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「若者よ、マルクスを読もう」 内田樹 石川康宏

2014-11-29 | 読書


マルクスの初期の著作、「共産党宣言」、「ユダヤ人問題によせて」「ヘーゲル法哲学批判序説」「経済学・哲学草稿」「ドイツ・イデオロギー」を二人画往復書簡の形をとりつつ、若者向けに解説したもの。

いゃあ、懐かしかった。忘れていたキャッチフレーズの数々、思い出した。シンプルで力強く、畳みかけるような論の進め方、久しぶりにマルクスに再会した気分だった。

10代の終わりに読んだときには、マルクスってとても老成した写真しか知らないので、これら著作も60歳くらいで書いたのかなと何となく思っていたが、この本で取り上げられた著作は全て二十代に書かれたものと知って驚いた。

この本はマルクスの入門書として読むよりも、もっと実践的、、社会の矛盾を目の当たりにした時、それから目をそらさずに、どうしたら人々が幸になれるかを考える、そのヒントを探すためのものと思う。

「共産党宣言」の向坂逸郎訳も格調高くて、それまでこの種の本を読んだことのなかった私は、言葉の一つ一つが自分の血肉になって行くことを身体感覚として感じていた。それは幸福な読書体験だった。

それを誰とどのように語り合ったか、今はもうほとんど忘れてしまったけど、時代の熱気が私のようなものにも岩波文庫を手に取らせたのだと思う。そうしないと半人前にさえ、ものを言えないような。

若者には難しすぎると、アマゾンのレビューにあった。しかし読書と言うのはちょっとわかりにくいくらいのものを背伸びして読むところに醍醐味がある。分かりきったことなら、そもそも初めから読む必要がないのである。

内田樹の部分は短くかつ分かりやすかった。久しぶりに読んでみたいと思ったけど、岩波文庫は髪が茶色になり、捨ててしまった。また買おうかな。いつでも買える、そう思って処分したんだった。

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「呪いの時代」 内田樹

2014-11-22 | 読書

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新潮45に不定期で連載されたエッセィを一冊にまとめたもの。

内容は時事から政治、家族、震災など多岐にわたるが一貫した主張は、もう少し冷静に、人にものを贈与する気持ちで考え行動すれば世の中はもう少し風通しがよくなり住みやすくなるはずというもの、と言う風に私は読んだ。

人が人を批判し、聞くに堪えない言葉で罵詈雑言を繰り返す。これはネットの発達の悪い面だと思う。名前を隠してある特定の個人を批判できる。批判に耳を傾けずに自分の主張だけを繰り返す。在特会などはネット社会の最も嫌な部分がリアルな社会にまで露出したものだと私は思う。

今はあるのかないのか知らないけど、朝までの討論番組、相手の意見も聞かずにケンカ腰。あの頃から一方的にしゃべる人が増えたと著者は言う。

呪うという言葉はきつすぎて私個人としてはあまり好きではない。極度の嫉妬および、それに伴う言動と言い換えてもいいかも。

その悪弊を断ち切るため、今一度立ち止まって考えるべき。そしてその肝は、持てるものは持たざるものにスマートに贈与することと著者は言う。人の嫉妬や恨みをほどき、お互いが居心地のいい関係でいられるそれが一番の方法だと。

私が思ったことは、人の心は不安定で見た目に惑わされやすいもの。だからこそ、自分は自分と言う自信を持ち、過度なことを求めない。ということでしょうか。

こういう読み物は雑誌連載時に読まないと、よく分からなくなることもある。ちょっと残念。そんな記述がいくつかあった。

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安売りスーパーの快楽

2014-11-14 | 読書

午前中、漏水修理の工事。その間に大急ぎで近所のスーパーへ。金曜日はお魚特売日、知っている人に次々と会う。色々な魚のいろいろな食べ方を教えてもらう。この歳で、まだまだ知らないこといっぱい。

本日のお買いもの。アンコウ、レンコダイ、イトヨリ、イサキ、サワラ

忘れてた!!アジも。お魚全部で1,400円くらい。

本日は鮟鱇鍋して、残りは冷凍にした。一週間ほどかけて、少しずつ食べる。


 

機織りの教室は午後から出かける。帰りにデミタスコスモス見る。

電車で行くつもりだったら、織りの友達が送ってくれた。ありがたや。私は最近なるだけ車運転しない。

たくさんの豪華なデミタスカップが、これでもかというくらいに並んでいる。これ全て日本人収集家個人のコレクション、器に対する愛がひしひしと伝わってくる。お金はどんなふうに使おうと個人の自由だけど、膨大なコレクションを死蔵せず、こうして公開するのが素晴らしい。こんな立派なものを見せていたただけるなんて・・・感動した。

それに平日の夕方、見ているのは私だけ。一時間足らずの間にだあれも来なかった。静かに鑑賞できてとてもよかった。

私の好きな順は、マイセン、スポード、セーブルかな。今まで何気なく見ていたマイセンフラワーも遠く東洋にそのルーツがあるのではと思った。効果的な余白、見ていてホッとする。他の窯では余白を残さず、柄で埋め尽くす。

スポードのシノワズリっぽい絵柄も、東洋の影響をよく受けている。定番のブルーイタリアン、イギリス人に取って地中海の国々はエキゾチズム溢れる遠い世界。「ローマの休日」のイタリアを見よ。


家に帰ったら18時過ぎていて、夫がご飯仕掛けていた。わおう、ごめん。

地元産、ワックスなしのレモン、五個で税込198円。出先のスーパーでは二個で同じ値段だったので、ようかわなかった。

お茶は織りの先生の九州土産。

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冬服を出した

2014-11-06 | 読書

いちばん好きなセーターとカーディガンのアンサンブル、半年ぶりに出してみたらシミがいっぱい。うわおう、自分で洗って片づけたつもりだったけど、なんでえ???

クリーニング出しても取れないので、取り敢えず自分で染み抜きしてみました。

衣料用漂白剤の原液を綿棒につけて、汚れにこすり付ける。しばらく置いてウール用洗剤で洗う。

これを繰り返すこと二回、なんとか目立たないまでになりました。バンジャーーーイ!!!!

それはこちらです。

あれは、天満屋八丁堀閉店セールの時(・・・遠い目)、各3,000円で買ったと思う。何年前だろう?4年くらい?

アンサンブルが好きなんですよね。寒い時にあれこれ考えずに二枚重ねると暖かい。10代からずっとアンサンブルが好きだったかも。

先日買ったのはこれ。そごうの催物が終わって「売れ残った商品がまた売り場に戻ってきたんです」だそうで。たまたまそごうの横を通りかかったので買ってしまった。反省。

今気が付いたんだけど、薄い色のセータ類って太って見えるかも。バラの花が横に伸びて蓮に見えませんように。

これなんかいっそう太って見える。いまどきこんな服着てる人いるんかな。

セーターは襟ぐり大きすぎるので縫い縮めた。

これは去年買った。たまたま通りかかった店でいいかなと思ったけど、今見るとなんという色だあ~

ドラえもんアンサンブルと命名(予定)

ちょっと前に買ったチャコールグレイのアンサンブル。カーディガンの背中に虫食いの穴あり。一度は捨てるつもりになっていたけど、穴は糸でかがって補習。

もうこんな地味な色は似合わない歳になったかも。若い時は顔がすっきり見えてよかったけど、今では淋しすぎるかも。


 

最近肩こりがひどい。口内炎がなかなか治らない。食べ物が当たるととても痛いので、三度の食事がやっと。おやつや果物まで食べられない。

マッサージチェアがあればいいけど、とりあえず今夜はこれで。

5年くらい前、京都の高雄を歩いていたら、杉丸太の肩たたき棒を売っていた。¥50也。自分でたたく。よく効く。

そして何よりも、ダイエット永続宣言。

 

 

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FUTON 中島京子

2014-11-05 | 読書

去年だったか、「小さなおうち」で直木賞を受賞した著者のデビュー作。

アメリカの大学教授で田山花袋の研究者デイブ・マッコーリーは、教え子の日系人エミに惚れ、二人は深い仲になる。デイブはちゃっかりした現代っ子のエミに振り回され、後を追って日本へ行き、再会を願って祖父の店に通い詰める。

それが一つの筋で、小説の中にはめ込まれたもう一つの小説は、研究者デイブが、田山花袋の蒲団を妻の立場から書き直す試み。題して「蒲団の打ち直し」。妻は女に大切なのは年頃になると親の言うとおりの結婚をして家庭を守ること、それを疑わない。

夫が若い女性に振り回され、親切にするのが面白くない。女性の図々しさにも呆れている。

これはこれで面白いと思った。というか、よく書けている。男は若い女が大好き、そんな男を妻が鼻白んでみている。これって古今東西、あまりに有り触れた話。

妻は生活者として、愛だとか恋だとかいうのが分からないし、結婚前に若い男女が旅行するなんてと仰天する。女々しい夫に対してたくましい。二年間使った蒲団、腹立つので捨てようと思うが、打ち直したらまた使える。と布団をひとたたき。この健康なところがとてもよかった。

で翻ってデイブである。こんな風通しのいい小説が書けるのに、自分の色恋のこととなると中年の分別を忘れて右往左往、ほんとにこの小説書いたの。作者の中島京子さんが書いたんと違うのと思った。

エミの祖父の若い彼女の話、祖父の介護をする女性とデイブの関係などはこの作品では枝葉。枝葉が最後で少し繁り気味かも。

しかしまあ、知性ある人もそうでない人も、若い女性の前では我を忘れるようで。若いというだけでこんなに人の心を惑わせると知っていたなら、もっといろんなことしとけばよかったのかしら。いえいえ、一つ年上でもおじさんと思っていた私は若さという資本をむざむざどぶに捨てたのでした。

誰でも若い時があるし、誰だって歳を取る。私にかぎって言えば、歳とったからといって特に賢くなった自覚もない。知っているはずの言葉がスッと出て来なくて、頭の中に白い霞がたなびいている。みんなこんなものだろうか。心配、、、、

 

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「医者がぼけた母の介護をする時」 米山公啓

2014-11-01 | 読書

岡山県、RSKバラ園で。アンテナ施設の周りに公園あり。各種の花と木がたくさん。

ドライバーさんが休んで、お客さんもちょっと歩いたりするのにいい施設。鮮やかな黄色のバラ。


著者は、在職中にエッセィを書き始め、やがて大学病院に居づらくなって退職、筆一本で生きることを決める。

50代に軽い認知症を発症し、やがて脳梗塞などの病気になって亡くなって行く母親の病気の過程を、医師として冷静に、詳細に、また患者さんの家族としての立場からも書いたのが本書である。

お母さんが時々で気持ちをメモに残し、古いカルテなどでも補強しながらよくまとまっていると思った。

認知症や脳梗塞はありふれた病気だけど、それぞれにドラマや葛藤があり、人は死ぬ時期も死に方も選べないのが悲しくも身につまされた。

お母さんは元気で大らかな人だったけど、健康にはあまり注意を払わない人だったとのこと。よく太っていて、甘いものと塩辛いものが大好きで、運動もせず、気が付いた時には成人病をたくさん抱えていた。

亡くなったのは72歳、まだまだ元気でいられる年齢である。食べ物に気を付け、適度な運動と体重管理、大切だなあと思った。

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