幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

幻の現在詩人 紫源二 の リアルタイム・ネット・ポエトリー

左斜め上にいる看護婦(8)

2019-09-12 23:24:25 | Weblog

看護婦が左斜め上にいる

「ここから出してください」
と言うと、皺々の胡桃のような顔をした看護婦が憎憎しげに私の目を睨んだ。
そのとき、心の中で彼女が言う言葉が、私の頭の中に響いてきた。
それは荒い波動で汚らしく、低俗で憎しみと殺意に満ちた響きだった。

「入ったばかりなのに、ここから出せとは何ごとだ!」
「薬漬けにして、ここから出られなくしてやる!」
「オマエがここから出られるのは、キサマが死ぬ時か、キサマがもうここから出たいなんてすら思えないくらいバカになり下がったときだ!」
「よく覚えておけ!」

看護婦は私を睨んだ目で医師の方を見た。

医師は高級な混色のニットのワイシャツの上にツイードの生地のいい茶色い上着を着ているが、趣味が悪くジジくさい。

看護婦に睨まれた医師は、無意識下で看護婦にマインドコントロールされているのが分かる。

医師は口を開いて説明を始めた。

「あなたが帰りたいのはわかるが、でもねぇ。」
それから約1分間、医師は気を失ったように黙り込んだ。どうやら、眠っていたようだ。それから、自分で気づいて「ハハハ。」と笑ってから
「そういうわけだからさ。わかる。そういうわけにもいかないでしょ。そういうことにはならないわけだから。」

なんだか、頭がおかしいのではないか。この医者は。

鼈甲の縁のメガネをかけて、上着の胸ポケットには高級な万年筆を二本も挿している。
きっとこの精神病院の医師のサラリーはいいのだろう。それを示すために高級万年筆をポケットに二本挿しているのだろう。

それにしても、変な医者だ。話している途中で寝るなんて、よほどリラックスしているのだろう。
私のことを完全に舐めきっている。
きっと患者を治療しようなんていう気はさらさらないのだろう。
こんなところに毎日いると、患者よりも医者の方が頭がおかしくなるのだろう。
この医者の方が、この病院の患者になった方がいいのではないか。

「とにかく、初めての環境だから、眠れないと困るから、お注射しますね。眠れますからね。そしたら考えましょう。出るか出ないか。それとも、出すか出さないか、かな。いい?」
と私に同意を求めた。

「それは睡眠薬ですか?」
と私は訊いた。

するとすかさず、横にいた看護婦が、私の左斜め上から私を睨んだ。

「んなわけねーだろ! オマエがうとうと眠くなったらつまんねーんだよ! このバーカ! テメーの精神をボロボロにする薬(ヤク)を流し込んでやるんだよ!」

看護婦は手早く処置台から注射器を取り出すと、医師に目配せした。

「はい、腕出して。はい、うで、うで!」
医師はそう言いながら私の腕を掴んで着ていたスウェットの袖を捲り上げた。

すかさず看護婦が力づくで私の腕を掴んだ。すかさず雑に注射針を刺した。
そしてグイグイと注射液を流し込んだ。

急に腕の毛細血管が痛くなり、頭がかーっと熱くなった。私の腕をわざと爪を立てて掴んでいる看護婦がゲラゲラ笑っているのが心の中に聞こえてきた。

暫くして、吐き気を催し、胃のあたりの激痛と供に気を失った。




























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