奈良県明日香村の最東端に上(かむら)という集落があります。
この集落の近くに、石切り場があります。
石舞台古墳から東へ約3kmの山中にあり、石舞台古墳の石材もここから採ったのだという話があり岩肌が露出しています。
石舞台古墳の石室は、総重量約2300トンあると考えられています。
疑問その一:約1400年程前に、どうやってこの石切り場から運んだのでしょうか?
疑問その二:約3km先の場所に、どのルートを使って運んだのでしょうか?
謎が多い、石切り場です・・・
ところで、石切り場近くに「薬師堂」があります。
このお堂には、平安時代中期の造立されたと考えられる「薬師如来坐像」を本尊とし十一面観音像・四天王像・鎌足像がおさめられています。
上大字に伝わったいる話として、古代に石切り場から石舞台古墳や多くの多くの石造物を造るため石を採ってこの谷を下って運んだいる時に、作業中にけが人が多く出たので「薬師堂」を建てて祀ったとされている話が残っています。「明日香村の大字に伝わるはなし」より
石切り場の近くには、石室が移築されている「上2号墳を」を見ることができます。気都和既橋の北詰を西に入った所にあります。
この古墳は、径約15mの円墳と考えられ右片袖式の横穴式石室です。出土遺物には、須恵器・土師器等ありました。築造年代は、6世紀末から7世紀初頭と考えられています。
細川谷の両側の尾根には、約200基と言われる古墳群があります。それらの石材も、この石切り場から切り出されたのでしょうか?
また細川谷には、古墳の石材を集めたと思われるものも見ることができます。
明日香村上にある気都和既橋から見える飛鳥の景色は、とても素晴らしく私のお気に入りの場所のひとつです!