ひつじ草の挑戦状

色んな思いを綴ってます。

散華の如く~養母~

2013-01-21 | 散華の如く~天下出世の蝶~
帰蝶「は?」
赤子を抱えて、入って来た。
信長「止まぬッ」
父が遊んでやるというに泣くとは何事ぞと、ご立腹の様子。
高い高いしてやるも、ぎゃぁぎゃぁ泣いて、根性が足りぬ。
帰蝶「そ…そのややは、」
小折から連れ帰った、側室の、生駒の子だった。
そろ…と手を伸ばし、赤子を殿から受け取った。
「腹を空かせておるだけにございます」
露わになった片胸にややの小さき頭を近づけ、乳を吸わせた。
本能であろう…紅葉のような小さき手で乳房を探り口に含み、
ちゅぱちゅぱ吸い始めた。首を支え、飲ませてやっていると、
信長「生駒が…」
帰蝶「…え?」
産後の肥立ち悪く、寝込んでいる…と告げられた。
体調思わしくなく、乳が出ぬと嘆いておるとも…。
「そ…そうだったのでございますか…」
赤子から視線を外し、顔を上げて殿の御顔を見る。
「と?」
殿の後ろにピタリと貼り付き、
ちょこんと顔を覗かせる子供。
羨ましそうに乳飲み子を見る。
「殿、後ろの、その子は?」
一歳半、二歳かの子供で、
信長「あぁ、これか。丸、挨拶せよ」
殿の後ろから私を警戒し、
そろりそろりと前に出る。
丸、と呼ばれたその子は、クリクリ栗色の瞳で、
丸「はは…か?」
帰蝶「は、は(・・)?」

散華の如く~何とかせいッ~

2013-01-20 | 散華の如く~天下出世の蝶~
梅雨明けて、敦盛思う、桶狭間。
軍議もそこそこ、一人戦術思案。
朝を待ち、幸若『敦盛』を舞い、
馬を走らせ、奇襲決行、殿大勝。
早馬で逆転勝利の知らせが届き、
もう一通、小折から文が届いた。
小折(こおり)城は生駒の実家で、彼女は出産のために戻っていた。
帰蝶「そうか…」
待望、嫡男誕生の知らせだった。
殿はこちら清州に戻らず、早々、
小折に入られ、生駒を見舞った。
嫡男を祝うは当然、妥当な選択。
私は子を死なせてしまったのだから、仕方ない。
下手に見舞われ変に気を遣わせては、逆に惨め。
一人の方が、気楽に出来る。
夏衣の紗を脱ぎ、襟元開き、
片胸出し、張った胸を擦る。
パンパンに張った胸が痛い。
吸うややが居らず、乳だけ溜まる。
ぎゅ…っぎゅ…っ、乳を搾り出し、
乳だけ出るならまだ良し。
共に涙も絹布を湿らせる。
毎日それの繰り返し。生き地獄だった。
一人胸を揉み、無駄に流れる乳を搾り、
心空しく辛く耐え難く、さらに苦しい。
ふいに、
ぎゃーぎゃー喚く声が聞こえ、
はたと、搾乳と涙が止まった。
すると突如として、襖が開き、
信長「濃ッ、何とかせいッ」

散華の如く~黒の思い~

2013-01-19 | 散華の如く~天下出世の蝶~
医者「救っては頂けませぬか?この者の命…」
ポンと一つ、ヤスケの肩を叩いて、
「明日また、来ます」
帰蝶「ヤスケ…」
襖一枚隔てた向こう側で、ずっと、
私の声を、嘆きを聞いていたとは。
「何をしておる…これへ」
傍に来るように命じたが、
ヤスケ「…」
床に頭を付けたまま、動かない。
ヤスケは、何も悪くないのに…、
帰蝶「ヤスケッ」
ビクッ
ヤスケ「haッ」私の声に驚き、頭を上げた。
帰蝶「ようやく、顔を上げたな。こちらへ」
傍に来るよう手招き、ヤスケの頬を撫でた。
「すまなんだ。母を許せ」
忘れていた。
私は、黒の母でもある。
死にたいと申さぬから、
その命、その心を確かめさせよと、
黒を胸に、強く強く、抱き締めた。
ヤスケ「u…a…」
帰蝶「これからもずっと、ずっと、私に仕えよ…良いな」
ヤスケは優しく、賢い子だった。ただ、異国の言葉を話せぬだけ。
全て意味が分かっていた。あの坊主の言葉も、
私が坊主と遣り合った内容も、理解していた。
だから、
ヤスケ「…」こくりと一つだけ小さく頷いた。
ただ一つ気掛かりなのは黒の拳がぎゅっと握られ、決して弛まなかった事…。

散華の如く~医術仁術の薬師様~

2013-01-18 | 散華の如く~天下出世の蝶~
生ぬるい娘、温かさが徐々に失われ、
ようやく実感した。娘は死んでいる。
「いやぁぁあー…」
硬く冷たくなって、娘は死んでいた。
死産。
流産では、男世継ぎとか、
娘だとか分からなかった。
医者「御方様…御命あってこそ。次がございます」
帰蝶「次…?」
また、私に十字架を背負わすつもりか?
神や仏はなぜ、私を生かすのであろう?
何度も死を、望んだではないか。
なぜ、御仏は、我が子だけ奪う?
「死…」
医者「は?」
帰蝶「死なせてぇー…」
失った命に、私は乱心した。事もあろうに、
命の恩人に「私を、殺せ」と、そう命じた。
医者「…」ゆっくり首を数回、横に振り、
私の胸で眠る娘を、そ…っと取り上げた。
医術は仁術、そういった術を持ち合わせおりません
ゆるりとお休み下されと、娘を絹布で包んだ。
お医者様も、絹布も全て、殿のためであった。それが…、
「御方様。医師にも救えぬ命がございまして…」
我が子を抱いた医者がスクッと立ち上がり、
す…、襖を開けた。そこに座っていたのは、
帰蝶「ヤスケ…」
医者「この者…ずっとこうしておりまする」
ヤスケが襖の向こうで、ただただ深く、
床におでこを付けて、土下座していた。

散華の如く~マリアの受難~

2013-01-17 | 散華の如く~天下出世の蝶~
マズい…破…水。これでは、
ややがさらに、苦しみ出す。
坊主「あわわ…」
身の危険を察し、坊主は一目散に逃げ帰った。
帰蝶「ッ、ま……て」
仏は、生きる者を、御救いにはならないのか?
腹を抱え苦しむ私を見捨てて帰ってしまった。
ヤスケ「a、a…aa」
帰蝶「ヤ、ス…ケ、…ひと…、だ…」
突如流れた羊水に苦しむややを何とか救わねばと、
私は朦朧とした意識の中で出産を試みた。しかし、
ヤスケ「u、ahaaaaー…」
黒の雄叫びだけが、城内響き渡った。
“絶対、妹”
市がそう願った通り、女子であった。
私は、その娘の姿に絶句した。
ぐにゃと曲がり身動きしない。
泣かない、産声が上がらない。
医者は我が子を逆さに吊し、ポンポンと背を叩く。
喉のつまりを取ろうとゆっさゆっさと娘を揺すり、
帰蝶「も…、や…」
やめよ、もうやめよ。
娘が、可哀そうじゃ。
分かったから、流石の名医も落ちた命は救えないと、分かったから。
叩かれ揺すられた娘に手を伸ばし、この母の胸に顔を寄せて抱いた。
医者「よう戦われましたな」
帰蝶「戦…」殿は?戦は、どうなった?
死んでは意味が無い。私だけ生きて…、
「…申し訳、ございません」
動かぬ娘と、殿に謝罪した。

散華の如く~私の中の、宗教戦争~

2013-01-16 | 散華の如く~天下出世の蝶~
ズキッ
怒りで、力んでしまった。
ややが、苦しいと訴えた。
しばし、辛抱せよ…まだ出るには早い。
ややに言って聞かせて、痛みを堪えた。
「仏様は、公平ではないのか?」
殿は流行りに飛び付き、宣教師に教えを請うておる訳はない。
異人から遥か遠く新しき風を感じ、西洋の風習や文化を学び、
小国が堂々大国と渡り合う世界を作らんと邁進しておられる。
「そなたら坊主がナマクラ。胡坐掻いておるから、宣教師に負けるのじゃ」
信者が仏の教えから離れ、布施寄進が減った因は一つ。
坊主の才が足りぬからで、決して伴天連が因ではない。
坊主「仏の教えを知らぬとは…良いですかな?仏のお教えこそ唯一。異国の神など、邪神」仏に盾突くとは無い事ぞと、全くこれだら無知は困ると、私に説教返し。
帰蝶「邪…神…?」
誰が、仏こそ唯一無二と決めた?
唯一と決めるはその信心にあり。
天主の教えを知って、私に説教しているのか?
天主の犠牲と許し、聖母マリアの慈愛が邪神?
仏はそのような事を教え諭しているのではない。
仏は、なぜ、こやつに高僧という地位を与えた?
「そなたの仏は、神の子を、傷付けても良いと申したか?」
ここにいるヤスケ、神の子に対して何を申してもおるのか?
寺と布施寄進額だけで伴天連を排除しようなど短絡的思考。
「話に成らぬ。御坊様にお帰り戴くよう…」
ヤスケに命じた。すると、
坊主は、我が子を、黒を、突き飛ばした。
坊主「パードレ、触るでないッ」
帰蝶「ヤ、ヤスケ。御坊様が何という…ッ」
立ち上がる際、また、力を入れてしまった。

散華の如く~似非坊主と、パードレ~

2013-01-15 | 散華の如く~天下出世の蝶~
火急、謁見したいと申す者は、御坊様であった。
比べては悪いが沢彦様とはかなり違う御坊様で、
にこやか朗らか、ぷくぷくしたお顔の高僧様で、
有り難いお経の一つでも読み上げて帰って頂けると思っていた。
殿の大戦で、高僧から御仏の御加護を戴けるものと信じていた。
私の、愚かな先入観と、御坊様であるという安心が仇と成った。
殿の間に入り、お顔が豹変。
坊主「ッ…」私の傍に仕えるヤスケを睨み、舌打ちをした。
ヤスケ「…」
坊主「困りまするな、斯様異人を入れては…」
帰蝶「あの、御坊様…?」
何が申したいか量りかねる。坊主風情で無礼な。
坊主「パードレ(伴天連)なんぞに誑かされて」
帰蝶「誑か…された…私が、か?」
うぁあと脂汗が出た。
怒りで呼吸が乱れた。
坊主…仏に仕える御身で、何を申すか?
坊主「よくお聞き成され、やれやれ…」ドカッと座り、
ここにも南蛮かぶれが居ったか、嘆かわしい。
一つ説教せねばならぬ、と話し始めた内容は、
天主の教え、キリシタン、伴天連への罵倒で、
「奥方、宜しいか?パードレは…」
南蛮人が街をうろうろ、宣教師が布教活動し、
宣教師に誑かされた我が信者がキリシタンへ。
寺では信者数が減り、布施が足りず、潰れた。
伴天連の布教活動を面白く思わぬ坊主がいる。
そう、殿から聞き及んでいた。
こやつが、その一人であった。
「日ノ本を喰らう魔物。直ちに排除し…」
帰蝶「黙れ…ッ」

散華の如く~其の金、其の心の使い道~

2013-01-14 | 散華の如く~天下出世の蝶~
目映い金が漆の小箱いっぱいに入っていた。
キラキラ輝き、さらさら粒子のこの砂金で、
帰蝶「良質な薬と、上等な絹布(けんぷ)に、名医をここへ」
殿は出陣前、私に砂金を下さった。
“勝手、使え”
懐剣欲しくば、勝手に買えと私に渡したが、
こんな端金で、我が父の形見が造れようか。
殿はどこまでもずるい御方だった。
私の金の使い方も、心の使い方も、
全て御見通し、よう熟知しておる。
「それと、子たちの好きそうなものを見繕ってくれ」
こい「承知…、仕りましてございます」
こいの瞳に、うっすら幕が掛かり、ぽろり、露が一つ、流れて落ちた。
帰蝶「別にそなたの為ではない」ただ…余興の礼をせねばなるまいと思ったまで。
こい「は、」
殿不在の間に、医者から生薬の煎じ方や薬草の処方や、包帯の巻き方を学び、
戦が終わり、無事返って来た殿方たちを、すぐに癒して差し上げられるよう、
傷付いた者たちに治療を施せるよう、我らが出来る事をしておこうと思った。
我らへの配慮その少しばかりの礼と心細かろう子たちに何か慰めをと考えた。
私の出来る事、思い付く事などこれくらいで、
帰蝶「すまぬ、この体で動けぬ故、頼むぞ」
私はこいに、金の小箱を渡した。
女一人に大金を持たすとロクな事に成らぬ故、
城に残る用心棒を数人付け、町に送り出した。
しばらくして、城に物品が運ばれ、名医が出たり入ったり…で、
城内の皆がそれぞれに忙しなく、立ち働いていた。そんな時に、
帰蝶「来客…こんな時にか?」
こいは町に買い出し。義母様は堺へ。戦で当主は不在。城内手薄で迷った。
しかし、御名を聞き、手ぶらで返すは無礼と思い「分かった、御通しせよ」
当主代理、私が謁見する事にした。

散華の如く~サルの力量~

2013-01-13 | 散華の如く~天下出世の蝶~
藤吉郎「はッ」
ひょっとこが顔をキリリッと引き締め、
私を、真っ直ぐ、見つめた。
その真っ直ぐ過ぎる瞳が、私に、何か、訴え掛ける。
サルの眼力に威圧され、私は、たじ…、身じろいだ。
帰蝶「と…殿の御為、存分に尽くされよ」
私が、サルの気迫に負けた瞬間だった。
藤吉郎「ははッ」
勝ち誇ったサルは、ひひッと笑い、
余興に戻り、戦に行ってしまった。
帰蝶「あの者…」
こい「濃姫様。あの者に、心許しては成りませぬ」
こいは、サルの危険な香りを感じていた。
帰蝶「…あの顔に心許す姫は居らぬ」
こい「ミテクレの優劣で、才は量れませぬ」
現に女たち、一瞬にしてサルの虜に成った。
帰蝶「あぁ…」
たたあれだけで、人の心を掴むとは。
殿が、サルを囲った意味が分かった。
市姫「あッ、信長の兄上様」
殿は、十五、六から編成された小姓部隊の先頭にいた。
どうだ、存分に楽しめたであろう?と、
まぁ、悠長に笑って…戦に行かれたわ。
さて、
帰蝶「こい、一つ。頼みがある」
こい「は?」
帰蝶「こちらへ」
こい一人を殿の間に招き入れ、
殿から授けられた小箱を出し、開いて見せた。
こい「まぁ…、こんなに」

散華の如く~サルの奇策~

2013-01-12 | 散華の如く~天下出世の蝶~
こい「我らへの宣戦布告状と、お見受けいたします」
帰蝶「宣戦布告…?」
突飛なサルの行動が、
こい「何と無礼な」
こいの怒りを買った。
帰蝶「つまり…?」
こい「姫様を娶りたいと、そう申しております」
帰蝶「まぁ、あははは…そんなバカな」
雄ザルが赤い尻を雌に見せ、求婚しても、
こい「笑い事ではありませぬ」
帰蝶「しかし…」
見た所、二十そこそこの若ザル。
十近くも離れた姫を娶りたいとは、無礼千万。
どこの馬の骨かも分からぬサルが、分不相応。
殿が、大切な妹を嫁がせるなど有りはしない。
「ただの、サルであろう?」
こい「あやつ、なかなかの知恵者にございます」
殿の火縄銃三段撃はサルの銃槍刀三段攻撃から得た知恵だった。
それに、我らも、タダ者ではないサルの余興に心奪われていた。
帰蝶「知恵あって、あの程度の求婚か?」
殿は、市の嫁ぎ先を北近江浅井と決めている。
こればかりは、殿の御考え覆らないであろう。
一匹のサルがどう転げて回っても…、
すてん転んだサルが我らの前に来て、
サル「尾張中村の木下藤吉郎にございます。どうか、御見知り置きをッ」
うきと下げた頭が、ひょこと置き上がり、ひょっとこのような顔で、
とても印象深い。その顔と名を一瞬にして、私は記憶してしまった。
だから、
帰蝶「藤吉郎殿」
サルの名を、呼んだ。