幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

幻の現在詩人 紫源二 の リアルタイム・ネット・ポエトリー

非常階段 (12)

2019-09-16 03:03:05 | Weblog


気づいたら私は、食堂の壁に接した長椅子の上に寝ていた。

拘束衣を着せられていて手足が動かない。

長椅子に縛り付けられている。

食堂にいる他の患者が自分を見ている。

みんな黙って食事をしている。

大声で叫んでみた。

患者達が一斉に食事の手を止めてこちらを見た。

でもすぐにまた食事を始めた。

また大声で叫んでみた。

でももう誰も私を気にする人はいない。

3、40人の患者がそれぞれに食べ物を噛む音、飲み込む音、クチャクチャする音、ゲップをする音、スプーンが食器にぶつかる音、ナイフと皿がこすれる音、などが、カトリック教会の礼拝堂の中のように響いているだけ。

見捨てられたまま、諦めるしかない。

やがて、3、40分もすると、皆が食事も終え、それぞれが看護師に誘導されて、従順な羊かヤギのように部屋に戻っていった。

久しぶりに、孤独感を覚えた。

そして無力な屈辱感。

すると一人の若い長髪の男が食堂に入って来た。

「おい。助けてやろうか?」

私は「はい」と応えた。

「オマエみたいにされるやつは何人もいるんだよ。見せしめでな。でもそのうちここにも慣れちまうよ。でもその前に、ここの医者も看護師も頭おかしいから、早く出た方がいいかもな」

「私が何をしたというの?」
私が言うと

「部屋で暴れただろ?」

そう言いながら、身体と長椅子を固定していたベルトを外してくれた。

私は拘束衣を着たまま、自由になった身体を起こして長椅子に座った。

「いいか、あすこの非常ドア、あるだろ? あれ開いてんだよ」

と言ってガラス張りのドアを指差した。

「あすこから逃げたければ、今、逃げろよ」

「え、どうして?」

「どうしてって、なぜあすこが開いてるかって?」

私はうなづいた。

「オレが開けたんだよ」

「じゃあ、一緒に逃げようってこと?」と私は訊いてみた。

「オレはもうすぐ他の施設に移れるんだ。そこはホテルみたいな個室があって…、タバコも吸えるんだ…、だから…オレはそこに行くつもりだ。今度捕まったら、電気ショックでロボトミーにされちまうんだ」と、苦しそうに言った。

「じゃあ、なんであそこ開けたの?」

「オレ、ロボトミーにされちまいたくなかったから」
と言って彼は自嘲的に笑った。

「私は何も覚えてなくて、記憶がない、だから…」と私が言うと、

「じゃあ無理だな。看護師が来ると面倒だから、じゃあな」と静かに言って弱々しく笑った。

やっぱりこんなところにいるなら、今、あそこから逃げ出した方がいい。

そう思って、「やっぱ行く」と言って拘束衣を脱ぎ捨てた。

走って非常口まで行き、ガラス戸のノブを回すとドアが開いた。

「そこ、苦労して開けたんだぞ! ラッキーだったな!」と彼が叫んだ。

「じやあな!」と言うのが聞こえた。

私は鉄骨の階段を駆け下りた。

転がり落ちるよう地上に降りた。

そうしたら、上から鉄板を叩くような足音が聞こえて来た。

見ると、長髪の男子が駆け下りて来ていた。





























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