絵のタイトルは、「このままここで」です。
誰しも願うのは、安住の地です。
ユートピアなんてどこにもない。
いつまでと願わず、今を生きる。
「男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く」と言われる。
妻は故郷の母に会いに、私は横浜の子どもに会いに別行動の休暇をとった。
それぞれの友人たちや家族と過ごす。これは贅沢の極みである。
今日のタイトルは、「それぞれの休暇」です。
庭木の剪定は、まず庭に穴を掘る。
捨て場を作って、伐った木を細かくきざみ埋めていく。
子供には、剪定した木の後始末が苦痛であった。
都会では、剪定した木を燃やすこともできず、ひもでしばり燃えるごみの日に出す。
持参した切れる鋸を持った息子は、喜々と働いた。
娘は荒れた花壇を片づけた。あとは一緒に飲み話した。
父としてできることは、あまりない。やり方を教えるだけである。
妻は、年老いた母と共に大根をスライスし一緒に干した。
合間に友人たちと会った。母は、次いつ帰るかと聞いた。
帰ってきた妻の話は尽きなかった。
妻と暮らす日々は、朝ごはんを作るのも楽しい。
一人では、コンビニ弁当になってしまう。
連れ合いに先立たれた奥さんは、悲しみもそこそこの感で、その後も強い。
心配事が一つ減った。
「それぞれの休暇」。
一緒の生活はゆたかであると、私は再認識した。
妻は、開放感を楽しんだ。
そしてまた喧嘩の日々を過ごす。
遠い地に 出かけて帰り ここが家(うち)
2020年3月4日
(あとがき)
長い間、書きませんでした。
霜柱に立つ麦は踏まれてこそ伸びる。
そーなんだなと、改めて思いました。
また、お付き合いください。
(筆者)