年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

皇帝ホンタイジ-4

2007-06-13 | フォトエッセイ&短歌
你好<ニハオ>東北紀行
 今回の満鉄の旅<満州>は遼寧(りょうねい)省・吉林(きつりん)省・黒竜江(こくりゅうこう)省の東北3省を貫く旅である。瀋陽(しんよう)は遼寧省の省都で東北3省の最大の都市(日本統治時代の奉天:ほうてん)である。政治・経済の拠点都市であるとともに国家歴史文化名城に指定される観光都市でもある。30の民族が生活しているので文化の多様性もさることながら清王朝発祥の地で歴史遺産も豊富である。
 明朝の末期、女真族のヌルハチが周辺部族を統率し中国北部に進出し金朝を立てる。その子ホンタイジは満州を支配下に治め朝鮮の李氏を服属させと国号を「清」(1616~1911)と改め都をこの盛京(瀋陽)に置き皇帝の位についた。1644年、首都を北京に移す。

 瀋陽故宮(しんようこきゅう)はヌルハチとホンタイジの皇居で建築様式は漢民族、満州民族、蒙古民族の様式が融合していると言われ2004年に世界文化遺産に登録された。
 後に都を北京に移し大清帝国を築く。広大な領土にかくも長期にわたって平和が続き、文化が栄えた事は世界史上も珍しいとされ、文化大革命にも破戒を免れ整備・保存が継続している。故宮鳳凰楼に50mはある横断幕が遠慮もなく廻らされているのがいかにも中国的だ。


「虎は死して皮を留め人は死して名を残す」というが、どうも名前だけではおさまらない。清朝初代皇帝ホンタイジの陵墓も330万㎡、正門から墓所までとても歩ききれないので専用カートが走り回っている。造営期間は1643~1651の8年間、1949年の中華人民共和国成立後も整備が続けられている。建物の後方の丸いのが墓の本体である。



石造彫刻が施された見事な正門。地震が無いので石造建築物の倒壊の心配が無いとか…