“氷姿雪魄”に背のびする……しろねこの日記

仕事の傍ら漢検1級に臨むうち、言葉の向こう側に見える様々な世界に思いを馳せるようになった日々を、徒然なるままに綴る日記。

錦蜑小舟の記憶

2015-03-11 11:03:50 | 日記
昨夜から雪です。
冷え込みも久々にきつく、帰宅するときは、地面が白くなっていました。

4年経った3・11の午前中です。

4年前、スクールバスで同僚と生徒たちと約5時間かけて居住区に戻り、
線路の絶たれた自宅に帰れず急遽スクールバスで向かえる祖父母宅へ身を寄せることになった生徒を、1人送り届けるために、
私がその子と2人で或る駅の近くに降り立ったときも、雪は降り続けていました。

その子も今春、高3を卒業しています。





先週土曜日、うちの中3の人たちも無事卒業し、
今週から、高校の先生方によるガイダンス授業が始まりました。
私は国語科なので、国語科の先生方の授業では教室後方で生徒と一緒に受けているのですが、
これまで教えていた人たちが、自分以外の人に習っている姿を目にするのはこれまた楽しいです。


ところで、最近いろいろ昔の自分を思い出すことが多いのですが、
先日、実力テスト作成のために或る問題集を浚っていたところ、
藤田順子さん『子守唄の余韻』の一節が使われていて、
そこに「しぶ好み」な女学生という文脈が出てきました。
(因みに、この藤田さんの文章は、本当にいいなあ、と思います。)

その「しぶ好み」という言葉を目にしたとき、
私は急に、ニシキアマオブネのことを思い出しました。

ニシキアマオブネとは、或る貝の名前です。

幼少時、私がきのこと海の生物を図鑑で見るのが好きだったことは、
過去にもどこかで書いたことがありましたが、
図鑑というものを眺めるうちには、必ずお気に入りのページなり生き物なりができてきて、
満遍なく見るなかでも、そのお気に入りのところを開くと、いつまでも凝視して、その色や形を目でなぞるのでした。

『貝と水の生物』というハンドブックタイプの図鑑で、
繰り返し見過ぎて、早くからカバーが取れてしまった薄緑色の表紙の記憶しかないせいか、
ネット上で探しても書名の記憶だけではいまいち出版社を限定しきれないのですが、
そのタイトルどおり、はじめに貝(淡水、海水、海外の貝の順)のことが、そのあとそれ以外の水中生物のことが、分類ごとに、からだの器官の断面図と一緒に載っていました。
一つひとつの表示は写真と絵が混ざっていたようで、
ある程度成長してから別の図鑑で同じ生物を見てみると、
他の図鑑では自分の瞼の裏での記憶と全く異なった印象を受けるものも多くありました。

その『貝と水の生物』の貝のなかでも私のお気に入りなのが、ニシキアマオブネだったのですが、
その図鑑に示されたニシキアマオブネは、
海外の貝のページに入る少し前のページで、見開きの右上段の位置に示してあって、
楕円形の巻き貝をある角度から写したもので、渋い薄緑色の模様が微妙についていたのを記憶しています。
派手でも大きくもなく、結構地味だけど雰囲気に味のある貝だったと思います。

藤田さんの文章中に(年のわりに)「しぶ好み」という言葉を見いだして、
久しぶりに浮かんできたのが、そのニシキアマオブネでした。
振り返るとよく思うことですが、私は昔の方が、趣味が渋かったような気がします。

そこで、思い立ってニシキアマオブネを検索してみたところ、
「錦蜑小舟」
という漢字表記に行き着いたのです。
幼少時から何の疑問もなくカタカナ表記のまま記憶に定着していたニシキアマオブネでしたが、
こんなに風情のある表記だったとは知りませんでした。

漢和辞典で「蜑」を見てみると、字義は次のように書いてあります。



中国地方に住む少数種族。多くは水上生活を営む。=蛋(タン)。
[国]あま。漁夫。特に海にもぐって貝などを採ることを職業とする女。
(大修館書店『大漢語林』)


①中国南方に住む異民族。=蜒(タン)。
②中国の南方に住む住民。水上に生活し、漁業を営む。=蛋(タン)。
[和]あま。海や湖で水産物を採るのを業とする人。
(角川書店『角川大字源』)



ニシキアマオブネを検索すると、採取できる地域としては、国内では沖縄の例がよく見られるようです。

そして、昔ひとつの図鑑でひとつの像のイメージのみに固定していた記憶は、
ネット上に検出された色とりどりの模様を幾通りももつ貝の記憶に塗り替えられました。
「錦」の名の通り、織物のように実に美しい模様と色つやを様々にもつ貝なのだということが、この度ふとしたきっかけで分かったのです。

こどもの頃から好きだった貝が深い海に漂うイメージと、
美しい蜑の小舟が波間に漂うイメージとが、
まさに漢字を介して重なった瞬間でした。