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歴史と中国

成都市の西南交通大学で教鞭をとっていましたが、帰国。四川省(成都市)を中心に中国紹介記事及び日本歴史関係記事を載せます。

黄龍2016―四川雑感〔22〕―

2016年07月28日 16時03分30秒 | 観光(四川)

2016年7月10日(日)、若爾蓋県城から川主寺・雪山梁を経て約160kmの黄龍に到着し、早い昼食後、観光となりました。黄龍はすでに「九寨溝・黄龍(2)―四川雑感〔2〕―」(2005年6月28日付)で紹介しており、かつ有名観光地(世界自然遺産)なので、詳細な説明は省いて、各スポットの写真をお見せします。

ロープウェーで上り、だらだら坂(ほぼ下り)を行くと、10分ほどで望龍坪(展望台)に着きます。ここで初めて黄龍を眼下に望めます。写真1は、ここで黄龍を撮ったものです。眼下に見える池群は争艶池で、またスポット間の遊歩道も見えています。左奥に見える建物は左が黄龍中寺で右が杜鸚鵑林休息中心(売店・食堂)です。これらの建物の左奥で、最奥の五彩池への分岐点となり、そこまでは林間の遊歩道(板張り)となります。

遊歩道をさらに30分あまりで分岐点(ロープウェー乗り場へ2100m・出口へ3196m)に至り、道は上りとなり15分ほどで五彩池(分岐点から430m 面積2万1千㎡・693個池・標高3576m)に着きます。五彩池を囲む遊歩道は時計回りとなります。写真2は、五彩池奥(南)から黄龍後寺を背景に池全景を撮ったものです。

写真3は、望遠で池内の石塔の一つを中心にとらえたものです。この下にもう一つの石塔があります。

写真4は、やはり望遠で前の池とは少し色模様の異なる所を撮ったものです。池を受け止めている壁の岩の色も異なります。

写真5は、池を囲む遊歩道の最上部(西)から全景を撮ったものです。

写真6は、五彩池最後として望遠でとらえたものです。

五彩池の後、黄龍洞も訪れ、以上で約50分滞在した後、下りの各スポットに向かいます。最初のスポットは黄龍中寺を過ぎた争艶池(面積2万㎡・658個池・標高3400m)です。写真7は、下り(北)へとこの全景をとらえたものです。

写真8は、斜め横から撮ったものです。

写真9は、横から撮ったものです。

写真10は、さらに下って先端部の池群を撮ったものです。

写真11は、娑夢映彩池(面積6840㎡・400余個池・標高3415m)です。

写真12は、明鏡倒映池(面積3600㎡・180個池・標高3400m)です。

写真13は、上からの盆景池(面積2万㎡・330余個池・標高33020m)です。

写真14は、下流への金沙舗地(長1200m・幅120~44m・標高3305m)です。この上流にも続き、御覧のように黄色の岩面であり、上から見れば黄色い龍が横たわっているようです。

写真15は、逆に上流への金沙舗地です。

写真16は、金沙舗池が流れ落ちる洗身洞(高10m・幅40・標高3280m)です。下ってくるときの最初の滝です。ご覧の滝中心に見える洞は高1m・幅1.5mです。

写真17は、不思議な形をした瘤上隆起の続く蓮台飛瀑(滝長167m・幅19m・高低差45m・標高3260m)です。

写真18は、滝の最後の飛瀑流輝(高14m・幅68m・標高3245m)です。

最後の写真19は、スポットの終わりの迎賓池(面積9600㎡・350余個池・標高3230m)です。本来は上っていくのですから、最初のスポットなのでこの名称が付きました。

以上、五彩池から下って、各スポットで撮影をしながら出口まで約1時間40分かかりました。また、総観光時間はロープウェー下車後約3時間30分でした。なお、フォトアルバム「四川・黄龍2016」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpF8rDvbqIzvkocPFgです。

(2016.07.28)


 

〔追記〕 「九寨溝・黄龍(2)―四川雑感〔2〕―」(2005年6月28日付)も。

 

(2016.08.28)

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花湖―四川雑感〔21〕―

2016年07月25日 20時34分00秒 | 観光(四川)

2016年7月9日(土)午後、花湖を観光しました。黄河九曲第一湾からは北に約90kmの行程です。若爾蓋県城までの省道209号が補修工事中のため予想以上に時間がかかりました。

花湖は、若爾蓋草原上に位置し、標高3468mです。若爾蓋県城からは国道213号で北に約40kmです。入場料75元・エコバス30元で、保険料5元を含み、総計110元です。若爾蓋県城へは成都市から茶店子発のバスで、花湖へはタクシー利用となります。

写真1は、遊歩道を歩き一番南側の展望所から西に花湖を撮ったものです。ご覧のよう草原上の湖です。

写真2は、遊歩道上から東南に国道213号を望んで西からの花湖に続く湿原を撮ったものです。

写真3は、湿原の花湖寄りを撮ったものです。

写真4は、花湖です。以上、花湖といっても実際は草原上の湖で、花はほとんど見られませんでした。

写真5は、遊歩道上からエコバス終点への湿原を撮ったものです。

最後の写真6は、花湖です。手前に名は知りませんが、水草の花が咲いていました。

なお、フォトアルバム「花湖」はhttps://1drv.ms/i/s!AruGzfkJTqxngpFyrEsuYds0OWTCJgです。

(2016.07.25)

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黄河九曲第一湾―四川雑感〔20〕―

2016年07月23日 19時33分04秒 | 観光(四川)

2016年7月9日(土)、黒水県から雅克夏雪山・紅原大草原を経て、北に約240kmの黄河九曲第一湾(四川省阿壩藏族羌族自治州紅原県唐克郷)に昼到着しました。本日の最初の観光地です。

黄河九曲第一湾は西からの黄河本流が南からの白河と合流して北に流路をかえるところで、四川省・甘粛省の省境でもあり、ここで黄河は大きく蛇行します。標高は約3500mの高地です。本景区の入場料75元・エスカレーター代30元(登りのみ)・保険代5元で、8時30分~18時開場です。成都からの交通は茶店子発若爾蓋行で県城到着後はタクシー利用(約70km強)です。

写真1は、黄河九曲第一湾への途上の紅原大草原を車内から撮ったものです。ご覧のように、遠景に菜の花畑が広がり、草原にはヤクが放牧されています。

写真2は、黄河九曲第一湾に着き、エスカレーターで上がり、展望台上から中望遠で黄河を撮ったものです。蛇行していることがお分かりでしょう。

写真3は、黄河と手前の白河の合流点を撮ったものです。

写真4は、やはり展望台から少し引いて黄河を撮ったものです。手前が白河です。

写真5は、展望台上から遊歩道を入口へと撮ったものです。こちらの流れは白河です。

写真6は、遊歩道の途上から広角で黄河全景を撮ったものです。

最後の写真7は、遊歩道から見たエスカレーターです。御覧のように8段階となっています。

なお、フォトアルバム「黄河九曲第一湾」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpFZBfx4Wjeo6qtDIwです。

(20016.07.23)

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武蔵野文化協会創立100周年記念大会

2016年07月20日 20時18分03秒 | 日本史(古代・中世)

2016年7月18日(月)、武蔵野文化協会創立100周年記念大会を大國魂神社結婚式場・桂の間において開きました。本会は、1916(大正5)年7月18日、人類・考古学の碩学鳥居龍蔵氏らにより武蔵野会として発足しました。1918(大正7)年7月7日、会誌『武蔵野』が発刊されました。たんに考古・歴史・文化などの地域研究活動をするだけでなく、1923(12)年9月1日の関東大震災勃発に際しては、遺跡の被害調査のみならず、保全に関する建議書を提示しました。このように、本会は人類・考古・歴史・民俗・地理・文化などの複合的地域研究の場として存在しました。第2次世界大戦により活動を一時休止せざるえませんでしたが、戦後東京都も加わり活動を再開して、1957(昭和32)年に名称を武蔵野文化協会と改めて、今日に至っています。本会の名称にふさわしく、武蔵国の国衙に隣接し、総社の伝統ある大國魂神社で創立100周年大会を開いたのです。

大國魂神社に久しぶりに訪れたので、現在の本神社の写真をお目にかけます。写真1は、都道229号から神社を遠望したもので、中央に大鳥居、左に「大國魂神社」社号標が立てられています。

写真2は、最初の門の随神門です。奥に見えるのが朱雀門です。

写真3は、拝殿です。この奥に本殿があります。

最後の写真4は、朱雀門左手前に位置する鼓楼です。慶長年間に建てられ火災により焼失しましたが、1854(嘉永7)年に再建されたものです。現存する本神社建物では最古のものです。

(2016.07.20)

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達古氷河―四川雑感〔19〕―

2016年07月17日 20時19分31秒 | 観光(四川)

2016年7月8日(金)に訪れた達古氷川風景名勝区(達古氷河風景名勝区)は成都市から西北に約300km弱の阿壩藏族羌族自治州黒水県蘆花鎮に位置します。県城へは茶店子客運站から朝にバスが運行されていますが、県城から9kmの風景区入口まではタクシー利用となります。入場料は120元・エコバス70元・ロープウェー180元です。入場時間は8時30分~15時30分で、観光必要時間は半日以上です。

達古氷河は1992年に人工衛星の画像解析から日本の科学者が発見したもので、洛格斯聖山に位置します。四川省では最高峰の貢嗄山(ミニヤコンカ・7556m)の海螺溝氷河が知られていますが、本氷河これに次ぐものです。まず、入口から専用エコバスに乗り、原始林に覆われた達古河渓谷を北に遡ります。本渓谷は10月には紅葉の名所となります。写真1は、最初の景勝地、金猴海です。名の通り付近には希少動物の金絲猴が生息しています。本渓谷はチベット族の居住地なので、このタルチョ(お経を書き込んだ五色の祈祷旗)を写し込みました。御覧のように朝なのと天候から淡い霧が湖面に漂っていました。

紅軍湖(長征の紅軍がこの地を通過したことからの命名)を車窓から過ぎ、次に下車したのが、写真2の、澤娜措です。ここも霧が立っています。湖の奥に見える集落はチベット族の上達古藏寨です。なお、本湖横に中達古藏寨、紅軍湖横に下達古藏寨があります。

上達古藏寨の付近で、達古河は西に曲がります。神牛湖を過ぎて、下車したのが、写真3の、達古湖です。雨模様の天候のため視界は開けません。

ロープウェー乗り場に到着して、8人定員のロープウェーに約15分乗ると、一気に約千mの高度を上げ、氷河観景台に着きます。写真4は、観景台から見た一号氷河です(ここからは一号・二号・三号氷河が見られます)。下の池は東措日月海です。残念ながら、天候の関係で山の全景を見るとことができませんでした。

写真5は、観景台にある海抜を刻した岩を取り入れて一号氷河を撮ったものです。御覧のように、ここの海抜は4860mです。

最後の写真6は、ロープウェー頂上駅に併設された世界最高峰の「孤独なカフェ」(2015年10月オープン)から一号氷河を撮ったものです。本喫茶室ではインスタントですがコーヒーを飲めます。

なお、フォトアルバム「四川・達古氷河」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpFHglNhyMD7SMj0MAです。また、『达古冰山官方网站』はhttp://www.dgbc.cn/です。

(2016.07.17)

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都江堰―成都雑感〔157〕―

2016年07月15日 21時12分12秒 | 観光(成都)

クラブツーリズム主催「〈全日空利用〉九寨溝・黄龍とゾルゲ・達古(タッコ)氷河 北四川省周遊8日間」(2016年7月6日〔水〕~13日〔水〕)に参加して、中国に行ってきました。本ツァーの基本旅程は、

6日(水)ANA直行便成田発成都着 成都泊

7日(木)朝成都発 午前都江堰観光 夕黒水着 黒水泊

8日(金)達古氷河風景区観光 黒水泊

9日(土)朝黒水発 午前黄河九曲第一湾観光 午後花湖観光 若爾蓋(ゾルゲ)泊

10日(日)朝若爾蓋発 午後黄龍観光 九寨溝泊

11日(月)九寨溝観光 九寨溝泊

12日(火)朝九寨溝発 午前松潘城観光 成都泊

13日(水)ANA直行便成都発成田着

です。

最初の観光地は都江堰です。まずここから紹介します。

戦国時代後期に蜀を併呑した秦の、蜀郡太守李冰が紀元前256年に建設を開始し、息子の李二郎が完成させたとされるのが潅漑施設の都江堰です。堰で岷江から分水して、成都平原に用水を導き、この地を豊かな土地にして、蜀は「天府の国」と呼ばれるようになりました。しかも、この潅漑施設は補修を続け、基本的に原構造のまま現在も潅漑施設として運用・利用されて、四川省の農業生産を支えています。すなわち、2千年以上も前に建設された潅漑施設が現役で利用されている世界でも希有な例で、このため、2000年に道教の聖地の青城山と共に「青城山・都江堰」として世界文化遺産になりました。

二王廟の上、秦堰楼入口から入りました。写真1は、秦堰楼から俯瞰したものです。中央が岷江外江(本流=金馬河)の堰堤(ダム)です。これは1974年に完成したものです。この右に突き出ているのが分水堤の魚嘴で、ここで岷江の流れを掘削した内江(灌江)と外江に分離します。魚嘴から左に人口の中州となっています。左に見える橋は安瀾橋で吊橋です。

写真2は、秦堰楼から下流を俯瞰したものです。中央奥の左への流路口が宝瓶口です。ここから潅漑用水として成都平原に分流して平野を潤うします。この右側、中州と対岸の間は写真では見えませんが、内江と外江は繋がっており、外江側に飛沙堰が設けられて、内江の砂を外江に排出する役目を果たすと同時に、水流調整の役割も果たし、増水期には溢れた水を岷江本流(外江)に戻します。中央に見える建物は二王廟と門です。

写真3は、二王廟です。殿内に二郎神像(李二郎)が祀られています。なお、都江堰の二王廟以下の建物の大半は2008年5月12日の四川汶川大地震で崩壊しましたが、その基材を可能な限り生かして再建されました。

写真4は、安瀾橋手前に展示してある竹龍・榪槎の復元です。竹龍は竹で編んで内に石を入れて岸を守ります。榪槎は閉水三脚とも呼ばれ、木で三脚台を作って杭で接続し、水に向かう側に竹を入れて、水量調整や制御を行ないます。作成の簡単で、取り外しも容易で、水理施設として利便性がありました。

写真5は、中州側から見た安瀾橋です。左上部の建物は秦堰楼です。

最後の写真6は、魚嘴(分水堤)です。ここで岷江は外江(本流)と内江に分かれます。渇水期には内江6・外江4の割合で、逆に増水期は内江4・外江6の割合で分水されるようになっています。現在はコンクリートで補強しており(以前は竹龍・榪槎を適宜使用)、汶川大地震では特に被害を受けませんでした。

時間の関係で観光は上流部のみでした。なお、フォトアルバム「都江堰」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpEyz9W016jVR3v47Qです。

(2016.07.15)

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