泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

奈良県明日香村真弓にある「終末期古墳」(2)

2023年05月26日 09時22分38秒 | 歴史
奈良県明日香村には、数多くの古墳が存在しています。
今回、明日香村文化協会主催の「真弓周辺の古墳を巡る」に参加しました。初めて訪れる古墳もあり、大変楽しみにしていました。
明日香村文化財課の専門家による案内のもと、約30人位で西飛鳥地域である真弓丘陵にある「終末期古墳」を歴史散策しました。
 ※「真弓周辺のカヅマヤマ古墳・真弓テラノマエ古墳・マルコ山古墳を巡る」      (参考文献)明日香村文化協会資料

〇明日香村真弓にある「カヅマヤマ古墳」は、「マルコ山古墳」の北西の真弓丘陵の尾根面に位置します。徒歩約5分位の所にあります。
 「カヅマヤマ古墳」(7世紀後半)は、大がかりな土木工事で造られ、ピラミッドがせり出すような威容を誇っていた。2千枚以上の板石を丁寧に積み上げ、しっくいで真っ白に仕上げた豪華な石室を持つ古墳だったようです。
残念ながら、1361年の南海地震のため大きく崩れています。形状は、一辺約23m、高さ約4mの二段築成の方墳と推定されています。埋葬施設は、結晶片岩を小口積みのせん積式横穴式石室です。石室に使われた板石は約10キロ南を流れる吉野川付近で採取され、山を越えて運ばれてきたとみられる。中はしっくいで美しく塗り飾られ、天皇の皇子クラスに多い漆塗り木棺が用いられたと推定されまています。
丘陵を幅100メートル以上にわたって大がかりに削った後、きれいに整えた斜面からせり出すように造られていました。
 石室内で見つかった人骨は、体格のよい壮年から熟年の男性で被葬者の骨の可能性が高いようです。
 被葬者は、大がかりな工事をできたのはかなり力のある人ではないかと推測されます。石室の構造が朝鮮半島・百済の王陵に似ている点)から、674年に飛鳥で死んだとされる百済王昌成(くだらおう・しょうじょう)も候補の一人です。
 「カヅマヤマ古墳」に行くには、とても案内がないと行けません。
これといった道がなく、竹藪の中を行きました。古墳らしきものが見当たらず説明を聞いて、かって古墳があった場所に案内していただきました。中世の大地震で、大きく崩れていてほんの少し高まりがある程度でした。
このは以前発掘調査が行われていて、現地説明会もあったようです。
ガイドしていただいた専門家の方が、発掘の責任者ということもあり、とても詳しく説明していただきました。
帰り際、民家の壁にここで採取されたと思われる、結晶片岩らしき物が使用されているのをみることができました。ここで採取されたものは、明日香村埋蔵文化財室で一部見ることができます。
以前から、見てみたい古墳でしたので大変勉強になりました!

                   

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飛鳥の古代の寺院「檜隈寺(ひのくまでら)」

2023年05月20日 05時54分37秒 | 歴史
奈良県高市郡明日香村「檜隈寺(ひのくまでら)」は、渡来系氏族である東漢氏の氏寺とされる古代寺院で、7世紀後半の創建です。
 現在は、東漢一族の祖「阿知使主(あちのおみ)」を祭る「於美阿志(おみあし)神社」の境内になっています。
今回は、飛鳥の古代の寺院「檜隈寺(ひのくまでら)」を紹介したいと思います。
「檜隈寺」は、「日本書紀」の686年の記事として、軽寺と大窪寺とともにその名が記されていて、渡来人が集住する地域に建立された寺院です。寺跡は、国の史跡に指定されています。
発掘調査により「檜隈寺」の伽藍配置は、中軸線が西方に振れ、塔を挟んで南に金堂、北に講堂が位置し、中門は西側に位置する特異なものであったことがわかりました。
伽藍主要部は回廊で囲まれ、回廊の西辺に中門、南辺に金堂(基壇が残っています)、北辺に講堂(14期の礎石が残っています。このうちの一つは、古墳の石材を使用したと思われるものを見ることができます。)が位置し、回廊内の東寄りに塔が位置しています。
こうした特異な伽藍配置の意味については丘陵地に位置する地形上の制約によるものと考えられています。
塔跡には、心礎と四天柱の礎石が4つとも残り現在、平安時代の十三重石塔(重要文化財)が建っています。
「檜隈寺」は、近鉄飛鳥駅から徒歩約15分程で行くことができます。この辺りから南に行くと「キトラ古墳」があります。
現在、「国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区」として整備されていますので、のんびりと歴史散策ができます!

            
 


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大和の花の御寺「長岳寺のカキツバタ・2023」

2023年05月14日 17時30分41秒 | 散歩
奈良県天理市柳本町にある「長岳寺」は「花の御寺」としても有名なお寺でもあります。今は、カキツバタが見頃です。

今回は、大和の花の御寺「長岳寺のカキツバタ・2023」を紹介したいと思います。

日本最古の官道として知られる「山の辺の道」沿いに、背後の山と一体化したような樹影濃い「長岳寺」があります。

淳和天皇の勅願(824年)の寺で、「弘法大師」が創建したと伝わります。

「長岳寺」は文化財が多く、鐘楼門・旧地蔵院・旧地蔵院本堂・本尊の阿弥陀三尊などは重要文化財で、見どころ満載のお寺です。

現在、本堂前の池に咲く「カキツバタ」は見頃で、水面にその清楚な姿を映しています。
明日香村からは、車で約30分位の所にあるお寺で、大和での私のお気に入りの場所のひとつです!

            
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奈良県明日香村真弓にある「終末期古墳」(!)

2023年05月07日 10時45分02秒 | 歴史
s奈良県明日香村には、数多くの古墳が存在しています。
今回、明日香村文化協会主催の「真弓周辺の古墳を巡る」に参加しました。初めて訪れる古墳もあり、大変楽しみにしていました。
明日香村文化財課の専門家による案内のもと、約30人位で西飛鳥地域である真弓丘陵にある「終末期古墳」を歴史散策しました。
 ※「真弓周辺のカヅマヤマ古墳・真弓テラノマエ古墳・マルコ山古墳を巡る」      (参考文献)明日香村文化協会資料

〇明日香村真弓にある「マルコ山古墳」は、真弓丘陵の尾根南斜面に位置し、  規模は 対角長約24m、高さ約5.3mの二段築成で一辺12mの多角形墳と思われます。 築造時期は、 7世紀末~8世紀初めと思われ終末期古墳です。墳丘の北側には石敷が巡ることや排水施設の存在が発掘調査で確認されました。埋葬施設は、凝灰岩の切石を組み合わせて築いた横口式石槨で、床や天井部分、奥壁、側壁など計17石で築かれ、天井石の内側は屋根形に掘り込まれています。
外見は「高松塚古墳」に、埋葬施設は「キトラ古墳」に類似しています。現在、綺麗に整備されています。
石室内は全面に漆喰が施されていたが、残念ながら壁画は描かれていませんでした。棺は、杉板を銅釘で組み合わせた木棺が想定されています。出土した遺物には、30歳代と思われる男性の人骨や鉄釘や銅釘、金銅六花形飾金具、金銅製大刀金具等があります。明日香村埋蔵文化財展示室で一部見ることができます。
これら、墳丘、石槨、木棺、出土遺物などから、高松塚古墳、キトラ古墳同様、7世紀末〜8世紀初頭に築かれたと考えられています。
被葬者は不明ですが、皇族の可能性が高く天智天皇皇子である「川島皇子」との説があります。
飛鳥時代の同時期に築かれた「高松塚古墳」と「キトラ古墳」には壁画は描かれているのに、外見も埋葬施設も類似している「マルコ山古墳」には、どうして壁画が描かれていないのでしょうか、謎ですね・・・

                         



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明日香村の「村役場の新庁舎が完成・2023」

2023年05月01日 09時21分36秒 | 散歩
奈良県明日香村橘において新庁舎が2023年3月に完成し、3月27・28日に村民対象に内覧会がおこなわれました。
今回は、待ちに待った明日香村の「村役場の新庁舎が完成・2023」を紹介したいと思います。
場所は、飛鳥地域に点在する謎の石造物のひとつである「亀石」のすぐ近くにあります。
新庁舎は、2階建ての行政棟や平屋建ての交流棟があり、約250台分の駐車場を備えています。屋根は瓦葺きで、村内の景観と調和した外観となっています。非常用発電機など複数の熱源を備え、災害発生時の拠点機能も担っています。
特徴的なものとして、行政棟の玄関ホールの吹き抜けには「越の牽牛子塚古墳」(国史跡)をイメージされた八角形の空間があります。空いた穴の壁面には、「キトラ古墳壁画」(国宝)の四神のイラストが描かれています。イラストは、庁舎の東西南北に位置する扉でもそれぞれ見ることができます。明日香村庁舎の顔としての、デザインとなっています。
また交流棟へは、スロープの廊下を渡ります。ここの特徴は、交流室があり議会開会時は議場や委員会室になります。
隣接するホールなどと一体的に利用でき、普段はイベント実施といった多目的な活用が可能となっています。
全体的に建物内には、木が多く使用されておりぬくもりのある空間となっています。
新庁舎は、5月8日に開庁となります。明日香村にお越しの際は、是非ともお立ち寄り下さい。
かって明日香村は、約1400年前には飛鳥時代の宮都でした。
新庁舎も、周囲の歴史的景観と調和した「古都」にふさわしい落ち着いた「政庁」になっていて、村民のひとりとして大変嬉しく思います!!

               
コメント (2)
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