気づいたら私は、食堂の壁に接した長椅子の上に寝ていた。
拘束衣を着せられていて手足が動かない。
長椅子に縛り付けられている。
食堂にいる他の患者が自分を見ている。
みんな黙って食事をしている。
大声で叫んでみた。
患者達が一斉に食事の手を止めてこちらを見た。
でもすぐにまた食事を始めた。
また大声で叫んでみた。
でももう誰も私を気にする人はいない。
3、40人の患者がそれぞれに食べ物を噛む音、飲み込む音、クチャクチャする音、ゲップをする音、スプーンが食器にぶつかる音、ナイフと皿がこすれる音、などが、カトリック教会の礼拝堂の中のように響いているだけ。
見捨てられたまま、諦めるしかない。
やがて、3、40分もすると、皆が食事も終え、それぞれが看護師に誘導されて、従順な羊かヤギのように部屋に戻っていった。
久しぶりに、孤独感を覚えた。
そして無力な屈辱感。
すると一人の若い長髪の男が食堂に入って来た。
「おい。助けてやろうか?」
私は「はい」と応えた。
「オマエみたいにされるやつは何人もいるんだよ。見せしめでな。でもそのうちここにも慣れちまうよ。でもその前に、ここの医者も看護師も頭おかしいから、早く出た方がいいかもな」
「私が何をしたというの?」
私が言うと
「部屋で暴れただろ?」
そう言いながら、身体と長椅子を固定していたベルトを外してくれた。
私は拘束衣を着たまま、自由になった身体を起こして長椅子に座った。
「いいか、あすこの非常ドア、あるだろ? あれ開いてんだよ」
と言ってガラス張りのドアを指差した。
「あすこから逃げたければ、今、逃げろよ」
「え、どうして?」
「どうしてって、なぜあすこが開いてるかって?」
私はうなづいた。
「オレが開けたんだよ」
「じゃあ、一緒に逃げようってこと?」と私は訊いてみた。
「オレはもうすぐ他の施設に移れるんだ。そこはホテルみたいな個室があって…、タバコも吸えるんだ…、だから…オレはそこに行くつもりだ。今度捕まったら、電気ショックでロボトミーにされちまうんだ」と、苦しそうに言った。
「じゃあ、なんであそこ開けたの?」
「オレ、ロボトミーにされちまいたくなかったから」
と言って彼は自嘲的に笑った。
「私は何も覚えてなくて、記憶がない、だから…」と私が言うと、
「じゃあ無理だな。看護師が来ると面倒だから、じゃあな」と静かに言って弱々しく笑った。
やっぱりこんなところにいるなら、今、あそこから逃げ出した方がいい。
そう思って、「やっぱ行く」と言って拘束衣を脱ぎ捨てた。
走って非常口まで行き、ガラス戸のノブを回すとドアが開いた。
「そこ、苦労して開けたんだぞ! ラッキーだったな!」と彼が叫んだ。
「じやあな!」と言うのが聞こえた。
私は鉄骨の階段を駆け下りた。
転がり落ちるよう地上に降りた。
そうしたら、上から鉄板を叩くような足音が聞こえて来た。
見ると、長髪の男子が駆け下りて来ていた。
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