よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

実践と専門知の優雅で過酷な関係

2009年03月08日 | 技術経営MOT
世をシノぐ知恵はどうやったらうまく身につけることができるのか?

世をシノぎイノベーションを生めるほどのキワドイ知恵を持つ人材を養成してゆくことを目的とするビジネススクールや専門職大学院にとっても切実なテーマだ。

今の世のなかは、書物、ネット、セミナー、講義など知識を得るための機会は格段に広がっている。英語がちょっとできればMITの授業資料だってタダで閲覧可能だ。

知識をアタマにいっぱい溜め込めばよいのか。いや、ちがう。知識は、大工のノコギリのようなもので、使ってナンボだ。知識は現場で酷使して、はじめてアタマから染み出して価値にもなるし身体に転移される。身につくのだ。

したがって、得た知識は現場で使い込むことが大事だ。だから現場をもっている人は勉強が進むのが早い。自分で動かしている会社、プロジェクト、研究、仕事などだ。知識を知恵に変える変換装置が「現場」なのだ。

マイケル・ポランニーではなく通俗的に野中郁次郎風に言ってしまえば、こうやって溜めこまれる現場の暗黙知のようなものだ。この暗黙知にモデルや理論を与えて現場から漉しだして、つまり形式知化してゆくと、他の人が使ったり参照したりする余地が広まってくる。

このように、専門知識と実践は弁証法的に昂進してゆく。あるいは、動学的に循環しながら発達してゆくと言ってもよいだろう。だからといって無秩序に行ったり来たりのランダムな動きではあってはならない。このあたり、ぐるぐる回る循環の根っこに一本の線を引くと考えればわかりやすい。

   Y = aX + b

   Y:実践力
   a:その人の「実践志向」係数
   X:形式知で得ることができる知識
   b:現在保有している実践力

単純明快、これ中学1年で習う一次方程式。

(b)現在保有している実践力は、学部から直で上がってくる連中よりも、まっとうな仕事経験がある社会人のほうが持ち点としてため込んでいる。

だいじなのは、(a)実践志向係数だ。この実践志向係数にはさらに2つのパラメータがある。

★パラメータ(1):シノぎ係数

大学院で得たものをどれほど身すぎ、世すぎでシノごうとしたいのか。大学院での経験をテコにして世をシノぎ世に立ってゆきたいのか。大学院で学んだものをどれだけ将来のキャッシュフローつまり得るかべしゲンナマ(キャッシュ)に変えたいのか。こういう切実な渡世感覚をシノぎ係数という。

だから、授業料は身銭を切るほうがいい。スネをかじっている奴らはどうしても甘くなる。身銭をきれば人間、切実になる。大学院で得たモノを元手にして起業して当てれば授業料などすぐ回収できる。せこくサラリーマン稼業をするにせよ、転職しても最低1.5倍の年収を目指そう。

★パラメータ(2):教養度係数

形式知を実践の場に活用する知恵を教養という。たとえば、ギリシャ・ローマに淵源する欧州の知的伝統の根幹をなす自由文芸七科目(septem artes liberales)。つまり文法・修辞学・弁証法・算術・幾何・天文・音楽だ。あるいは、日本では、徳川幕藩体制が強固な時代くらいまでは四書五経など漢籍がおおむね、教養の役割を果たしてきたが、明治維新後の近代化は、伝統的漢籍に対する洋学的教養の比較優位ポジション獲得の過程でもあった。

サミュエル・スマイルズの『Self Help』を『西国立志篇』に訳した中村正直や『学問のすすめ』を書いた福沢諭吉は新しい洋学の教養をもたらしたが、その根っこは、じつのところ、功利主義(Utilitarianism)という、いわばシノぎの思想が息づいている。その後、大正教養主義や、旧制高校のデカンショ的教養主義など、いろいろあった。刈部直が『移りゆく教養』で指摘しているように、現下日本の大学で歴然と見られる教養の衰微は、これらの教養のトラディションさえも風化させつつあるのだが。

新しい時代には、それなりの新しい教養が必要となる。そこには、現代のリベラル・アーツはいかにあるべきか?といった大きなテーマが横たわる。日本、東北アジア方面の過去の教養の来歴を踏まえるたゆたゆしい歴史感覚と、文明世界共通の英語による普遍学問の活用力の組み合わせになるのではないか?

     ***

ようは、実践志向とは、「シノぎ」に身を捧げる過酷さと「教養」を実践の場に接続する優雅さの掛算なのだ。このようなアンビバレンツなエレメントをいかに統合・再構成するのかが問われのだ。

(a)実践志向係数が高ければ、直線の角度は上がり、この直線の周りに創発する専門的知識と実践の循環の「場力」はぐんと高まってゆく。この場力の馬力がイノベーションを生み出す源泉だ。この界隈では、いかに組織や制度のありかたを活かしてイノベーションに結びつけてゆくのか、という面白いテーマが出てくる。いずれにせよ、この実践志向係数が低ければ、個人でも組織でも場の力は停滞してイノベーションは起こらない。

大きく言えば、専門職大学院の在り方だろうか。小さく言えば、ケーススタディ、プロジェクト研究、ビジネスプランニング、ベンチャービジネス戦略、アントレプレナーシップなどの実践的プログラムの在り方だろう。以上、すべからく実践という文脈に沿って再構成されなければならないだろう。