ぐーたら猫の「パソコン水彩の館」

これまで描いたのは900点余。我ながらよく続いたなぁ!右下にあるブックマークからHPに入ってご覧さいませ。

インド仰天紀行(10)

2006-08-25 08:18:49 | パソコン画
気に入った下宿の家賃は、一ヶ月5万ルピー(約15万)でした。
というか、他に選びようがないでしょ?
これを読んでいるアナタ。
高校卒業したばかりのアナタの18歳の娘を、アリが這いずり回り、冷蔵庫も無くエアコンもない40度の部屋に、
4年間も1人でおいておけますか?

そもそもインド留学は主人の発案でした。
国際営業部で仕事している主人は
「これからの国際貿易はインドと中国だ。英語圏への留学なんぞみんなしている事だから、高い金かけて留学してもメリットがない。
留学するなら成長が期待できるインドか中国へ行くべきだ。」
と、二人の子供達が高校を卒業する時、それぞれへ熱弁をふるいました。

でも、AB型慎重派の兄は「俺はインドや中国なんて真っ平ごめん!」と断固拒否。
その反対に、B型アバウト妹は「へ~そうなんだ。そんなにパパが勧めるんなら、行ってみようかなぁ?」と、
素直にインド留学へトライしてくれたのです。(なんて親孝行な娘。パパ涙せよ。)
…というわけで、インドへ来ました。
5万ルピーの家賃くらい払ってあげなさいよ…そうは思いませんかぁ?

ところで、不動産屋と大家さん夫婦が見守る中、我々母娘はカシオの電卓を取り出し、マシンガントーク展開中。
「大学がある間はお昼のお弁当を持たせてくれるというから、三食付きで月15万の計算になるねぇ。」
「パパは一ヶ月5万にしろといってたけど、アリと同居なんて絶対いや!私キャンプしに来たわけじゃないでしょ!」
「この設備で、三食付で妥当かな?小さいけどてテラスも付いてるし3階で見晴らしいいし…」
「小さいけど冷蔵庫があるから、いつでも冷たい水が飲めるよ。アリの心配しないで部屋におやつも置いとけるしィ~」
「一番は安全な事かな。門番は常駐しているし、みてごらん、この家の窓ガラス全部に警報が付いているよ。
夜遊びしなけりゃ、デリー名物の置き引き・ひったくりの心配しないですむわね」
「家の近くに大通りあるから、タクシーでもリキシャーでもすぐ乗れるわ。」
「家賃15万でもデリーじゃ生活費はかからないからプラス3万で、月18万の送金で足りるね。
日本の大学でも北海道や九州に行けばこんなもんかもね~。
やれやれ、当分へそくりできんわ~。ママは日本で、納豆とめざしで頑張るしかないね~。」

電卓片手で早口会話している我々を見た大家さん夫婦は我々が「家賃が高い」と渋っていると思ったらしい。
4万5000ルピーではどうかと値下げしてきました。
…あら、まぁ、それは、どうも…5万ルピーでも借りる気だったのにねぇ…。
そして引っ越してからが、再び、びっくり仰天。4万5000ルピーの家賃には驚くべき付録が付いていのですよ~!


絵は「イベールの猫祭り」
3年に一度おこなわれるという、「ベルギー・イベールの猫祭り」を描きました。
祭りの間は街中に猫の仮装をした人が溢れるそうです。
楽しそう!熱烈猫フアンとしては、是非一度は参加したいものですね~。
いつものベタ塗りでなく、あっさりと仕上げました。楽隊も張りぼても、大雑把な輪郭だけでラクチン仕上げです。




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インド仰天紀行(9)

2006-08-18 17:08:54 | パソコン画
入学手続きも無事終わったので、いよいよ、下宿探しを始めました。
当初は学生寮に入ろうと思ったのですが、まずエアコンがない!
さらに暗くて狭くて、とにかく汚い!
壁も床もぼろぼろで、パスするしかないねぇ…。
インド人の不動産屋を紹介してもらい、
①清潔②賄い付き③一ヶ月5万円前後という条件で、物件を探し始めました。
なんと申しましょうか・・・・
見る部屋全て、6畳ぐらいの部屋にコタツみたいな四角い台式のベッドがで~んとおいてあるだけ!
部屋にはトイレもシャワーも冷蔵庫もない。
テーブルもありません。
しかも床にはアリが這い回っているぞぉ??
条件を一ヶ月10万にあげたのですが、部屋が広くなったというだけ…。
物価の安いインドですが、デリーの住宅状況だけは東京並みに高いそうです。
紹介するそばから「No」ばかり言われて、いい加減腐ってしまった不動産屋が、
「これはちょっと高いのですが・・・」と案内してくれたのは、とある社長宅。

その家は周囲を高い塀が囲んでいて、入り口には門番が控えている住宅街にありました。
住宅街に不審者の侵入がないよう門番が常駐して、チェックしているのです。
案内された家はその住宅街の奥にあり、そう大きい建物ではないけれど、3階建てでした。
但しさすがインドでしたわ。
エントランスも内部の廊下も全て大理石なんです。
家に入ると靴を脱がされ、素足で3階まで、ぺたぺた歩かされました。
でも暑い季節だから、めちゃ、気持ちいい。なーるほど。床冷房というわけ?

ここの3階が来客用の部屋で、そこを貸してくれるのです。
3階の踊り場は6畳ぐらいあり、そこに専用のソファが壁に沿って丸くおかれていました。
豪華な細工が施された紫檀のテーブルもあって、ここは来客を接待するスペースだから、
お友達が来たとき使ってもいいというけど、
エアコンないし、利用価値無いね…

さてさて、案内された問題の部屋は、天井が日本のものより二倍は高いという他は、
ビジネスホテルの8畳シングル部屋といったシンプルな感じでした。
でもシャワーと洋式水洗トイレ、デスクもあります。
ビジネスホテルタイプの小さな小さな冷蔵庫もありました。
日本によくある学生下宿と大して変わりないのが気に入りました(でもインドでは珍しい事なんですぞぉ~)。

「これ、なに?」娘が示したのは、窓際に置かれたみかん箱2個分はあるかという巨大な床置き式エアコン。
壁掛け式のエアコンしか知らない娘ですが、私は覚えていた。
昭和40年ごろ実家で使っていたエアコンと同じタイプです。
電気代食いそう。それに音も大きそうね。

さてさて、値段は5万ルピーでした。
高校の先生の給料が8000円のインドでは、5万ルピーは重役クラスの給料です。
一ヶ月5万円を提示していた主人がきいたら何というのやら。
でもここに決めました。


絵は「ソラマメの歌」
下書き鉛筆線を残して、そこへ直接、色を塗ってみました。
なかなか、面白い風合い?でもこのブログに載せるため、大きさを54Mbに縮小したら、
鉛筆線の風合いがなくなって表示されてしまった。
研究の余地アリ。う~む。難しい…。



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インド仰天紀行(8)

2006-08-11 14:13:56 | パソコン画
H氏の案内で象がたくさん出ているというカーニバルの見物にいきました。
間近で象を見られ、その上さわれるなんて、インドならでは…ですからね。
行ってみて驚いたのは、象より、その周辺にたむろしている乞食の数の多さでした。

昭和22年生まれの私と53年生まれの娘は、今まで乞食を見たことがありません。
道端でいきなり手を出されて、一瞬、ぽかん??
ヒンズー語は理解できないけど、表情や目から訴えかけるものは理解できる。

「なんか、困っているらしいよぉ?いくら出せばいいの?」
「ママだってわからないわよぉ~。500円くらいじゃ、失礼かしら?」
「でもさぁ、あっちにもこっちにもたくさん、似たような人がいるけど、この人に渡すだけでいいのかしら・・ん。」

前を歩いていたH氏が振り返って一言。
「乞食に構うと大変な目にあいますよ。無視してください。」
言われている側から、好人物そうな欧米人がうっかり小銭を恵んだばかりに、
我も我もと手を突き出す乞食軍団に囲まれて、もみくちゃにされている光景を見ました。なーるほど!

やがて歩いているうちに、凄い乞食をみつけました。
両足が不自由らしく地面にはいつくばっているのですが、
両手を使って、歩くより早いスピードで、地面をすべるように移動。
不謹慎ですが、かくし芸大会の演目かと思うほど流麗な動きを見せて移動しています。

オノボリサン丸出しで、呆然と見ている我々に気づいた彼は、
こちらが逃げ出す前に、我々の前にささっ立ちふさがるようにして、手のひらを差し出しました。
差し出された掌を見た時は、ちょっと感動。
掌がまるで足の裏のように堅く厚く、変色していました。
彼の目は哀れな物乞いの目ではなく、生きようとするエネルギーに満ち溢れ、卑屈な色は微塵もない。
H氏の警告を無視して、(いくらの札だかわからないまま)サイフから1枚引き抜いて、彼の手へ。
その後は後難を恐れて、娘の手を引いて、猛ダッシュでその場から逃走。
「今の人、見た?困難にあってもそれを克服して生きようとする人間の力って凄いねぇ。ママ、感動するよ~。」
すると娘答えて曰く。「この国の福祉ってどうなってるのぉ?」
おい、能天気娘!人のハナシ聞け!って・・。

ちょっと小腹がすいたので屋台でバナナを買いました。
ホテルやレストラン以外では買い食いするなといわれているけど、バナナなら食中毒の心配は無かろうと考えて…
一番小さい紙幣を出したら、お釣がないと巨大な一房を渡されました?!
(欲しかったのは2本なのにさ~)
「これ、どうするの?ホテルまでもって帰るの?重いよ~ヤダよぉ」
娘がブーたれます。
そんな時、道端に5歳くらいの女の子がボロをまとい背中には赤ちゃんを背負い、
さらに幼い弟の手をひいて、物乞いしている姿を見つけました。

「あの子を見てご覧。あんな小さいのに、可愛そうに。」
するとうちの能天気娘、素っ頓狂な声で「ラッキー!」
何をするのかとおもいきや、ぱたぱた、女の子に駆け寄り、ほいさーとバナナを渡して帰ってきて、一言。
「いあや、めでたし、めでたし。重いのを持ち歩かないで済むし、バナナも役にたったし…。」
説教しようとした私ですが、かの女の子がバナナを抱え込んでしゃがみこみ、凄い勢いでむしゃぶりつく姿を見て、絶句…。
インド中に溢れる乞食に関しては、どう考えていいのか、いまだにわかりません。日本に生まれた事をひたすら感謝するばかりです。


絵は「お友達のペットシリーズ:レイナちゃん」
基本に忠実に「水彩7」だけで描いてみました。
描いている側を主人が通りかかったので「どうよ~」と聞いたら「可愛くない~ッ!」
酔っ払いに聞いたほうがバカだった?
いや、待てよ…というわけで、可愛くなるようあれこれ工夫しました。
丸顔にしてみたり、目に星を入れたり??やっぱり写真のがかわいい…。


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インド仰天紀行(7)

2006-08-05 09:54:25 | パソコン画
日本を出発する時、主人から「デリーにいる日本人には、出来る限りに会うようにして、知り合いを増やしておきなさい。」
とアドバイスされていました。
つてを頼ってお会いしたのは男性の駐在員がほとんどでしたが、
その中に1人だけ、官庁関係の、うら若き女性がいました。

あちらも久しぶりの日本女性に会えたそうで、大喜び。
だから初対面の挨拶の後は、話終わらないうちに次の人の話が始まり、
二人同時にしゃべるというスタイル…日本語のマシンガントークが全開。
ホテルロビーに響き渡るそのかしましさには、インド人もびっくり?

暫くして、彼女曰く「ストレス発散!あ~、せいせいしたぁ!」
同じ英語でもインド英語はなまっているそうで、聞き取るだけで、毎日非常に疲れるのだとか。
そんな中、思いっきり日本語できて、すっきりできたそう。
日本では主人や息子にうるさがられている我々のおしゃべり。お役にたててよかったで~す??

それはともかく。彼女のハナシ…
インドへ転勤となった彼女は、現地では日本食が手に入りにくいと聞いたので、
あれやこれやと詰め込んで、かなり大きな荷物を作りました。
この段ボール箱・・重いしかさばるしーで、日数はかかるけど値段の安いという船便で送る事にしました。
ところがインドに赴任後、待てど暮らせど…荷物が届かない?
結局行方不明。

しばらくしてある日、外国製の文房具が必要になり、デリーにある商店街へと買い物に出かけました。
商店街の一角で、インドにあるはずもない(日本でも珍しい彼女の地元産の)醤油やら乾物やらを発見?!
つまり彼女の荷物は、抜きとられて売られていたんですよ。

荷物&手紙に日本国名&日本人名があると、価値があるものが入っているーというので、抜き取られる可能性が高いのだ…とか。
それを聞いた我々は以後、大切なものは高いけどFedex(アメリカのクロネコ)に頼み、
普通のものは、インド人名で発送し、受け取りも○○方(下宿先)のインド人名にして安全を図りました。
だから娘に送った荷物や手紙は全て、ちゃんと着きましたよ。
これはあくまでも8年前のハナシですけどね。

また、主人のアドバイスで、お土産に三色ボールペンを大量に用意しました。
ボッチを押すと赤、青、黒に切り替わるアレです。
こんなもの?と思いましたが、ちょっとしたご挨拶がわりに大学の友人、
チップとして、下宿先のインド人家庭、などなど・・行く先々で配ったんですが、これが例外なく喜ばれました。
あの技術は大したもの…らしいです??


絵は「アンスリウムの午後」赤い花に赤い背景。どんなもんかな~と思いましたが
そうしたかったかったので・・・ま、いいかぁ・・・。(B型ですので)


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