泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

茨城県の隠れた名所「回天神社・大串貝塚・水戸大師六地蔵寺」

2021年05月30日 12時11分57秒 | 旅行

前回は、茨城県の古墳探訪の様子を紹介しました。関東の古墳を見るのは、初めてでしたのでとても興味深く古墳探訪ができました。古墳探訪をしている時に、色々な史跡等も訪ねてみました。

ここでちょっと一息、茨城県の隠れた名所をいくつか散策してきましたので紹介したいと思います。

今回は、茨城県の隠れた名所「回天神社・大串貝塚・水戸大師六地蔵寺」を紹介したいと思います。

〇茨城県水戸市にある「回天神社」は、幕末の動乱期に安政の大獄、桜田門外の変、東禅寺事件、坂下門外の変、天狗党の乱、会津戦争などで没した水戸藩士1785名を祀る神社です。1989年に常磐神社境内から、天狗党の志士が降伏後に牢居していた鰊倉の「回天館」が移築され、翌年、水戸藩士以外の殉難者21柱が合祀され、鎮魂碑が建てられました。「回天館」の柱と梁の一部や瓦に当時の材が使われ、扉や板壁などに志士の血書の文字が残っています。

また、すぐ近くには時代劇「水戸黄門」のお付きの挌さんのモデルとなった「安積覚兵衛」のお墓もありました。前回紹介しました「ロマンチック・ゾーン」にあり、「愛宕山古墳」から徒歩約15位の所にあります。

古代史と共に、幕末の歴史にも興味を持っていたので、大変興味深く歴史散策することができました!

          

〇茨城県水戸市にある「大串貝塚」(国指定史跡)は、縄文時代前期(約5000年以上前)に形成されたといわれています。奈良時代に編さんされた「常陸国風土記」に記載があり、文献に記録された貝塚としては世界で最も古く、これにまつわる巨人伝説とともに有名です。
現在、貝塚の周辺は「大串貝塚ふれあい公園」として整備され、高さ15メートルの巨人像「ダイダラボウ」、貝塚の様子を見ることができる「貝層断面観覧施設」や縄文人の暮らしを紹介した「縄文くらしの四季館」などの施設があります。「大串貝塚」がある場所は、地元の人が散歩するような公園として整備されていました。また、遠くからも見える巨人像「ダイダラボウ」は、中に入ることもできます。巨人像「ダイダラボウ」の伝説は、日本各地にもあるということをはじめて知りました!

                  

〇茨城県水戸市にある「水戸大師六地蔵寺」は、創建は807年ごろといわれています。境内には、重要文化財である「法宝蔵」や、室町時代末期に建てられた四脚門等があります。このお寺は、水戸藩第2代藩主徳川光圀公ゆかりの寺で、境内に残る法宝蔵は光圀公が建立しました。また、樹齢200年の見事なシダレザクラは、光圀公が鑑賞した桜の子孫といわれており、桜の名所になっています。また、樹齢1,100年を越える大杉や800年の大銀杏もあります。茨城100景になっている「水戸大師六地蔵寺」は、とても静寂なお寺でした!

茨城県水戸市に何度か行く機会があり、古墳を中心に色々な所を散策してきました。今回紹介した場所は、観光地ではありませんが、茨城県の隠れた名所のひとつではないかと思います。

何回か訪れた茨城県水戸市は、町がゆったりとしており海も近くにあって食べ物等もとても美味しかったです。とても住みやすそうな町でした。また、訪ねてみたいと思っています

                         

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茨城県では最大級の「愛宕山古墳」探訪(最終回)

2021年05月27日 11時22分28秒 | 旅行

茨城県の「古墳探訪」シリーズも、いよいよ最終回となりました。前回は「茨城県の磯浜古墳群」を紹介しました。

今回は、茨城県では最大級の「愛宕山古墳」探訪(最終回)の様子を紹介したいと思います。

茨城県水戸市愛宕町にある「愛宕山古墳(あたごやまこふん)」は、前方後円墳で国の史跡に指定されています。5世紀初頭の築造と考えられていて、那珂川の西岸に展開する河岸丘上に立地する墳丘です。全長136.5mに達する大きな前方後円墳で、茨城県内では最大級の前方後円墳です。副葬遺物については、後円部墳頂および裾部から大形の円筒埴輪が発見されたことから、3~4列に及ぶ埴輪列が存することが推定されています。この古墳の被葬者は、古代「仲国」の初祖建借間命(たけかしまのみこと)の墓であると考えられています。

現在、後円部上には「愛宕神社」が鎮座しています。前方部には、菅原道真公を祭る祠があります。主軸線上に参道が前方部に続いており、石段が設けられ、後円部西側にも設けられています。築造当時の面影を充分に伝えてくれる古墳です。

古墳に上がって周囲を散策してみると、前方後円墳の形がよく残っているのがわかりました。周りは住宅地になっており、よく現在まで残っていたと感心しました。古代より、とても大切にされていたのでしょうね。また、この古墳の近くには幕末関係の史跡等があり「ロマンチック・ゾーン」として整備されています。半日位かけて、歴史散策してきました。

今回の茨城県の古墳探訪は、大和地域とは歴史的背景の違いもあって、色々と勉強になりました。また機会があれば、地図を片手に探しに行きたいと思っています!

           

 



 

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国の史跡に指定されることになった「茨城県の磯浜古墳群」探訪(3)

2021年05月24日 20時39分16秒 | 旅行

茨城県の「古墳探訪」シリーズ、前回は「茨城県のくれふしの里古墳公園」を紹介しました。

今回は、国の史跡に指定されることになった「茨城県の磯浜古墳群」探訪(3)を紹介したいと思います。

茨城県大洗町磯浜町の「磯浜古墳群」が、2020年に新たに国の史跡に指定されることになりました。この磯浜古墳群は、太平洋に注ぎ込む那珂川河口から南西約3km、鹿島台地の北端近くに位置する古墳時代前期から中期初頭の古墳群です。海のそばの丘陵地にある、古墳群です。

「磯浜古墳群」は、前方後円墳や円墳など形の違う六つの古墳からなります。形や大きさが異なる古墳が1カ所に集中しているのは珍しく、学術的な価値が高いと判断されたようです。その、いくつかを紹介したいと思います。

「日下ケ塚(ひさげづか)古墳」(全長101メートルの前方後方墳)、「姫塚古墳」(全長29メートルの前方後方墳)、「車塚古墳」(直径88メートルの円墳)、「坊主山古墳」(墳長約60mの前方後円墳)は、いずれも3世紀中頃から4世紀の古墳時代築造されたとみられています。

この古墳群の中では一番大きな「日下ヶ塚古墳」では、長大な粘土槨が確認され内行花文鏡や変形四獣鏡、石製模造品、玉類、鉄製品、木製櫛など4000点に及ぶ副葬品が出土して、ヤマト政権との密接な関係が想定される古墳時代前期後葉の代表的な前方後円墳であると考えられています。発掘調査の結果、勾玉(まがたま)や青銅製の鏡、石製の模造品など副葬品約4千点が出土しています。特に石製の模造品は奈良で出土したものとうり二つで、ヤマト政権と密接な関係にあったとみられています。

「磯浜古墳群」が、国の史跡に指定されると知り、大洗町教育委員会に資料等を貰いに行ったのですが、なんと新進気鋭の若い学芸員さんが直接案内をしていただき、しかも説明までしていただきました。

古墳探訪のなかで、「坊主山古墳」だけは丁度発掘調査がおこなわれていて中に入って見ることができませんでした。他の古墳は、丘陵の住宅地にあり看板等もあって近くで見ることができました。特に、巨大な円墳である「車塚古墳」は入り口に柵がしてありましたが、自由に入ることができました。三段築成の円墳ですが、斜面には当時のものと思われる拳大の礫や埴輪のかけら?と思われる物もみうけられました。「磯浜古墳群」は、古墳時代前期から中期初頭までの古墳が1カ所に集中していて、大変珍しい古墳群を見ることができました。ご親切にも学芸員さんに案内していただき、説明までしていただきました。とありがとうございました!

〇「日下ケ塚(ひさげづか)古墳」(全長101メートルの前方後方墳)

          

〇「姫塚古墳」(全長29メートルの前方後方墳)

    

〇「車塚古墳」(直径88メートルの円墳)

           

     

〇「坊主山古墳」(墳長約60mの前方後円墳)

   

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巨大な埴輪のモニュメントがある「茨城県のくれふしの里古墳公園」探訪(2)

2021年05月21日 20時47分15秒 | 旅行

昨年、茨城県水戸市に行く機会があり古墳が大好きなので、茨城県にある色々な古墳探訪をしてきました。

前回は、茨城県ひたちなか市にある「虎塚古墳 (とらづかこふん)」を紹介しました。

今回は水戸市にある、巨大な埴輪のモニュメントがある「茨城県のくれふしの里古墳公園」探訪(2)の様子を紹介したいと思います。

茨城県水戸市牛伏町にある「くれふしの里古墳公園」は、巨大埴輪「はに丸タワー」が目印の不思議空間のある古墳公園です。この公園には、前方後円墳6基、帆立貝形前方後円墳1基、円墳9基で構成されており、ごく狭い範囲に多数の前方後円墳が集中するユニークな古墳群です。市内から、車で約30分位の所にあります。

この古墳群の正式名称は、「牛伏古墳群」といいます。16基ある古墳の中でも、駐車場から一番近い「牛伏4号墳」はとてもよく復元・整備されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。

この「牛伏4号墳」は、出土された埴輪やその他の特徴から、古墳時代後期後半の6世紀後半頃と推定されます。高さは6~7メートルありますが、階段があるので上にのぼることができます。

この公園はとても良く整備されており、丘陵の一ヶ所に色々な形態の古墳があり、とても興味深く古墳探訪ができました。古墳好きな方には、お勧めです!

                      

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地下に眠る赤いミステリー「茨城県にある虎塚古墳(とらづかこふん)」探訪(1)

2021年05月17日 20時39分52秒 | 旅行

「不思議な古墳の大特集」ということで、5月4日にテレビ(nhk)で放映されました。古墳好きな私は、どのような古墳が紹介されるか楽しみに視聴しました。紹介されたいくつかの古墳のなかで、ゲストが選んだ古墳が茨城県にある「虎塚古墳」でした。

偶然にも、昨年に茨城県水戸市に行く機会があり「虎塚古墳」を見学してきた古墳でした。

せっかくなので、これから少々飛鳥を離れて茨城県にある古墳探訪の様子を紹介したいと思います。

今回は、地下に眠る赤いミステリー「茨城県にある虎塚古墳(とらづかこふん)」探訪(1)を紹介したいと思います。

茨城県ひたちなか市にある「虎塚古墳 (とらづかこふん)」は、 国指定文化財史跡で東日本を代表する装飾古墳です。石室に絵が書かれた装飾古墳は、北部九州に多い事はよく知られていますが、福島、茨城、宮城など東国にも分布しているようです。北部九州にある装飾古墳については、以前に不弥国(ふみこく)国を歩く「国内にある装飾古墳・王塚古墳」(219年10月29日)で紹介させていただきました。

「虎塚古墳 (とらづかこふん)」は、古墳時代後期の7世紀初頭に築造された墳丘全長56.5m、後円部径32.5m前方部幅38.5m、高さ5.5mの前方後円墳です。
1973年の発掘調査で、後円部の横穴式石室から凝灰岩(ぎょうかいがん)の上に白色粘土を下塗りした上に、顔料のベンガラ(酸化鉄)で描かれた彩色壁画が発見されて話題になりました。
石室内部からは、成人男子の遺骸(いがい)1体と、小太刀・刀子(とうす)・やりがんな・鉄鏃(てつぞく)などの副葬品が検出されました。
壁画は、連続三角文・環状文・円文などの幾何学文や、槍・太刀・靱(ゆき)・楯などの武器・武具や首飾り・馬具などが描かれ、東日本を代表する華麗な幾何学的文様がある装飾古墳です。また、隣接する埋蔵文化財調査センターでは、石室壁画のレプリカや石室からの副葬品等展示され見ることができます。北部九州にある装飾古墳は、何度か見に行ったことがあったのですが、関東(茨城県ひたちなか市)や東北地域にも存在することさえも知りませんでした。

確かに、北部九州にある幾何学的文様がある装飾古墳とよく似ていました。はたして、九州の人がここまでやって来て住みつき造ったのでしょうか・・・

まさかあの時見学した「虎塚古墳」が、「不思議な古墳の大特集」で選ばれるとは思ってもいませんでした! 茨城県には、多くの古墳があり見学してきましたので、これからいくつか紹介したいと思います。

                  

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