幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

幻の現在詩人 紫源二 の リアルタイム・ネット・ポエトリー

私の日常以外の全て(7)

2019-09-08 21:17:55 | Weblog


精神病院は外から見ると、郊外にあるちょっとした公園のように見える。
鬱蒼とした木々に囲まれて、三階建ての鉄筋コンクリート製の建物が建っている。
どこにも病院の名前が書いていない門扉を通り、しばらく中庭を歩くと、入り口が見えてきた。
ガラス扉のエントランスを入ると、広々としたロビーの待合には誰もいない。
いや、頭にヘッドギアを付けた男が見すぼらしい老婆に付き添われて、長椅子に座っている。
中年の男は落ち着きなく体を動かしている。
付き添いの老婆は、憎憎しげな目つきでこちらを威嚇するように見つめた。
私は目を逸らせた。
外来患者だろうか。
こんな広い病院に患者が一人だけ?
私の付き添いの婦人警官が受付に行くと、中から病院の女性職員が出てきて何か話しをしている。
ヘッドギアを付けた男が何かを叫んだ。
付き添いの老婆は、男をたしなめるでも、いたわるでもなく、すかさずこちらを憎憎しげな目で見て、再び威嚇してきた。
私は二人の存在に気づいていないかのように目を逸らした。

しばらくこの待合で待っているように言われ、付き添いの婦人警官と二人で、長椅子に座った。
これといって話すこともない。
彼女も何も話しかけてこない。

あちらとこちらに、別々の二人組みが二組いるだけ。

しばらくすると、病院の女性職員が出てきて一緒についてくるように言われる。

エレベーターに乗り、3階で降りて、広い廊下を少し歩くと、鉄格子状の壁で廊下が遮断されている。女性職員が鍵で鉄格子の扉を開けて中に入った。
三人が入り終わると彼女は扉を閉めて鍵をかけた。

長い廊下が続いていて、左右にドアが一定の間隔で並んでいる。
たぶん、病人が隔離されている個室なのだろうと思う。
この個室に入れられている患者は、あの鉄格子の外には出られないのだろう。
その中の扉の一つが開いて、中からボサボサの髪をしたやつれた女が出てきた。
何をするでもなく、突っ立ったまま、こちらを見ている。

廊下を左に曲がると、奥の扉を女性職員が開けて、我々は中に入った。

そこは食堂のようになっていて、長いテーブルが並んでいる。

二、三のやつれて正気を失った人がバラバラに離れて座っている。

一人は小汚いチンケな老人で、小刻みにふるえている。

一人はボサボサの長髪をしたまだ若い男で、絶望したような目をして、ボーと座っている。

もう一人は老婆で、同じ姿勢で固まったまま座っている。

その姿を見ているうちに、私の内側から声が聞こえてきた。

「私もこの人達のようになるのだろうか?」

「ここから出られずに」

「絶望することが唯一の救いであるかのように」

「それでも生を諦めない人たち」

「この人たちは、なぜ自殺しないのだろう?」

「自分が可愛いから?」

「私は今ここで永遠にいなくなってもいい」

「こんなところに閉じ込められるくらいなら」

「今すぐに」

「この世から」

「存在しなくなった方がいい」

ふと見ると、右の壁の上に、
小さな窓があって、
ガラスの向こうで、
緑色の葉っぱをつけた木の枝が、
風に揺れている。

そのとき急に

わかった

私がこの世に

そしてあの世も含めて

一切存在しなくなったとしても

私の外側に

私の日常以外の全てがあることが


私にはそれが見えた