泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

神々の里 「晩秋の葛城古道」

2016年11月28日 15時16分33秒 | 散歩

葛城古道」(かつらぎこどう)は、奈良県と大阪府の県境にそびえる金剛山と葛城山の東側 の山裾に沿って南北に続く奈良県内の古道です。

大和と河内にまたがる金剛山と葛城山の連山は、古代から神々が鎮座する聖なる山です。久しぶりに、数々の神話の舞台となった神々の里を散策しました。

今回は、神々の里「晩秋の葛城古道」を紹介したいと思います。

この山の東裾野一帯は、大和朝廷よりもはるか以前に栄えていた「葛城王朝」の故地であった所です。

ここに古代の道として知られる、「葛城古道」があります。近鉄御所(ごせ)駅の西側、鴨山口神社から風の森峠のあたりまで全長約13kmが、「葛城古道」と呼ばれている散策コースです。

南北に延びる葛木古道一帯は、1600年以上も昔に、大和朝廷を支え興隆した古代豪族の「葛城氏」や、もっと昔には、「鴨氏」の本拠地だったところです。

(散策コース)

  高鴨神社ー高天彦神社ー高天原ー橋本院ー一言主神社

この地方の豪族鴨氏の氏神の社が「高鴨神社」です。京都の賀茂上下社もここが本家です。 境内にはうっそうと茂る老杉に囲まれ、時を忘れてしまいそうな静けさです。 重文の本殿は桧皮ぶきの室町時代の建物です。紅葉がとても綺麗でした。

 高天彦神社へ向かう途中にあるのが「高天原」です。金剛山中腹に位置し、「橋本院」付近水田地帯一帯の高原台地です。 人里とも街道とも隔離された状況が「高天原伝承地」にふさわしい風情をかもしています。

豪族葛城氏の祖神を祀り、背後の美しい円錐形の山がご神体の「高天彦神社」です。 参道をおおう天をつく老杉は神話の時代をほうふつとさせます。

「高天寺橋本院」は奈良時代に元正天皇の勅により行基が開いたとされます。 鑑真和尚も聖武天皇の任命により高天寺の住職になったほど、格式の高い寺院です。 また修験道の祖と崇められる役の行者のこの寺で修行を積んだと伝えられています。「高天寺橋本院」から見る「高天原」の景色は、神話の時代をほうふつとさせる風景ですね。

 葛城の大神、一言主神は願い事をひとことだけ聞いてくれるという「一言主神社神」です。 里の人は「いちごんさん」と呼ぶそうです。 雄略天皇と争った伝説があり、高さ20メートルの大イチョウが黄色く色づいて見事でした。

「葛城古道」は、葛城王朝以来の史跡や農耕文化の営みの跡が、金剛葛城両山麓一帯の扇状地に広がっています。

豊かな自然に触れるとともにダイナミックな眺望を楽しむことができる「葛城古道」は、「山の辺の道」と共に大好きな古道です!

                                                               


 

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「第28回  たかとり城まつり」

2016年11月24日 19時58分05秒 | 散歩

奈良県高市郡高取町において、11月23日に「第28回 たかとり城まつり」が行われました。

日本百名城に認定された、日本一の山城「高取城」の城下町一帯を舞台に繰り広げる秋の祭典です。

今回は、「第28回 たかとり城まつり」の様子を紹介したいと思います。

かつての城下町筋(土佐街道)での「時代行列」をメインとして、フリーマーケットや模擬店、火縄銃の実演・居合の演武などのアトラクションが行われ、毎年大勢の人が訪れる高取町の大きなイベントです。

メイン会場では、迫力満点の火縄銃の実演や各種踊り、居合、殺陣などが演舞されました。午後からは、鎧武者や奴隊が城下町を練り歩く時代行列が行われ、多くの方が見学に来られていました。

高取町では土佐街道を中心に、春の「町家の雛巡り」・秋の「町家の案山子巡り」・「城まつり」が行われ、どの催し物も多くの方が見学に来られています。

飛鳥とはひと味趣きの違う町あげてのイベントですが、毎年、楽しみにしています!

来年は、「時代行列」に参加してみようかな・・・

                                           

 

 

 

 

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「晩秋の飛鳥の風景と明日香村農林商工祭」

2016年11月20日 16時42分53秒 | 散歩

奈良県明日香村においても、あちらこちらで紅葉が見れる季節となりました。

紅葉のシーズン中、11月19日(土)には国営飛鳥歴史公園 石舞台地区において、 今年で59回目を迎える「明日香村農林商工祭」が開催 されました。

今回は、紅葉に染まる「晩秋の飛鳥の風景と明日香村農林商工祭」の様子を紹介したいと思います。

飛鳥の紅葉は、色々な所で見ることができますが、今回は「高松塚周辺」・「甘樫丘周辺」・奥飛鳥と呼ばれている「稲渕・栢森」を中心に紹介したいと思います。

特に「高松塚周辺」地区にある、文武天皇の古墳ではないかといわれている「中尾山古墳」の紅葉は見事で、飛鳥ならではの紅葉の風景です。

また「明日香村農林商工祭」は、国営飛鳥歴史公園 石舞台地区において、明日香村の農林商工が一同に集まり、明日香村の農林 産物や地場産品が大集合しました。

美味しいものや、楽しいことがいっぱいの催し物で、明日香村がギュっと 集まったイベントでした。多くの方が、新鮮な野菜などを求めに来られていました。

ところで、催し物の中に明日香村で野菜や米等を育てできた作物を、このお祭りに出品する催し物がありました。

今回はじめて、色々と師匠に教わりながら作った「米」を出品したところ、なんと「新人賞」を頂きました。嬉しいやら、恥ずかしいやら複雑な気持ちで表彰式にでました!

これをきっかけに、来年も美味しい米と野菜を育て、多くの方に食べていただけたらと思っています。

「晩秋の飛鳥の風景」を見ながらの散策は、とても気持ちがよかったです。まさに、「日本の原風景」のなかの散策でした。

                                                   

 

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紅葉が見ごろの 「談山神社」

2016年11月14日 19時57分32秒 | 散歩

奈良県桜井市にある「談山神社」は、大和では紅葉の名所としても有名な神社です。「談山神社」は、飛鳥の東方にそびえる多武峰(とうのみね)の山中にたたずむ神社で、「乙巳の変(645年)」の時の中心人物である、中大兄皇子と中臣鎌足の談合の地として知られています。その後、この神社には「藤原鎌足公」が祀られています。

今回は、紅葉が見ごろの「談山神社」を紹介したいと思います。

「談山神社」は、中大兄皇子と中臣鎌足がこの山で国家改新の密談を交わしたことから、「談い(かたらい)山」と呼ばれ、これが社名の起こりとなっています。

鎌足の長男で僧の定恵が唐からの帰国後に、父の墓を摂津安威の地から大和のこの地に移し、十三重塔を造立したのが発祥です。多武峰の山中に、木造で唯一現存している十三重の塔と、大小様々な社殿が配置されています。そのほとんどの建物が重要文化財となっており、見応えがあります。

秋には3000本ものカエデに包まれる美しい情景から、「関西の日光」とも呼ばれています。紅葉が丁度見頃で、とても素晴らしかったです。

紅葉を見ながらの歴史散策、とても楽しい時間でした!

                                    

 

 

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紅葉がまじかな日本三大山城  「高取城」跡

2016年11月08日 10時57分43秒 | 歴史

取城(たかとりじょう)は、奈良県高市郡高取町にある城で、別名「高取山城」ともいいます。江戸時代は、高取藩の藩庁でした。現在、国の史跡に指定されています。

城は、高取町から4キロメートル程南東にあり、標高583メートル、比高350メートルの高取山山上に築かれた山城です。山上に白漆喰塗りの天守や櫓が29棟建て並べられ、城下町より望む姿は「巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城」と謡われました。

日本国内では最大規模の山城で、備中松山城(岡山県)・岩村城(岐阜県)とともに「日本三大山城」の一つに数えられています。1615年の一国一城令の際も重要な山城として破却を免れ、現在に至るまで石垣や石塁が残されています。「高取城」跡には、数多くの櫓跡が残っており、古墳の石等を使ったとされる石垣が見事でした。お城が好きな方は、必見です。

今回は、紅葉まじかな日本三大山城の一つ「高取城」跡について紹介したいと思います。

この「高取城」は江戸期に作られた城主の権威を示すものとして造られたというより、天然の要害を利用して造った実践向きの本格的な山城です。
関ヶ原の戦いの直前に、東軍についた本多氏は西軍の大軍に囲まれますが、この「高取城」に頼って戦い、陥落することは無かったようです。
さらに幕末には天誅組の襲撃を受けましたが、吉村寅太郎率いる約1000人の軍勢をわずか200名の守備兵で撃退しました。まさに実戦も経験した難攻不落の要塞でした。

また、城内にはユニークな表情をした石像『猿石(さるいし)』を見ることができます。丸い顔に丸い目鼻、大きな耳、微笑んでいるような口、まさに猿っぽい表情をした石像です。

実はこの石像は、明日香村・吉備姫王墓にある4体の猿石の兄弟のような存在で、1体だけ高取城に運ばれてしまったようです。数奇な運命をたどった飛鳥時代の石像を、是非とも見学してください。

『猿石(さるいし)』は、二ノ門外、城下町に下る大手筋と岡口門の分岐点にあります。ただ、案内の地図がありませんので城下町に下る大手筋と岡口門の分岐点を探してください。大手門跡から約10分位の所にあります。

制作は、飛鳥時代の斉明朝あたりと推定されます。「高取城」築城の際、石垣に転用するために明日香村から運ばれたと言われています。どうしてこの場所に置かれたのかわかりませんが、郭内と城内の境目を示す「結界石」とした説もあようです。久しぶりに見る『猿石(さるいし)』は、やはり可愛らしい姿をしていました。

「高取城」は紅葉の名所としても有名で、11月中旬からモミジやカエデなどの木々が色付いていきます。

今回は、まだ紅葉には早かったようで残念でしたが、「高取城」から奈良盆地や大峰山系が見れる景色は 、とても素晴らしかったです!

                                                   

 

 

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