故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

伝えたいけど、遠すぎる

2017-02-28 07:20:33 | よもやま話

「心の学級委員」というタイトルにしました。
どのクラスにも、心の支えのような子がいるものです。
独りでいる子に、自然と声をかける子のことです。
さりげなく、さりげなく。


今日のタイトルは、「伝えたいけど、遠すぎる」です。

始まりが違うだろう。
そこじゃないだろう。
心配するところは、目的は。
そんなことが問題になるとは。
現実は、そういったことから始まります。

お母さんのガミガミはいつもそうです。
子供のことが嫌いじゃないのと思うこともあります。
子供の成長を見ようとしてないのでは、
先走りしなくても、放って置けばやりますよ。
もうちょっと黙って聞いてあげたらと思います。

年代のギャップもあるでしょう。
好き嫌いの壁もあるでしょう。
想いの違いもあるでしょう。

遠すぎると感じるのは、よくあることです。

かみさんが亡くなった時、子どもとどう話したら良いかわかりませんでした。
子供から直に話を持ち掛けられても、「お母さんに話して」と言っていました。
お母さんのフィルターを通して話すことになっていました。
私の考えも、子どもの情報もすべて母親を通じてでした。
かみさんの子供への答えも、「お父さんに相談してみるね」でした。
同じ家族なのに、ややこしいコミュニケーションでした。

日頃親しくないお父さんには、子どもの心情は伝わりませんでした。
これが問題でした。子供を見ていない。何を考えているのか知ろうとしませんでした。
かみさんが亡くなるまで、双方とも気づきませんでした。
子供達には、悪いことをしたと反省しています。

これでは、物事は正しく進みません。
話すしかありません。
嫌いでも、壁があっても、うまが合わなくても話さなければなりません。

「伝えたいけど、遠すぎる」と言うタイトルでした。
遠すぎると感じるのが、始まりです。
気づいたわけですから、行動をおこします。
その方に判る方法でやるのが良いでしょう。
その方が、気持ちよくなる方法が良いでしょう。
面倒くさいですが、やらなければなりません。
地域おこしは、仕事です。

ほーほけきょ あなたも何か つたえたい

2017年2月28日

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