九段は60%勝ちそうだった。次の一手を考える表情に楽観の色は見えなかった。最善手を追ってもがき苦しんでいるようにも見えた。しばらくして九段は席を立った。その後すぐに記録係も席を外した。
九段は戻ってきた。記録係はまだ戻っていなかった。
九段は正座になって盤上を鋭く睨んだ。ここは勝負どころなのか、相当に深く先を読んでいるようだった。時々視線を外し記録机の方を見た。いつまでも記録係は戻って来ない。そんなことがあるのだろうか……。ちがう! 記録は自動化されたのだ。(私は認識を修正した)
1時間以上、九段は一手も指さなかった。
「6時になりました」
戻ってきた先生が休憩を告げた。
時を告げるのはまだ人間だった。(やがては機械化されるだろう)
うとうとしている内に私は眠ってしまった。
目が覚めると九段は80%負けそうになっていた。
休憩のあとに何を指したのだろう。今日は解説の先生が誰も来ない日だった。玉は端まで追いつめられ、歩頭に桂が飛んできた。もう逃れられまい。私はテレビを消して応援席を離れた。