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日々のあれこれ
 

機ごしらえ完了

2018-12-31 | 機織り

掃除したり、織り機の前に座ったりで昼過ぎ完了。

次はいよいよ織りますが、平織の踏み木で踏んでみたら交互に糸が上がってこないところがある。

ギクッ!!

あとは来年ですね。

先ほど長男より写メあり。

公民館かどこかでしめ飾りを習ったらしく、玄関ドアに取り付けて、娘と一緒に写っている。

味噌や梅干しも自分でつけるらしい。仕事、忙しいのに。

いったい誰に似たのやら。思い浮かぶのは実家の母だけ。

小さいときかわいがってもらったので似たのでしょうか。不思議。


姑様は家にいるときはほとんど眠っている。眠らないと体力が維持できないのでしょうか。

夫、昼間お世話終わって映画に行った。行ってらっしゃい。

夫も束の間、解放されて、私も家に夫がいないのでやれやれです。

大みそか、長男一家が来たいと言ったけど遠慮してもらった。孫とは三日前に会ったばかり。年明けでお願いした。


今年は身内にいいことも悪いこともあったけど、私自身は可もなく不可もなく、無事新しい年を越せそうです。体に気を付けて、まだまだ用事のたくさんある身、焦らず一つずつこなしていく予定です。

皆様もなにとぞいいお年をお迎えください。

今年一年、拙い文章と写真にお付き合い有難うございました。

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年末機織り、綜絖半分まで

2018-12-30 | 機織り

さて、今日から機織り再開。

綜絖は途中までしたら肩が痛くなったので暫時休憩。

数の数え間違いで白が多いところがあるけどそのまま織る。

一本取りなので、経糸も増えたことだし、70/10cmの筬に急きょ変更。

夏前にはいい糸を買って、秋の県立美術館の展示に備えたいけど、どうなるかは未定。

でも一応の目標を立てておくと、体に一本筋が通っているようで、前向きになれるから。


長く生きたいですかと、もし人に聞かれたら、どう答えたらいいのかと自問自答する。

楽しければ生きていてもいいけれど、楽しさを味わうこともできなくなったら、生きていても死んでもどちらでもいい。

私は、人に手を借りるようになればさっさと施設に入れてもらいたい。子供たちに苦労掛けたくない。訪ねて来てくれなくても寂しがらないようにしよう。窓から空を見て、いろんなこと考えて時間をつぶそう。

施設って、昔の仏門にいるみたいな感じでいいと思う。世俗のつながりを捨てて、あの世へ向かう準備。ものを手放し、関係を手放し、こだわりや記憶も手放し、生まれて来た時のようなただの存在に戻る。

そうして懐かしい人たちがいるところへこの私も加わる。

年末なので、あの年、この年の年末を思い出す。家の手伝いなど一切せず、友達と待ち合わせて街を歩く。寒くても短いスカート、コーヒー一杯で二時間話をする。店を出て書店により、また街を歩く。

何しろ故郷の町は、日本一長いという商店街があった。三キロか四キロくらい。並行して別の通りもあり、そちらも好きだった。

寒かったなあ。店も石油ストーブとかで暖房していた。ジュークボックスがあった。

時間が過ぎるのが早いこと。昔も楽しかったし、これからも楽しいこといっぱい。そう思いたい年の暮れ。

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クリスマスカードと年賀状の頃

2018-12-28 | 日記

今年お正月、駅裏の鶴羽根神社で。幡がおめでたそう。


いつ頃まで楽しく書いていたでしょうか。

年賀状はともかく、クリスマスカードを。

それと暑中見舞い。

私は元々外で大勢で遊ぶより、家の中で本読んだり絵を描くのが好きな子供でした。

だから人に便りを出すのは全然苦痛でなかったはずですが、近年、字が下手になり、個人に手書きのメッセージ出すのがおっくうになりつつあります。よほどテンション高く持って行かないと字が書けない。

おやおや、年寄りの冴えない愚痴は誰も幸せにしませんね。

楽しかったこと思い出してみましょう。


クリスマスカードは高校時代のわずか二年間くらいしか出してない。しかも毎年2通とか、そんな感じ。

文房具店の店先できれいなカード見つけて、男子に。その中の一人とは付き合わなかったので付き合ってる。というのははなはだ形容矛盾ですが、近すぎて近寄れなかったというのもこれまた形容矛盾。要するに男の子の友達。今でも同級生の集まりに誘ってくれる。ありがたや。

考えて見れば、クラスの遊びの企画、その子と私で立てていた。修学旅行、クリスマス会、いかに楽しくするか、他の子も一緒に相談。

修学旅行のしおり、学校からもらうけど、クラス独自に別に作る。毎日のバスの席替え、長いバスの道中での遊び各種の企画立案、学校でできないのは我が家の私の勉強部屋に集まってしていた。

遅くなると母がラーメン作ってみんなに食べてもらっていた。

楽しかったなあ~と遠い目。その子たちには今も年賀状出しているので、今日こそわずかな枚数、書いて出そう。プリンターは調子悪いのでたぶんしないと思う。一つだけ書いて、あとは夫仕事場のコピー機、借りますか。

勉強はどうなってるのとご心配の向きもあろうかと思いますが、してません。ほとんど勉強してませんでしたね。もう少しまじめにやってればもう少し何とかなったと思いますが。

ても一緒に遊んでた男の子の一人、がり勉じゃないけど元々頭いいので、三男の行ってた京都の某大学、医学部に現役で通って、初めの頃は京都へ行くたびによく遊んでもらった。

もう一人とは付き合ったので、今は付き合ってない。私のこと怒ってるでしょうか。いえ、きっと忘れていることでしょう。

ユーミンの一節に「恨んでも(いいから)憶えてて」と言うのがありますが、人にずっと恨まれるのもある意味光栄なこと。人の心は相手の心の写し鏡、私は感謝の気持ち、あちら様はどう思ってるか分かりませんが。


すみません、冴えないばあちゃんが昔話をグダグダと。昔話に効用があるとしたら、教訓が中に詰まっていること。

人生はどんなときにも楽しんだ方が勝ち。物事には裏表があり、大変な時にもその中に喜びがある。楽しいときは目いっぱい楽しめばいい。と、そんなことでしょうか。

昨日は夫仕事場のしめ飾りを買った。あとは花、お餅は息子がくれたし、介護しているとデイサービスが休みのお正月の方がむしろ大変なので、ことさら祝う気もなく。

何もしないと言う身軽さを今回は楽しむことになりそうです。それもまたよし。

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楽な年末になりそう~

2018-12-27 | 日記

2012年11月。ドイツ、ネルトリンゲン。広場の果物屋さん。量り売りのようでした。


年末諸行事、省略しています。

掃除は、今年は梅雨頃から、ウォーキングする代わりに念入りにするようにしたので、そう汚れてない。昭和の換気扇は夏の間に掃除。油汚れがよく落ちる。

お節料理は全部省略。息子たちが来たら、顔見てから何か買ってくるつもり。

いえいえ、ウラジロは準備しています。ウラジロは買えば3枚で50円くらいのはず。でも、先日、山で取ってきました。たった50円のものに時間かけすぎ。でもまあ、遊びだから自分で納得。

今日は庭掃除もしました。わが庭は殆どが落葉樹、落ち葉の掃除してすっきり。猫の額よりまだ狭い庭だけど、そのあとは暫時休憩。コタツから窓の外の空を見てゆくりしていた。

年末の事務関係も終わった。だいぶ夫に頼むようにしているので、楽になった。

まあ、のんびりしていてもお正月は来るようなので、あまり焦らずにやっていきましょう。

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自作の粗筬で千巻完成

2018-12-26 | 機織り

機織りの全行程で、いちばん気を遣うのが綾返し。粗筬で幅出しした経糸を織り機に掛ける前に、交互に並んだ経糸の配列(=綾)を崩すことなく粗筬の手前に移し、次の作業の邪魔になる粗筬を抜く作業です。

口で言うのは簡単ですが、慣れるまでは大変でした。

そして今でも毎回緊張、出来たらささやかな達成感の繰り返しでしたが、今年の秋、ふと思いついて、片側が空いた粗筬を自分で作りました

5センチ角くらいの棒に真鍮の釘を2センチおきに打ち付けました

釘の間に糸を通します。

60/10cmの筬で織る予定なので、1cmに6本糸が通る計算。2cmなら12本通せばいいはず。

釘の間に糸を通して、手前の緒巻きに結び付けます。

粗筬は高い方が力が懸けやすいので、糸巻きを置いて高くしました。

どんどん引いて行きます。綾棒が落ちないように、このあたりで終了。

糸巻き外して粗筬を下へ外して、合計で5秒くらい。あっという間に終わる。

糸がやや乱れたけど、これは引いて綜絖、筬と通すので気にしないことにする。

整経長は今回も短いです。170cmほど。一日に四時間も織れば、あっという間に終わります。

残りの寿命と相談しながら、なるだけいろいろな織り方を試したいのです。

最後で糸が乱れました。何とか取り返しのつく範囲と思います。

前回のように、決して逆向きにセットしないよう気を付けましょう。

お節料理しないと決めたら、心安らか。もう何も買わなくていい。毎日のおかず作るだけ。

息子たちが来たらその時に買い物行って、温かいもの作る。

なんでこんな簡単なことに早く気がつかなかったのだろう。固定観念、役割意識に囚われて窮屈だった年末年始。無駄にした時間がつくづく惜しいけど、楽になるためには必要な時間だったのかもしれない。

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いろいろな来客

2018-12-25 | 日記

一昨年年末のアップルパイ、先日のよりきれい。先日は早く作って持ち帰らせようと焦っていた。

今年中にもう一回作ります。


介護や看病していると、とかく用事が多いうえに、ふだんより来客まで増えるので、何かと大変…という方は多いでしょう。

そして、見舞いに行く場合、義理の付き合いから、純粋に心配してまで理由はいろいろだけど、今までの私、迎える方への心配りがなかったなと反省しているところです。

人が来るなら前もっての片づけや掃除、お茶だけでいいのか、食事も出すのか、宿泊して帰るのかと相手によって千差万別、どれも毎日の介護や看病の上に、余計に時間が割かれるので負担になります。

来る方も、介護や看病全部を替わってくれて、ひとときそばにいる人を解放してくれる有難い人、お弁当持参でお茶だけ出したらいい人、食事も出さないといけない人といろいろです。

このブログ読まれている方で、年末年始、ちょっとお年寄りの様子覗いて来よう、病人のお見舞いに行きたいと考えているなら、次のことに気を付けるだけで、相手家族の印象がだいぶ違うと思います。

① 日時を前もって知らせておく。時間は守る。お茶くらいにして長居しない。

② 介護や看病全部を替わるつもりなら、それも前もって知らせておく。

③ 長くいたいなら途中で外へ食べに行くか、食べもの持参。

④ 病人、年寄りを世話している人への心遣い、感謝を忘れない。まずは言葉に出して感謝。たまに行くものがそばで世話している人のやり方を批評したり、用事を言いつけない。

というようなことを考えました。

過去の私、全然できていませんでした。反省が遅すぎるけど、今からでもその反省を生かしたいものです。


今は全然、何かをしようという気力がわきません。それで、年末はお節料理しないと夫に宣言。いいそうです。やったあ~

92歳の実母の話。

昔は肥料に干したニシンを俵で買っていた(干鰯ほしかと呼んで肥料にしたもの)。ニシンのお腹にある数の子を取り出してお正月に食べていた。値段は…分からんけど、高いものではない。どんぶり鉢にいっぱいとか、甘辛く味付けして食べた。

お正月料理は昔御馳走だったもの、今、業者が売りたいものでできている。

普段の食材が普段の値段で出ないこれからの時期、節約主婦には辛い毎日であります。

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山歩きに忘年会・ああ忙しい

2018-12-24 | 山歩き

きょうは市街地に近い山を歩くことにしました。

目指すは牛田山、広島デルタの後ろに屏風のように巡る山塊のピークで標高は261.0m。

アストラムライン牛田駅下車、ビッグアーチ前を通り、隣の牛田公民館の向こうから山へ行きます。

コナラ?

指導票充実

案内板に今日歩いたコースを書き足してみました。ぐるっと回って山根口から降り、広島駅へ向かうコースです。

牛田公民館から見立山へ寄り道して牛田山まで80分、牛田山から尾長山まで65分、尾長山から広島駅まで40分、全体で約3時間山を歩きました。

近くとはいえ、起伏が多く、尾根歩きも長く、いい汗かきました。

わおう、いきなり土砂災害のあと。

登山道は右上へと続きます。

見立山へ行きます。私、25年ぶりくらい。夫、初めて。

市内の見晴らしよし。

天守閣も霞むビルの海。

日だまり登山

牛田山山頂。広島湾には島がたくさん。

高いマンションのあるのが広島駅付近。

山頂は人が多い。すぐに尾長山へ向かいます。

こちらの尾根は起伏は少ないですが、長いです。

ウラジロにコシダ、名前を知らないきれいなシダ。

府中町付近。広島東インターから広島駅への都市高速の工事がだいぶ進んでいる。

山中に見事なウメモドキあり。無数の実をつけている。

冬の山中でひときわ目立つ赤い実。

尾長山山頂から二葉山を見下ろす。

いい眺めです。ここで持ってきたお弁当食べます。10人ぐらいのグループが既に先客。

きょうは穏やかな天気でたくさんの人に出会いました。

二葉山との分岐のところまで下りて、今歩いてきた尾根を見ます。

左から見立山、神田山、牛田山です。

広島駅へ向かいます。光が丘山根公園のヒマラヤザクラ。冬の初めに花が咲きます。


近い山ですが、広島駅までだと3時間半くらい歩きました。急いで帰宅して、今度は先日とは別のメンバーで忘年会。

お店へは行かず、友達の家で、持ち寄りで楽しく過ごしました。話題は多岐にわたり、又近いうちの再会を約束して解散です。

お土産に詰め合わせ各種。おいしくいただきました。

いよいよ年末です。夜、年末調整の最終確認。今年は曜日の配列に余裕がありましたが、年によると22日朝には計算ができてないといけないことも。

あと何回するか分かりませんが、最後まで間違えないよう頑張りましょう。

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年末機織りスタート

2018-12-23 | 機織り

今年もあと9日、この暮れも押し詰まった本日、次の機織り始めました。

何もこんな時にしなくていいのですが、機織りしているとき、私はだいたい心が安定していい人なので、←自分で言うかあ?年末年始、心穏やかに過ごすために、年末の諸行事、すっ飛ばして始めます。

今回使うのは三色、イサカ絹美堂の20番3本撚りと、アナンダの初めから管巻きしている丈夫な糸。

11月のサマーアンドウィンターまた織りますが、今回はピンクも入れて夏冬に春も混じった色合い。一応バッグ用にと思いますが、そう思って一度としてバッグになったことありません。

まあ取りあえず織りましょう。

この後整経から最後の女巻まで、今年中を目標に。

お正月は何の予定もないので、息子たちは来るでしょうが、ぼんやりしているのに飽きたら織ってみましょう。


新しい飾り、少し出しました。入れ替えるの面倒で、手前に置く。

小さなサンタさんたち。よく見ると細かな絵いろいろ。三男のピアノの先生が30年クリスマスに下さった。声楽もされる方で、とてもいい声をしていた。お変わりないでしょうか。


昨日、孫二人、車に乗せて買い物に行く途中、二年生のお姉ちゃんが「お父さん、家の車、全然乗りこなせてないのよね」と私の長男のことを言う。

車は去年購入、勤め先に従業員用の駐車場がないので自転車通勤。車は主にお嫁ちゃんが乗る。

「でもお父さん、いいところもあるから許しあげてね」と言うと、

「あの人の取り柄は真面目なところよね」と言う。

いゃあ、びっくり。女の子はしっかりしている。しかし、小学二年生、そこまで言えるもんでしょうか。

孫はカスガイ、久しぶりで四人で出かけて楽しく過ごせてよかったです。

 


 

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「一〇三歳になってわかったこと」 篠田桃紅

2018-12-21 | 読書

前衛書道家でエッセイスト、書道というよりは墨を使った表現と言えばいいのでしょうか。60年代頃、雑誌などで流麗な字をよく見た記憶がありますが、まだご存命とは驚きました。元気で創作活動されているのにはさらにビックリ。

身近に95歳の人がいて、生活すべて人手がないとできないので、信じがたい思いですが、素晴らしいの一言。

この本が出てから2年、まだまだお元気のようで、今は105歳らしい。

100歳越して見えてきたものを簡潔にまとめてあります。読みやすいです。結婚歴なしで、若いころから常識にとらわれず創作活動されてきた方ですが、一読後の感想はとても柔軟で自由な発想をすると言うこと。くよくよしないと言うこと。要するにこだわりが強いあまり周りとギクシャクしたり、自分の体を傷めたりしていない、とてもさらりとした生き方を貫いた人が、百歳越しているんですからね、もう怖いものない感じ。

周りもその年齢に圧倒されて、何も言わないだろうし、いゃあ、私も早くこの境地になりたいものです。

その前提条件としての健康、健康でなければ長生きするのも難儀なことです。

この本で一番驚いたのは、女学校の英語の先生が、北村透谷の未亡人だったと言うくだり。北村透谷は島崎藤村の若いころの友人、日本近代文学の黎明期、思想的な苦悩から自裁した人。うーーーん、日清戦争の前ではなかったでしょうか。その未亡人を知っているって、どんだけ年寄りとびっくり。

さらに帝国ホテルで芥川龍之介を見かけたことがあるって。二人とも完全に歴史上の人物、それを知っている人がいまだ存命なんて、絶句です。

いえいえ、90代の人だって、昔のことよく知っていると思います。毎日を過ごしているとこと改まって昔の話聞かないけど、知識の積み重ねが知恵となり、力となります。

年寄りの話を聞くのは大切。という私ももう年寄りですが。いゃあ、長生きの人は体の中に歴史が詰まっている。


本日の付録画像

観葉植物にとまるぬいぐるみ。

孫に受けた。サンタの格好ならなおいいけど、今は何もする気がしない。

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「光源氏が見た京都」 朧谷壽 福嶋昭治 写真・中田昭

2018-12-20 | 読書

先日、京都へ行くときに参考にした「京都紅葉案内」、写真があまりにきれいなので同じ写真家のこちらの本を取り寄せました。

京都のいろいろな場所が紹介されていると思いきや、コンパクトな源氏物語案内、場所の紹介はそう多くありません。

考えて見れば源氏物語は、京都を舞台にしているとはいえ千年以上前のフィクション、今に続いているのは神社仏閣が少々、それだってその時代と同じものが建っているわけではなく、あまり今の場所に囚われると却って読み方が窮屈になると思った。

がしかし、文章は抜群によかった。一冊で源氏物語を写真とともに紹介。過不足なくてわかりやすく、時々深い指摘があり、世間に源氏本はうんとあるけれど、とてもいい方の部類になると思う。

写真もさすがの中田昭氏、鮮やかで臨場感いっぱい。行って実際に見るよりもきれいかもしれない。

この本に紹介された場所へ行きますか?

私は行かないと思う。源氏物語は私の頭の中にあり、これからもずっと想像を広げていたいから。

京都は変わらないと言いますが、中心部は禁門の変で大火になり、何も残っていないのでは?

写真集としてより、コンパクトな源氏本として楽しめました。当時の人は生と死後の世界は一続き、まっすぐ死に向かっていく態度は今の人よりも強いそうです。

確かに今は死が忌み嫌われ、生活の中からそれを排除していますが、私たちの世代になると、死を考えそこから残りの時間をどう生きるかを考えるのも大切と思います。

P20の帚木の写真にホウキグサ=コキアを持ってきているのはどうでしょうか?

帚木は私がえらそげに言うまでもなく、遠くからはよく見えて近寄ると消える信濃にある伝説の木、ヒノキと考えられているそうです。コキアは私が子供の頃は見たことないので外来種かな。写真出すと紛らわしいと思うのですが、いかがでしょうか。


昔から、源氏物語大好き。たぶん小学生のころから。十二単、一度でいいから着てみたいとあこがれまくって、京都で着ましたが、香川県高松市の博物館で羽織るだけですが、とてもいいものを無料で予約なしで着せてくれます。名前は今失念。お城の東側にある施設。平日は閑散としています。

こちら、西本願寺至近、井筒屋法衣店の中の展示。500円で(2015年当時)源氏物語を再現した人形各種、見られます。さらに奥では、備え付けの本物の装束各種、見学者は自由に着られます。

うーーむ、光源氏と女三宮の婚礼の場面でしょうか。調度、衣装が精巧。

侍女が抱く赤ちゃんは薫?

出家して物思いに沈む女三宮。

女三宮は光源氏の兄、朱雀帝の皇女。ちょっとおっとりしているところがあり、心配な朱雀帝は源氏に娘を託します。ここらあたりから源氏物語は一気に悲劇へと進んでいきます。

朱雀帝が自らのために建立した寺院は、仁和寺がモデルとされる…とこの本にはあります。立派な門跡寺院です。皇族が門主になる由緒正しい寺、源氏物語の成立した時にはもうあったと言うことになりますね。

徒然草にも仁和寺の法師の話が出てきます。

その仁和寺の前を妙な車で走る息子。2007年ころ。

ハンドルの後ろの丸いもの、紐で固定しています。なんだあ???

乗せてもらってるから黙って乗ってました。


すみません、話がだいぶそれました。

京都好き、源氏物語好きの人なら押さえておくべき必須の本と思います。

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「老いのシンプル節約生活」 安部絢子 

2018-12-19 | 読書

基町クレド広場2017年12月。


著者は70代前半の生活評論家、薬剤師の資格も持つ。結婚歴のない一人暮らしで、ごきょうだいも皆さん結婚していないらしい。

そういう立場の人の老いの暮らしと終活ですが、私のように家族がいてまだいろいろな用事のある者にも参考になることがたくさんあり、面白く読めました。

賛同したことをピックアップしてみます。

普段の生活はシンプルで質素に。でも脳にとって贅沢な暮らしをしましょうと。それはお金を使うことではなく、人に会う、本を読む、新しいことに挑戦するなどお金を掛けずに脳に栄養を与えること。

ひとり暮らしで大切なことは「ひとり力」。

それは一人で一日家にいられる。一人で旅行したり、街を歩いて楽しめる。お正月やGWでも一人で過ごせられる。お金がたくさんなくても工夫して楽しく暮らせる。など。

私は長い休みに一人でいた経験がないので寂しいかもしれないけど、他のことはもう実践しているので「ひとり力」はだいぶあると思う。

著者は一人で外食してお酒も飲むそうです。しかし女一人、だらだらと店にいないで1時間以内に引き上げるというのも潔い態度。

お金を掛けずに楽しむ能力を身に着ける。おひとり様で楽しむ京都などのツアーに参加しない。お金を掛けずに、わざわざイベントを入れなくても暮らしの中に楽しさを見つける。なるほど。

著者は一人旅が大好きなんだそうで、深く共感。というか、私も一人で行動するのが好きなので、協調性のない偏屈な人間ではないかと多少気にしていたけど、同好の人がいたので心強い。

そうです、旅行では好きなもの見て、好きなもの食べたい。人に合わせて消化不良の気持ちのままで旅を終えたくない。ましてや、何の準備もしていない人をツアーガイドよろしく連れ歩くのは大変に負担。感動も一人で味わえば十分、人と分かち合わなくてもいい。

でも著者もたまには人と旅行するそうで、そういう時は初めから人と合わすと決めているそうです。私もそうですね。今回はしっかり話をするつもりのときは、同行者がいるのは楽しい。

15ねんくらい前は日帰りバスツアーも一人で参加してましたが、最近は行きません。安くて効率よく回るけど、あまり感動もなかったので。もちろん、一人で来ている他の方と楽しく話しましたが。

家の中を心地よくすると、気持ちが落ち着き、要らないもの買ったり、外食したりしないようになる。それはそうかもしれませんね。そこへ友達呼んで食事したりお茶したら、ゆっくりできるしお金もそう掛からず。今からの社交はこうありたいものです。

でも家は家の中だけではなく、周りの環境も大切。著者は駅に近いことと買い物に便利なことを優先していますが、歳とるとやはりそれは大切だと思う。病院に近いことも大切。

おいしいパン屋、和菓子屋、ケーキ屋も徒歩圏内にあればいいけれど、我が家に限って言えば、それはちょっと残念。郊外のいい感じの住宅街に近い駅前などにはあるのでしょうか。

生活環境で言うと我が家付近は庶民の街。マンションも分譲、賃貸含めて大変多い。もう少し広くてゆったりしたところへ行きたいと、姑様も言ってたけど、便利は何物にも代えがたく、今に至っています。

私は…この先どこで暮らすかな。夫も10年先には仕事していないと思うし、どこへ行ってもいいんですけど。

それから使ったら物は定位置に。それだけで、片付け、掃除の手間がだいぶ省ける。ついでに私が付け加えるなら、汚したときはすぐに簡単な掃除。

巻末には大根など、よくある食材を使い切る料理のいろいろなどの紹介。

著者は評論家としての収入が減り、薬剤師として70歳過ぎて仕事を再開、さしあたりのお金の心配は遠のいたとか。稼ぎに追いつく貧乏なし、いい決断をされたと思います。

家族がいてもいなくてもシンプルで楽な生活をするのは老いの理想。そのヒントのたくさん詰まった本でした。はなまる。

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ブーツ発見!!

2018-12-18 | ファッション

えー、数日前から探していたショートブーツ、出てきました。

場所は玄関下駄箱の下の空間から。ここは下駄箱に入りきらない登山靴など突っ込んでおく場所。その奥に何か黒いシルエットが。引っ張り出してみると、あれほど探していたブーツでした。

最後に入れたのは春先のはず、そのあと掃除もしたはずだけど、いつの間にか奥に押し込んでいて気が付かなかった…というか、いつから掃除してなかったことやら。

靴全部出して、奥の奥まで掃除したのは…夏前?一切記憶にありません。

しかしまあ、よかった、よかった。そう高いブーツじゃないけど気に入ってたし、歩きやすいので、この冬もこれはいて、ガンガン出かけよう。

今週は、また別の友達二人と会って話する予定。しばらくぶりなので話がたまっている。女の娯楽、話するに勝るものはないわけで、私たち、こんなにコミニュケーション力高いので、どこかの医学部、無試験で入れてくれないかしら。

ばあちゃん先生、受けると思うけど。しかしまあ、今から勉強しなおして別の人生歩むのも難儀なので、このまま楽しく遊んで静かにフェイドアウトするのがよさそうです。


最近は、状態が悪いと落ち込み、少し持ち直すと喜んでいるのは夫。私は落ち込むこともないし、喜ぶこともない。淡々と目の前のことをしていくだけ。それがいつまで続くのか考えている。

ゆっくりか急にかは分からないけど、最後に向かっていることだけは確か。これからの限られた時間、夫は悔いのないようにしていけばいいと思う。

病院にいるときと違って、家では表情もしっかりして、ものはいえないけど意思の疎通はできる。まだ人間らしい感情もある。これで施設へ行けば、は本人にとってはたいそうストレスになると思う。

それで夫は頑張っているのです。義務ではなく、大いなる愛情から。


昨日決めたこと。

姑様のことはなるだけ人には言わない。

プライバシーのこともあるし、介護のあれこれは経験してない人には分からないから。繰り返すとうっとうしがられるだけ。

夫に対しては、できないことははっきり断り、その時々の思いも感情的にならずに伝える。夫が不機嫌になるのを恐れて、無理なことを頑張らない。

夫親族のことは何も考えない。関わらない。夫にお任せ。


 

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ブーツがない!!

2018-12-17 | インテリア

引き続き、鋭意捜索中。

ついでに要らんもの捨てて、しまい込んでいたものをまた出したりする。

以下、順不同に。

和室でクリスマス。公民館で絵付けのサークルをしていたころかな。

いずれにせよ10年以上前。10歳以上若く、皆さんと活動して楽しい日々だった。

あるものや拾ったものでクリスマスの飾りつけ。

仏像は福屋デパートの「東寺骨董市」という催しで買った大日如来、立ってるのは鎌倉で買ったたぶんレプリカ。いずれも45年から43年前頃。割れず腐らず色褪せず、仏像は永遠なり。

クリスマスの飾りと一緒に置いてみました。

なんちゃって暖炉の奥は久しぶりに掃除した。ホコリがいっぱいたまっていた。

全然暖かくない火床。家族には不評やがて無視。暖炉なら無視されても泣かない。介護なら、無視されると悔しくて泣く。

「火の昔」という本によると、昔は起きて先ず火を起こすのが女の仕事。それを効率よく使って煮炊きして間では灰をかぶせておく。最後に調理して火を落とすまでが女の仕事。火にはそれぞれ管理者が決まっていて、「だれそれの火」と言う言い方をしたそうです。火事を出したら管理者の責任。

燃料もいろいろあるけれど、安定的な火力があり、煙や煤が出ないのは高級品、例えば平安貴族の大殿油とか。庶民はいろいろなものを燃やしたそうで。

今は簡単に火が得られるので、管理者という概念もなくなりつつあるけれど、昔は火がどんなにありがたかったか、改めて思ったことでした。

焚火をしてみんなで当たる。そこに生まれる仲間意識。今はキャンプファイヤーとか、災害の時の非日常でしか焚火はしないけど。火を見て心が温まるのはきっと遠い祖先からの記憶。

駄弁深謝。次へ行きましょう。

孫にだいぶやったし(今風に言うとあげたし)、今年はクリスマスのお皿出さない。

イヤープレートだけ。2002年は私にとって節目の年。いろいろいいことがあった。三男が京都へ行ったので、あの年から遊びまくるようになったんだった。

孫二人の作った粘土細工。猫帽子かぶった犬とお皿に盛った野菜果物。

孫の作ったものは捨てがたい。貰った貝の殻やチョコレートの包装紙もとってる。

「おばあちゃん、食べて。一緒に食べようと思って持って来たんよ」って三歳の頃だったかな。ウルウル。

敷物は2012年、ドイツ旅行のお土産に姑様に上げたけど、全然使わずに、部屋に折り重なった和服の層の中に紛れ込んでいたので没収。私の差し上げた母の日のプレゼント、封さえ開けずにしまい込んでるのもあった。やれやれ。

私も元気なうちに都合悪い物、片づけておこう。しかしブーツです。ブーツが見当たりません。

これも出てきました。10年以上前の絵付けのお皿。

干し柿食べるときだけ使います。どちらも好きです。

絵も少し入れ替える。これは白馬岳の写真もらって三年くらい前に描いた。春先、雪解けのころ。

濃い青の空は難しい。その通り塗ると暗くなる。本当は空が一番明るい。一部プルシャンブル―にして、あとは用紙の色を残したらいいのかな。

また風景描いてみたいけど、なかなか取り掛かれない。


付録 面白写真館。

自分で塗装、これでレース出て、あまりに変な車なので、そっち方面からインタビュー受けて、その折のDVDが我が家にはあります。

10代半ばから、ほとんど制御不能の我が息子。

仕事は車の制御システムの開発だそうで、自分の人生の制御もよろしくお願いします。


毎日ブログ書いてたら、だいぶ元気になれた。やれやれ。

ストレスためこまないように、楽しいことこれからも見つけよう。

 

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ああ、ブーツが見当たらない

2018-12-17 | ファッション

昨年買ったfit fitのショートブーツ、気に入ってたのになぜか見当たらない。だいたい、靴をなぜ下駄箱に入れてないかと言うと、要らんものが多すぎるからで、これも反省材料の一つ。

昨日は雨だったし、夫が午後から出かけていたので、留守番しながら家の中をブーツ探しながら少し片づけた。器の絵付けを習って、来年2月で16年になる。もう日常の一部、器もあちこち突っ込んでいるけれど、ついでに出してみた。

お正月に。飾り用と食器として。今度のお正月はお節料理作りたくないし、取り寄せも古いお弁当みたいな味で嫌だし、鍋なんかが暖かくていいかもですね。

大勢の食事作るのも、若いとき、全然していないのでたいそう負担です。

どうしようかな~

最近作ったのやらいろいろ。敷物は去年、右胸を、検査という名の良性腫瘍の日帰り手術受けて、翌日にも織っていたら、さすがに気分悪くなって熱が出た。無理はほどほどに。

この時は傷の痛みよりも、テープの合成糊にかぶれて、丸一日で水泡がたくさんできて、それが潰れて治るのに一月くらいかかった。

これは柄が複雑で、間違っていても分かりにくく、しかし、遠くから見ると一段増えても減ってもその間違いは一目瞭然というのも織物のシビアなところ。

でも難しいのはできたときには嬉しい。これは特に、癌の不安とそうでなかったときの安心とが織り込まれいるので、私にとっては特別。

アンティーク家具には抑えた色の小物が合うように思うのですが、いかがでしょうか。

いえ、単に私が地味好みなだけですが。

どこにでもお皿を飾りたがる私。

お酒を入れる瓶は、姑様の友達が家を畳んで施設に入る時、頂いたらしい。私に回ってきた。

あとは千田わっしょい祭と大創商事出身。

下手な絵は自分で描く。

ブーツ探すうち、クリスマス小物いろいろ出て来た。

ツリー型のお皿がだいぶ少なくなっているのは、今年お正月のビンゴゲームで孫二人がたくさん持って帰ったからだとやっと思い出した。

今年は二階にコタツをしているので、座って見える場所に少し置いてみた。

教会型の蝋燭立て?は10年以上前、名古屋のノリタケの森で。元は白磁。

あれから二度ほど行ったけど、もう売ってなかった。残念。

はい、いくつになってもクリスマス大好きであります。


きょうは日曜日で姑様は家にいるので、夫がお世話する。オシメ替えてキャスター付きの椅子に乗せ、テーブルまで移動。スプーンで食事を食べさせる。食後は歯を磨く。全体で40分くらい。それを一日三度。私は食事作るだけで、世話は夫がしている。

入院中は状態が悪かったけど、家に帰ると落ち着いたのか表情もしっかりして、受け答えもよくなり、何よりも食事をよく食べるそうです。

自分で食べていた時は、途中あらぬ方を見たりして動きが止まり、だいぶ時間がかかってましたが、こちらのペースで食べさせるので時短になったようです。

歯磨きも自分では全然できなくなったので、全介助。私はまだしていませんが、これだけは抵抗あるかも。ボウルにうがいの水、吐いてもらうのですが、それも見たくない。

夫はご飯が前よりたくさん食べられるようになったと喜んでます。小さく刻んだだけで、普通食です。来年3月には96歳になる姑様、立つことも歩くこともできませんが、まだまだ大丈夫でしょう。夫も頑張って見ることでしょう。

この間、自分の思いをはっきり言ったので、夫は神妙になった。だいだい、自分の親の世話してもらって文句つけるのはおかしい。感謝しないのはおかしいと、話はいたってシンプルです。

「もうしない」と言うのは簡単、でもそれを言うのは最後の手段。

夫は私の食事が手早くて雑と言いますが、最近は手早くおいしくがモットーです。そしてお金かけない。今は野菜が安いし、土曜日はカフェで売りものの野菜もらった。ありがたや。


でそのカフェのランチですが、ちょっとやばかった。

私はもともと、いいもの食べてると自慢したり、人の作ったものにまずいと文句つけるのははしたないことと思ってますが、あのランチ、スーパーのお弁当かお惣菜を詰め替えたとしか思えないものでした。勘違いならいいけど。

フリマは売り上げの二割を場所代として渡し、食事もするのは暗黙の了解事項らしいけど、まずいもの食べると人間は不機嫌、不幸になります。

時間なくて自分がスーパーのお弁当食べるのなら納得するけど、店で出されたもの、逃げようがありません。頼む、カレーとか一品でいいから、温かいもの出して~と思う私でした。

それに讃岐のくりぬき盆で出て来たけど、汚れていた。お手拭きで拭いた。不潔。いやあ、参った、参った。


最近は姑様の話すると、みなさん、フーンと遠巻きにする感じ。で、あまりしないようにはしているのですが、つい言ってしまう。

それから、年寄り抱えている人間がさも劣っているような言い方もされることがある。豪華施設に入れた方がいいのでしょうが、それぞれ事情というものがあります。我が家は夫の考え。

「年寄りを見る辛さは、したものでないと分からん」と、昔、母が言っていました。10月に母が来た時は私が大変だと言ってくれました。さすが母親、そう言ってくれたのは実母だけ。言ってくれるだけで気持ちが助かります。分かってくれる人がいる心強さです。

母に現状を聞いてもらいたい気もするけど、親に心配かけるのは私のモットーではないので、多分言わないと思う。

「したことない人に限って偉そうに言うのよね」と言う友達もいます。彼女のお母様は88歳だったとのこと。うちの姑様と比べると若死にだったなあと思ってしまいます。

世の中はよくしたもので、いえ人生と言い換えてもいいけど、いいことも悪いことも絶妙なバランスでやってくるもののようです。それを味わうのが結局は生きていると言うことでしょうか。

泣くときには泣き、怒るときには怒る。我慢しない。口に出す。喜びや楽しさもしっかり味わう。


付録、面白写真館。

昔の三男の車。なぜに煙突?木炭車???

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あっと言う間に師走も半ば

2018-12-16 | 日記

クリスマスケーキ代わりの和菓子。昨年。高齢者のおやつはすべからくこうありたし。


昨日はそんなに動いてないけれど、心地よく疲れて、宵の口に早くに風呂入って寝てしまった。

23時ころ目が醒めたら、夫がいない模様。我が家は自宅と、隣接して夫仕事場、最上階には姑様の住まいという構造なので、どこにいるのか探すのはめんどくさい。仕事場のどこかにいればいいけれど、外出しているならもう十分遅い。しばし待つけど帰ってくる気配がない。

次第に心配になる。

夕方、ケンカした。普段はなるだけ穏やかに過ごすのが私のモットー、でも言う時には言わせてもらう。夫、自分に理がないので、逃げるように姑様の食事を持って行く。

目が醒めたら、私の気分もだいぶ納まっていて、言いすぎたと反省した。義理の親との間に、権利や義務の考えを持ち込むと、突き詰めれば、私には相続の権利もなく介護の義務はないので、しなくてもいいことになる。でもまあ、私はそんな考えは持たない。そばにいるんだから、できることはすればいいんだと思っている。

それに、私だっていつ病気になるか分からない。出産に手術、過去にはそう丁寧に扱われなかったけど、これからは夫はたぶん親身になってくれるはず。何もかも割り切れるはずもなく、困ったときはお互いさま、一応今のところ夫婦なんだからと思い直した。

それにしても帰るのが遅い。

私があまりにきつく言ったので、姑様のこれからのことも考えて、つい早まってしまったのではと、寝起きの判断力の鈍った頭で考えるうち心臓がバクバクし始めた。

我家は海に近い。夜の暗い海を思い浮かべるうち、私自身がその海に漂っているような焦燥感に囚われる。だいたい、早く寝て夜中に目が醒めると私はこういう精神状態になる。その時々の不安がくっきりと浮かび上がってくる。

携帯に電話しようかな、繋がらなかったらどうしようと思いつつ、連絡してみるとなんと仕事場の三階、自分のオーディオルームにいました。

やれやれ。

日曜日は今年最後のオーディオサークルの例会と忘年会、出かけたのはホームセンターに最後の仕上げの材料を買いに行き、スピーカーの準備しているらしかった。やれやれ。夫、介護鬱から最悪の結果に…なるはずもないのに、だいたい、ほとんど動揺しない人なのに、私の心が弱っていて、そんなこと考えていたのでしょう。

最近人と話していても、隔たりを感じることがよくある。みんなは表通りを楽しく歩いていて、私だけ、薄暗い部屋の中にいて、それをこちらから見ているような気分。何を言ってもあちらには届かず、向こうの楽しげな様子はよく見える。そんな状態。

介護は経験したほうがいいという意見もあるけど、しなくて済むならしない方がいいのも介護。何よりもこの閉塞感。

最近本読んでないし、買いに行く時間もないし、気持ちが同じところにずっととどまっている感じ。

何をしてもずっと心の中に重しがあり、楽しめない感じ。これが自分の親なら、お世話するのが喜びになるのでしょうが、そこまでの気持ちにはならない。申し訳ないけど。

一番傷つくには夫親族の態度かな。全くの人ごと。で、自分の父親の時を思い出し、反省するのです。反省しつつ、腹立てたり、ケンカしたり、最近、楽しいこと少ないなあって…楽しいことは自分で作り出さないと誰も私を楽しくはしてくれないのだけど、それは分かっているのだけど、と麩のスパイラルに←何という変換だ、陥っていく私。

まあ、介護は土砂災害みたいなものかな。当事者は深刻。部外者はそうかなと思うだけで実感できない。いくら言っても通じないだろうから言わない。隔たり感じて孤独になる。と、こういう構造。土砂災害も体験したほうが人の痛みが分かるなんて、誰も言いませんよね。介護もおんなじ。しなくて済むならしない方がいいに決まっている。

土砂災害に遭われた方、そんなものと一緒にしないでとお怒りでしょう。実感できない私だから、こんな不遜なこと言うのです。ご免なさい。

おやまあ、今回もさえない話に。一応この文章は世界に向けて発信しているはずだけど、むしろ自分自身の備忘、気持ちの整理のため。お見苦しい発言の数々、何卒ご容赦を。

夫が、もしかして…と思った一瞬の大きな解放感。そして、すぐにやって来た焦燥感。いえいえ、二つはほぼ同時だったけど、焦燥感の中に小さな希望のように解放感が隠れていて、私、今の生活、よほど変えたいのだと思った。

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