泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

記紀・万葉ゆかりの地「奈良県今木の里(大淀町)」歴史散策

2020年11月08日 19時58分58秒 | 歴史

奈良時代に編集された「日本書紀」や「万葉集」には、奈良県大淀町(おおよどちょう)付近の地名や風景が登場します。大淀町の西の端にある「今木」も、吉野を代表する記紀・万葉ゆかりの地のひとつです。

秋の一日、のんびりと「今木」の里を歴史散策してきました。

今回は、記紀・万葉ゆかりの地「奈良県今木の里(大淀町)」歴史散策の様子を紹介したいと思います。

(行程)

近鉄吉野口ー保久良古墳ー坂合黒彦皇子墓ー甲(かぶと)神社ー泉徳寺ー近鉄吉野口

   

〇大淀町今木にある「保久良古墳」は、大淀町の西の端にある古代のお墓です。近鉄・JR吉野口駅から国道309号線沿いに今木方面へ徒歩20分の道路沿いの丘陵にあります。

「保久良古墳」は、地元では「建皇子」の殯(もがり)塚として知られています。
「建皇子(タケルオウ・タケルノミコ)」は、天智天皇と越智娘の皇子で、皇極(斉明)天皇の皇孫で、生まれつき声が出せず、8歳で亡くなったと伝えます。「建皇子」を愛した女帝斉明は、その晩年に「建皇子」を失った悲しみを歌にし、自らの墓に彼を合葬するようにと言い残しました。(日本書紀)

   「いまきなる おむれがうへに くもだにも しるくしたたば なにかなげかむ」

この歌に登場する「イマキ」が、当町今木地区の地名の由来になっています。
その後、斉明天皇の陵墓は「小市(越智)」に造られました。「建皇子」がそこへ合葬されたのかどうかは記録になく不明ですが、そのなきがらを置いた「殯(もがりの場)」が「今城谷上」に起こされたと伝えます。
この古墳は、南向きに開いた横穴式石室をもつ直径約15m、高さ約4mの円墳で、石室には花崗閃緑岩が用いられています。墳丘西側から南側裾部にかけて、外護列石(墳丘の土留めの役割を果たす積石)がみつかっています。7世紀前半の横穴式石室墳です。また、江戸時代中期以降、地元今木地域の人々が飛鳥時代の王族の殯塚伝承を伝えてきた古墳としても貴重です。2012年に、町指定の文化財となりました。

ところで、明日香村の今城谷には「鬼の雪隠・俎板古墳」があるのですがこの古墳の被葬者は、斉明天皇と孫の建皇子ではないかとも言われています。大淀町今木にある「保久良古墳」は、明日香村からやや離れていますが、はたして「建皇子」のなきがらを置いた「殯(もがりの場)」だったのでしょうか・・・

                

〇「保久良古墳」から徒歩約10分位の所にある「坂合黒彦皇子墓」は、「日本書紀」によると「坂合黒彦皇子」は、允恭天皇(黒彦皇子の父)を殺害した幼い眉輪王(まゆわおう)(允恭天皇に殺された大草香皇子の子)をかばって、大泊瀬皇子(黒彦皇子の弟・後の雄略天皇)の怒りを買い、彼に味方した葛城の円大臣(つぶらのおおきみ)や眉輪王とともに殺され、「新漢槻本南丘」に合葬されたとあります。現在宮内庁の管理する「坂合黒彦皇子墓」は、江戸時代に今木字ジヲの地に比定されたものです。御陵の伝承は、古代史の謎とあいまって深い霧につつまれたまま、当地に残されています。ロマンいっぱいの、「坂合黒彦皇子墓」ですね・・・

      

〇「甲(かぶと)神社」は、 古来「入鹿大明神」とも称し御神体も三神像のほか蘇我入鹿の甲と鎧を祀ると伝えられているようです。地元の伝えでは飛鳥時代に、中大兄皇子(後の天智天皇)によって滅ぼされた蘇我入鹿の甲(かぶと)が祀られていると伝わります。明日香村から離れた今木の里に、蘇我入鹿の甲(かぶと)が祀られているとは知りませんでした。

   

〇「泉徳寺」は、飛鳥時代の「役行者」の建立とされています。近世までは、全国から集まった修験者たちはここで厳しい修業を積みながら大峯山を目指したようです。「泉徳寺」境内の仁王門前には、大淀町唯一の金剛力士像があります。門をくぐり石段を上ったところの「蔵王権現堂」には、室町時代後期に備中の女性が奉納した石仏群が祭られ、県内唯一の石造の蔵王権現像が安置されています。また、堂外にも石仏が12体あり、いずれも町の有形民俗文化財とされています。この場所は、如何にも「今木の里」らしいところでした。

お昼は、近鉄吉野口駅前にある弁当屋さん名物の時雨煮が入った「きぬ巻き」を買ってたべました。とても美味しかったです。

初めて訪れた「今木の里」、秋の一日のんびりと歩きながらの歴史散策は、とても気持ちがよかったですよ!

              

 

 
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