快楽って
どこかに忘れてきた 時間のようなもの
取りに帰る前に 雪のように 溶けてしまうから
遠く隔たったまま
夜汽車に乗って
きみに会いにいく
ぼくも そこに乗っていないまま
無人の寝台特急が走る
レールの上を
重い鉄の車両が きしみながら
きのう
さっき
それは走って行った
遠く離れた北の雪国
吹雪が吹くと
ごーごーと風が泣き
ビュービューと電線がわめき
熱にうなされながら
ぼくは子守唄を聴いている
誰も歌うはずのない深夜に
もうあきらめた明日が
螺旋階段を転がり落ちていく
貝の渦巻き なつかしく
一瞬の記憶も
留めずに
転がり落ちていく
神の祭壇に捧げる供物の数々も
転がり落ちていく
アーメン
こんなハプニングによっては
神の神聖は冒涜され得ないから
かつての聖人は沈黙したまま
パンをちぎり
感謝して食べた
ワインはない
乾いているから
大地が
二度とそこには雨は降らないだろう 灰色の大地
風が吹くと埃が大気圏外まで舞い上がり
空に雲も湧かない
それが快楽の記憶
血管の中を流れる
赤いルビーの結晶の記憶
だれか
真っ黒いバッファローを生贄にしてくれよ
滴る血で大地を染めれば
雨が降ってくる
肉を焼き
その香ばしい煙を天に吸わせれば
大地にしみ込んだ血の分だけ
空から雨が落ちてくるだろう
だから今日
肉を喰らい
血を飲むのを許してくれ
たったひとつの快楽
そのために
天と交わす会話
その言葉が
なかなか思い出せなくて
眠れないでいる