バルコニーから外に出て、裏通りを挟んだ向かいのマンションを見ていると、
同じ視線の高さの階に、ベランダに出て涼んでいる女がいるのが見える。
相手はこっちに気付いているのかいないのか、気持ち良さそうに髪をなびかせている。
ややこしいことになるのはかったるいが、人生は数学のようには割り切れない。
満天の星空には、無数の星が、数学的規則性にしたがって回転しているのだろうが、
さしずめ、今の僕には、何万光年彼方の星の運行について、考えている暇はない。
本能の命じるまま指笛を吹いてみた。
彼女はそれに気付いた。
反射神経が命じるまま手を大きく左右に3,4回振ってみた。
じっとこっちを見ている。
彼女は僕のアクションに応えもしないが、部屋に戻ろうともしない。
下の通りを走る車の騒音が突然大きくなる。
クラクションを鳴らして誰かが通り過ぎた後の静けさ。
こっちへ来ないかと、身振りでさそってみた。
彼女はそれを無視するようにして、あたかも何も見なかったかのように後ろを向いて
部屋の中に入ってしまった。
近くに銭湯がある。
その煙突が見える。
灰色の煙が上がり始めた。
久しぶりに、銭湯でも行ってみようかと思った。