精神病院は外から見ると、郊外にあるちょっとした公園のように見える。
鬱蒼とした木々に囲まれて、三階建ての鉄筋コンクリート製の建物が建っている。
どこにも病院の名前が書いていない門扉を通り、しばらく中庭を歩くと、入り口が見えてきた。
ガラス扉のエントランスを入ると、広々としたロビーの待合には誰もいない。
いや、頭にヘッドギアを付けた男が見すぼらしい老婆に付き添われて、長椅子に座っている。
中年の男は落ち着きなく体を動かしている。
付き添いの老婆は、憎憎しげな目つきでこちらを威嚇するように見つめた。
私は目を逸らせた。
外来患者だろうか。
こんな広い病院に患者が一人だけ?
私の付き添いの婦人警官が受付に行くと、中から病院の女性職員が出てきて何か話しをしている。
ヘッドギアを付けた男が何かを叫んだ。
付き添いの老婆は、男をたしなめるでも、いたわるでもなく、すかさずこちらを憎憎しげな目で見て、再び威嚇してきた。
私は二人の存在に気づいていないかのように目を逸らした。
しばらくこの待合で待っているように言われ、付き添いの婦人警官と二人で、長椅子に座った。
これといって話すこともない。
彼女も何も話しかけてこない。
あちらとこちらに、別々の二人組みが二組いるだけ。
しばらくすると、病院の女性職員が出てきて一緒についてくるように言われる。
エレベーターに乗り、3階で降りて、広い廊下を少し歩くと、鉄格子状の壁で廊下が遮断されている。女性職員が鍵で鉄格子の扉を開けて中に入った。
三人が入り終わると彼女は扉を閉めて鍵をかけた。
長い廊下が続いていて、左右にドアが一定の間隔で並んでいる。
たぶん、病人が隔離されている個室なのだろうと思う。
この個室に入れられている患者は、あの鉄格子の外には出られないのだろう。
その中の扉の一つが開いて、中からボサボサの髪をしたやつれた女が出てきた。
何をするでもなく、突っ立ったまま、こちらを見ている。
廊下を左に曲がると、奥の扉を女性職員が開けて、我々は中に入った。
そこは食堂のようになっていて、長いテーブルが並んでいる。
二、三のやつれて正気を失った人がバラバラに離れて座っている。
一人は小汚いチンケな老人で、小刻みにふるえている。
一人はボサボサの長髪をしたまだ若い男で、絶望したような目をして、ボーと座っている。
もう一人は老婆で、同じ姿勢で固まったまま座っている。
その姿を見ているうちに、私の内側から声が聞こえてきた。
「私もこの人達のようになるのだろうか?」
「ここから出られずに」
「絶望することが唯一の救いであるかのように」
「それでも生を諦めない人たち」
「この人たちは、なぜ自殺しないのだろう?」
「自分が可愛いから?」
「私は今ここで永遠にいなくなってもいい」
「こんなところに閉じ込められるくらいなら」
「今すぐに」
「この世から」
「存在しなくなった方がいい」
ふと見ると、右の壁の上に、
小さな窓があって、
ガラスの向こうで、
緑色の葉っぱをつけた木の枝が、
風に揺れている。
そのとき急に
わかった
私がこの世に
そしてあの世も含めて
一切存在しなくなったとしても
私の外側に
私の日常以外の全てがあることが
私にはそれが見えた