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眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

飛翔の棋士

2021-06-18 09:32:00 | 将棋の時間
 座布団の上で冒険を待っている。行き先は私の一存では決められない。
 待つ時間は相手の手番であり、私の時間でもある。
 ご飯が炊けるのを待つ間、ご飯の時間であり私の時間でもある。雨が上がるのを待つ間、雨の時間でもあり私の時間でもある。
 棋士が漕ぎ出す船を待っている。本当の強者は手番に関係なく手を読むことができるが、私はどうだろう。読み以前に、空想に耽る時間も大事にしたいと思う。私は扇子を開き、空想に風を送った。

 仕掛け前の腰掛け銀をみながら、私はいつかの猫を思い出していた。下校途中に気がつくと後ろをついてきていた。不思議な猫は誰のものでもなく、しばらくの間みんなの人気者だった。雲が流れ、煙が漂い、炎の中からサムライが現れた。時代劇だ。ばったばったと悪を斬り捨てて行く。サムライは個であって普遍でもあった。刀が鞘に収まってエントランスに猫が現れる。猫は人目を忍んで金銀に近づいたり離れたりを繰り返す。
 腰掛け銀をみていると、様々な風景と変化を想うことができた。想うところがある限り、読む材料には事欠かない。

「指されました」
 空想の庭から戻ってくると、何か指されたようだ。
 思ってもいなかった手が、盤上に現れている。
 横から眺める時間は絵画のように動かないのに、自分に突きつけられた時間は激流のように落ちていく。
(もうゆっくりしていられなくなった)
 私は大きく扇子を広げて肩にのせた。
 これが私の翼だ。
 さあ、どこへ飛ぼうか。

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幻の銀

2021-05-24 10:42:00 | 将棋の時間
 ずっと温めていた焦点の捨て駒。取れば端角を打って詰み。取れなければ寄りは近い。敵の読みにはあるまい。私は確信を秘めながら敵陣深くへ指を伸ばした。
 着手の瞬間、それは私の指から離れて飛んだ。

「5二銀!」

 秒読みでもないのに私は咄嗟に叫んでいた。とっておきの一手が逃げて行くような気がしたのだ。脇息の向こうの方に、飛んだと思ったのに、銀は見つからなかった。敵は平静を装っているのか置物のように固まっていた。ゴミ箱の中をのぞき込んだが、そこにもなかった。
 タブレットに表示される持ち時間を見た。記録の少年が首を少し傾けているように見えた。私は一旦座布団に座り直した。
 その時、4枚の銀が盤上に確かに存在するのを私は見た。

(待ってくれー)
 落ち着くのだ。
 私は手を伸ばして記録用紙を求めた。
 手番はまだ私のままだった。
(助かった)
 私は悪手も反則もまだ指していない。
 そうだったか……。
 記憶をたどって、私は過去の将棋を読みすぎてしまったようだ。

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俺たちに時間はない

2021-05-19 10:35:00 | 将棋の時間
 「俺たちに時間はない」


30秒長考したら時間切れ


捨て王手ラッシュをあびて時間切れ


構想と未練を抱いて時間切れ


早指しの猛者に遊ばれ時間切れ




 「オムハヤシ」


オール手抜きで負け筋に一直線


無理攻めも二人がかりでナチュラルに


挟み込む上手の攻めに負けました


やねうらが評価値下げた四間飛車


信念を曲げず棒銀一直線

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記録の仕事(明日を指して) 

2021-05-07 05:49:00 | 将棋の時間
 対局開始の遙か前に対局室に入った。勿論、まだ誰も来ていない。私には私の仕事があった。一日を通して戦う対局に支障がないように、準備を抜かりなく整えることだ。座布団、脇息、ゴミ箱、お盆、机、タブレット、記録用紙、エアコン、将棋盤、駒台、すべてを完全に整える。

 そして、駒。
 駒の形は不思議だ。丸でも四角でもなく、蜻蛉とも木の葉とも他の何とも違う。駒にはそれぞれの顔がある。駒がなければ何も始まらない。
 最後に一番大事な駒を磨く。1枚1枚魂を込めて。王将、金将、銀将。今日は美濃囲いが見られるだろうか。久しぶりに対抗形が見てみたい。飛車がいつにも増して大きく見える。激しい打ち込みがあったのだろうか、角の頭がすっかり丸くなっていた。まあ、角とはそういうものだ。これから始まる物語を思い描きながら、1枚1枚魂を込めて磨く。
 1枚の香が私の手を止めた。頭がすり減って丸くなっていた。もはやどちらが前かわからない。

「お前は駄目だ」
 角や桂馬はよくても香は許せない。
 私は筆箱から勇者の彫刻刀を取り出して香を研いだ。こういう事態も起こり得るから、時間には余裕を持って準備を始めるのが定跡だ。研ぐほどに香車はらしくなって行く。前だけなら飛車にだって負けない。

「明日を目指せ」
 香車に筋を語り、私は更に磨きをかけた。

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逆算プロフェッショナル

2021-04-25 10:38:00 | 将棋の時間
「私なんかはプロですから、朝7時に起きよう思ったら前の晩から目覚まし時計セットしときまんねん」
「ほう。普通ですな」
「まあ鳴りよりへんかったけどな」
「電池切れかいな。逆算が足らんのんちゃうか」

「でもまあそこは体が緊張して起きよる。眠りが浅いねん」
「私もプロやからね、カップ麺作るぞーとなったらお湯を注ぐ3分前に逆算してお湯沸かしまんねん」
「何分前でもよろしいわ。3分待ったらしまいや。私なんか昼にカレーうどん食うとなったら、前の日から逆算して黒いシャツにアイロンしますねん」
「そんなんせんでよろしい。エプロンしたらしまいや。私もプロやから、次の日体力使うでーなったら前の晩にジョギングしまんねん」

「なんやそれ。逆算できてまへんでそんな泥縄は。私なんかそこはしっかりしてますから、そろそろ脚つりそうやな思ったら、逆算してちょっと前に廊下に出ますんや」
「無茶普通やね。逆算にもなってへん。私はちゃんとしたプロやから、そろそろ新しい仲間来るでーなったらちょっと他の駒を寄せて駒台にスペース空けんねん。読みちゅうもんは逆算と仮定の話やからね」

「そりゃ日常の動作ですわ。私はもうすべてが逆算ですから、そろそろ詰まされそうやな思ったらすかさずマスクつけますんや」
「いやあんた王様詰まされる前に投げるのがプロちゃうか。私はもう慣れてますから、その時に言うべき言葉をお風呂で練習してまんねん。今日は言う必要ないけどもな」
「ふんっ。逆算できてへんな」
「その内わかりますわ」


「それでは時間になりましたので対局を始めてください」

「お願いします」

「お願いします」

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愛の封じ手

2021-04-12 10:15:00 | 将棋の時間
「矢倉がお好きなんですね」
「ええ、まあ……」

 年中矢倉戦法を採用しておいて、嫌いとは言えない。勝率だって悪くはなかったが、私が本当に好きなのは四間飛車だった。振り飛車のさばきに昔から強い憧れを持っていた。囲いだって美濃囲いが堅いと思うし、銀冠は何よりも優れていると思う。

(あの先生のようにさばけたら……)

 華麗なさばきで飛車や角や左桂を自在に操る。守っても粘り強く戦って美濃囲いを維持する。
 私も憧れから振ってみたことはある。
 しかし、どうにもさばけなかった。何度やっても飛車角は押さえ込まれてしまう。粘り強く指そうとしても、美濃囲いは脆く崩れ去ってしまう。私が指すことによって、どんどん(好きな振り飛車)のイメージから離れて行ってしまう。私はそれには耐えられなかった。
 さばく才能はないけれど、矢倉に構えてじっくりと戦うことはできる。少しずつポイントを上げたり、陣形を組み立てることはできる。
 生きて行くために、私は一番好きなものを封じなければならなかった。

(きっと誰だってそうではないだろうか)

 来月は矢倉党の党首選挙がある。
 どうか誰も私を推さないでもらいたいものだ。
 仕方なく勝っているけれど……、

「本当に好きなものは違うんだよ」

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指先から不安

2021-04-07 17:01:00 | 将棋の時間
 未知の脳を持った男が目の前に座っている。いったい何を考えているのだろう。わからないことへの不安で私の胸は高鳴っている。けれども、男と私との間にある分厚い盤が盾となって私を守ってくれている。そして、心強いスペックを持った仲間たちがいま盤上にまかれつつあった。歩が私を前へと運んでくれる。金銀が密になって私の大切なものを守ってくれる。角さんが遠い未来を見通して、あらゆる問題をさばいてくれる。

 スタートを待つ間は不安だ。

 少し前はもっと不安だった。相手がくるかわからない。電車を間違えるかわからない。財布を持っているかわからない。朝目覚めるかわからない。夜眠れるかわからない。いつになるかわからない。始まるかわからない。不安の波を乗り越えてなんとかここまでたどり着いた。
 あと少し……。

「それでは対局をはじめてください」
「お願いします」

 私は迷わず飛車先を伸ばした。
 指先からすーっと不安が抜けていく。
 わからないことはまだまだたくさんあるけれど、今は道筋がみえている。あとは自分の読みを信じるだけだった。

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身近な神さま ~4一銀と現代将棋

2021-03-29 06:33:00 | 将棋の時間
・プロらしい一手

 4一銀は実にプロらしい一手だと思う。
 私の考えるプロとは、
 「当たり前のような順路で足を止められる人」である。
 駒が当たっている局面で、何も考えずに取ったり逃げたりするようなプロはいない。そこしかないというタイミングでプロはギリギリ利かそうとする。駒が生きている(利いている)時間いっぱいに最後の仕事をさせようとする。利かすと言っても4一銀はただ捨てであるし、どう見ても普通の手ではない。凡人が発想できないところに手が伸びる名手だ。



・終盤らしい一手

 駒の損得から寄せの速度へとギアチェンジする。4一銀はそうした終盤らしい一手だ。この手を見て詰将棋を思い出した人も多いだろう。4一銀は詰将棋の焦点の捨て駒なのだ。同玉と応じればまだ生きている飛車の縦利きを利用して3二金と拠点を築くことができ、本譜のように同金ならば玉の退路を予め封鎖することができる。
(口には出さないだろうけど、詰将棋の得意な棋士の何人かはこの4一銀が第一感に見えたはずだ)
 


・人間の指す手も変わって行く

 神の一手、それが並の人間の発想を超える手を指すとすれば、私たちは毎日のように神の手に触れているようなものだ。それくらいに今はAIソフトの存在は身近なものになっている。一昔前なら無筋と一蹴されるような手も、ソフトが良いと言えばそういうものかと納得する。実力が上回っている以上、人間の想像を超える新しいものを学んでいく姿勢は自然だろう。そうして私たちの目は慣れ、感覚も変化(進化)して行くのではないだろうか。
 ソフトの第一候補手が神の一手になるかと言えば、そこには矛盾も潜んでいるように思われる。AIは未だ発展途上である。(現代は過信できない)

「並の人間には指せない」本当の理由

 4一銀は詰将棋の愛好家が指せそうな手である。また、秒に追われていて他に手段がないという状況で指してしまいそうな手である。
 4一銀が指せそうにないのは、その発想の鋭さの他に、読みの問題があるからではないだろうか。次の一手のクイズなら、多分これで勝ちなのだろうなくらいの感覚で答えることはできる。プロの実戦では、だいたいは通用しない。残り時間と相談しながら読みの裏付けを取らなければならない。4一銀以下の変化はとても複雑で詰む詰まないの部分だけを見ても簡単なものではない。もしもその1つの変化にでも傷があれば、4一銀自体が成立しなくなる。(たくさん読んだけど結果駄目だった。言ってみればそれは捨て読みになる)人間は数秒の内に何億手も読めるソフトとは違うのだ。体力には限界がある。
 発想自体も並ではないが、その先に本当に踏み込もうとすること、正確に読み切れてしまうことまでも含めて、「とても指せないな」という感想は正直なところだろう。




・強手を振り返りながら

 個人的に受けたインパクトという点では少し前の「7七飛車成」と受けの歩を食いちぎって寄せに入る一手が勝る。それはあまりに単純で理屈がわかりやすくていい。

 4一銀は素晴らしい一手ではあるが、神の一手ではない。

 皆が疑いもなくそう呼ぶようになっては、誰も勝てないのではないか。それではつまらないだろう。競うものがあってこそわくわくする。

「君たちもっと頑張れよ」

 遙かなる高みより神さまがささやく声が聞こえてくる。

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勇者の一手

2021-03-28 10:44:00 | 将棋の時間
【短歌】勇者の一手

勝ち負けに勝る宇宙の探究に捧げた桂の跳躍ロマン

手の尽きたはずの相手がラッシュする 穴熊ならば勝てていたのに

恋をした君の向かいに振り出せば私はいつも逆転の将

リプレイが明白にする敗着を見つめる君は明日の勇者





【夢】遅刻、反則、退場

「お前が後手じゃ」

 声がしてからずっと通信が遅れて対局に入ることができなかった。数秒後にようやく入れた時には、既に何者かによって駒が動かされていた。初形からではなく、全く未知の局面から始めるというのは気が進まないが、始まっているからには指さねばならない。そこに見えるのは定跡からは遙かにかけ離れた大乱戦だった。非常識に端に駒が渋滞して柱になっているその中には既に幾つかの成駒が交じっていた。
 僕は効率化を図りながら端の駒をさばき中央に寄せていく。その途中で、明らかに二歩になっている部分を見つけてしまった。しかし、それは僕自身が指した手ではないのだ。
 少しの後ろめたさを引きずりながら僕は歩を成り捨てた。
 大渋滞が解消されるとまもなく勝ち筋になった。
 相手には全く有効な手段がないのではと思えた。

(通信不調?)

 その時、相手は不調に陥った。それきり戻ることはなかった。
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先生の指

2021-03-17 13:26:00 | 将棋の時間
 僕は駒台の上にいる。
 こんなことでは宝の持ち腐れだ。
「我が先生は寄せを知っているのか」
 僕の隣の金将は黙っていた。
「もう向こうに行きたいよ」
「お前なんてどこに行っても同じだぞ」
 隣の桂が食ってかかってきた。
「それはどういう意味だ?」
 みんな狭い駒台の上でストレスを溜め込んでいた。
 
 僕はこんな狭い場所で終わるのだろうか。
 この広い盤上に僕の活躍する場所はないのだろうか。
「我が先生は寄せを知らないの」
 一番隅っこにいる歩が小声でつぶやいた。
 やっぱりそうかも知れないね。
 戦力を増やすことは有効な手段であって、最終目的ではない。もしも、それを正しく理解していなければ、永遠に覇者にはなれない。
「駒を取ることしか知らないんだから」
 
 あふれるほどの駒台に置かれたまま、僕はすっかり忘れられていた。僕らはここに運ばれてくる一方で、ここから飛び立つものは誰もいない。表舞台から離れたここはまるで倉庫みたいだ。
「きっとこのまま終わるんだ」
 隣の金将は黙ったままだった。
 僕らがずっとこのまま動かずに終わること。それは敗北を意味する。残念なことに……。
「我が先生は勝ち方を知らない」
「いいえ。私たちは大事にされているのよ」
 香車が地の底から突き上げるように言った。
 
 僕が駒台にきたのは午前のことだ。定跡から少し離れたところ、棋譜の上には同銀と記録されている。僕はベクトルを変えて、我が先生の元へやってきた。激しい展開が予想された。活躍の機会はいくらでも訪れるだろう。(最終的に僕がどちらを向いていてもいい)棋譜は進み時間は消費された。しかし、僕の期待は裏切られることになった。取ることはあっても、使うことを知らない。そんな我が先生の駒台の上にいると、僕はもう自分本来の利きさえも忘れてしまいそうだ。
「僕って斜めに下がれたっけ?」
 あふれんばかりになった僕らが一斉に投じられる瞬間、我が先生は頭を下げることになるのだろうか。
(大事にされているだけ)
 もしも、あの香車の言葉が本当だったら……。
 出番は最後の最後にやってくるのかもしれない。それは本当に大事な時だ。いや、きっとそれは幻想だ。
 
 我が先生の細い指が近づく。僕の隣の金将に触れた。つかんだのではない。そっと触れてずらしたのだ。微かなスペースが僕の隣にできた。
「誰かくる」
 また新しい戦力がこの駒台にやってくる。
「もう乗り切れないぞ!」
 角さんの叫びは盤上までは響かない。
 我が先生の指だけが僕らの未来を決めるのだ。
 

 

フィッシャールール将棋(AbemaTVトーナメント)の魅力|ロボモフ|note

 将棋は筋書きのないドラマである。つまり、将棋はスポーツである。長時間の対局では、脳に多くの汗をかき、その分だけ大量の水分補給が必要になる...

note(ノート)

 

 

 
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コールドゲーム(手番の生かし方)

2021-03-15 09:53:00 | 将棋の時間
 駒の損得はほぼ互角だ。駒の働きは敵の角が隠居しているのに対して、私の角は攻防に利いている。玉の堅さは相手の方が上回っているが、私の方が左右に逃げ道がある。手番は私だ。(これが何よりも大きい)
 背筋の伸びは相手が猫のように丸まっているのに対して、私は少しは伸びているのではないか。顔の長さにおいては私の方が香車一枚ほど長い。眼光の鋭さ、それは計測不能ではないか。私は敵を真似て目を閉じた。その方がより一層盤面が鮮明に見える。邪念が生じないからだ。持ちおやつの数はどうか。相手はフリスクのようなものしか持っていない。それに比べ私は、グミ、サンミー、カントリーマアム、クランキー、それにカロリーメイトまであるではないか。総合的に判断して私は優勢と局面をみていた。

 次の一手はもう心に決めてある。読むほどにどうやらそれは悪手であることがはっきりしてきた。次の一手を境に挽回不能に陥ることが予想される。だが、私はどうしてもこの桂を跳ねねばならない。(跳ねるのが好きなんだもん)
 私がはっきりと優勢なのは「今」が最後かもしれない。
 私は手番を生かして窓の外を眺めた。雨足が一段と激しさを増している。敵が小さくため息をついた。

(コールドゲームにしませんか)

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とことん将棋

2021-03-02 10:35:00 | 将棋の時間
 あるところまで行くと敵は突然強くなった。レベルが上がると対戦者は魔神になるのだろうか。すべてを見透かされているように、狙いの裏を取られる。難しい局面が私の手を止めた。私は将棋の時間の中にいた。
(簡単には勝てないんだな)
 自分の読みの甘さを痛感する。しかし、簡単にあきらめるわけにはいかない。第一感の手は成立しない。第二、第三の手もまるで論外だ。普通の手では、窮地を脱することはできそうもない。ふー……。
 ため息の深さが形勢を物語る。このままでは終われない。

「あの銀を……」
 瀕死の銀をどうにかする手はないものか。AIならば潔くあきらめて、他の場所でポイントを得ようとするのかもしれない。しかし、人間は簡単に割り切ることはできない。積み上げてきたものほど守りたい。生きるとは、しがみつくことではないか。「ここまで」とみえるところを、「ここから」と何度思い直すことができるか。逆転の最初の鍵は、私の心が握っている。読んできたすべてを置いてゼロに立ち返ることは簡単じゃない。正しいことだと知った上でも、小学生からやり直すのは嫌なのだ。
 必要なのは、普通ではない「ひねり出した手」。
 ひねり出すためには、苦しい時間を深い霧の中で悩み抜かねばならない。常識が蓋をした無筋を掘り下げて潜り込まなければならない。脇息に額をつけて、闇の奥で棋と話した。迷路の中で足踏みをするな。壁を破って外へ進むのだ。

 無力感を纏いながら私は駆ける。棋理から遠く離れた名もなき街を。持ち駒はいらない。腕にはウォッチが光る。遠くでつながるものもあるから、労を惜しんではならない。汗をかきながら見つけるのだ。子供の頃からそうだった。机の上に広げられた本ではない。偶然どこかに開かれるもの、おかしな姿勢で読む方が入り込めるのだ。街を走る内に一緒に走る仲間が増えた。みんな腕に光るものをつけている。ここはランナーのための街だ。人ばかりではない。犬も猫も兎も、みんな夢中で走って行く。汗とともに、記憶、邪念、本題のようなものが流れ落ちていく。あれは何だった……。私はどこかで約束の人を待っている気がした。それが片づいたら自分のことに専念できる。(そのためにいつも身構えている)約束はいつもすっぽ抜けて行くのに。愚かである。そんなものに心を取っておくなんて。
 ランナーたちが道沿いにある八百屋さんに立ち寄って、りんご、みかん、バナナ、柿……。思い思いに持って行く。戦い抜くための栄養補給。お金も出さずに、頬張り、かじり、走り去っていく。
「サブスクリプションだよ」
 走るほど遠くまで行くことができる。遠くへ行くほど深く読むことができる。真理を探究するだけならずっと走り続けるのだけれど。現実の勝負のために、私は引き返さなければならない。バナナをひとひねりして手にすると、ランナー集団から離れた。

(悪手でもいい)
 異彩を放ってみえさえすればそれでいい。
 惑わされて相手があやまるかもしれない。
 最後にあやまった方が負ける。
 それが私たち人間の戦いだ。
 勝てないかもしれないが……。
 私は飛車にアタックをかけて千日でも絡みつく順を描いていた。

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【短歌】終わりなき駒音

2021-02-24 10:56:00 | 将棋の時間
カテゴリが幕を開いた一日に
短歌は月に着地して鳴る
(折句「かまいたち」短歌)


勝ち切れぬ残り1分手が泳ぎ「必勝だけど切れ負け将棋」

敵に恵まれて始まる対局の最後「やっぱり人間がいい」

駒音が大激戦を物語るフェイク「あいつは夜の爪切り」

理性より愛に流れて四間飛車「マイナス100のハンディをあげる」

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【短歌】まあ一局の将棋

2021-02-22 00:31:00 | 将棋の時間
船囲いからの即席美濃囲い「まあこれはこれ一局ですね」

3八金初手が試した人間性「まあこれはこれ一局ですね」

正座から胡座になって矢倉城「まあこれはこれ一局ですね」

室温の1℃を巡る駆け引きも「まあこれはこれ一局ですね」

桂損と歩切れが見合う新感覚「まあこれはこれ一局ですね」

千日手含みのエンドレスバナナ「まあこれはこれ一局ですね」

襟元にカレーうどんの色をつけ「まあこれはこれ一局ですね」

昼食はマイふりかけにマイライス「まあこれはこれ一局ですね」

鶏肉がなっくなったので他人丼「まあこれはこれ一局ですね」

バターライスを差し替えてカニチャーハン「まあこれはこれ一局ですね」

AIの評価を聞いて自己修正「まあこれはこれ一局ですね」

七色のマスクを脱いですっぴんに「まあこれはこれ一局ですね」

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スパイ角(ルーツ&ツール)

2021-02-20 10:42:00 | 将棋の時間
 この肩の痛みはどこからくるのだろう。
 腕? 首? 頭?
 そう単純なものとも考えにくい。それはもっと複雑な痛みのように思えた。他人の体から、遠い街から、白い雲から、夏の向こうから、癒えぬ悲しみから……。ここからは見えないところから、それは日に日に強さを増しながらやってくる。
 いったいどこから?
 それがわかれば、いくらでも手を打てるのに。

 今度は胸の真ん中にまた違う痛みが襲ってくる。
 それは目の前に正座している名人から受けるプレッシャーかもしれない。今までの相手とは別次元の強さに浮き足だった私は、すべての駒組みで後手を引く形となった。バランスの悪さを突かれ仕掛けを許すと駒損が重なり、中盤では大きな戦力不足に陥った。
 私は援軍の到着を待っていた。

 15時。
 おやつを運んできたのは女スパイ。
 名人に気づかれないように、私は特別な細工が施されたマカロンを開く。中に仕込んであるのは飛び道具一式だ。これがあれば形勢挽回は可能だ。和服の袖に潜ませながら、無事に駒台へ移動することに成功した。
 マカロンの食べられる部分を美味しくいただき、コーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせた。一気に充実した戦力。もはや憂いはない。

(逆襲の一手は決まった)

 私は新しく加わった角を駒台からつかみ取ると2度、3度空打ちしてから、敵陣深くに打ち込んだ。
 6一角!

「先生その角は……」
 記録係がタブレットを持ちながら身を乗り出していた。

「その角はどこから来ましたか?」
「あそこだよ」
 そう言って私は未来を指す。
 名人は頭を抱え長考に沈んだ。

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