幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

幻の現在詩人 紫源二 の リアルタイム・ネット・ポエトリー

 生命は生まれながらにして在るのに

2012-03-20 13:48:22 | Weblog

 
 
  太陽が昇って
 
  光が強くなり
 
  ぼくは歩きながら
 
  すずめ、鳩、ヒヨドリ、カラスを見つめる
 
  花開いた紅白の梅、まだ咲かない桜、ヒマラヤ杉を見つめる
 
  それらは生きていて、美しい
 
  人間ともすれ違うが、それらには、美しくない人もいる
 
  高級外車が道幅いっぱいに
 
  僕にすれすれに、スピードも緩めずに通り過ぎる

  それに乗っているサングラスを掛けた男は醜い
 
  太陽は輝き、美しい光が降り注いでいるが
 
  その男には、その光の煌めきはまったく見えない
 
  ぼくには、それがわかる
 
  美とは無縁な人間が存在している
 
  鳥や木々の生命に
 
  まったく気づかない人間が街に溢れている
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 

 通路

2012-03-19 04:36:57 | Weblog

 
 
  「いいことがあるよ」と誰かが耳元でささやく。
 
  「あの廊下と天井(天上)だけの通路が見えるだろ?
 
   曲がり角が角ばっていないでアールになっている。
 
   それって作るのは大変なんだ。
 
   曲がり角を直角にするのの何倍もね。
 
   わかるだろ?
 
   アールにするための計算式って、円周率だけじゃなくて
 
   楕円の公式も使うんだ。
 
   そうやって図面を描いても
 
   図面どおりに壁を曲線にするのって
 
   よっぽど技術がある大工じゃないと作れない。
 
   それなのに、あんな通路が、なんの飾り気もない通路が
 
   あんなところにあるなんて不思議だろ?」
 
 
  「ああ、そうだね」と僕はこたえた。
 
  確かに、まあるく曲がった通路が見える。
 
  壁と、天井(天上)と、廊下しかない、ただの通路だ。
 
  どこに通じているのかわからない。
 
  左に曲がっているから、先が見えない。
 
  
  「ところで、いいことってなんなんだ?」と僕は訊いた。
 
  ところが、さっきの声は黙ったままなので、
 
  「さっき、言っただろ。いいことがあるって」と言うと、
 
  彼は言った。
 
 
  「天井(天上)を見てごらんよ。
 
   天井って言ってるけど、本当は天上なんだよ。
  
   丸い廊下の天上」
 
 
  「丸い廊下の天上?
 
   天井を見ても空は見えない。
 
   天上板があるから・・・。
 
   でも、丸い廊下は、丸まってどこに辿り着く?
 
   丸いから、元に戻ってくる。
 
   つまり、ここ?
 
   つまり、ここの天上って、この丸い建物の天上?」
 
 
  「そうだよ。
 
   この今きみがいる建物は、クーポラなんだ。
 
   丸い建物。
 
   実は、花弁のように何枚も丸い形が交差していて、
 
   さらに、その構造に楕円が組み合わさっている。
 
   外に出て全体を見ればわかるけど、
 
   いまここからだと、どうなっているかわからない。
 
   それが今、きみがいるところだ。」
 
 
  「そんなところにいるなんて、知らなかったよ。
 
   じゃあ、これは、キリスト教の後期ルネッサンスの教会にちがいない。
 
   ブルッネレスキとか、もっと後のフィレンツェとかローマの・・・」
 
 
  「そうじゃないんだ。
 
   じつはね、ここは、地下なんだよ。
 
   地下の通路で、
 
   幾何学的な構造が、建物ように、否、建物以上に複雑に構成されているんだ」
 
 
  「地下にいるのかい?
 
   じゃあ、地上に出る階段も存在するはずだ!」
 
 
  「そうだよ。
 
   今から、その階段に向かう。
 
   いいことって、そのことだよ。
 
   きみが、いた、
 
   かつて、いた、地上。
 
   そこに戻れるって”いいこと”だろ?」
 
 
  「そうかなあ?」と僕は応えた。
 
 
  「地上に僕は、かつて、いた?
 
   そして、そこに、戻る?
 
   おかしいじゃないか。
 
   僕は地上に居て、天上を見たいのだし、
 
   この建物の構造も見たい。
 
   かつていた地上になんて戻りたくはないし、
 
   ここが地下なら、この通路は建物じゃないじゃないか!」
 
 
  「それじゃあ、教えてあげるよ。
 
   この通路を前に向かって歩いて行きなよ。
 
   途中で階段が幾つもあるが、決して上に昇らないように。
 
   だって、上に昇ったって、そこはきみが、かつていた、地上でしかないのだから。
 
   そして、下に続く階段も下ってはいけない。
 
   さらに地下に行くだけだから。
 
   きみは、この迷宮を彷徨うんだ。
 
   天上は永遠に見られない。
 
   天井板が邪魔をしているし、
 
   この通路には窓はないんだ。
 
   そして、
 
   きみはまたぼくに出会えるとは限らないよ。
 
   さようなら。」
 
 
  「さようなら。」と僕は言った。
 
  
   すこし歩いてみようと思った。
 
   もし階段があったら、上がったり下がったりしてみようと思った。
 
   それとも、この通路をどこまでも水平に行ってもいい。
 
   どこかに窓があるかもしれないし、出口があるかもしれない。
 
   これはただの通路ではなくて、建物なのかもしれないから。