日本初の本格的な宮廷庭園跡とされる明日香村の「飛鳥京跡苑池」(国史跡・名勝)に東側で、飛鳥時代に造られたとみられる掘立柱跡が見つかり、7月19日、現地説明会がありました。
今回は、「苑池からの堀跡出土」の様子を撮ってきました。
「苑池」の南東部には天武・持統天皇(7世紀後半)の「皇居」にあたる「飛鳥浄御原宮」などの宮殿エリアが広がり、宮殿と庭園を明確にするための大規模な塀が建っていた可能性があるようです。
発掘調査の結果、調査1区では南北15メートルにわたって柱の穴7個が出土し、柱の穴は1メートル四方の隅丸方形で深さ40~50センチで、柱はすべて抜き取られていました。
柱は、直径20~25センチとみられ、柱間は、2,4~2,7メートルで、掘立柱塀は南北約130メートル以上にわたってつくられた苑池の東側を限る大規模な区画施設であったとみられています。
また、調査2区では石敷が検出されました。中央には南北方向の石組溝があり、この石敷は掘立柱建物にともなうもので、雨落溝として機能していたと考えられるようです。
今回の調査によって、苑池の南東における遺構の実態が明らかになり、この場所には掘立柱建物2棟が配置され、その周囲には石敷が広がり、
さらに苑池の南側と東側を掘立柱塀が取り囲んでいたことがわかったようです。
現地では、「苑池」の広さや「掘立柱塀」の長さがわかるようにロープがめぐらされいて、とてもわかりやすく工夫されていました。
「飛鳥京跡苑池」は、数年後復元されるそうです。とても、楽しみにしています。それにしても、「飛鳥」はロマンいっぱいで、すごく魅力的な所ですね!