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泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

「絵師なり体験!キトラ古墳壁画を描いてみよう」

2025年06月25日 08時03分16秒 | 歴史
  • 奈良県高市郡明日香村阿部山にある「四神の館」の体験学習室において、2025年6月6日に「絵師なり体験!キトラ古墳壁画を描いてみよう」のワークショップに参加しました。その時の様子を、紹介したいと思います。
この催し物は、第35回国宝キトラ古墳壁画公開関連ワークショップです。
キトラ古墳壁画を、当時の描き方を現代風にアレンジして作成するワークショップです。(企画:奈良文化財研究所)
作業の前に、キトラ古墳壁画の主な描き方が説明され、今回のワークショップの流れの説明がありました。
事前に、公開されている朱雀を見ましたので、壁画は朱雀を選んでみました。
作業時間は、1時間半の予定でしたが思った以上に下絵の線を竹串や鉛筆でなぞる作業に時間がとられ、約2時間程かかりました。
約1300年程前に描かれた壁画を、現代風にアレンジして作成しましたがとても難しかったです。
とても貴重な体験をさせていただきました。また、この様な機会があれば是非とも参加したいと思っています!

(作業のながれ)
1 漆喰風ボードの上に念紙を置く
2 転写用の下絵を上に置き、文鎮で紙をおさえる
3 下絵の線を竹串や鉛筆でなぞる
4 転写した線を筆ペンでなぞる
5 絵の具で色を塗る
6 完成

              

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秦河勝の建⽴と伝わる「秦楽寺(じんらくじ)」

2025年05月28日 05時49分32秒 | 歴史
奈良県田原本町にある「秦楽寺」(じんらくじ)は 、647年に聖徳太⼦の家⾂だった「秦河勝」の建⽴と伝えられています。
現在は、真⾔律宗の寺院です。近鉄笠縫駅から、徒歩で約5分の所にあります。
秦楽寺には、「秦の楽⼈」という意味があります。
古来、付近は秦⽒の居住地で、雅楽の楽⼈や猿楽に関係する⼈たちも住んでいたといいます。現在でも、秦庄の地名が残っています。
表⾨は珍しい中国⾵の⼟蔵⾨で、本堂は形状が護摩堂そのものであり、転⽤されたものと考えられています。
本尊の千⼿観世⾳菩薩⽴像は、百済国から聖徳太⼦に献じられたもので、「河勝」が太⼦より賜ったものとされています。
現在のものは平安時代の作で、脇侍は秦河勝と聖徳太⼦です。この日、実際に拝顔することができました。
本堂前⾯にある「阿字池」は807年に、唐から帰国した空海が、境内に梵字の「阿」の形の池を作ったと伝えられています。
さらに、空海が、執筆中、阿字池の蛙が騒がしく鳴き静かにするように叱ったので、それ以来騒がしく鳴かないという伝説が残っています。
また空海は、この寺で「三教指帰(さんごうしいき)」を書いたとの伝えがあります。
その後寺は、1570年松永久秀が十市郡に進出した際、寺は一旦灰燼に帰し1759年に僧である恵海が再興したとされています。
境内の南東には、春日神社と笠縫神社が並んであります。神仏分離令以前に見られた様な神社の中の神宮寺ではなく、寺の境内に神社がある不思議なお寺です。
また、中世にはこの辺りに秦楽寺城があり、境内には名残りの土塁も見られます。魅力満載の、お寺でした!

                           
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明日香村にある甘樫坐神社「盟神探湯(くがたち)神事・2025」

2025年05月08日 09時04分52秒 | 歴史
奈良県明日香村豊浦にある甘樫坐神社で、約1ケ月前の4月6日に「盟神探湯(くがたち)神事」が行われました。
「盟神探湯」は、『日本書紀』によれば415年允恭天皇(いんぎょう)の時、政治の乱れ(氏姓制度の乱)を正そうと、古代の裁判である「盟神探湯」が、この地で行われました。
これは煮え立つ湯の中に手を入れるもので、正しい者は火傷をしなかったといいます。
毎年4月の第1日曜日に、神事として行われています。
午後2時より神事が、神職によりお祓いが行われその後、地元の劇団「時空」さんによる寸劇が行われました。
終了後、見学に来られた方が煮え立つ湯の中に手の代わりに笹の葉をもって神事に参加しました。
飛鳥ならではの神事である「盟神探湯神事」に参加でき、歴史を感じられるひと時でした!

               
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奈良県御所市で行われた「大塩平八郎手配書を読み中井家御所まちを巡るツアー」

2025年03月17日 09時28分07秒 | 歴史
奈良県御所市ごせ町センターにおいて、3月5日に「大塩平八郎手配書を読み中井家御所まちを巡るツアー」(歴史館あすか☆小山座主催)に参加しました。
初めての古文書ツアーということでしたが、講座の先生のわかりやすい解説のもと、御所市において登録有形文化財(1792年の棟札)にも指定されている中井家に伝わる「大塩平八郎の乱」後の手配書を読みときました。
その後、ガイドさんによる古い町並みを散策しました。
途中「中井家」に立ち寄り江戸時代の御所町の公文書等を御当主により説明をうけました。
古い町並みが残る「御所まち」は、江戸の風情が残る陣屋町です。
関ヶ原の戦いの後、御所一万石の大名に取り立てられた桑山家により整備され、奈良中南部の中心地としてなっていきました。南北に流れる葛城川を挟んで「西御所」「東御所」という2つのエリアに分かれており、西御所は大和絣や菜種油づくりを営む家が並んだ商家の町として発展。対する東御所は、1546年に開山された「大和五ヶ所御坊」のひとつである「円照寺」を中心に、寺内町として栄えてきました。
250年以上前の検地絵図と見比べても、町割りや背割り下水などがほとんど変わらないほど当時の姿をよく残しており、国の登録有形文化財である「中井家住宅」を筆頭に、江戸から昭和初期に建てられた百数十軒もの町家が今も人々の生活の場として残っています。
今回の「大塩平八郎手配書を読み中井家御所まちを巡るツアー」は、とても充実していて、またこのような機会があれば参加したいと思いました!

       
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奈良県明日香村石神遺跡で「天武朝期の塀跡出土の現地見学会」

2025年03月12日 05時49分11秒 | 歴史
奈良県明日香村石神遺跡で、7世紀後半につくられたとみられる堀跡がみつかり、2025年3月8日11時~15時に現地見学会が行われ、多くの古代史好きな方が来られていました。
飛鳥時代に、国内外の賓客をもてなす施設などがあったとされる明日香村の石神遺跡の発掘調査で、新たに南北方向の塀の跡などが見つかりました。  
石神遺跡には、飛鳥時代に迎賓館の役割を担った建物や役所などがあったとされています。
 2023年度の発掘調査では、7世紀後半から末とみられる東西方向の塀の跡が確認されており、今回はその東側で発掘調査が行われました。その結果、東西方向の塀はさらに約21メートル東に延び、そこから北に折れることが分かりました。南北方向の塀は約6.3メートル確認され、さらに北に延びるとみられます。
  これまでの発掘調査の成果を踏まえると、塀に囲まれた区画は、東西に長さ約133メートル、南北に95メートル以上の大規模なものだと考えられるということです。 
 石神遺跡では、7世紀後半から末にかけて役所の存在が推定されていて、その関連が注目されます。
 天武朝の石神遺跡は迎賓館の役割を終え、飛鳥浄御原宮の北館のような宮殿関連施設や役所があったのではないかと考えられる先生もおられるようです。
いつも、さんぽの途中に何か新しい発見があるのかワクワクしながら発掘現場を見学していました! 次は、何がでてくるのかな・・・

                     
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