向島検番通りの東詰めには桜餅で有名な長命寺があります。その長命寺と隣接して建っているお寺が牛頭山弘福寺なのですが、見るからに日本の寺院建築とは異なる山門とご本堂の姿が周囲を圧倒するかのように向島の料亭街に妙に溶け込んでいるんです。つい先日までご本堂の修理が行われ、お堂全体が覆われていたため写真もとれずブログでの紹介を控えていました。やっと修理が終り、お堂の姿が現れたので画像と共に隠れたエピソードなど紹介いたしましょう。
弘福寺石柱
弘福寺山門
弘福寺本堂
この弘福寺は中国から渡ってきた禅宗の一つ黄檗派(おうばくしゅう)の寺で、延宝6年(1673)鉄牛禅師によって創建されました。木造のご本堂は昭和8年創建のもので黄檗宗特有の唐風の特徴を持つ中国明様式を伝えています。本堂両翼にある円窓、堂前の月台、柱にかかる扁額など、他の寺院にはあまり見られないものです。堂宇全体のデザインは京都宇治の黄檗宗大本山の万福寺のミニチュア版といった風で良く似ています。

実は当寺は向島七福神の内、布袋尊が祀られているのですが、境内には布袋尊の祠がありません。いったいどこにおられるのかと思いきや、ご本堂の中に鎮座しておられます。ご本堂の扉はあいていませんので、中を覗きこむと堂内右側にどっしりとしたお姿が見られます。新年元旦からのご開帳では、布袋尊の間近まで行く事ができると思います。

そしてもう一つ、当寺には「爺婆尊」と呼ばれる石像が安置されています。通称、「咳の爺婆」と称され、口中に病のあるものは爺に、咳を病むものは婆に祈願し、全快を得た折には煎り豆と番茶をお礼をするという風習が伝わっています。
爺婆尊石像
毎年、冬になるとインフルエンザの流行を控えて、この爺婆尊にお参りする老若男女が多く訪れるといいます。石像は山門を入ってすぐ右手に小さな祠があります。この祠に爺婆尊が安置されています。
最後に当寺と勝海舟の関わりについてほんの少し触れておきましょう。ご存知のように海舟は本所入江町(吉良邸がある松坂町とは隣同士)で生まれ、ちゃきちゃきの江戸っ子として育ちました。20歳くらいまで本所で暮らした海舟はその間、浅草新堀端の島田道場で剣術修行に励み、同時に禅の修業も怠らなかったのです。この禅の修業をおこなった場所がここ弘福寺だったのです。勝の後日談として、あの幕末の荒波の中で、自分を失わず物事に対して冷静に対処できたのは、若い頃の剣術修行と参禅の日々の賜物であったと述懐しています。
尚、当寺には残念ながら勝海舟にまつわるものは何もありません。
ご本堂の左手奥にはそれほど大きくはないのですが庭がつづき、その庭からみるご本堂の後姿もなかなか貫禄のあるものでした。

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実は当寺は向島七福神の内、布袋尊が祀られているのですが、境内には布袋尊の祠がありません。いったいどこにおられるのかと思いきや、ご本堂の中に鎮座しておられます。ご本堂の扉はあいていませんので、中を覗きこむと堂内右側にどっしりとしたお姿が見られます。新年元旦からのご開帳では、布袋尊の間近まで行く事ができると思います。

そしてもう一つ、当寺には「爺婆尊」と呼ばれる石像が安置されています。通称、「咳の爺婆」と称され、口中に病のあるものは爺に、咳を病むものは婆に祈願し、全快を得た折には煎り豆と番茶をお礼をするという風習が伝わっています。


毎年、冬になるとインフルエンザの流行を控えて、この爺婆尊にお参りする老若男女が多く訪れるといいます。石像は山門を入ってすぐ右手に小さな祠があります。この祠に爺婆尊が安置されています。
最後に当寺と勝海舟の関わりについてほんの少し触れておきましょう。ご存知のように海舟は本所入江町(吉良邸がある松坂町とは隣同士)で生まれ、ちゃきちゃきの江戸っ子として育ちました。20歳くらいまで本所で暮らした海舟はその間、浅草新堀端の島田道場で剣術修行に励み、同時に禅の修業も怠らなかったのです。この禅の修業をおこなった場所がここ弘福寺だったのです。勝の後日談として、あの幕末の荒波の中で、自分を失わず物事に対して冷静に対処できたのは、若い頃の剣術修行と参禅の日々の賜物であったと述懐しています。
尚、当寺には残念ながら勝海舟にまつわるものは何もありません。
ご本堂の左手奥にはそれほど大きくはないのですが庭がつづき、その庭からみるご本堂の後姿もなかなか貫禄のあるものでした。

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