがサービス停止になるので、こちらへ移しました。

2002年から2010年頃まで、毎年数回京都へ出かけていました。なんででしょう・・・

狭い範囲に見どころが集まって、女一人ででも比較的観光が容易だから?

20歳前後に歩いた街を、一人で旅行できるようになって、辿ってみたかったのかも。

このころは、息子の大学の周りのカフェに行ったり、一人で鴨川沿い歩いたり、でもこの時はもう卒業した後。

今はもう私自身、卒業したらしく、前ほどは行かなくなりました。いつかまた新しい発見があるかもしれないけど。

というか、歳とって一人暮らしになったら京都に部屋借りて、西行の歌の址を歩いてみたい。見果てぬ夢です。。。。



京都女二人買物旅
  
ふだん着の着物と帯を求めて、女の二人旅。さてどうなりますことやら…  
                       
                          2009/10/1~10/3



                         








 京都駅で従妹と待ち合わせ。従妹は一つ下の同じ日の生まれ。
  お互い、やっと家を空けて遊べるようになりました。
  京都タワーが写りこんでいます。
  (写真は別人です
)


 午前中に買物を済ませ、とりあえず七月と同じようにとらやへ 
  あの時はカキ氷、今回は抹茶グラッセに秋の和菓子。



 雨がひどくなったので宿へ行き、荷物を置いて散歩します。
  こちら七月にも行った商店街。二人で和菓子、そのほかを買いました。


 2002年秋から半年くらい、息子が住んでいたあたり。部屋は七畳半、真ん中柱ありの変な部屋だった。 
 子供用自転車があるので、下宿屋は廃業したみたい。
 建築基準法ができるはるか以前からの道?ここへ軽トラを切り返して車庫入れする人もいるとか。
 すばらしい技です。
 場所は京七つ口のひとつ、荒神口からの志賀越道至近。どんだけ古い道?!!
 


 2002年から2008年まで息子が在籍していた大学、サークルの車庫で 
  話をするうち、我が家や私の実家へ泊まったことのある人だと判明。
  夏休みに、息子と二人で、毎日高速を千キロ走行して写真撮影のバイトをしていたのでした。 
  それを基にカーナビを作るそうで。
 


 一日三組限定の宿はなぜか私たちだけ。一階の座敷で食事をいただきます。
 写真は、突き出し、お造り、炊き合わせなど。

 


 てんぷら、焼き物など。薄味、素材の味が生きてます 



  賀茂ナスの素揚げ八丁味噌かけ。感動の一品 

元はここに買った帯や着物の写真があったのですが、外しました。

だって、着物、帯であれこれ言われたり、思われるのが嫌だもん。 

 
 
 
 
 
 
 


 宿は元料亭。ゆったりした造りです。この他、川の見える隣の洋室も利用できます。



 六畳の続き間の外は廊下。山や川が見えます。左へ周るとお手洗いです。
 建具もレトロで立派で、ポイント高いです。


 昨夜の雨も上がって、朝日が差してきました。庭と茶室の見える一階の座敷で食事をいただきます。
 私たちのほかにお客さんがいないのでとても静かです。贅沢な空間ですね。ニッポンの朝、京都の朝。



食事もさることながら、欅のくりぬきのお櫃に感動 
 川が見えます。自転車で通勤している人がいます。



コストパフォーマンスのいい宿でした。家族経営のようで、全館、掃除が行き届いていました。予約サイトのポイントがついてラッキ~♪


 宿は静かな住宅街にあります。看板もありません。道も微妙に曲がった昔の道です。



 高山寺:開山堂 


 神護寺手前、ひっそりとたたずむ女人禁制の石柱。「山内女人禁制」… 
  後ろは清滝川 


 神護寺前からバスで京都駅まで帰ります。バス便は多いです。



  西陣会館で

中国人のツアー客が、着物のファッションショーの写真を撮っています。国慶節の連休で、日本へ観光に来たのでしょう。

凄い熱気です。



 モデルさんが最後に勢ぞろいします。赤い振袖が人気でした。

 いろいろな技法を見せてくれます。これは螺鈿を織り込んだ帯です。本当の押し葉も帯にします。


 若い職人さんが京鹿子の実演をしています。手袋のようなものをはめ、爪の先で糸をくくります。細かな仕事です。

 こちらは何回にも分けて染と脱色を繰り返し、訪問着などの着尺を作っています。
 黒いのは注文を受けた十三参りの訪問着?お値段に仰天しました。
 左の訪問着だと出来上がりに一年くらいかかるそうです。

 この方は歌手の都はるみさんの絞りの振袖や、宮沢りえ貴乃花の婚約会見の着物も手がけたそう。
 「私が作ったので別れた」などと笑いながらおっしゃってましたけど、もちろん着物のせいではありません。


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京都・名残の紅葉2009

2016-08-30 | 京都たびたび
京都・名残の紅葉 2009・12・6  
             


急に思い立って京都へ。紅葉の盛りも過ぎ季節は初冬へと。
好きなところを好きに見て、気楽な一人旅です。




広島発6:00 京都着7:41 地下鉄国際会館着8:06 バスで大原へ。朝霧が少しずつ晴れてきました。




大原の朝



山里


民宿前の車


寂光院参道


漬物屋


朝霧と関西電力の電柱


大原からさらに北へバスで。若狭へと続く旧街道沿いに集落が続きます。
ここまで来ると観光客は皆無。バスも地元のお客さんばかり、言われた場所で停まります。
初冬の陽はいつまでも低く、長い影が伸びています。
古知谷で降り、今から阿弥陀時へ行きます。
この付近は民主党、前原さんの選挙区のようです。




阿弥陀寺は江戸時代初めの開基。浄土宗知恩院派。
山王権現の古い掛け軸、木食上人を納める石棺など、修験道との関連をうかがわせる山寺です。
紅葉は終わってます。街道沿いの山門からは30分とのことですが、普通に歩いて15分くらいで本堂着。



静か。観光客はいません。ご住職が受付で朝刊を読んでいます。
「41年前、ここへきて奥のお堂を見た。あそこへ行きたい」とお願いすると、「行場なので今は立ち入り禁止」とのこと。残念。
その昔ここへきたとき、ご住職が(多分先代の)、「鞍馬寺に用事があると京都まで降りずに山を越えていった」と話されたのを覚えています。
小さなお堂でとても静かな場所でした。念仏三昧の修行をされるのでしょうか。


石仏





バス便が少ないので歩いて大原まで引き返します。静かな旧街道です。


茅葺きの民家・「水」は火除け?



左の道で帰ってきました。途中出会ったのはバイク1、ロードレースの練習中の自転車2、軽トラ3、歩く人は0。右はバイパス


市街地へ戻り仁和寺へ。向こうは双ヶ岡。兼好法師が隠棲していたといわれる場所です。

徒然草には仁和寺の法師の人間味あふれる話がいくつかありますが、分けても面白いのは53段
ある法師、宴会の座興で「鼎」をかぶって抜けなくなり、頭から帷子をかぶせて医師のもとに。
「道すがら、人の怪しみ見る事限りなし」そりゃそうだわな。
医師の見立て「かゝることは、文にも見えず、伝へたる教へもなし」。(こんな症例、文献にない!!医学部でも習わんかった!!)
「死ぬよりまし」と思いっきり引っ張ったら取れたけど、鼻や耳を大怪我して長く寝込んだそうで。

なにごともほどほどに。




仁和寺



竜安寺


京都の紅葉はほぼ終わり、寂しい眺めでしたが人も多くなくてよかったかも。
このあと神戸に立ち寄りルミナリエを目指すもデジカメのバッテリー切れ。北野あたりだけを歩いて帰ってきました。





風見鶏の館 
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京都・裏町&名所巡り2009

2016-08-30 | 京都たびたび

 京都・裏町&名所巡り2009           素材はさん

京都・裏町&名所巡り2009
                                 

7月20日、きょうも雨の予報。とりあえず鞍馬山から貴船を目指します。あとは成り行き任せ。中高年の旅は軟弱で無計画です    





    京の朝食

我が家の晩御飯より品数が多くかつヘルシー。さすがプロの技。
しかし、いい歳して畳の縁の上に座るのはどうよ。

  



 
   
  鞍馬寺


  叡山電鉄で終点鞍馬駅まで。
  途中、京都精華大学、京都産業大学の学生さんが降りると、車内は観光客だけ。
  山も深くなってきます。今にも降り出しそうなお天気です。


  鞍馬寺仁王山門が見えてきました。今から歩いて上がります。



 
   鞍馬寺

 本堂は30分くらい山道を登ります。手前に以前はなかった食堂ができていました。女性の参拝客が多いです。
 細いストラップのサンダルでさっさと登ります。若いですねえ。アヘアヘ、、、


 
 

  京都を臨む

 本堂前から京都方面を見ますが、山が深すぎて市街地は見えません。手前の石は翔雲台と呼ばれ、鞍馬寺本尊が降臨した場所だそうです。

  
 
 
奥の院

  さらに山中を辿ると背比べ石、義経堂などを経て奥の院に至ります。
  これは拝殿で、奥に本殿があります。深い杉木立の中にありますが、ここまで来る若い人も。

  あたりは修験道の道場らしい雰囲気が漂っています。
 


   木の根道

 杉の根が山道を覆い、歩きにくいです。昔はもっと多かったのですが、最近は 道が整備されたそうで、鞍馬山らしいところはここともう一か所だけでした。



    貴船神社

   奥の院からさらに進むと鞍馬寺の西門、貴船川を渡ると貴船神社です。
剣舞を奉納しています。
   和風です。



 
  川床

 
  貴船川の上に桟敷席を作り、流れの上で料理を食べます。涼しそうです。




  川床2

 
桟敷は川の上に張り出しているのではなく、川底に支柱を立て、まるきり流れの上です。
  連日の雨で、水量も多いです。涼味満点。
  広島の川では無理ですね。深くて広くて、満潮時には海水で水位がぐんと上がって溺れます。

  赤い欄干の橋を渡ると鞍馬寺へと続きます。
 
 


 
  お品書き

 お料理は平日お昼のみの7,245円から、14,490円まで。pass!! 




 
 貴船口

 出町柳行きの電車が来ました。今から京都市街へ帰ります。




     
 
  金閣

  同行者の意見に従って金閣寺へ。こちらは46年振りです。 外人観光客多数。池の手前でピースサインで写真を撮っていました。
  絵葉書そっくりの金閣はあまりに金ぴかで、現実感がありません。好き嫌いで言うと、私には一番苦手な眺めです。
 
 以前は「正面の建物は「金閣」です。金閣寺ではありません」という親切な立て札があったそうです。
 それを見たくて行ったのに撤去されていました。とても残念です。またぜひ復活してほしいものです。
 庭は全て柵で囲って立ち入り禁止、仏像などの展示もなし。境内、みやげもの店多数。観光客多数。



     船岡山

いよいよ京都観光のハイライト(と私が勝手に決めた)船岡山。
北側の北大路から登ると高低差が少なくて楽です。南側は急勾配です。
何でハイライトかと言うと、この山を機軸にして、平安京の造営をしたからです。
当時の朱雀大路はこの山の麓から南にまっすぐ延びていました。
船岡山は、だから言わば「都の臍」。朱雀大路は現在の千本通りになるそうです。

今は近所の子供の遊び場にして、中高年の散歩コース。住民に親しまれているようでした。




  船岡山からの眺め

  京都駅がずっと南東に見えます。1,200年余りで市街地の中心が東に移動したことを実感します。都の造営に携わった和気清麻呂もきっとここに立ったことでしょう。






  船岡温泉

 船岡山の南側、鞍馬口通りにあります。
  あまりにも有名な銭湯ですが、脱衣所や風呂場で撮影するわけには行かないので、
リンク付けときます。  ついでにこちらも
  この立派な銭湯がわずか410円で楽しめます。
  マジョリカタイルに、肉弾三勇士に、大石内蔵助に、牛若丸とカラス天狗にとパワフルな装飾は見飽きませんが、近所の人たちは普通の顔で利用しています。 京都の奥深さを感じるには絶好のポイントです。

  銭湯が成り立つのも京都ならばこそ。西陣ならばこそ。






       
 さらさ西陣

こちらは元銭湯、今はカフェ。リンク付けときます 店内はフラッシュ撮影禁止。せめて外側のタイルを。

 

 千本釈迦堂


1227年建築の国宝建造物。鎌倉初期の遺構としては京都市に現存する最古のもの。ちなみに焼けたあと再建された金閣は国宝ではありません。
以前の記憶を頼りに、道に迷いながらたどり着いたら五時前。宝物館の見学をお願いしたら、「時間がないしぃ、お金はええ」とのお言葉。
この庶民的にして商売気のないのにしびれます。

宝物館は快慶作の十大弟子など国宝と重文がたくさん。国宝の建物は部材も国宝。修理で取り替えたものでしょうか、古い柱なども展示中。

足利義満が遊びに来て、牛車が故障、新しい車輪を届けさせて調子悪いのを寺に残したのも保存。
京都では、義満もついこの間の人のよう。いつのなったら取りに来るのでしょうか。忘れているのでしょうか。
やがて寺男のような人が、「珍しいやろ」と言いながら正面の蔀戸を閉め始めました。重い戸は電動とハイテクでした。



 

  上七軒

京都で一番古い花街です。今も置屋、お茶屋もありますが、飲食店などに変わった店も多いようです。
呉服がよく売れたころは西陣の旦那衆が豪遊したらしいのですが、今は今出川通りの抜け道で車が多いです。



  

 日本料理が続いたので、最後はイタリアンをいただきました。静かでゆっくりできるお店でした。

山に行けなかった代わりに、今回は思いがけずに盛りだくさんの旅行になりました。最後まで見ていただいてありがとうございました。 管理人敬白

もっと前へ(相国寺、出町柳、賀茂川、方広寺、豊国神社など)
前へ(高雄、清滝、嵯峨野など)

 

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京都・裏町&名所巡り2009・・・2

2016-08-30 | 京都たびたび

 京都・裏町&名所巡り2009                   素材はさん

京都・裏町&名所巡り2009


7月19日、午後から大雨とのことで愛宕山はやめ、高雄、清滝、嵯峨野を歩きました。

日中は何とか天気は持ちましたが、夕方豪雨、すっかりぬれてしまいました。 




 
   高山寺石水院

 
梶尾までは京都駅前からJRバスで約50分。朝は10分ごとで便数はは多いです。
 国宝「鳥獣戯画」の伝わる塔頭で、塀の向こうが入り口です。

 鳥獣戯画はどこかへ預けているらしく(たぶん東京国立博物館)、 レプリカを展示しています。

 鳥獣戯画をプリントしたシャツなど、おみやげ物もあります。

  
 
    

 
 
建物は国宝で撮影できませんが、上がって休めます。縁側からは緑濃い高雄の山々が見渡せます

 

 神護寺

   途中、槙尾の西明寺を経て、真言宗の別格本山神護寺へ。弘法大師も14年間ここにいたとのこと。
  どの建物も大きく、大寺院の風格があります。ここへ来るのは41年振りです。
  山寺の緑のシャワーに癒されます。
  本道裏手から、高雄山経由で愛宕山へ行く道は「分かりにくい」と受付の方のお話でした。


    教科書には必ず出てくる「源頼朝」像はこの寺の所蔵です。12世紀、再建に力を貸したのが頼朝で、その縁ts>

    五月初旬の宝物虫払いには、そのほかいろいろなものが順次展示されるとのこと。



 

  清滝川

 清滝まで、3.8キロのハイキングコースです。道はよく整備され、スニーカーで大丈夫。
 私の叔母は妊娠中の若いころ、和服で歩いたそうですので、まあ怖れることはないでしょう。
 紅葉のシーズンには人も多いでしょうが、きょうはわずか二、三人にしか出会いません。

 高雄の店は高いので、持参のコンビニおにぎりを川原で食べます。遠足のようで楽しいです。

 この川は保津川→桂川→淀川へと続き、大阪湾に注ぎます。
 
 
 イワガラミ

 今年ははじめて見ました。涼しげな白い花です。名前の通り、岩に絡んでいます。
 


   清滝の旅館

 昔はここで泊まって、翌日愛宕山に登る人もいたことでしょう。。ゆっくりと川を眺めて…いい時代でした。
 今は車で日帰り。川では家族連れが水遊びをしています。

   

    貼り紙二題

 清滝の廃業した食堂に、謎の貼紙が。ねこうどんって。。。キツネやタヌキは知ってますけど。
 去年は「肉球あります」の貼紙も。うーーーん、こうなると誰かのいたずら???
 山頂の愛宕神社(924m)は7月の月末に大祭があります。この日にお参りすると、千日参ったのと同  じご利益があるとか。
 
 火伏せの神様で、火事除けのほか、二歳までに登ると一生火傷しないそうで、親に連れられて登る子もいるようです。
 真夏なので、登山は深夜のようですね。


 ネット友達の知見によると削りかつおを掛けたうどんとのこと。ねこまんまがあるからねこうどんもあって不思議はないですね。
  肉球は肉団子だそうで、ネットの世界では有名な場所らしいです。
 
  清滝トンネル

 
  昔は国鉄の嵯峨嵐山から電車が清滝まで通っていて、その名残のトンネルです。
  車が飛ばすので、中を歩くのは怖いです。この日は、消防自動車、救急車とすれ違いました。
   トンネルを出るとそこはもう奥嵯峨の地です。





  愛宕神社一の鳥居

 
鳥居の内側に店があります。鮎料理を出します。お客さんは高級車、またはハイヤーで乗り付けます。
  停まっているのはボルボでしょうか。
 
  広島のR2出汐交差点にショールームがあり、一度ひやかしに行きましたが、前後の長い車です。
  我が家の場合、ご近所の自転車やプランターをどけてもらわないと辿り着けません。
  (と負け惜しみを言って帰ってきました。)

  この店は、嵯峨野に住む瀬戸内寂聴さんもご贔屓にしていると、ご本人のエッセイにありました。






 
  嵯峨鳥居本

 愛宕神社、一の鳥居の手前に広がる町並み。文化庁から重要伝統的建造物群保存地区に指定され、改装には厳しい規制があります。
 わらぶき屋根の家は、こちらも鮎料理を出す料亭で、遠くから来る車で渋滞中。
 





 
 あだし野、念仏寺

 先月行ったばかりなので、今回はパス、カメラを預けて撮ってもらいました。


 




     
 
  祇王寺

 平家物語にある祇王ゆかりの寺。明治になり廃れたのを、明治28年、元府知事北垣国道が、自分の別荘の一棟を寄付、現在に至るそうです。
 現在は大覚寺塔頭。コケとモミジの美しい女性的な寺です。

 お堂の中には、大日如来のほかに
清盛、祇王、妓女、刀自、仏御前の木像があります。

 ちなみに北垣国道は琵琶湖疏水を作った知事です。




 

   




   
 
    
    二尊院


  本堂には、阿弥陀如来と釈迦如来の二体の本尊が並んでいます。小倉山は古来、歌にも多く歌われ、都人の憧れの地であったことでしょう。
   法然の肖像画、念仏者の放縦を戒めた「七ケ条御制戒」にはのちの親鸞、綽空(しゃっくう)のサインもあります。
   宮中の仏事はこちらのお寺が司っていたそうで、宮中へ行くときに使った籠も保管。と故事来歴の多いお寺です。

   庭へ降りるとハンゲショウが涼しげな姿を見せています。ドクダミの仲間で、葉が白くなります。

   朝からお寺ばかり見て、さすがに疲れてきました。
   手洗いに「「携帯電話、財布、鍵、カメラを落とさないように、当山は一切責任を持ちません」との貼紙が。落とした人がいるんですね。
   そう、こちらは古いタイプの手洗いです。みなさん、気をつけましょう。








  落柿舎

 芭蕉の高弟、向井去来の庵で、芭蕉も訪れたことのある場所。
  句会などに利用できますが、現在修復工事中で見学できません。
  近くには去来の墓もあります。
 





   
 鱧づくし

京都では七月には鱧を食べます。海の遠い京都で、夏場、鮮度が保てる鱧が重宝されたようです。
目の前が海の広島では鱧は見かけません。たぶんあまり売れないのでしょう。ここらあたりにも食文化の違いが。

骨切りのあと湯引きしているので、あっさりと食べられます。

鱧寿司に、鱧鍋。鱧の造りは(鱧落としというらしい)氷の鉢に入っていて、見る見る融けていきます。

見た目も涼しく…京都らしい演出です。
 
 

前へ(相国寺、出町柳、賀茂川、方広寺、豊国神社など)
次へ(鞍馬、貴船、金閣寺、船岡山、西陣、上七軒など)

 

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京都・名所&裏町巡り2009

2016-08-30 | 京都たびたび

 ホームページがもうすぐサービス停止。楽しかった旅の思い出、こちらへ持って来て保存します。

 よかったら見てください。


京都・名所&裏町巡り2009               素材はさん

 

京都・裏町&名所巡り2009


例年六月ころから夏山のトレーニングをします。今年は梅雨が長引きそうで、雨でも遊べる京都へ。
大雨は免れたものの、高い山はパス。近場の山と街歩き中心の旅行になりました。  7/18~7/20




 

 
 虎屋茶寮
 7/18、午後、自宅発。新幹線はさすがに速い。15時過ぎ京都着。
「どこへ行く?」「金閣寺♪」「ゲッ、修学旅行かよ、通俗の極み」と直ちに却下。
 

とりあえず地下鉄に乗り、今出川へ差し掛かると車内放送で「とらや」の案内放送が。
急に行きたくなって地下鉄下車、烏丸通りを南下。
道を尋ねながらたどり着いたのは羊羹で有名な「とらや」の喫茶部門「虎屋茶寮」
うーーーむ、地味な構えながら敷居高そう。自転車で来るのが京都風?



 「外の席なら空いてます」と案内されたテラス席。
 「暑い!!」と同行人。「外が見える席じゃなくてほんとの外なんだあ」と焦る私。
 水盤のヒオウギ、すだれ入りの建具、軒下の風鈴と演出満点
これぞニッポンの夏、京都の夏。

 
 
 庭先には由緒ありそなお社と土蔵が。

 あとで知るところでは、京都が「とらや」発祥の地だとか。
 元々は宮中出入りの御饅頭所。関が原の合戦の後、西軍犬山城主を広い店にかくまった記録もあるそう。
 明治天皇と一緒に東京へ移り、現在では全国に多くの支店を出す一大ブランドに。

 知らんかった。てっきり東京のお菓子屋さんとばかり

 座って待つうちに、やがてどこからともなく涼風が。

 

 氷ぜんざいがきました。黒蜜、よく練り上げた粒餡、どちらも素材の良さが生きています。
 氷は雪のように細かく、柔らかです。私の中のカキ氷の概念を変える「感動の一杯」
 蛇足ながら麦茶はお変わり自由。

 
 京菓子資料館


 資料館は「俵屋吉富」さんが運営していて、京菓子のいろいろが分かります。
 四季の風物を織り込んだ繊細な和菓子にしばし見とれます。
 こちらも宮中の御用を務めていたとのこと。入場無料。




 こちらのお菓子屋さんは「雲龍」など棹菓子が有名です。
 資料館で絵葉書を買いました。これが米粉で出来ているなんて。。。



 
 相国寺

 烏丸通りを渡って相国寺へ。京都五山の第二位、広いです。
  鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)も相国寺の山外塔頭のひとつ。
  おりしも三つのお寺の宝物展をしていましたが、遅い時刻で入れません。またいつかの機会に。



 
 アーモスト館

 総門を出ると、同志社大学のキャンパスが左右にあります。これは現在学生寮となっているジョージアン様式のすばらしい建物。
 
 アーモスト館
 国登録有形文化財 竣工は1932年 設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズ
 館名の由来は、新島襄の母校、アメリカのアーモスト大学からの派遣学生が夭折し、母親が記念に寄付をした建物とのこと。




 
 薩摩藩戦死者の墓所

 甲子役(1864年、蛤御門の変)、戊辰役(1868年、鳥羽伏見の戦い)の戦死者が眠っています。
 相国寺の東方向にあります。

 

    


     









 
 幸神社(さいのかみのやしろ)

 塔ノ段通りに面して小さな神社が。ちょうど御所の鬼門の方角。平安京造営の折、御所を守る神社として作られた古い歴史を持ちます。
 猿は魔よけの「魔が去る」とも、神の使い「神猿(まさる)」とも言われているとか。猿が御幣を担いでいます。
 提灯の字は何て読むのでしょうか???
 現在は小さな地元密着型神社です。広島からこんなもの見に行くなんて、物好きの極みですね。
 

 ちなみに相国寺には東寺のよりも高い五重塔があったそうで、今は地名だけが残っています。

 でも・・・と後日考えました。平安京の内裏は今とは違う場所。この神社は御所の鬼門の方角ではないのでは?
 もしかしたら、幕末に勤皇思想が高まり、街中の小さな神社も「御所を守る」ことを売りにしたのかもしれません。
 もう少し調べてみます。←そのあと全然調べてない。陳謝2016/8/30


 
桝形商店街


  昔からの商店街。野菜、魚、乾物、衣料品など殆どが小売商です。お客さんが多くて活気があります。
  京都名物の鯖寿司が食べられる食堂もあります。
  呉服屋では、麻の着物を買い、 お茶をいただきながら若いご主人と話が弾みます。
 「錦(市場)へ行くのは京都観光の素人。こちらへ来るのは通。ここは錦の半額程度」とは呉服屋のご主人の弁
 


  買ったのはこんな着物です。
  ベージュ(日本語の言い方は何というのでしょうか)に渋い赤、茶、グレーなどで抽象的な花柄を織り込んでいます。
  ゴワゴワとした麻の着物は夏にぴったり、涼しいです。

  

 このころは着物に凝っていたので、よくリサイクルの着物買ってました。本当の呉服屋へは怖くて行けない。

 これはよく見ると展示中に日焼けしたあとがあって、嫌になって捨てた。反省。でもその時楽しかったからよしとします。


 鯖街道口

 商店街を抜けると賀茂川に出ます。出町橋のたもとには京都七つ口の一つの道標が。
  この道が、大原を通り、遠く若狭の小浜まで。若狭からは鯖など海産物が運ばれて来た道です。
  「従是洛中」、橋の向こうは洛外、昔の郊外です。


 賀茂川
 
 飛び石伝いに向こう岸へ。夏の夕方、涼を求めて人が遊んでいます。ワンコも川をザブザブと渡ります。
 広島の、広くて深くて流れの速い川ではこうはいかない。流されます。

 この付近は三男が6年間の学生生活を送ったところ。この時にはもう会社員になって京都に居なかったので、寂しかったあ~

 


 耳塚

   京阪電車で七条まで。そこから正面通りを歩いて豊国神社へ。
  途中にある
は耳塚。秀吉の朝鮮出兵のとき、殺した数を競うため、耳をそいで持ち帰ったものを塚にしています。
  説明にはハングル文字も。戦争の悲惨さを今に伝えるモニュメントです。



 
 方広寺の鐘

 豊国神社の隣に、方広寺があります。
 昔は大仏殿があったのですが、荒廃し、現在は立派な鐘撞堂ばかりが目立ちます。。
 この鐘は豊臣秀頼が作らせたもの。
 鐘の銘に「国家安康」「君臣豊楽」とあるのに家康がクレームをつけ、大坂冬の陣の発端となりました。
 
 鐘の表面にでかでかとあるとばかり思ってましたが、とても小さな字です。
 こんなものをよく見つけて、よく言いがかりをつけたものだなあと感心し、かつ呆れました。
 初めから豊臣氏を滅ぼすつもりで口実に使われたのでしょう。
 栄枯盛衰は世の習い、鐘だけが歴史を今に伝えています。 

 




 豊国神社国宝の唐門

 豊臣秀吉を祀っています。江戸時代は方広寺の敷地で荒れ果てていたそうですが、明治になり「天下を統一したのに幕府を作らなかった尊皇の功臣」 として造られました。

国宝の唐門は南禅寺から移築。伏見城の遺構という説に今は落ち着いているとのこと。門一つでこんなに派手であでやか。伏見城はさぞきらびやかだったことでしょう。
 
  この門前が正面通り。西本願寺の総門まで続く一本道に、徳川幕府は東本願寺と渉成園を作らせて通りを分断、豊臣の記憶を京都から消し去ろうとしたとのこと。
  そう思ってみると、神社もけっこう生臭いですね。秀吉を尊王の功臣として神様に祀り上げる。きわめて政治的な神社といえるでしょう。
  で、名前も豊臣(=豊かな臣)神社ではなくて豊国(=豊かな国)神社ですもんね。
  近代的統一国家を信仰面から補強する神社。神社を持ってくるところがアジア的、などとおばさんは難癖をつけてみる。お気に触った方、すんません。
  
  以前道を聞いたとき、地元の方が「とよくにじんじゃ」ではなく「ほうこくさん」と親しみをこめて呼んでいたのが印象的でした。
  出来たときのいきさつには関係なく、地元では親しまれているのでしょう。
  
 

次へ(高雄、清滝、嵯峨野など)
そのまた次へ(鞍馬、貴船、金閣、船岡山、西陣、上七軒など)

 

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イギリスの旅2008年2

2016-08-30 | イギリス2008年

英国の旅2

プロバイダーのホームページサービス、来月下旬に新しいやり方に変わるそうで、移行が何か面倒そうなので初めからパス。

こちらに移します。今となっては気が抜けたページですが、このころはまだ初心で、些細なことに楽しめたと思う。

大韓航空のサービスもとてもよかった記憶があります。料理は唐辛子多用、それはそれで面白かったですが。

この時は30人以上の大所帯。ほとんどが女性で、友達、姉妹などの参加者が多かった。着いた途端体調崩す人がいて、詳しくは知らないけど、入院したらしい。妹さんが、ロンドンで一週間付き添っていました。

この時はロンドン着、ロンドン発で帰りにまた合流したのでした。またお姉さんのお金で来ればいいと他の人が慰めていましたが、その後、再訪されたでしょうか。

「旅行友達」と言う言葉を知ったのもこの時。海外ツアーで仲良くなって、その後誘い合わせていく仲だとか。いい感じの友達でした。

イギリスの感想は、フランスほど華やかではないけれど、格調高く、国全体に大英帝国の伝統と誇りが感じられました。

変に観光開発されていないのもよかったです。

で、その後気が付いたのですが、イギリスってノルマンディーよりもドイツよりも北にあるんですね。イギリス人が、南に憧れるはずです。

この時は六月の初め、夜10時くらいにやっと暗くなるのでびっくりです。ヨーロッパは夏行くと景色がしっかり見られてうれしいけど、値段は高い。冬は寒くて暗い。でもお買い得。ということで、南欧は冬に、ゲルマン諸国、北欧は夏がいいかもしれませんね。

五月、六月はまだ旅行代金高くないし、というか春のお彼岸過ぎたら急に暖かくなるので、その頃がねらい目かもしれません。

来年もまたどこかへ行けたらいいけど、お姑様の状態次第。

長話深謝。ではイギリスその2です。

 


 
  
  ツアーには私のほかにもう一人、一人参加の同世代の女性がおられた。
  空港で話しかけられて、一安心。食事も一緒にして仲よくしていただいた。
  二日目、職歴が同じことが判明してびっくり。
  このあと旅を続けるうち、共通点が多々あることが判明。話が弾んだ。
  
  その節はありがとうございました。私も本を作りたかったこと、言いそびれました。
  ごめんなさい。私の場合、家族に反対されたこと、会社を訪ねてみて???だったので断念したんです。

  世の中には自分に似た人が三人いるという。顔形はともかく、することがここまで似た人がいるなんて。。。
  
  案ずるより産むが安し。思いきって出かけてよかったあ。。。

二日目午後は、いよいよ今人気のコッツウォルズ地方です。お洒落でかわいい家が次々現れます
 

大型バスの駐車場から町へ行く途中、藁ぶき屋根の一軒家が突然現れます。まるでおとぎの世界に迷い込んだようです カッスルクーム 6/7


カッスルクームは羊毛業で栄えた町。町の中心部に羊毛取引所の跡が。土曜日なので大勢の観光客と車で混雑しています  6/7



振り向くと、なだらかな下り坂、その先で町並みはおしまいです。6/7



ふたつ上の写真、左手を進むと突き当たりは昔からの建物を利用したホテルになっています。カッスルクーム 6/7

イギリス人は園芸好き、わずかな空間をうまく利用しています カッスルクーム 6/7

   

高山植物のイヨフウロに似た花と、珍しい色のシャクナゲです カッスルクーム 6/7



日本のイワガラミに似た花をうまくエクステリアに利用しています カッスルクーム 6/7

 
さらに旅は続きます。同じコッツウォルズ地方のバイブリーへ。こちらは村の真ん中にテムズ川の支流、コルン川が流れています
 

 どこにいても水音の聞こえる村です。左手、鱒の養殖場、右手の川には白鳥や鴨が泳いでいます バイブリー 6/7


スワンホテル 土曜なので大勢の観光客とたくさんの車です バイブリー 6/7



コルン川と村の家並み 左端の古い小屋はアメリカへ買い取られそうになったのをナショナルトラストの活動で現地保存しています。バイブリー 6/7


上の写真の家の前を歩きました。明り取りの窓とスイカズラの花です。 バイブリー 6/7

きょう思ったこと

コッツウォルズはやっぱりいいところでした。が、しかし、地元の人には大勢人が押し寄せて迷惑なことでしょう。
写真撮らせていただいてありがとうございました。観光客から景観維持のための募金を募る・・・そういうこともこれからは必要になるのでは?
今回の旅行中、唯一の有料トイレは(20ペンス)はバイブリーでした。
 
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絣でメガネケースを作る

2016-08-29 | 日記

キーケースいろいろ作って同居する人に見せたら、

「別にそんなもんいらんのと違う?」と言われました。「そんなことない」と今朝、使い方説明していたら、「それよりメガネケース作ってや」という流れに。

今朝、一時間くらいで作ったのが左です。和布は手縫いが楽。チクチクと縫ううち、心も落ち着く。

キーケース一枚の裏側はボーダー柄なしにてみました。

裏地は着なくなった、同居人の夏のシャツ。廃物利用。

脇の一方は縫い目なしで裏表続けて裁ちます。どちらも布目を通すと継ぎ目がバイヤス同士になって伸びるので、紺絣は継ぎ目に沿って布目を通します。これでしっかりします。

白絣は入り口が伸びないように、継ぎ目をバイヤスにします。

こんなこと、縫い物が上手な方はすぐ考え付くことですが、私は接ぎ合わせた袋物縫うのは初めてなので、思いついた時、ちょっと嬉しかった。

キーケースは紐を通す穴の始末が難しいので、これならたくさん作って、手土産代わりに人に差し上げてもいいかな。下手だけど。

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引き続き被爆証言の転載

2016-08-29 | 日記

被爆証言集のwebページ、さるプロバイダーのホームページのアカウントで公開していたけど、ぬあんと、来月26日にはサービス停止ですと。

よくぞの前に少しずつ移動していたこと、とほっと胸をなでおろした。で、あとは頑張ってせっせと作業するしかない。

今朝は頑張って第三集の証言二つ終了。でもまだ全体の半分も済んでいない。


 

http://blog.goo.ne.jp/hiroshimaaozora/e/362e939831b27a50d26775b691760e30

いま読み返しても、というかいま読み返すといっそう、被爆当時のむごさが胸にぐっとくる。

全身大やけどで、毎日お父さんがガーゼ交換、。痛くて痛くて暴れるのを男手で押さえて必死だったそうで、皮膚ができるのに二か月くらいかかったとか、農家へ嫁いでも体が丈夫でなくて居づらく、ご主人と二人で広島へ出て、そのあと大阪へ行き、必死で生きてきたこと。

火傷痕が気になって、銭湯はいつも最後。でも独立して始めた事業は成功し、今はそれも畳んで広島に帰り、証言活動をされているというのが10年前のお話でした。

今年だったか、去年だったか、テレビ番組でお見かけしたので、お元気でご活躍の様子を嬉しく拝見しました。

人さまのことをあれこれ言うのは申し訳ないのですが、とても上品でしっかりした方で、ご苦労が人格を作り上げたのかなと、人生の先達として教わることの多い方でした。


 

ホームページのレイアウトに苦労して、枠・・・ん・・・何というんでしたったけ、を多用したら、ブログに移すとレイアウトが崩れ、少しずつコピペしたりと、手間がかかります。

それにページごとにデザインもバラバラ。全部私がしたのですが、こういうところに性格が出てしまう。

自分の昔のホームページも新しいホームページサービスに移さないと消えるらしい。でも今さら面倒。


歳とったら暇になるはずが、やってもやっても用事があとからあとから沸き起こってくる。

と書きつつ、森田さんの話を思い出し、普段泣かない私も涙目。思春期の女の子が、全身やけどで、どんなにつらかったかと思うと、辛い。救いは家族愛かな。

お父さんが必至で介護、お母さんはどうぞこの子を楽に死なせてくださいと祈るばかりだったとか。一つの証言の後ろには無数の被爆者の苦しみがあるはず。

自然災害のように被爆体験を考えてはいけないと思いつつ、では今の現実には個人としてどうたちむかっていくかと考えたら、ほとんど何もできない。

うーーむ、朝から落ち込んでしまう私。問題が大きすぎる。。。。。

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ランドセル

2016-08-28 | 日記

昨日午後、一昨日の忘れ物を一家で取りに来ました。

薬とぬいぐるみです。ぬいぐるみの背中に屋上で採れたミニトマトをたくさん背負わせて、持たせました。

一家は今日から遅い夏休みで旅行に行くそうですが、お天気が心配です。

「あっちへ行っててよ」と、玄関で箱から出して背負って現れました。

夜になると光って、背中の部分はいい匂いが出るそうです。色は薄紫かがったピンク、本人の好みだそうで。

ランドセルの商戦も年々早くなり、八月がいちばん品数が多いそうです。来年の春が待ち遠しいことであります。

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キーケースを作る

2016-08-28 | 日記

材料 布、紐、キルト綿、手芸綿など

作り方

紐を通す部分を残して、釣鐘型の袋を二枚縫います。裏地の横はひっくり返すために縫い残しておきます。

裏地の裏側にキルト綿を仕付け糸で仮止めします。

表の袋、裏の袋を中表に重ねて、口の部分を縫い合わせます。

ひっくり返して、裏地の開きを縫い合わせ、形を整えてから紐を通す部分の周囲を細かく縫い言合せます。

キルト綿を固定するため、柄に沿ってステッチを適宜入れます。

ケースの内側に紐の輪を作り、紐の両端は外へ出し、丸い布に手芸綿を入れてくるみ、縫い縮めます。

紐は鍵に通して大きく輪を作り、その中に鍵を入れて紐を締め、固定します。

布は先日のワンピースの残り。ボーダー柄を利用。

裏は舅様の白絣です。ブラウス縫うつもりでしたが、古い生地で傷んでいるのでどうするかは未定。裂き織りも勿体ないし。

よく見ると糸は先染めの絣柄。白絣だから当然なんだけど。そして何段目かに縮れたリボンのように糸を織り込んである。それが起伏になって、肌に涼しい。

昔の人の手仕事に感心。

 

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