比べられる国葬、日英の違いは?

2022-09-27 12:43:37 | 桜ヶ丘9条の会

比べられる国葬、日英の違いは?

2022年9月17日 

比べられる国葬、日英の違いは?

2022年9月17日 
 8日に死去した英国のエリザベス女王の国葬が19日に執り行われる。27日に予定される安倍晋三元首相の国葬と違い、国民から特段の反発はない。死亡の経緯が異なるとはいえ、安倍氏の国葬は実施まで2カ月以上と準備期間が長い。各国に働きかけ、弔問外交の体裁を整えようとしたのか。だが、先行する女王の国葬にはさらに大物たちが…。岸田文雄政権が決めた安倍氏の国葬の意義づけに、改めて疑問が浮かぶ。
 (木原育子、中山岳)

税に厳しい国柄、議会が承認 英国

 十二日正午、皇居周辺。秋晴れの空の下、多くの人がウオーキングや日光浴など、思い思いの時間を過ごしていた。
 ジョギング中の三宅侑子さん(62)に国葬について意見を聞くと、さわやかな表情を曇らせた。「結局、これって誰得(誰の得なのか分からない)の葬儀なんでしょうね」。安倍氏の国葬への苦言だ。「子どもや孫の世代のためにもっと使うべきところがあるはず。岸田さんのやり方は見ていられませんよ」と言い残し、走り去った。
 この話題に顔をしかめた英国出身男性も。「エリザベス女王は国民のために働いてきた。女王の国葬について英国民は誰も異を唱えていないよ」とベンチで昼食をとっていたネイサンさん(30)。北海道ニセコ町のスキーインストラクターで、現在は観光中という。
 英国の国王は、国会招集から宣戦布告まで幅広い権限を持つが、内閣の助言なしに行使できないという難しい立場。ネイサンさんは「女王の影響力は政治面でも大きかったはずだが、彼女は偏らず、政治的分断を生まないやり方を貫いてきた。だから国葬でも批判は起きない。それは安倍さんと決定的に違うところでは」と思いを巡らせる。「日本国民にとって安倍さんの亡くなり方はかなり特異で、衝撃はあるだろうが、それを差し引いても女王と安倍さんが同じ国葬というのは、英国出身者からすると大いに違和感がある」
 短文投稿サイトのツイッターでは「本物の国葬は国民の悲しみとともにある」「英国がするのが本物の国葬」といった書き込みが相次ぎ、「本物の国葬」が一時、トレンドワードにもなった。これに対し「そもそも比べるものではない」などの反論も見られた。
 「政権末期の雰囲気」などとツイートした元東京都知事で国際政治学者の舛添要一氏は「岸田さんは世論を見誤ったのではないか」と推測。「女王と元首相では比較の対象が違うかもしれないが、タイミング的にどうしても比べてしまう。各国のトップクラスが集まる英国の国葬に比べ、安倍氏の国葬は寂しい感じがぬぐえない」と語る。
 関心が高まる英国の国葬だが、どう位置付けられているのだろう。
 英国法思想史が専門の同志社大の戒能通弘教授は「英国は税に対して大変厳しい国柄。国葬は王室や特別な功労者を対象とし、議会での予算審議と承認が必須とされる」と説明する。
 これまで歴代の国王や女王のほか、科学者のニュートン、チャーチル元首相などの国葬を実施してきた。
 ひるがえって日本では、天皇陛下の葬儀は皇室典範で「大喪の礼」を行う定めだが、国葬については明確な定義はない。岸田首相は国会を開かず、安倍氏の国葬の実施を閣議で決定。内閣府設置法が国の儀式を所掌しているので、内閣の会議(閣議)で決められると主張し続けている。
 戒能氏は「英国は国民が主権者という思想が浸透し、国民のコンセンサスが重視される。国民の代表である議会の承認を得ることは当然だと考えている」とし「国会の議論を経ず、閣議決定で決める日本と英国の国葬のあり方は決定的に違う」と指摘する。

閣議決定のみ、巨額税金投入 日本

 エリザベス女王の国葬は死去から十一日後に実施される。女王は高齢で体調に不安を抱えていた。別れを告げ、遅滞なく次期国王を即位させる必要もあった。それと突然の凶弾に倒れた安倍氏の国葬を単純に比較できないが、なぜ準備期間に約二カ月の差があるのか。
 内閣府は「閣議決定された日程に合わせて準備している。警備や会場設営、会計、契約といった事務手続きがある。どういう方々を招待するかの選定もしている」と説明する。ただ、一九六七年の吉田茂元首相の国葬では、死去から十一日後の実施だった。国葬なら一律に時間がかかるとは言えない。
 高千穂大の五野井郁夫教授(国際政治学)は、岸田政権の政治的判断があったとの見方を示す。「岸田首相はもともと、八月半ば以降に内閣改造して支持率を上げ、国葬も世論の支持を得て実施するつもりだったのだろう。それが旧統一教会の問題が表面化して内閣改造を前倒ししたものの、国葬に対する世論の反対も高まって今に至っている」
 政府は国葬の理由に、弔問外交も挙げている。岸田首相は八日の閉会中審査で「安倍元総理が培った外交的遺産を受け継ぎ、発展させる」と述べ、参列予定の米国のハリス副大統領、カナダのトルドー首相、インドのモディ首相、オーストラリアのアルバニージー首相らの名を挙げた。
 これに対し、五野井氏は「現職の首脳級の参列者は一部にとどまり、特に欧州諸国からは少ない。顔触れを見ても、日米豪印でつくる『クアッド』諸国とは弔問外交をせずとも会談を設けられる。国葬の理由として弔問外交は後付け感が否めず、大半の国とは形式的なものになりかねない」と指摘。「これは安倍氏個人への評価と言うわけでなく、国際社会での日本の地位が低下していることを物語っている」と述べる。
 一方、エリザベス女王の国葬では、米国のバイデン大統領が参列の意向を示しているほか、各国首脳や王室関係者が集まると見込まれる。日本からは天皇、皇后両陛下が参列される。元外務省国際情報局長の孫崎享氏は「二つの国葬の時期が近くなったことで、参列者の顔触れの違いが際立つことになった」と話す。
 女王の国葬が先になることで、安倍氏の国葬での弔問外交の意義も揺らぎかねない。孫崎氏は「岸田政権はハリス氏が国葬に参列することで日米関係の緊密さをアピールしようとしても、エリザベス女王の国葬にバイデン氏が参列するなら、難しくなる」とみる。
 そもそも、九月下旬は弔問外交のタイミングとしては悪いと孫崎氏は言う。「各国の元首クラスが演説する国連総会があり、接触したければそこで会えば良いはずだ。安倍氏の国葬日程は国連総会と重なり、弔問外交を第一の目的として決めたとは思えない」
 各種世論調査で反対意見が目立つ中、政府が国葬を実施するのはなぜか。
 政治評論家の小林吉弥氏は「岸田首相が国葬を決めた第一の理由は、自民党の最大派閥である安倍派に配慮して政権の安定維持につなげたかったからだ。安倍氏が死去した直後の党内の空気を読み、世論の反発も抑えられると思ったのだろう。だが、時間がたつにつれて批判する人も増えている。熟慮が足りなかったと言わざるをえない」と述べ、こう続けた。
 「岸田首相は実施しさえすれば国葬への批判は収まると考えているかもしれないが、旧統一教会の問題とともに秋の臨時国会で再燃しかねない。物価高対策や経済政策も誤れば、内閣支持率が下落して危険水域に落ち込む可能性もある」
 
 

 

 

 


物価と金融政策 家計はもはや限界だ (2022年9月23日 中日新聞)

2022-09-23 16:44:41 | 桜ヶ丘9条の会

物価と金融政策 家計はもはや限界だ

2022年9月23日 
 
 日銀が金融政策決定会合を開き大規模な金融緩和の維持を決めた。会合後、外国為替市場で一気に円安が進み一時、二十四年ぶりに一ドル=一四五円台を付けた。
 米連邦準備制度理事会(FRB)が前日、インフレ抑制に向け大幅利上げを決めており日米の金利差は一段と開いた。金利の高い通貨が買われるのは当然である。
 この事態を受け財務省の神田真人財務官が「断固たる措置に踏み切った」と述べ、円買い・ドル売り介入を実施したことを明言した。介入の効果により一時大きく円高に振れた。
 米国との関係を考慮すると実施のハードルは高かったはずだが、家計は限界にきており暮らしを犠牲にして対米配慮を優先することは許されない。介入は当然だ。
 ロシアのウクライナ侵攻による資源高と円安による輸入物価高騰は国内物価を押し上げた。総務省が公表した八月の消費者物価指数は前年同月比2・8%増と、消費税増税の影響を除けば三十年十一カ月ぶりの上昇率を記録した。
 懸念されるのは電気やガス代などエネルギー価格が16・9%、生鮮品を除く食料が4・1%と大幅に上昇していることだ。生活に必要不可欠な品目の高騰は家計に深刻な打撃を与えている。
 ただ日銀の黒田東彦総裁=写真=は国内経済について需要が弱くデフレ傾向にあるとの見方を変えていない。これが消費や設備投資を促すため金融緩和を続ける大きな根拠になっている。
 一部の経済指標を見る限りその分析は間違いではない。だが九年以上金融緩和を続けても、消費や投資の回復が賃上げをもたらす景気の好循環は起きなかった。日銀は金融緩和を軸に据えたアベノミクスに固執するあまり誤った政策判断を続けているのではないか。
 政府がようやく円安阻止に向け行動を示す中、経済界や労働界にも注文がある。円安で業績を上げた企業は即刻大幅な賃上げに踏み切るべきだ。
 連合を軸とした組合側の賃上げ要求も迫力に欠ける。働く仲間のために声を上げてこその組合だと自覚してほしい。 
 
 

 


言論の覚悟を新たに 桐生悠々を偲んで (2022年9月14日 中日新聞) 

2022-09-16 21:42:05 | 定年後の暮らし春秋

言論の覚悟を新たに 桐生悠々を偲んで

2022年9月14日 
 九月十日は私たち記者の大先輩で反軍、抵抗のジャーナリスト、桐生悠々(きりゅうゆうゆう)を偲(しの)ぶ命日でした。世界を見回すと、悠々が活動していた時代同様、戦禍が絶えず、新たな戦争も始まりました。戦争の犠牲者はいつも、何の罪もない「無辜(むこ)の民」です。こんな時代だからこそ、悠々の命懸けの警鐘に耳を傾け、言論の覚悟を新たにしなければなりません。
      ◇
 本紙読者にはおなじみだと思いますが、桐生悠々について、おさらいをしてみます。
 悠々は、本紙を発行する中日新聞社の前身の一つ「新愛知」新聞や長野県の「信濃毎日新聞」などで編集、論説の総責任者である主筆を務めた言論人です。
 明治から大正、戦前期の昭和まで、藩閥政治家や官僚、軍部の横暴を痛烈に批判し続けました。
 新愛知時代の一九一八(大正七)年に起きた米騒動では、米価暴騰という政府の無策を新聞に責任転嫁し、騒動の報道を禁じた寺内正毅内閣を厳しく批判。社説「新聞紙の食糧攻め 起(た)てよ全国の新聞紙!」の筆を執り、内閣打倒、言論擁護運動の先頭に立ち、寺内内閣を総辞職に追い込みました。
 信毎時代の三三(昭和八)年の論説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」では、敵機を東京上空で迎え撃つ想定の無意味さを指摘しました。日本全国が焦土と化した歴史を振り返れば正鵠(せいこく)を射たものですが、在郷軍人会の抵抗に新聞社が抗しきれず、悠々は信州を離れます。

発禁処分を乗り越えて

 それでも悠々は、新愛知時代に住んでいた今の名古屋市守山区に移り、三四(同九)年から個人誌「他山の石」を月二回発行します。当局からたびたび発売禁止や削除の処分を受けながらも、四一(同十六)年に病で亡くなる直前まで、軍部や政権への厳しい批判を続けたのです。
 他山の石が最初に発禁となったのは三五(同十)年の「広田外相の平和保障」という論文です。
 当時の広田弘毅外相による「我在任中には戦争なし」との議会答弁を「私たちの意見が裏書きされた」と評価しつつ、アメリカやロシアとの戦争は「国運を賭する戦争」であり「一部階級の職業意識や、名誉心のため」「一大戦争を敢(あ)えてすることは、暴虎馮河(ぼうこひょうが)(無謀な行為)の類である」「戦争の馬鹿(ばか)も、休み休み言ってもらいたいものだ」と軍部の好戦論を批判しました。
 これが反戦を宣伝扇動したとして発禁処分になったのです。
 悠々の研究者、太田雅夫さんの著書によると他山の石の発禁・削除処分は二十七回に上ります。このうち二十五回は三五〜三八年の四年間ですから、この間に発行された四分の一以上が発禁・削除処分を受けたことになります。
 その後、悠々は発行継続のため不本意ながらも愛知県特高課による「事前検閲」を受ける方針に切り替え、指摘された箇所を自主的に削除することで発禁を免れました。ただ、その筆勢は衰えず、政権や軍部批判を続けました。

言わねばならないこと

 それらは悠々にとって「言いたいこと」ではなく「言わねばならないこと」でした。他山の石にはこう書き残しています。
 「私は言いたいことを言っているのではない」「この非常時に際して、しかも国家の将来に対して、真正なる愛国者の一人として、同時に人類として言わねばならないことを言っているのだ」
 そして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり「義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う」とも。
 悠々が残した記者としての心構えは古びるどころか、今の時代にも通じる、いや、今だからこそ胸に刻むべき至言なのです。
 今、新聞にとって「言わねばならないこと」があふれています。
 法的根拠を欠く国葬実施や旧統一教会と政治との深い関係、平和憲法を軽視する安全保障政策への転換や防衛費の増額などです。
 国外に目を転じれば、国際法無視のロシアの振る舞いや、核兵器使用の可能性も看過できません。
 新聞が言わなくなった先にあるのは、内外で多大な犠牲者を出した戦争であり、それが歴史の教訓です。言論や報道に携わる私たちに「言わねばならないこと」を言い続ける覚悟があるのか。悠々の生き方は、そう問い掛けます。
 
 

 


冤罪、司法との闘い 「間違ったシステム変えよう」 (2022年9月13日 中日新聞)

2022-09-13 17:05:37 | 桜ヶ丘9条の会

冤罪、司法との闘い 「間違ったシステム変えよう」

2022年9月13日 
 20歳で無実の罪を背負い、29年間を獄中で過ごした「布川(ふかわ)事件」の桜井昌司さん(75)を追ったドキュメンタリー映画「オレの記念日」(金聖雄(キムソンウン)監督)が10月から全国公開される。仮釈放後に無罪となり、国家賠償請求訴訟でも勝利した桜井さんは、同じ冤罪(えんざい)被害者の支援に奔走してきた。人生の大半を、日本の司法との闘いに費やした桜井さん。今は末期がんとも向き合う。その思いとは−。 (大杉はるか)
 「懐かしいなあ」
 映画は、桜井さんが仮釈放から二十年ぶりに千葉刑務所を訪れるシーンから始まる。最高裁で無期懲役が確定してから十八年間を過ごした刑務所だが、つむぐのは恨み言ではない。「本当にがんばりましたよ、一生懸命。なんでだろうね、楽しさしか思い出せない」
 一九六七年八月、茨城県利根町布川で、一人暮らしの男性=当時(62)=が殺害された布川事件。桜井さんは杉山卓男さん(故人)とともに別件逮捕後、強盗殺人罪で起訴され、無罪の主張が認められないまま、九六年まで二十九年間を拘置所と刑務所で過ごした。再審の末、ようやく無罪となったのは二〇一一年。昨年八月には、国家賠償請求訴訟で勝った。
 映画では、桜井さんが冤罪を訴える活動で「刑務所に入ったおかげで幸せだった。人さまの善意を信じられるって冤罪者」と語る様子や、「泣いたって叫んだって出られない。明るく楽しく面白いものを見つけて生きてやろうと思った」と獄中生活を振り返るシーンなどが出てくる。仮釈放後に出会って結婚した妻・恵子さんとの日常風景のほか、桜井さんが支援する「袴田事件」の袴田巌さん(86)や「狭山事件」の石川一雄さん(83)らも登場する。
 国家賠償請求訴訟の最中だった一九年九月には、ステージ4の直腸がんと診断され、余命一年と宣告された。その一カ月後に淡々と心境を語る様子も、カメラはとらえている。
 桜井さんは獄中で詩や日記を書き、作曲もした。高い歌唱力を生かして、仮釈放後はコンサートも開いている。映画に彩りを与えているのが、こうした詩や歌だ。映画のタイトルは、逮捕された日の「夜風に金木犀(キンモクセイ)は香って 初めての手錠は冷たかった」で始まる詩「記念日」からとった。
 撮影した金監督(59)は、「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」(一三年)、「袴田巌 夢の間の世の中」(一六年)、「獄友」(一八年)と、冤罪を扱ったドキュメンタリーを手がけ、今回で四本目。きっかけは十二年前、狭山事件の石川さんに会ったこと。石川さんを追う過程で、すぐに桜井さんらほかの冤罪被害者との交流が始まった。「冤罪と聞いて最初は怖いというイメージがあったが、会ったら全然違った」と金監督。絶望のふちに立たされながら、希望を捨てない姿に引きつけられ、それぞれにカメラを向けてきた。「彼らの生き方を見て、愛情とか友情、普通の幸せって何かと考えさせられた」
 金監督は「桜井さんは冤罪被害者をつなぐキーマン。多くの冤罪被害者は声さえ上げられないが、桜井さんの存在が目標になった」と指摘する。「冤罪という経験は不幸に決まっているけど、そんな単純なものでもない。桜井さんは『幸せだった』というが、言わないこと、抑えることで、しんどさや悲惨さを感じてほしい」
 「オレの記念日」は十月八日から、ポレポレ東中野(東京都中野区)で公開される。愛知、静岡、三重、長野県のほか、関西でも順次上映予定だ。

桜井さん 全証拠の開示、「再審審査会」が必要 取調官がウソ、自白の強要

 「人からどう思われるとか、意味ない。自分の中身は変わらない。娑婆(しゃば)に出てきてからの生き方がそうなんだよね」。桜井さんは完成した映画を見て「ありのまま」と話す。
 五十五年前の八月二十八日、大工の男性が自宅で絞殺され、現金も奪われた。茨城県警の捜査は難航し、一カ月以上たった十月十日、桜井さんはズボンとベルトの窃盗容疑で、十六日には杉山さんが暴力行為法違反容疑で逮捕された。すぐに本件の取り調べが始まった。桜井さんが当日は都内の兄のアパートにいたと主張しても、警察官に「兄は来ていないと言っている」と否定され、「目撃者がいる」「死刑になるぞ」とも脅され、自白に追い込まれた。
 犯行状況に関する供述は、取調官のストーリーに合わせてつくられた。現場から指紋や毛髪などの物証は何一つ出ていなかった。
 再審請求審では、警察官がないと証言していた自白を録音した二本目のテープの存在が明らかになり、十三カ所も編集跡が見つかった。被害者宅での目撃証言も否定された。ようやく無罪になった時、桜井さんは六十四歳になっていた。
 一二年に国家賠償請求訴訟を起こした。昨年八月の東京高裁判決は、目撃情報に証拠能力はなく、唯一の根拠となった自白は警察官や検察官がウソを言って誘導したことを認定。「社会的相当性を逸脱して自白を強要する違法な行為であることは明らか」と断じた。
 あれから一年。今も警察官や検察官から謝罪はない。だが桜井さんは「必要ない」と言う。「それよりも、間違っているシステムを変えよう」という考えだ。
 たとえば、証拠の開示。桜井さんの裁判では、検察側に不利になる証拠が隠され、裁判所も開示に向けて積極的に動かなかった。刑事訴訟法では、公判前整理手続きで、被告側から請求があれば証拠リストの提出が義務付けられているが、桜井さんは「リストだけというのはごまかし。全証拠を出せばいい」と、さらなる改善を求める。
 もう一つ重視するのは、一九四九年の刑訴法施行後、ほぼ手付かずできた再審制度の見直しだ。桜井さんは「今は再審を求める先は裁判所だが、本当は独立した『再審審査会』のような機関をつくるべきだと思う。国民も入り、証拠はすべて出して、警察や検察の行為を含めて審査する。国民が司法をコントロールすることになる」と提案する。
 「誰だって間違えるのは仕方ない。でも証拠を無視したり、ウソをついたりしている。その過ちを正し、責任を負うシステムがないのは本当におかしい」との確信があるからこそだ。
 二〇一九年三月には初めて冤罪犠牲者の会を結成した。同時期に、科学鑑定で冤罪を再検証する米国発祥の活動「イノセンス・プロジェクト」に参加した際、台湾の検事総長が「冤罪は生まれてしまうが、裁判官、検察官、弁護士みんなで直していく」と語るのを聞き「日本と全く違う」と感じたという。「冤罪体験者のおれたちが声を上げない限り、社会は変えられないのではと思った」と桜井さん。「時間はかかってもいい。司法が変わるということは社会が変わるということだ」と訴える。
 末期がんの診断を受け、腸洗浄や食事療法を続けてきた。死について真剣に考えたのは、警察官に「死刑になる」と言われた時。「自分がいるから、この世がある。世の中があるから自分がいるのではない」という意識が芽生えた。今の社会を見て「本当に大事なのは一人しかいない自分の命だが、その大事さを教えられておらず自覚できない人がいっぱいいる」と感じる。
 体重は十数キロ落ちたが、歩みを止める気はない。「何やったって死ぬんだし、自分のやりたいようにやった方がいい」
 
 

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また五輪1周年イベント? バッハ会長出席し10月開催 (2022年9月9日 中日新聞)

2022-09-12 10:35:50 | 桜ヶ丘9条の会

た五輪1周年イベント? バッハ会長出席し10月開催

2022年9月9日 05時05分 (9月9日 05時05分更新)
 東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件が拡大する中、二〇三〇年冬季五輪招致を目指す札幌市の秋元克広市長が国際オリンピック委員会(IOC)本部訪問を見合わせた。バッハ会長とのトップ会談は実現しなかったが、来月にはIOCの五輪一周年イベントが国立競技場であり、バッハ会長も参加するという。一周年と言えば都の記念イベントが七月にあったばかりだが、なぜまた開くのか。
 六日、東京大会組織委員会の元理事が受託収賄容疑で再逮捕された。速報がテレビで慌ただしく流れる中、札幌市の担当者はIOC訪問中止の理由を「あくまでスケジュールの都合。汚職事件は一切関係ありません」と繰り返した。
 市招致推進部によると、今月十四〜十七日、秋元氏がドイツ・ミュンヘンに出張するのに合わせ、スイス・ローザンヌのIOC本部を訪れ、バッハ会長と面談する計画だった。日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長も同行する予定だったが、日程調整で折り合えなかったという。
 JOC広報部も「訪問を見送ったことと、贈収賄事件について捜査されていることとは関係ありません」とコメントした。
 だが、都によると、バッハ氏は十月十六日に国立競技場で開かれる五輪一周年記念イベント「Thank you Tokyo!」に出席する予定。市民の招致支持率が伸び悩んでいるだけに、札幌市の担当者は「継続的な対話が大事。バッハ氏の訪日時にも対談の可能性を探ることになる」と話すが、「現時点では何のめどもたっていない」という。
 そもそも八月下旬に発表された、このイベントはどんなものなのか。都によると、昨年七月時点でIOC主催の「日本への感謝を伝える催し」として実施が決まっていた。
 ただ、今年七月にも同じ国立競技場などで、都主催の一周年記念イベント「TOKYO FORWARD」が開かれたばかりだ。海外の出場選手による競技のデモンストレーションなどは加わるものの、陸上やラグビーの競技体験、メダルの展示などのプログラムは似たり寄ったりの感が否めない。
 「汚職事件の影響で厳しいご意見があることも承知している」と都の担当者。それでも、「IOCとの調整を経て実施が決まったイベント。記念行事として東京レガシーハーフマラソンの初開催も併せて行われる」と意義を強調した。
 どこまで広がるか見通せない五輪汚職が、札幌招致や記念イベントに与える影響は大きいのか。
 東京都立大の舛本直文客員教授(五輪研究)は「コロナ禍での延期開催に恩を感じているIOCとしては、日本を大切にしたい思いが強い」とし、以前から決まっていた記念イベントの中止はあり得ないとみる。ただ、札幌五輪招致については「数年前から汚職防止の規定を整えてきたIOCにとって、今回の贈収賄事件で表だって動きにくくなった」と指摘する。
 スポーツジャーナリストの谷口源太郎さんは「開催一年前や一年後の関連イベントの乱立は、IOCがマネーファーストにかじを切り、肥大化した現代五輪の象徴」と断じる。
 「組織委は問題の多かった五輪そのものを総括していないのに、金集めだけに終始している。汚職事件がさらに進展していく可能性もある中で、レガシーを残すなどと聞こえのいい言葉を並べ立てても何の説得力も持たず、批判的に見られても仕方ない」
 (西田直晃)
 
 

 

た五輪1周年イベント? バッハ会長出席し10月開催

2022年9月9日 

東京五輪・パラリンピックの「1周年記念セレモニー」で記念撮影する、(前列左3人目から)スポーツ庁の室伏広治長官、東京都の小池百合子知事、大会組織委で会長を務めた橋本聖子氏ら=7月、国立競技場で

 東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件が拡大する中、二〇三〇年冬季五輪招致を目指す札幌市の秋元克広市長が国際オリンピック委員会(IOC)本部訪問を見合わせた。バッハ会長とのトップ会談は実現しなかったが、来月にはIOCの五輪一周年イベントが国立競技場であり、バッハ会長も参加するという。一周年と言えば都の記念イベントが七月にあったばかりだが、なぜまた開くのか。
 六日、東京大会組織委員会の元理事が受託収賄容疑で再逮捕された。速報がテレビで慌ただしく流れる中、札幌市の担当者はIOC訪問中止の理由を「あくまでスケジュールの都合。汚職事件は一切関係ありません」と繰り返した。
 市招致推進部によると、今月十四〜十七日、秋元氏がドイツ・ミュンヘンに出張するのに合わせ、スイス・ローザンヌのIOC本部を訪れ、バッハ会長と面談する計画だった。日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長も同行する予定だったが、日程調整で折り合えなかったという。
 JOC広報部も「訪問を見送ったことと、贈収賄事件について捜査されていることとは関係ありません」とコメントした。
 だが、都によると、バッハ氏は十月十六日に国立競技場で開かれる五輪一周年記念イベント「Thank you Tokyo!」に出席する予定。市民の招致支持率が伸び悩んでいるだけに、札幌市の担当者は「継続的な対話が大事。バッハ氏の訪日時にも対談の可能性を探ることになる」と話すが、「現時点では何のめどもたっていない」という。
 そもそも八月下旬に発表された、このイベントはどんなものなのか。都によると、昨年七月時点でIOC主催の「日本への感謝を伝える催し」として実施が決まっていた。
 ただ、今年七月にも同じ国立競技場などで、都主催の一周年記念イベント「TOKYO FORWARD」が開かれたばかりだ。海外の出場選手による競技のデモンストレーションなどは加わるものの、陸上やラグビーの競技体験、メダルの展示などのプログラムは似たり寄ったりの感が否めない。
 「汚職事件の影響で厳しいご意見があることも承知している」と都の担当者。それでも、「IOCとの調整を経て実施が決まったイベント。記念行事として東京レガシーハーフマラソンの初開催も併せて行われる」と意義を強調した。
 どこまで広がるか見通せない五輪汚職が、札幌招致や記念イベントに与える影響は大きいのか。
 東京都立大の舛本直文客員教授(五輪研究)は「コロナ禍での延期開催に恩を感じているIOCとしては、日本を大切にしたい思いが強い」とし、以前から決まっていた記念イベントの中止はあり得ないとみる。ただ、札幌五輪招致については「数年前から汚職防止の規定を整えてきたIOCにとって、今回の贈収賄事件で表だって動きにくくなった」と指摘する。
 スポーツジャーナリストの谷口源太郎さんは「開催一年前や一年後の関連イベントの乱立は、IOCがマネーファーストにかじを切り、肥大化した現代五輪の象徴」と断じる。
 「組織委は問題の多かった五輪そのものを総括していないのに、金集めだけに終始している。汚職事件がさらに進展していく可能性もある中で、レガシーを残すなどと聞こえのいい言葉を並べ立てても何の説得力も持たず、批判的に見られても仕方ない」
 (西田直晃
 東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件が拡大する中、二〇三〇年冬季五輪招致を目指す札幌市の秋元克広市長が国際オリンピック委員会(IOC)本部訪問を見合わせた。バッハ会長とのトップ会談は実現しなかったが、来月にはIOCの五輪一周年イベントが国立競技場であり、バッハ会長も参加するという。一周年と言えば都の記念イベントが七月にあったばかりだが、なぜまた開くのか。
 六日、東京大会組織委員会の元理事が受託収賄容疑で再逮捕された。速報がテレビで慌ただしく流れる中、札幌市の担当者はIOC訪問中止の理由を「あくまでスケジュールの都合。汚職事件は一切関係ありません」と繰り返した。
 市招致推進部によると、今月十四〜十七日、秋元氏がドイツ・ミュンヘンに出張するのに合わせ、スイス・ローザンヌのIOC本部を訪れ、バッハ会長と面談する計画だった。日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長も同行する予定だったが、日程調整で折り合えなかったという。
 JOC広報部も「訪問を見送ったことと、贈収賄事件について捜査されていることとは関係ありません」とコメントした。
 だが、都によると、バッハ氏は十月十六日に国立競技場で開かれる五輪一周年記念イベント「Thank you Tokyo!」に出席する予定。市民の招致支持率が伸び悩んでいるだけに、札幌市の担当者は「継続的な対話が大事。バッハ氏の訪日時にも対談の可能性を探ることになる」と話すが、「現時点では何のめどもたっていない」という。
 そもそも八月下旬に発表された、このイベントはどんなものなのか。都によると、昨年七月時点でIOC主催の「日本への感謝を伝える催し」として実施が決まっていた。
 ただ、今年七月にも同じ国立競技場などで、都主催の一周年記念イベント「TOKYO FORWARD」が開かれたばかりだ。海外の出場選手による競技のデモンストレーションなどは加わるものの、陸上やラグビーの競技体験、メダルの展示などのプログラムは似たり寄ったりの感が否めない。
 「汚職事件の影響で厳しいご意見があることも承知している」と都の担当者。それでも、「IOCとの調整を経て実施が決まったイベント。記念行事として東京レガシーハーフマラソンの初開催も併せて行われる」と意義を強調した。
 どこまで広がるか見通せない五輪汚職が、札幌招致や記念イベントに与える影響は大きいのか。
 東京都立大の舛本直文客員教授(五輪研究)は「コロナ禍での延期開催に恩を感じているIOCとしては、日本を大切にしたい思いが強い」とし、以前から決まっていた記念イベントの中止はあり得ないとみる。ただ、札幌五輪招致については「数年前から汚職防止の規定を整えてきたIOCにとって、今回の贈収賄事件で表だって動きにくくなった」と指摘する。
 スポーツジャーナリストの谷口源太郎さんは「開催一年前や一年後の関連イベントの乱立は、IOCがマネーファーストにかじを切り、肥大化した現代五輪の象徴」と断じる。
 「組織委は問題の多かった五輪そのものを総括していないのに、金集めだけに終始している。汚職事件がさらに進展していく可能性もある中で、レガシーを残すなどと聞こえのいい言葉を並べ立てても何の説得力も持たず、批判的に見られても仕方ない」
 (西田直晃)