幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

幻の現在詩人 紫源二 の リアルタイム・ネット・ポエトリー

なんで生きているのだろう

2019-09-22 22:39:25 | Weblog

なんで生きているのだろう

植物状態でただ生き延ばされている人もいる

そうじゃなくても

誰にも会わずに一人で部屋に引きこもっている人もいる

そうじゃなくても

無期懲役の刑で死ぬまで刑務所の中にいる人もいる

なんで生きているのだろう

そうじゃなくて

僕は自由かもしれない

なんでもできるかもしれない

でも週5日一日9時間の労働で

食うため寝るため住むため着るために

金を稼がなければならない

生きるために働くのか

働くために生きているのかわからない

そうじゃなくても

そこそこの年金かなにかを貰えて

働かなくても食べていけるようになったとしても

自由になった時間で僕は何をする?

一日中寝ているのではないか

なんで生きているのだろう

偶然にもこの世に生まれきたから?

この私として

私は私としてこの世に生まれてくることを選んだ覚えはない

気がついたら

私はこの私として

この時代のこの世のこの環境の中に

生きていた

何故なのかわからないままに





















もうすぐ この世の終わりがやってくる

2019-09-22 01:55:08 | Weblog

もうすぐ
この世の終わりがやってくる

それでもあなたとわたしは
愛し合う?
憎しみ合う?

イランにイスラエルが核兵器を打ち込んで
サウジがイランに侵攻し
ヨーロッパではブレグジットをイギリスのウィリアム王子が仲介して英雄になり
バチカンの法王が交代してウィリアム王子を救世主だと宣言するが
ドイツ銀行が破綻してヨーロッパは失業者であふれ
アメリカでは内戦が勃発する
極東では南北朝鮮が統一して日本に核兵器を打ち込んで富士山が爆発して
破綻した中国共産党が核兵器をアメリカに打ち込んで
ロシアがヨーロッパから中東に侵攻する

空にはUFOが飛び交い
火山が噴火して巨大地震が起きる
津波、竜巻、干ばつ、山火事で食料危機になり
死者と戦争と天変地異で
青い地球が灰色の雲に覆われ
太陽の光も届かなくなる

それでもあなたとわたしは
愛し合う?
憎しみ合う?

























消費することと創造すること

2019-09-17 00:47:43 | Weblog

消費することと創造すること

限られた時間の中で

美は一瞬で過ぎ去っていく

繰り返し繰り返し

寄せては引いていく波のように

思い出したとしても

たった一人で

水平線を眺め

地球は暗黒の宇宙を旅するけれど

わたしはいつまで生き残るか

わからないし

この目の中に

どれだけの美を入れることができるのか

わからないし

まばたきする瞬間に

消えてしまう

そして永遠に帰って来ない

思い出を

繰り返し繰り返し

寄せては引いていく

波のように

ただ消費しながら

限られた時間の中で

いつまで

繰り返す

消費することと

創造すること


だから

殉教したい

神秘の

未知の

創造があり得る

可能性の許す

消滅の中に


それが私の消滅という創造

美のみを消費しながら

その模倣を創造することしかできない

記憶に生きることしかできない私だから























非常階段 (12)

2019-09-16 03:03:05 | Weblog


気づいたら私は、食堂の壁に接した長椅子の上に寝ていた。

拘束衣を着せられていて手足が動かない。

長椅子に縛り付けられている。

食堂にいる他の患者が自分を見ている。

みんな黙って食事をしている。

大声で叫んでみた。

患者達が一斉に食事の手を止めてこちらを見た。

でもすぐにまた食事を始めた。

また大声で叫んでみた。

でももう誰も私を気にする人はいない。

3、40人の患者がそれぞれに食べ物を噛む音、飲み込む音、クチャクチャする音、ゲップをする音、スプーンが食器にぶつかる音、ナイフと皿がこすれる音、などが、カトリック教会の礼拝堂の中のように響いているだけ。

見捨てられたまま、諦めるしかない。

やがて、3、40分もすると、皆が食事も終え、それぞれが看護師に誘導されて、従順な羊かヤギのように部屋に戻っていった。

久しぶりに、孤独感を覚えた。

そして無力な屈辱感。

すると一人の若い長髪の男が食堂に入って来た。

「おい。助けてやろうか?」

私は「はい」と応えた。

「オマエみたいにされるやつは何人もいるんだよ。見せしめでな。でもそのうちここにも慣れちまうよ。でもその前に、ここの医者も看護師も頭おかしいから、早く出た方がいいかもな」

「私が何をしたというの?」
私が言うと

「部屋で暴れただろ?」

そう言いながら、身体と長椅子を固定していたベルトを外してくれた。

私は拘束衣を着たまま、自由になった身体を起こして長椅子に座った。

「いいか、あすこの非常ドア、あるだろ? あれ開いてんだよ」

と言ってガラス張りのドアを指差した。

「あすこから逃げたければ、今、逃げろよ」

「え、どうして?」

「どうしてって、なぜあすこが開いてるかって?」

私はうなづいた。

「オレが開けたんだよ」

「じゃあ、一緒に逃げようってこと?」と私は訊いてみた。

「オレはもうすぐ他の施設に移れるんだ。そこはホテルみたいな個室があって…、タバコも吸えるんだ…、だから…オレはそこに行くつもりだ。今度捕まったら、電気ショックでロボトミーにされちまうんだ」と、苦しそうに言った。

「じゃあ、なんであそこ開けたの?」

「オレ、ロボトミーにされちまいたくなかったから」
と言って彼は自嘲的に笑った。

「私は何も覚えてなくて、記憶がない、だから…」と私が言うと、

「じゃあ無理だな。看護師が来ると面倒だから、じゃあな」と静かに言って弱々しく笑った。

やっぱりこんなところにいるなら、今、あそこから逃げ出した方がいい。

そう思って、「やっぱ行く」と言って拘束衣を脱ぎ捨てた。

走って非常口まで行き、ガラス戸のノブを回すとドアが開いた。

「そこ、苦労して開けたんだぞ! ラッキーだったな!」と彼が叫んだ。

「じやあな!」と言うのが聞こえた。

私は鉄骨の階段を駆け下りた。

転がり落ちるよう地上に降りた。

そうしたら、上から鉄板を叩くような足音が聞こえて来た。

見ると、長髪の男子が駆け下りて来ていた。





























泣きながら(11)

2019-09-16 01:56:02 | Weblog


泣きながら

しばらく病院から外の自由な世界を隔てている壁と

その上に張り巡らせれた有刺鉄線を

ただ涙に滲んだ目でぼんやりと眺めていたの

そうしたらだんだんと空が明るくなって

虹のような不思議な光に照らされたの

そしたら病院の薄汚れた白い壁に

あのひとが映っていたの

そして見ているうちに

あのひとの映像は

いつのまにか

部屋の中の白いカーテンに映っていたの

誰かがスライドで写しているのかと思ったけど

そんなわけがない

だってカーテンに映った二次元の映像は

だんだんと三次元になってカーテンから外に出てきた

そして私に近づいてきたの

私は後ずさりして

ベッドの上に座り込んだ

それでもあのひとはもっと近くに近づいてきて

私のモスグリーンのスウェットの生地の上に映っているの

そしてそこからまた三次元になって

スウェットのパンツのポケットに手を入れてきたの

幸せのダイヤモンドを取り戻したのよ

それから彼は

私の中に入ってきたの

私はそれを受け入れるしかなかった

エクスタシィに震えて

そうしたら

あのひとはこんどは四次元になって

私の心の中に入ってきたの

私はそれを受け入れたとき

今までに一度も感じたことがないほどの

強い恍惚感に

満たされて

我を忘れてしまったの






























あなたはどこにいるの? (10)

2019-09-16 00:30:55 | Weblog

あなたはどこにいるの?

どうして姿を現してくれないの?

私はこんなになってしまった

あなたがいない私は

こんなになってしまった

だからあなたを探している

あなたにあなたの幸せを返したくて

私がそれを持ってるの

あなたの幸せ

私があなたに返してあげる

私は

幸せなんていらない

あなたがあなたの幸せを取り戻せばそれでいいの

そして私は幸せなあなたを見つめていたい

いつまでも

いつまでもいつまでも

見つめていたい

だからどうか

私の前に現れて

お願い

お願いだから



あの人がいないかと思って、窓を開けて外を眺めてみた。

するとそこには、金網のフェンスの上にさらに高く鉄のフェンスがあって、有刺鉄線が張り巡らされていた。

ああ、ここから出れないんだ!

あのひとを探すこともできないんだ!


























正三角形(9)

2019-09-14 10:52:44 | Weblog

目が覚めると、ベッドに寝ていた。

左側を見るとガラス張りの窓になっていて、カーテンの隙間から、
午前中だろう、でも、もう朝という感じはしない、そんな光が差し込んでくる。
右側は天井から吊り下げられた薄汚れた白いカーテンで仕切られている。
多分、4、5人の大部屋なのだろう。
ベッドの脇に小さい戸棚があって、その上がテーブルのようになっている。

そちらに手を伸ばしてみたが、そこに何があるわけでもない。

頭がぼーとしていていて、考えることができない。身体が海の底に沈んだコンクリートのように重くて、起き上がることができない。

スウェットのパンツのポケットに手を入れてみた。やっぱりそこには拾ったダイヤモンドがあった。

安心感がカラカラの心の中に落ちる一粒の雨のように落ちてきて滲んだ。

希望のカケラを確かめるように、大切に指先で掴んで、ポケットから出した。

仰向けに寝たまま、目の前に持ってきてよく見ると、ルース石だ。
拾ったときは立て爪だったかカフスボタンだと思っていたのに。
大きなダイヤモンドの裸石は1カラットどころではない。2から3カラット、もしかしたら4か5カラットくらいある。

誰が落としたのだろう。「幸せ」と書かれたキラキラ光る高価な結晶。

吸い込まれるように中を覗いてみた。
そこに失われた記憶の手掛かりがあるかもしれない。
人生という謎を解くヒントがあるかもしれない。
これからの私の人生。
どう生きていけばいいのかわからない。

ダイヤモンドの虹色の輝きの向こう側に、もしかしたらあるかもしれない。
私の人生の手掛かりが。
いや、これを落とした人の手掛かりが。

幾つもの三角形の結晶が迷路の中の記憶の断片のように、絡まり、重なっている。

三角形って何?

3つの角度で区切られた図形。

不思議だ。

そんな形が存在していること。

そしてもっと不思議なのは、

正三角形が存在していること。

3つの角度が等しくなると、

60度、60度、60度。

666

それが “ Happiness ”

幸せ。

“あのひと”

私に三度姿を見せてくれた。

一度目は電車を降りた駅で

二度目は豪雨と落雷(幻聴?)の後で

三度目は銭湯(なぜあんなところに行ったのか今ではよくわからない)の鏡の中で

そのとき時計を見るといつも

長針と短針が真っ直ぐ上下に直立していた

すなわち、6時だった。

3回とも6時

だから666

だから、あのひとが666なのかも

そうに違いない

だからこのダイヤモンドの中に正三角形が存在する

そして、だから、このダイヤモンドはあのひとのもの


























左斜め上にいる看護婦(8)

2019-09-12 23:24:25 | Weblog

看護婦が左斜め上にいる

「ここから出してください」
と言うと、皺々の胡桃のような顔をした看護婦が憎憎しげに私の目を睨んだ。
そのとき、心の中で彼女が言う言葉が、私の頭の中に響いてきた。
それは荒い波動で汚らしく、低俗で憎しみと殺意に満ちた響きだった。

「入ったばかりなのに、ここから出せとは何ごとだ!」
「薬漬けにして、ここから出られなくしてやる!」
「オマエがここから出られるのは、キサマが死ぬ時か、キサマがもうここから出たいなんてすら思えないくらいバカになり下がったときだ!」
「よく覚えておけ!」

看護婦は私を睨んだ目で医師の方を見た。

医師は高級な混色のニットのワイシャツの上にツイードの生地のいい茶色い上着を着ているが、趣味が悪くジジくさい。

看護婦に睨まれた医師は、無意識下で看護婦にマインドコントロールされているのが分かる。

医師は口を開いて説明を始めた。

「あなたが帰りたいのはわかるが、でもねぇ。」
それから約1分間、医師は気を失ったように黙り込んだ。どうやら、眠っていたようだ。それから、自分で気づいて「ハハハ。」と笑ってから
「そういうわけだからさ。わかる。そういうわけにもいかないでしょ。そういうことにはならないわけだから。」

なんだか、頭がおかしいのではないか。この医者は。

鼈甲の縁のメガネをかけて、上着の胸ポケットには高級な万年筆を二本も挿している。
きっとこの精神病院の医師のサラリーはいいのだろう。それを示すために高級万年筆をポケットに二本挿しているのだろう。

それにしても、変な医者だ。話している途中で寝るなんて、よほどリラックスしているのだろう。
私のことを完全に舐めきっている。
きっと患者を治療しようなんていう気はさらさらないのだろう。
こんなところに毎日いると、患者よりも医者の方が頭がおかしくなるのだろう。
この医者の方が、この病院の患者になった方がいいのではないか。

「とにかく、初めての環境だから、眠れないと困るから、お注射しますね。眠れますからね。そしたら考えましょう。出るか出ないか。それとも、出すか出さないか、かな。いい?」
と私に同意を求めた。

「それは睡眠薬ですか?」
と私は訊いた。

するとすかさず、横にいた看護婦が、私の左斜め上から私を睨んだ。

「んなわけねーだろ! オマエがうとうと眠くなったらつまんねーんだよ! このバーカ! テメーの精神をボロボロにする薬(ヤク)を流し込んでやるんだよ!」

看護婦は手早く処置台から注射器を取り出すと、医師に目配せした。

「はい、腕出して。はい、うで、うで!」
医師はそう言いながら私の腕を掴んで着ていたスウェットの袖を捲り上げた。

すかさず看護婦が力づくで私の腕を掴んだ。すかさず雑に注射針を刺した。
そしてグイグイと注射液を流し込んだ。

急に腕の毛細血管が痛くなり、頭がかーっと熱くなった。私の腕をわざと爪を立てて掴んでいる看護婦がゲラゲラ笑っているのが心の中に聞こえてきた。

暫くして、吐き気を催し、胃のあたりの激痛と供に気を失った。




























私の日常以外の全て(7)

2019-09-08 21:17:55 | Weblog


精神病院は外から見ると、郊外にあるちょっとした公園のように見える。
鬱蒼とした木々に囲まれて、三階建ての鉄筋コンクリート製の建物が建っている。
どこにも病院の名前が書いていない門扉を通り、しばらく中庭を歩くと、入り口が見えてきた。
ガラス扉のエントランスを入ると、広々としたロビーの待合には誰もいない。
いや、頭にヘッドギアを付けた男が見すぼらしい老婆に付き添われて、長椅子に座っている。
中年の男は落ち着きなく体を動かしている。
付き添いの老婆は、憎憎しげな目つきでこちらを威嚇するように見つめた。
私は目を逸らせた。
外来患者だろうか。
こんな広い病院に患者が一人だけ?
私の付き添いの婦人警官が受付に行くと、中から病院の女性職員が出てきて何か話しをしている。
ヘッドギアを付けた男が何かを叫んだ。
付き添いの老婆は、男をたしなめるでも、いたわるでもなく、すかさずこちらを憎憎しげな目で見て、再び威嚇してきた。
私は二人の存在に気づいていないかのように目を逸らした。

しばらくこの待合で待っているように言われ、付き添いの婦人警官と二人で、長椅子に座った。
これといって話すこともない。
彼女も何も話しかけてこない。

あちらとこちらに、別々の二人組みが二組いるだけ。

しばらくすると、病院の女性職員が出てきて一緒についてくるように言われる。

エレベーターに乗り、3階で降りて、広い廊下を少し歩くと、鉄格子状の壁で廊下が遮断されている。女性職員が鍵で鉄格子の扉を開けて中に入った。
三人が入り終わると彼女は扉を閉めて鍵をかけた。

長い廊下が続いていて、左右にドアが一定の間隔で並んでいる。
たぶん、病人が隔離されている個室なのだろうと思う。
この個室に入れられている患者は、あの鉄格子の外には出られないのだろう。
その中の扉の一つが開いて、中からボサボサの髪をしたやつれた女が出てきた。
何をするでもなく、突っ立ったまま、こちらを見ている。

廊下を左に曲がると、奥の扉を女性職員が開けて、我々は中に入った。

そこは食堂のようになっていて、長いテーブルが並んでいる。

二、三のやつれて正気を失った人がバラバラに離れて座っている。

一人は小汚いチンケな老人で、小刻みにふるえている。

一人はボサボサの長髪をしたまだ若い男で、絶望したような目をして、ボーと座っている。

もう一人は老婆で、同じ姿勢で固まったまま座っている。

その姿を見ているうちに、私の内側から声が聞こえてきた。

「私もこの人達のようになるのだろうか?」

「ここから出られずに」

「絶望することが唯一の救いであるかのように」

「それでも生を諦めない人たち」

「この人たちは、なぜ自殺しないのだろう?」

「自分が可愛いから?」

「私は今ここで永遠にいなくなってもいい」

「こんなところに閉じ込められるくらいなら」

「今すぐに」

「この世から」

「存在しなくなった方がいい」

ふと見ると、右の壁の上に、
小さな窓があって、
ガラスの向こうで、
緑色の葉っぱをつけた木の枝が、
風に揺れている。

そのとき急に

わかった

私がこの世に

そしてあの世も含めて

一切存在しなくなったとしても

私の外側に

私の日常以外の全てがあることが


私にはそれが見えた


























警察署の取調室(6)

2019-09-06 20:36:20 | Weblog

◯警察署の取調室

風呂屋からの路地に点々と落ちていた私の持ちもの
着ていた服:モスグリーンのスウェットの上下
履いていた靴:緑色のスニーカー

そして小銭入れ
を渡された

取り調べ

記憶喪失
アパートに帰らなきゃ
でもどこのアパートかわからない
職業も
母の名も父の名前もわからない
自分の名前も
聞かれても何も答えられない

ただ言葉は覚えている
あのひとが言った言葉

何も持ち物がない
お金は小銭入れに456円だけ
何も覚えていない
どこに帰るのかもわからない
どこに行くのかもわからない


◯措置入院

連れて行かれるとき
1カラット以上あるダイヤの立爪指輪が道端に落ちていた
気づかれないようにポケットに入れる

後でポケットから取り出して見ると
それは男性用のカフスボタンだったかもしれない

それがなんだかよくわからない
正直なところ

ただダイヤモンドだけはわかる

そしてそれが本物であることが分かる

とても高価なもの

ダイヤをよく見るとラウンドブリリアントカットではない
三角形の図形がいくつも重ね合わさったような不思議な形をしている

「シュリ・ヤントラの結晶構造だ!」
と自分の中の誰かが叫んでいる

中を覗いて見ると “Happiness ” と書いてある

“幸せ”



いったい誰のものだろう?

誰が落とした “幸せ” なのだろう?

これを持ち主に返したい

でも誰が落としたのかわからない

手がかりを探して “シュリ・ヤントラ” の中を覗き込む


























銭湯を出て (5)

2019-09-03 22:45:54 | Weblog

銭湯を出て
暗くなりかけた路地裏を歩いていると
向こうから制服を着た警官が歩いてきた

暗がりから姿が見える距離まで近づくと
悪い予感が的中した

「すみません。ここで何をされてるんですか?」

警官に呼び止められた

「え、何って…別に。逆に、私が何かしましたか?」

「身分証をお持ちですか?」

「身分証明? そんなものは必要ありません。私は私です」
そんなことは自明のこと
なぜ警官に私が誰かを証明しなければならないのか

でも警官はふてぶてしく高圧的に言った
「そうでしょうか? ではあたが客観的に誰であるかを確認できる物をお持ちですか?」

「いえ…その、今、お風呂屋からの帰りで免許証も何も持ってません」

「そういうことですか」
と言って警官は私の足のつま先から顔までを眺め回した

私の全体を眺め回せば私が誰だか分かるとでもいうのだろうか

警官とはいえ失礼じゃないかと思ったが
権力に逆らうと逆に面倒なことになるかもしれない

「あなたはこんなところにいるはずではない。そうですよね」
と警官が言った

「え? どういうことですか?」

「それはあなた自身が一番ご存知でしょう」
と言って警官は下品に笑った

「署まで来ていただけますか?」

「え、何故ですか? 私が何をしたと言うんですか?」

「ご自分で分からないのですか?」

「もちろん」
私がそう言うと警官はまた下品な笑いを浮かべた

「では言わせていただきますが、公然猥褻罪の現行犯です」

「え?」

「ご自分で分からないのですか? それとも…」
警官が言いかけている言葉を遮って
「私は何も悪いことはしてません。私は家に帰ります」
と言って警官を振り切って歩き始めると

「それはできません。一応調書を作成しなければならないので。私も職務を遂行しなければならないのです。ご理解ください」
と言って警官は私の腕を掴んだ

「暴力はやめてください! 人権侵害です!」と叫んだ

警官は私の両手を後ろに回して手錠をかけた

そのとき私はなぜか自分が全裸であることに気づいた

「精神障害の疑いあり」と警官が無線で言うのが聞こえた

間も無くパトカーが来て中から二、三人の警官が出てきた

女子警官が毛布をかけてきた

私は無理矢理パトカーに乗せられて署まで連行された




























そのひとに告げられたこと (4)

2019-09-01 22:55:01 | Weblog

そのひとの視線に目を合わせると
そのひとが私に話しかけてくる言葉が
心の中で聞こえてきた

明日あなたは「幸せ」と書かれた落とし物を拾うだろう

それを持ち帰ってあなたはいろいろと調べる

でもいくら調べてもあなたは

その落とし主が誰だか分からないだろう

そのとき今から私が言うことを必ず思い出して欲しい

「それを絶対に警察に持って行ってはいけない」

次の日あなたはその落とし物の持ち主を知ることになるからだ

でもその日から私に会うことはできなくなる

だからそのとき思い出して欲しい

その落とし物をどうやって持ち主に返すことができるか

私に訊くことはできないことを

三日目にあなたは決めなければならなくなる

「幸せ」と書かれた落とし物を持ち主に返すのか

それともそれを自分の物にするのかを

そしてもしあなたが「幸せ」と書かれた落とし物を持ち主に返すことに決めたなら

また私に会うことができるだろう

でもそれを自分の物にすることにしたなら

あなたはもう二度と私に会うことはできない

そして私と会ったこともすっかり忘れてしまうだろう

そしてもう二度と私を思い出すこともない


























久しぶりに行った銭湯で (3)

2019-09-01 21:18:01 | Weblog

昨日の夜中
目が覚めてシャワーを浴びようとしたら
青いセルロイド人形のようなひとに出会った

そのとき
目から発するレーザービームのような緑色の光線を見て
ふと思った

明日久しぶりに近くの銭湯にでも行ってみようかと

住んでいるアパートから五分も歩かない路地裏に
昔ながらの銭湯がある
いつもそこを通るたびに気になっていた

今日は日曜日だから夕方の4時からやっている
入り口の看板にそう書いてあった
開店と同時に行けば空いているだろう

何年ぶり、いや何十年ぶりかもしれない
銭湯に行くなんて

この近所の誰とも付き合いはない
初めて行ったら常連さんに奇異な目で見られるだろうか
でもどうせいたとしても
生気のない年寄りばかりだろう
運が良ければ誰もいないかもしれない

小銭入れだけを持ってアパートを出た

入り口の看板に「手ぶらでお越しください。タオルも無料でお貸しします。」と書いてあるのを知っていた

入り口の下駄箱に履いてきたスニーカーを入れて中の扉を開けた

番台の上に人の良さそうなおばあさんがいた
いまだに番台がある銭湯なんて珍しいのではないか

中には誰もいない

料金を支払うと
ニコニコしながら「タオル使う?」と聞かれた
「はい」と言うと「一枚?二枚?」と聞かれた
少し迷って「じゃあ二枚」と言うと
緑色のタオルを二枚渡された

一面鏡張りの壁に沿って着替え用の四角いロッカーが並んでいる
1から順番に番号がついている
13のロッカーの前に行くと
誰かが自分を見ているような視線を感じた

番台の方を見ると
さっきのおばあさんは居なくなっている

誰もいない


ふと鏡を見ると
そこに映っているはずの自分の代わりに
誰か別の人が映っている

目を大きく見開いて
私を凝視している