といっても、農業をやるという意味ではありません。
百姓という言葉が本来もつ意味どおり、百の姓をもつ、百の仕事をもつ、百の顔をもつ男になるという意味です。
百姓がもっぱら米つくり中心の農家のイメージがうえつけられたのは、近世以降の話で、農業の実態をみればみるほど、米作のみで生計をたてている農家は、それほど多いわけではありません。
米どころの北陸ですら雪国であれば、当然冬は出稼ぎに出ることが常態化する。
群馬のような火山灰大地がひろがっているような土地であれば、養蚕などが盛んになる。
どんな農家でも空いている時間には、当然わら細工から木工など、あらゆる仕事をしながら生計をたてる。
銃があれば狩猟もする。
川で漁もする。
このような遊牧民族では、あまり考えられない多様な労働を常に取り入れてきたことにこそ、日本文化のレベルの高さを支えた背景があるのではないかと思います。
それが、賃労働を中心としたサラリーマン稼業が、世の中の労働形態の中心になった戦後あたりから、生産性の向上の名の下に、ひとつの仕事で生計を立てることが当たり前かのようになってしまいました。
同時に「豊かな労働」というものが「金銭的貧しさ」の反対語でしかとらえられないようになってしまいました。
私は、もともと「賃労働」という労働形態にはなじめない働き方を、まったく権限のないヒラ社員のときであってもしがちな性格であったので、独立するかどうかとかかかわりなく、ひとつの労働だけで生活するということにはもともと馴染めませんでした。
もしかしたらそれは、ただ「飽きやすい」というだけのことかもしれませんが、最近になって、このことを確信をもって言えるようになってきました。
多能多業の人間になる。
その時どきの関わりのなかで、様々な仕事の組み合わせをしていく。
生活のために副業で収入を補うといった意味ではない。
そもそも複数の仕事が必要で、その方が面白いという意味で、副業ではなく複業の生活ということです。
よって「オレは百姓になる」
もちろん、その多くは、今の本屋の仕事が中心であることに変わりはありませんが、ひとつの会社、ひとつの店舗の仕事のみで成り立つ仕事ではありません。
もちろん、ネットでの情報発信、地域での活動、同業者との連携、情報収集と活動を広げるための全国への旅、ゲリラ的に現状打開をはかるためには、あらゆる活動を取り入れていくことは当然のこととなります。
これまでの仕事を振り返ると、そもそも会社の枠には収まりにくい、顰蹙を買いながらやって来たことが、即利益には結びつかないことでも、今思うとどれもみな私の資産になっていることに気づかされます。
これこそが、多くの現場で見失っているタテ糸の仕事。
テーマ館づくり、手作り枝折などはみなタテ糸の仕事です。
名刺も以前は何枚かのものを使い分けていました。
ところがそれではどうも使い勝手が悪くて最近四つ折り裏表10面の名刺にしました。おそらくこれからは今以上に蛇腹式の長大なものになっていくものと思います。
そんな生活はその時々で何が中心だかもわかりにくく、日々のスケジュールの組み立ても面倒なことが多い。緻密な計画が苦手な者としては、当然、モノ忘れやミスも多発することでしょう。
もともとO型だし。
それでも、個々の構成要素を、より小さいもので完成度の高い玉に仕上げながら、それらの様々な組み合わせで日々の生計が成り立つような生活ということです。
(確定申告なんて、想像しただけで吐き気がしそう。。。)
でも、もうそんなながれで走りはじめてしまっています。
群馬というローカルにはこだわりながらも、時には東日本エリアとして、あるいは世界からみてのローカル日本として発信しつづける予定です。
この本を読んで、自分の選択がこれからの時代には王道とも言える選択であると確信することができました。
本田直之著『LESS IS MORE 』ダイヤモンド社