生身の肉体と鉄の塊との間に挟まれて車輪は鳴いていた。「もう嫌だ」どこにも行き場はなかった。「傷つけるのも傷つけられるのも」見えない車線を越えて、義務でも願望などでもなく、ただ生きるために必要な進化が翼を与えた。「月を越えてまた会おう」その時、自転車は空をつかんだ。#twnovel
「どうして東京へ?」とタクシードライバーが尋ね、「テレビが壊れたから」と僕は答えた。そんなところから拾う人は、東京にはいないからねと言う。メーターが上がってしまうからねと言う。「東京駅へ向かう人はみんな迷子です」タクシードライバーは700円と書かれた帽子を頭に乗せていた。僕は東京の空について尋ね、彼は幻想の東京と現実の東京について答える内に、時間の話になり映画の話になった。「2時間というのが迷惑をかけない時間なんだ」迷惑という言葉が妙だった。「姿勢が続かないということ?」タクシードライバーはウインカーを鳴らし、右折レーンに入った。交差点の標識には知らない土地の名前が書かれている。「陶酔の限界なんですよ」限界とは、どういう意味だろう? 「時間を忘れてしまう。そういうのが好きだな」そう言うと彼は日常と陶酔について語り始めた。東京駅へ向かう途中、延々と映画の話が続き、徐々に非日常世界へと入っていくように交通量が減っていった。車線も信号の数も減っていき、人の姿も見かけなくなった。「登場人物が生きているような映画だよ」どんな映画がいいかについての彼の答だった。東京に来た時、彼は俳優を目指していたのだと言う。日が徐々に落ちてきた。
「どうしてやめたの?」余計なこととは思ったけれど、言葉は止められなかった。そして、タクシードライバーは黙り込み、車は細い急斜面を上った。誰もいない道だった。僕はどこへ向かうのだろう。行き先を伝える言葉を誤ったのだろうか。あるいは、出発の理由が既に愚かにすぎたのだろうか。
「どこだ?」落葉の敷き詰められた赤い道の上を車は滑っていた。タクシードライバーの肩を掴んで、僕は叫んでいた。「どこだ?」タクシードライバーはブレーキを踏んで車を止めた。不意に、自分が誘導して車を辺境の地に運んできたような気になると、恐怖がエンドロールのように押し寄せてきた。ドアが開き、落葉の上に僕の足があった。トンネルの奥から、老夫婦が助けを求めるようにして逃げてきた。おじいさんは足を引きずって、おばあさんの肩を借りている。車に戻ろうとした時、運転席にタクシードライバーの姿はなかった。車の後ろに隠れ込むようにして、老夫婦は小さくなった。人間か獣かわからないような影が、トンネルの奥から血の匂いを追って駆けて来る。闇の中から最初に現れた鎌のような金属が、落ちかけた日を受けて輝くと、それは着実に悪意を持った使い手と一体となりこちらに近づいてくる。何かを探し、地面に手を伸ばしたけれど、その手に握られていたのは落葉ばかりだった。凶器を振りかざし、泥だらけの男は、車のすぐ傍にいた。
その時、何かが車を突き抜けて、僕と殺人鬼の間に立った。人間離れした何かが殺人鬼に体当たりした。「俺の原案のおかげでこの映画は成り立つんだろうが」そう言いながらモンスターが、その大木のように太い尾で殺人鬼の体を容赦なく締め付けると、落葉が風に舞い上がって殺人鬼の顔中に貼り付いた。やがて、赤い土に呑まれるようにして、殺人鬼の身体は沈んでいった。「もう大丈夫ですよ」
「どうしてやめたの?」余計なこととは思ったけれど、言葉は止められなかった。そして、タクシードライバーは黙り込み、車は細い急斜面を上った。誰もいない道だった。僕はどこへ向かうのだろう。行き先を伝える言葉を誤ったのだろうか。あるいは、出発の理由が既に愚かにすぎたのだろうか。
「どこだ?」落葉の敷き詰められた赤い道の上を車は滑っていた。タクシードライバーの肩を掴んで、僕は叫んでいた。「どこだ?」タクシードライバーはブレーキを踏んで車を止めた。不意に、自分が誘導して車を辺境の地に運んできたような気になると、恐怖がエンドロールのように押し寄せてきた。ドアが開き、落葉の上に僕の足があった。トンネルの奥から、老夫婦が助けを求めるようにして逃げてきた。おじいさんは足を引きずって、おばあさんの肩を借りている。車に戻ろうとした時、運転席にタクシードライバーの姿はなかった。車の後ろに隠れ込むようにして、老夫婦は小さくなった。人間か獣かわからないような影が、トンネルの奥から血の匂いを追って駆けて来る。闇の中から最初に現れた鎌のような金属が、落ちかけた日を受けて輝くと、それは着実に悪意を持った使い手と一体となりこちらに近づいてくる。何かを探し、地面に手を伸ばしたけれど、その手に握られていたのは落葉ばかりだった。凶器を振りかざし、泥だらけの男は、車のすぐ傍にいた。
その時、何かが車を突き抜けて、僕と殺人鬼の間に立った。人間離れした何かが殺人鬼に体当たりした。「俺の原案のおかげでこの映画は成り立つんだろうが」そう言いながらモンスターが、その大木のように太い尾で殺人鬼の体を容赦なく締め付けると、落葉が風に舞い上がって殺人鬼の顔中に貼り付いた。やがて、赤い土に呑まれるようにして、殺人鬼の身体は沈んでいった。「もう大丈夫ですよ」
一度も吼えられことのない
犬
戸の向こうから吼えられた
雨降りだったから
雨降りの中を傘などをさして通り過ぎたから
吼えられたのかもしれない
あるいはちょうど夕食時で
それで吼えられたのかもしれない
吼えられたので
犬の匂いがした
犬
戸の向こうから吼えられた
雨降りだったから
雨降りの中を傘などをさして通り過ぎたから
吼えられたのかもしれない
あるいはちょうど夕食時で
それで吼えられたのかもしれない
吼えられたので
犬の匂いがした
「何かあるの?」渡り廊下に寝そべりながら訊くと、「サーカス団が来るんだ」と答えた。「サインはした?」ここに居残っているにはサインしておかないといけないのだろうか。「あれは花見のアンケートだと思って」それだから、サインをしたのだったか、しなかったのか結局のところよくわからないのだ。アンケートは確か三回ほど回ってきたのだった。「まあいいんじゃない」と彼が言うからまあいてもいいのかもしれない。「サーカス?」こんなところでサーカスなんて。「これからだんだん人が集まってくるよ」
「サーカスが始まるよ!」崖の上のお兄さんとお姉さんが、右手を突き上げながら叫んでいる。高い高い崖の上からだけど、声は驚くほどよく通った。「世界一のサーカス団がやってくるよ!」お兄さんとお姉さんが崖の上で飛び跳ねるので、山も一緒になって伸び縮みしている。「みんなもお友達をつれてきてね!」お兄さんとお姉さんが叫ぶ度に、渡り廊下の興奮が高まった。寝そべって待っていた人も、徐々に立ち上がってお兄さんとお姉さんの方を見上げ、手を振っている。何人かの人が、お友達をつれに廊下を下りていった。
「駐車場はこっちです」けれども、もうほとんど駐車場はサーカスを見るために集まった車でぎっしりと埋まっていた。「折りたためるものは折りたたんでください」みんなそれぞれの工夫でなんとかして、車を納めようとしていた。みんなサーカスを見るために集まってきたお友達なのだから仲良くしなければならないからだった。「重ねられるものは重ねて置いてください」傷つかないように、タオルを敷いて、車の上に車を置いた。重ねる方も重ねられる方もそれなりに心配があって、三段重ねまでというのが暗黙のルールになっていた。「ちゃんと枠の中に止めてください」もう枠には余裕がなくなっているのは明らかだった。止めることはいいけれど、後で出すことは可能なのだろうか、みんなそのような止め方をしている。新しく来た友達に、僕はマジックを差し出した。「枠がない時は、自分で書き足してね」
「もうすぐサーカスが始まるよ!」お兄さんとお姉さんが飛び跳ねて、勢い余って崖から落ちてしまった。あっ、と渡り廊下の人々は叫ぶけれど、実は大丈夫で、すぐにお兄さんとお姉さんが元気な顔を現した。お兄さんとお姉さんは、一段下の場所に移っただけだった。「さあ、みんな! もうすぐサーカスが始まるよ!」
サーカス団は庭に舞い降りて、幾つもの手の中で大小様々なボールが飛び跳ねている。それは火のように水のように生き生きとして男の人の手から女の人の手から立ち上がり、空に向かって躍動している。音符のようにリズムを持ってそれは色とりどりの飴玉のように夜に向かってあふれ、絶え間ない運動の中で徐々に成長して天に向かうようだった。渡り廊下のみんなはうっとりとそのサーカスが作り出す生命体を見つめている。ある者はその一つに触れてみようとして手を伸ばした。決して触れることのできない別世界に。それは湯気のように男の子の手から立ち上がり、泉のように女の子の手から湧き上がり際限のない空へ向かってゆく。サーカス団の手の平は永遠の雨を作り出す無限の雲のようだった。無数のジャグリングの中で、ゆっくりとその一団は移動を始めていた。そして、人々は今までその巨大さにも関わらず、それが空を降りてくる気配に気づかなかったが、今それは、目の前に巨大な姿を現したのだ。
人々の注視の中、ボールはついにサーカス団の手を離れて大きく開かれたクジラの口の中に、吸い込まれてゆく。クジラの目が瞬き、体全体がこの上なく美しく母のように優しく色づいてゆくのがわかる。最後の一つを、呑み込んだ時、クジラは新しい星を生むのだ。今は、誰もが美しいボールの躍動と艶やかなクジラの両方に目を配っていた。その時、男の子の手から離れたボールの一つが軌道を誤って、夜の向こう側へと消えた。その行く末を、誰一人見届けることはなかったけれど、待ち受けていたクジラの様子で人々はそれを知っていた。クジラはしばらく当惑したような表情を浮かべていた。渡り廊下がざわざわとし始めた頃、ようやくクジラは目を伏せてため息をついた。少ししてから、風がやってきた。
「サーカスが始まるよ!」崖の上のお兄さんとお姉さんが、右手を突き上げながら叫んでいる。高い高い崖の上からだけど、声は驚くほどよく通った。「世界一のサーカス団がやってくるよ!」お兄さんとお姉さんが崖の上で飛び跳ねるので、山も一緒になって伸び縮みしている。「みんなもお友達をつれてきてね!」お兄さんとお姉さんが叫ぶ度に、渡り廊下の興奮が高まった。寝そべって待っていた人も、徐々に立ち上がってお兄さんとお姉さんの方を見上げ、手を振っている。何人かの人が、お友達をつれに廊下を下りていった。
「駐車場はこっちです」けれども、もうほとんど駐車場はサーカスを見るために集まった車でぎっしりと埋まっていた。「折りたためるものは折りたたんでください」みんなそれぞれの工夫でなんとかして、車を納めようとしていた。みんなサーカスを見るために集まってきたお友達なのだから仲良くしなければならないからだった。「重ねられるものは重ねて置いてください」傷つかないように、タオルを敷いて、車の上に車を置いた。重ねる方も重ねられる方もそれなりに心配があって、三段重ねまでというのが暗黙のルールになっていた。「ちゃんと枠の中に止めてください」もう枠には余裕がなくなっているのは明らかだった。止めることはいいけれど、後で出すことは可能なのだろうか、みんなそのような止め方をしている。新しく来た友達に、僕はマジックを差し出した。「枠がない時は、自分で書き足してね」
「もうすぐサーカスが始まるよ!」お兄さんとお姉さんが飛び跳ねて、勢い余って崖から落ちてしまった。あっ、と渡り廊下の人々は叫ぶけれど、実は大丈夫で、すぐにお兄さんとお姉さんが元気な顔を現した。お兄さんとお姉さんは、一段下の場所に移っただけだった。「さあ、みんな! もうすぐサーカスが始まるよ!」
サーカス団は庭に舞い降りて、幾つもの手の中で大小様々なボールが飛び跳ねている。それは火のように水のように生き生きとして男の人の手から女の人の手から立ち上がり、空に向かって躍動している。音符のようにリズムを持ってそれは色とりどりの飴玉のように夜に向かってあふれ、絶え間ない運動の中で徐々に成長して天に向かうようだった。渡り廊下のみんなはうっとりとそのサーカスが作り出す生命体を見つめている。ある者はその一つに触れてみようとして手を伸ばした。決して触れることのできない別世界に。それは湯気のように男の子の手から立ち上がり、泉のように女の子の手から湧き上がり際限のない空へ向かってゆく。サーカス団の手の平は永遠の雨を作り出す無限の雲のようだった。無数のジャグリングの中で、ゆっくりとその一団は移動を始めていた。そして、人々は今までその巨大さにも関わらず、それが空を降りてくる気配に気づかなかったが、今それは、目の前に巨大な姿を現したのだ。
人々の注視の中、ボールはついにサーカス団の手を離れて大きく開かれたクジラの口の中に、吸い込まれてゆく。クジラの目が瞬き、体全体がこの上なく美しく母のように優しく色づいてゆくのがわかる。最後の一つを、呑み込んだ時、クジラは新しい星を生むのだ。今は、誰もが美しいボールの躍動と艶やかなクジラの両方に目を配っていた。その時、男の子の手から離れたボールの一つが軌道を誤って、夜の向こう側へと消えた。その行く末を、誰一人見届けることはなかったけれど、待ち受けていたクジラの様子で人々はそれを知っていた。クジラはしばらく当惑したような表情を浮かべていた。渡り廊下がざわざわとし始めた頃、ようやくクジラは目を伏せてため息をついた。少ししてから、風がやってきた。
時給3万、年収5千万、金詰め放題、印税収入無制限、キャリーオーバー大量発生、がっちりevery day、ただ収入があるばかり、入るだけで出ては行かない、夢見なくても金だらけ……。夢があるようなないような歌詞を叩きつける、彼の歌にまだ世界は振り向いてはくれなかった。#twnovel