「剣と魔法が湧いていますよ」
「ああ」
「安心するでしょう。自分の家に帰ってきたみたいで」
「何か、心が落ち着いてきました」
「それでいいのです。落ち着いて、まずは過去に遡って問題を解決していきましょう」
かつおを入れてはいけないとマニュアルに記載されていた通り、私たちはそれが正しく受け入れられる場所を探して躍起になって村中を転げ回っていたのだと思う。婚活を気安く口にしたのはコンビニエンスストアで天狗の鼻をへし折るように大人びたメロンの味がするとまたしても上から目線で言い放ったのは余計にうかつなことで、饒舌な狐の嫁入り修業前の通り雨から遊歩道が滑舌をミルクに溶かし始めると、快活な活力を小脇に抱えたように狡猾なページに染み込ませた指先の明滅を無視するように譜面は犬のお使いに報酬として舞う白く尖った新しい雪のように罪に塗れた断片を鰹節に振り分けたのだった。
「壊される筆箱の身にもなってみなさいよ」
普通の授業がないということがわかって、期待と不安が半分半分で教科書は閉じられて、特別な授業は始まって、誰も文句を言う者などなくて、みんな黙って、先生の指示に従って動いた。教科書がないのだから机の上に広げるものもない。寂しさはみんなまとめてしまいましょうと先生の呼びかけにみんな立ち上がって机を持ち上げて、教室の中央に町中の落ち葉を寄せ集めるようにして集めた。
てこでも持ち上がらない頑固机は、引き出しの中の物をみんな、窓の外に放り投げた。その時は、二度と戻ってこなくても、これは特別な授業なのだからという空気がその狂気じみた動作をもほとんど美化してみせていた。まとまりはすぐに風化して、残された生徒はもはや1人だけとなっていた。
「ここに希望を書きなさい」
食べたいもの、行きたいところ、会いたい人……。
待つものはすべて恐怖の対象に落ち着いた。こちらが待つことに耐えきれずに先回りして手渡そうとすると相手は同じように動き出して、互いが互いを思い先に到達しようとすることで接点をずらしていく、動きを止めても止めなくてもその溝が埋まることはなく、むしろ合わせるのではなく回避の意図があるのではと思われるのが恐ろしく、向こうの顔を見ると確かに既に疑いの色が、「馬鹿にしてるのか」って、まさか。
馬鹿にするほど自分を買いかぶってはいないのに。
冷たい風が吹き付ける夜の中にみなはまとまって約束の朝を待っていた。誰もが先にある希望を疑いもしていないということが顔に書いてあったし、どこからも疑問の声が上がるという気配もまるでなかった。持ち寄ったのは、風を凌ぐためのささやかな道具と穏やかな時間をより優しいものにする幼い遊具だけだった。時間を食いつぶす遊具の中で笑顔が夜を照らし続け、直接参加しない者もその輪郭に触れているだけで、言葉一つ発しなくてもそこには肯定的な言葉が湧き出ているように見えた、そのすべてはやがで訪れるはずの「朝」に対する絶対的な確信からくるものであった。
「この場所に朝は来ませんよ」
暗闇を照らしていた笑みは、瞬間、冷たい路上にこぼれ落ち、次にはすっかり白くなった顔が、夜の中に浮かび上がった。
復讐に燃える顔に追われるようにして寂れた商店街を通り抜けて、もう誰も住んでいないような町の外れまで歩いていくと、一つだけ小さな明かりがついていて、ほとんど必然的にその硝子の中へと視線は向かう。待つことに疲れた店の主人と目が合ってしまう。ごめんなさい、ごめんなさい、背中を向けて通り過ぎるだけの優しさを、もう忘れていました。何人もの裏切り者を、見続けた後だったでしょうに。
柔らかい無数の変換候補が労い、強がり、陥れる。「空腹が空腹に火をつけたのね」そう言って犬が吼え始めた。「私だって朝から何も食べてない」朝と言っても、今朝ではなくて、ずっと遠い日の朝だ。信じても信じても訪れることのなかった、幻の朝だった。
「空腹は旅立ちだよ」笑いながら、犬は勝ち誇ったようにギターの弦にかじりついた。
「帰りたい。今、すぐに」
先生の手が、飛んできて、落ち葉は風と旅人になった。
希望をかき集めることにも失敗すると出口を見失って、見回す限り、入り口ばかりの場所に取り囲まれる。
「入口が多すぎるから、みんなが間違えるんですよ」
「ねえ、店長。店長って」
「私は船頭だ」
「夢の入口はどこですか?」
「自分で選ぶことができるとまだ思っているのかね?」
「選ぶための入り口でしょう」
「巡り会いしかないのだよ。あいうえおとあかさたなの間でクジラは泳ぐものだろう」
もうどうにでもなれ。
どれを選んでも、1つの言葉にはなるはずだった。
「薬草を1つ」
「ありがとう。昔は、武器でも防具でもなんでも揃っていたもんだ。それが今ではこの有様よ。ところで、薬草をもう1つ買うかね?」
「では、薬草をもう1つ」
「ありがとう。友達と薬草は、いくつも持っておくもんよ。なぜなら、すぐそばにいると思っていると、いつも痛い目にあうものだからね。どうだね、旅のお方、薬草をもう1つ買う気になったかね?」
「はい。薬草を、もう1つ」
「よし! 話のわかるお人だ。だけど気をつけるんだね。この村では、人の好意につけ込んで、うまい話を持ち込んでは、後でまるごと踏みにじるような輩が後を絶たないからね」
「肝に銘じておきます」
「そうすることだ。俺も、昔はここで優れた武器や防具を取り揃え、慎ましく商売をしていたもんだ。それが今ではこの有様だ。売っている物と言えば、薬草の他にありゃしない。ところで、まだ薬草は買うんだろう?」
「勿論です。薬草を1つください」
「そうこなくっちゃ。ところで旅のお方、この村で広告の品と言うのを見かけたら、ちょっと注意することだ。そいつは時に英国の品であることもあるが、時には彫刻の品であることもあるんだ。そうして、徐々にその種の間違いに慣れてくると違和感なくあらゆる品々に手を伸ばすようになる。挙げ句の果てにはついに強欲の品に手を出しちまうってことさ。ほら、そろそろ薬草を買う時間じゃないかな?」
「薬草を、もう1つ」
「賊たちが暴れ回っていた頃、俺の店に置いてあったあらゆる輝かしい武器や防具を持ち去った。勿論その中にはドラゴンを一撃で倒せるような優秀な剣もあったんだ。一説にはその賊たちも魔物の大ボスの手下たちだったとか。それからというもの、ここで売られているのは、癒しをもたらす薬草だけさ」
(こんな商売、長くは続かないでしょう)
「そう言った人もいるけど、今もこうして、店はちゃんと続いている。むしろそういった予想を裏切りたくてね。物は相談さ。薬草はいるかね?」
「商売上手なんですね。では、お言葉に甘えて、薬草をもう1つ」
「甘え上手なお方だ」
「まずは簡単な魔法から覚えることだ」
崇めた亀のためのため池の中に飛び込んだ猫の夢から歪んだ滴を受け取った文面からは、随分と穿った見方が感じられたものだが、勢い余ってみかんを甘い奴らと決め込んだように選択の中に入れ込んでエコの肩を持ち上げたのは曇った見方だったけれど、意外にも横殴りの雨がそれに抵抗するようにして入り込んできた。
「もっと他に違った見方のある者は?」
どうせ神がかったものを求めているんだろうと何度も人選を間違えたけれど、1つだけまだ勝因として上げるならば、それは決して歩むことを少しもためらわなかったことで、そうしていかにも物を知っているという女は、こちらがねほりはほりきくのに合わせるように手取り足取り教えてくれる。
「こめくいむしというのはね、雨上がりを待っていつもやってくるの」
言葉が言葉をつれて情報が残党をつれてくるように寂しい耳元に押し寄せてきては、どうぞ安心なされ、と迫ってくるので、そのただならぬメッセージ性に打たれぬままに安心しないわけにはいかなくなる。もっと、もっと、安心をください、な。
「ほめられては大きくなっていくのが、こめくいむしなのよ」
案外、誰かと似ているのかもしれない。聞かされなければ、空気のように当たり前に触れて、吸い取って、見過ごしてばかりだったかもしれない。それぞれにまだ知らない、秘密と個性が、世の中にはたくさん満ちていて、猫のように耳を傾ければ、明日のその先の道のかけていく落ち葉さえも、拾うことはできるのだ。ものしり女の声の中で、かつてないほどの、安心に包まれて。
「目的は、既に名前の中に含まれているでしょう」
あふれんばかりの情報が安心を安心の友を呼び、混乱が混乱の残党を呼び寄せて、感謝の気持ちがため池の中からとめどなく狂わんばかりに湧き出てくる。知っていることは、みんな教えてくれる、惜しみない話し手こそが、混迷の夜の向こうに信頼を生み出そうとしていた。