楽しんでこそ人生!ー「たった一度の人生 ほんとうに生かさなかったら人間生まれてきた甲斐がないじゃないか」山本有三

     ・日ごろ考えること
     ・日光奥州街道ひとり歩る記
     ・おくのほそ道を歩く

オレンジと古代の大きな別荘の跡(アルバムの処分ー南イタリア紀行 4)

2021年10月23日 04時23分00秒 | 南イタリア紀行
(古代の大きな別荘の跡とオレンジ)
三日目はピアッツア・アルメリーナへ約100キロ走り、
映画「グランブルー」の舞台となったシチリアを代表する別荘地
 
タオルミーナへ。
途中、古代モザイク画が残されている
世界遺産「カザレの別荘」を観光。
 
シチリアはそもそもがリゾートである。
この二月の時期はまだ早く、
ホテルも空いているが、三月に入るとヨーロッパの人たちが、
どっと押し寄せホテルは満室となるという。
リゾートとして混雑する前の
閑散期にあっちこっちを観たがる日本人観光客が押し寄せる。
つまり閑散期の穴埋めに日本人達がいるのだ。

 
(カザレの別荘の案内看板)

海岸線を走った昨日とは打って変わり、
本日は内陸を走る。
なだらかな丘陵地帯を走って、野原の茂みの中に
その世界遺産「カザレの別荘」はあった。
車を止めて遺跡の入り口までしばらく歩く。
道の両側に背の低い
オリーブの木が生えており、熟した黒い実をつけている。
食べられそうに見えるオリーブの実を取って、
口に入れようかどうしようか迷っていると、
いかにも農夫らしい男性がミカン様の実を手に持って、
歩いている人全員に試食を勧めている。
 
例によって物売りである。無視して遺跡の方向に進む。
前回の乞食の婆さんの件(南イタリア紀行2参照)もあるので、
ツアー客はみんな素知らぬ顔で通り過ぎる。
 
(オリーブの木の向こうに見える丘陵地帯)

「カザレの別荘」は優に500坪はあるかと思われるほど広い。
お風呂、居間、室内競技場など見て回ったが、
全ての床はモザイクで描かれている。
どれもモザイクとしては良く残っている。
オデッセイの物語を描いたもの、
水上の生活を描いたもの、
水中の様子(魚など)を描いたもの、
どれもこれも感心する。
日本では見ることが出来ない。

 
(床に描かれたモザイク画)

モザイク画はトルコのモスクの壁に
描かれたものを観たのが始めてであったが、
今回は床に描かれたもので、
当時は床の上を何人もの人が歩いて、
モザイクが磨り減ってはいるが、
良く残ったものと感心する。
古いモザイク画の床を持つ別荘を一巡して外に出る。
 
待っている観光バスまでの道のりを、
オリーブ並木に囲まれて歩きながら、
(出来るときにやらなければ悔いが残る)とばかりに、
脇の木から黒いオリーブの実を一つ取って口に入れた。
いつも食べるオリーブのピクルスを想像していたら、
似ても似つかぬ味であった。
回りの仲間達が興味深そうにボクの顔を覗き込んでいたが、
ボクが「渋いっ!」と吐き出すのを見てげらげら笑った。
 
ボクは思う。
なまこや、(その腸のこのわた)を始めて食べた人の勇気を。
果物ではドリアン、発酵食品では納豆をはじめて食べた人の、
その勇気を感じたものだが、
ボク自身そんな冒険者の気分である。
 
その日の翌朝、浅い夢を見た。
 
《オリーブの実を(ああ 美味しい!)と言って、
にこやかに飲み込んで見せた夢だ。
周りの仲間達が競って黒オリーブの実を手にとって、
口に入れる。
次の瞬間、みんなが渋そうな顔をして、
(べっべっ)口からオリーブを吐き出している夢だ。
(わっはっはあ!!!)
お腹を抱えて笑ったところで目が覚めた。》
 
意地悪な夢だ。
 
話を戻す。
口の中にオリーヴの渋さが残っており、弱っていると、
往路にいた農夫がしきりにみかんの試食を進めている。
お口直しにともらって食べたら、これがすこぶる美味しい。
カミさんに「すごく美味しいよ!」と勧めると、
周りのみんなが競って試食した。
カミさんも食べてみて、(おいしい)と言う。
 
すかさずボクが、
(いくら?)と聞くと(1ユーロ)と言う。一個かと思い、
(えっ?)と聞きなおすと、
ビニール袋を持ち上げて、(1ユーロ)と言う。
袋を持ち上げてみると、6個は入っている。
 
6個147円は安い!
東京ではスーパーマーケットで買っても一個200円だ。
1ユーロ出して早速買った。

 
(これはレストランで食べたオレンジ)

さて、これがシチリアで食べたオレンジである。
オレンジは普通切ると中身はオレンジ色である。
当たり前のことだ。
ところがシチリアのオレンジは中が赤い。
赤い身のグレープフルーツに似ているが
色はもっと透明で鮮やかである。
グレープフルーツより酸味が少なく甘くておいしい。
 
翌朝、ホテルの食堂を見渡すと
フレッシュ・オレンジジュースと書いた機械が置いてある。
横に昨日と同じオレンジが山と積んであり、
機械の下には絞りかすのオレンジが
これまたタップリバケツの中にある。
機械をどのように使うのか解らないので、
あれこれ眺め回していると、
イタリア人らしき客が来て、
オレンジを機械の上部から一個づつ入れていくと、
下のほうからジュースが出てくる。
三個入れるとコップ一杯分の
フレッシュジュースが出来上がる。
何のことはない、コーヒーメーカーみたいなもの。

右へ習えで、ボクが試し、
カミサンの分と二杯ジュースを作ると、
ボクの後ろに日本人旅行客が並んでいる。

カミサンにジュースを渡すと、
あのオレンジの機械はどのように
ジュースを造るのかとご質問である。

 
(昼食はコトレッタ・アッラ・シチリアーナ 
       【シチリア風カツレツ】カミさん写す)

そこまで観察していなかったので、
もう一杯ジュースを作りに行く。
一個オレンジを入れて機械を見ていると、
機械の中に入ったオレンジは、
すぐに二つに切られ、
奥まで進むと両側から切られたオレンジが押し潰されて
ジュースが出来る仕組みになっている。
三個分で200CCのジュースが出来る。
 
しかし、あのオレンジの味は忘れられない。
あのオレンジのために、
いつかまた二月にシチリアに行きたいものである。
 
 
 
 
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アーモンドと神殿の谷(アルバムの処分ー南イタリア紀行 3)

2021年10月20日 04時17分00秒 | 南イタリア紀行

(アーモンドの花)

(アーモンドと神殿の谷)
午後はアグリジェントへバスで130キロも南下し、
世界遺産の神殿の谷を観光する。
東京では最高気温10℃、
その寒さから脱出してきた今回の旅行であるが、
シチリアは気温16℃と暖かい。
 
シチリアの地形は日本に似てリアス式海岸で、
坂あり山あり海ありの変化に飛んだ地形である。
車窓からは、その起伏のあるのどかな丘陵地帯が連なって見えるが、
所々に桜と見間違う白い花を満開にした木を見かける。
ガイドさんに聞くと「アーモンドの花」だそうだ。
胡桃に似た味のアーモンドを食べたことがあるが、
食べているのは種で、その花や実を見たことがなかった。

 
(アーモンドの白い花)

桜の花はうっすらと赤みを帯びた白であるが、
アーモンドの花は桜と違って
ただただ白い。日本で桜を見るには、
まだまだ二ヶ月の先の話。
日本人の桜好きは、説明する必要がない。
アーモンドの木が群生している景色に出会うと、
一斉に「ワー!きれい!」と歓声が上がるからである。
 
アグリジェントは、
今朝の観光地パレルモより130キロ南に位置するせいか、
気温がさらに暖かく、
アーモンドの花が沢山咲いている。
東京では見られなくても、
熱海では満開の桜を見られるのに似ている。

 
(ギリシャの神殿に似た神殿)

神殿の谷と聞いていたのに、
丘陵の頂きにギリシャのパルテノン神殿を
思わせる遺跡が見えてきた。

もっとも、その昔、ローマ軍がギリシャに押し寄せ、
神殿を建てたから、
ギリシャもイタリアも同じで当然かも知れない。
ヨーロッパの国々の建物、道路は
その昔 ローマ帝国が建設しているから、
同じで当然で、
ボクの少ない体験から言わせれば、
ヨーロッパの国々を見なくても、
イタリアを見れば終わりと考えても、
間違ってそうもない。

修復中のようで、足組みと養生シートで一部を覆われていたが、
ほとんど全貌を見ることが出来る。
コンコルディア神殿だ。
その神殿の先に、屋根はなく、
列柱だけ見える神殿の遺跡も見える。
いずれも満開のアーモンドの木に囲まれている。
両方ともパルテノン神殿と同じ時期の
2500年前に建造されたという。
これら神殿の脇に立つと古代へタイムスリップしたような
不思議な気持ちに包まれる。

 
(神殿とアーモンドの花)

――古代ローマ――
ボクの貧しい知識の中での古代ローマは、
シェークスピアの「ジュリアス・シーザー」しかない。
(ジュリアス・シーザーは英語読み、
     ラテン語ではユリウス・カエサル)
 
それも、
 
「ブルータス!お前もか!」
の有名なセリフが思い浮かぶだけ。
 
一説では
「我が子よ!お前もか!」と言われているそうだが、
ガイドさんの説明では、
その両方とも言っていないとされる。
後世の人たちの創作のようだ。
 
あるいはシェークスピアの創作なのかも知れない。
そもそもシェークスピアは、
生涯イギリスから出たことがないから、
素晴らしい想像力で物語を構成したに違いない。
その元ネタは、各地を歩く商人からの又聞きだという。
自分は外国には行っていないのに、
外国で起きた物語を創っている。
「ベニスの商人」「ハムレット」「ロミオとジュリエット」などなど・・・
 
「ハムレット」はスペイン、
「ヴェニスの商人」と「ロミオとジュリエット」は
イタリアにその舞台があって、観光地になっている。
 
余談であるが、
ハムレットはスペインのセゴビアの城に起きた物語で、
実在の人物はAmleth(アムレス)王子と言われる。
シェークスピアはAmlethの名前の最後のHを取り除き、
頭に持ってきて、Hamlet「ハムレット」としたと言う。
(まことしやかで、「うん!なっとく!」これはボクだけだろうか?)
 
なお、物語の上では、ハムレットは
デンマークの王子と言うことになっている。
 
シーザーに戻るが、
エジプトのクレオパトラとその弟との間に後継者争いが起きた時、
シーザーはクレオパトラ側に着いて政争に介入したとされる。
有名な言葉に、
「クレオパトラの鼻が、もう少し低かったら事態は変わっていた」
と言われるが、クレオパトラの美貌に
惑わされたわけではないようである。
 
飛びぬけた実力を発揮すると、
後世に、民衆が面白おかしく話を創作するのは、
日本でも中国でも西洋でも同じらしい。
 
話が飛んでしまったが、
イタリアには古代の歴史が詰まった場所が沢山ある。
今回訪問の南イタリアに歴史に残る世界遺産は数多くあるが、
ローマから北の地方に残る世界遺産には、
数ではとても及ばない。


 
 
 
 
 
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地獄の沙汰もーお金(アルバムの処分ー南イタリア紀行 2)

2021年10月18日 06時39分00秒 | 南イタリア紀行
(地獄の沙汰もお金次第)

パスタを食べるのなら、
トマトたっぷりなパスタがボクは好きだ。
中でもなすとベーコンのトマトソースのパスタ
(しかもぴり辛のアラビアータ)が大好物である。
イタリア名物のパスタは、
イタリア南部へいけば行くほどトマト味になる。
 
(トマト味のパスタ)

シチリアで思い起こすのが、
オレンジとマフィア、太陽と青空とトマト。

その昔、コロンブスかマルコポーロか知らないが、
冒険家がヨーロッパに持ち込んだ花の一種として、
トマトは南米からイタリアにもたらされ、
今や世界中に広がりを見せるトマト。

 
(オレンジにナイフとフォークが付いて居る)

白人にしては背も高くなく日本人に似た体系のシチリア人。
黒い帽子に黒装束のマフィアの男に
オレンジを投げかける気の強い陽気な女たち。
ボクにとってシチリアはそんなイメージ。
 
黄色人種の日本人にはどこの国の皆さんも親切。
日本人が特にと言うことはないが、
日本人が持つ財布に親切にしているように思う。
まさに金の切れ目が縁の切れ目で、
金がないと親切も無くなってしまうに違いない。
 
南イタリア旅行の初日は、
パレルモとモンレアーレの街の見学。
いずれも古い石造りの教会を見て歩く。

 
(青い空の中の教会)

(噴水と彫像)

抜けるような青空に聳え立つ教会、
入り口前の広場にある噴水と見事な大理石の彫像が
朝陽に輝きとても美しかった。
教会内部も荘厳で目を奪われたが、
古い石造りのせいか、室内は暗く
明かりがなければ、モザイクで作られた壁画などは、
観ることも出来ず、
もちろんカメラにも収められない。
800年も前に描かれた壁画だというのに・・・

 
(イエスの絵画)

私達一団より少し前を、
土地の信者と思しき人が黒いベールで顔を覆い、
祈りながら進んでいく。
彼女が進む先では、壁画が美しく明るく照らし出される。
観光客のわれわれが壁画を見ようと近づくと、
暗くなってしまう。
不思議に思い、信者の夫人を観察すると、
壁際にある賽銭箱にお金を入れていることが判った。
賽銭を入れると数秒明かりがついて、
壁に描かれたイエス・キリストや
聖母マリア像に照明が当てられるのだ。

 
(聖母マリア像)

「地獄の沙汰も金次第」とはよく言ったものだ。
お金さえ出せば地獄行きも
天国行きに乗り換えられるに違いない。
そこはそれ、世界第二位の経済大国の日本人観光客、
現地の信者が投げる賽銭の十倍くらいはなんてことは無い。
ガイドさんの話しを聞いたら、
何人もの方が信者でもないのに、賽銭を入れるので、
壁画の明かりは付きっぱなしのようなもの。

 
(天井?の壁画)

金の力は恐ろしい。
何のことはない外国人から見れば、
経済大国の日本人は、みんな似たり寄ったりなのだ。

 
(教会の中庭)

教会に隣接する修道院回廊も
見事な美しさを見せる古美術といって良いだろう。
輝く陽光のもとで中庭の緑を眺める幸せを忘れることは出来ない。
教会と修道院をあとにして、
バスの待つ駐車場までは下り坂をしばらく歩いて、
イロハ坂のような曲がりくねった急坂を、
曲がり角にもし記号がついているとしたら、
イ、ロ、ハ、ニ、ホ、位の曲がり角を降りなければならない。
この急坂は道幅が狭く、
やっと二人がすれ違うことが出来る幅である。
 
この急坂の最初の曲がり角を曲がった向こう側に、
かなりの老婆がアルミ製の
お皿を持って道行く人に「お恵みを」ねだっている。
僕達夫婦の前をイタリア人らしき若夫婦が
(恋人同士かもしれない)
立ち止まって懐から財布を出して
「お恵み」をしている。
 
さすが外国人はチャリティの精神が旺盛であると感動した。
ボクの持ち金は、昨日イタリアのレオナルド・ダヴィンチ空港で
両替した10ユーロ札だけで、小銭はない。
乞食に「お恵み」をするほど懐は暖かくないのだ。
まさか日本円の硬貨を出すわけにも行かず、
この際無視することにした。
 
カミさんがもじもじしているものの、
どうにもしようがない。
そ知らぬ顔で通過しようとしたが、
老婆もあっさり通過させてなるものかと
地獄の閻魔様もかくやあらんと、
しつこく言い寄って来たが、
ない袖は触れぬとばかり、
日本語で「ごめんね」といって通り過ぎた。

 
(イタリアらしい建物)

同行のツアー客も教会で壁画見たさに小銭を賽銭にしてきたので、
懐具合は同じであったようで、
可愛そうに老婆は、
この日本人たちはそうとうひどい貧乏人だと思ったに違いない。
中には、トイレチップが必要なときもあろうかと
準備よく小銭を用意していた人がいて、
「お恵み」をしてきたようである。
 
坂の中腹には、これぞイタリアの下町を思わせる、
窓に下着類を干した光景に出くわしたので、
こんな老婆が居ても不思議ではないと思った。

 
(下着類を干したアパートらしき建物)

さてバスに乗って、出発するとガイドさんが、
「坂の途中に乞食のような老婆が『お恵み』を求めて立っていましたが、
皆さんまさか寄付をしてきませんでしたでしょうね」という。
 
「実は前もってお話をしておけばよろしかったのですが、
行き道で出会わなかったので、
お話しませんでしたが、
あの婆さんはこのあたりでは有名な金持ちで、
アパートを三棟持っているのですが、
毎日やることがないので
ああやって乞食をして、暇をつぶしているのです。
一日掛かって一銭にもならなくても、困らないのです。
することがないので、
『お恵み』を求めて立っているのが仕事なのです」という。
 
お金は、三途の川でも役に立つほど大切だということを、
われわれ経済大国の小金持ちに、
この老婆は教えたかったに違いない。
 
 
 
 
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陽光にさそわれて(アルバムの処分ー南イタリア紀行 1)

2021年10月16日 04時28分09秒 | 南イタリア紀行
 
(時差ぼけ)
2006.Feb.20.のこと。

冬の寒さから逃れて、
16℃前後の暖かい陽気に誘われ南イタリアを
訪ねる旅行に参加した。
 
学生時代からの夢であった「世界を旅する」は、
定年後からスタートして、
訪問した国の数は48カ国になる。
今回は二回目のイタリア。
 
アリタリア航空でローマへ。
イタリアの国にふさわしい空港の名前は、
レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港。
国内線に乗り換え、約一時間でパレルモへ到着。
時間はもうPM21:50分。
ここはシチリア島、
世界地図で見ると長靴のつま先部分に当たる。
気温15℃、うーん さすがに暖かい。
 
ホテルに着いたときは24時というか午前0時。
それでもさすがイタリアのホテル、
ロビーのバーには
恰幅の良いネクタイ姿の紳士が数人、
一杯やっている。
 
いや待てよ、紳士風に見えるがここはシチリア、
かの有名なゴッドファーザーの故郷、
ひょっとしたらマフィア?
そんなことを考えているうちに
部屋割りが決まってベッドに横たわる。
時差が7時間あるから、
日本に居たらまもなく朝になる時間で寝付けない。
こんな時、女性は順応性が高いといおうか、
ずうずうしいと言おうか、無頓着と言おうか、
カミさんは隣のベッドで静かに寝息を立てている。
ぐずぐずしている間に朝になってしまった。
 
(三日月が見えるイタリアの朝)

いつものことだが、
ボクは時差に慣れるのにおおよそ3日はかかる。
観光中の昼間、無性に眠くなることや、
習慣になっている朝の排便がなくなること、
もともと悪い頭の回転がさらに悪くなることなど。
それでも慣れない外国語に、
分かりもしないくせに耳を傾け、
神経を研ぎ澄まし緊張していると、
疲れがだんだん溜まって、
夜にはぐっすり眠れるようになる。
そして、三日たつと平常に戻る。
 
身支度を整えて、ホテルの窓から外を見ると、
透き通るような青い空に、
昨晩の名残とばかり三日月が天空にかかっており、
その下にグレーの雲があって、
さらにその下に山々が連なって、
山のふもとに人家のビル群が迫って見える。
耳をそばだてると、
朝早いのにかなりの喧騒が聞こえてくる。
ガラス戸を開いて、音のする方向を見ると、
どうやら市場があるらしい。
生鮮食料品市場のようだ。
魚介類だろうか? 
青果物だろうか?
 
今日は期待の南イタリア、
抜けるような青空に似て、
陽気で底抜けに明るいイタリア人、
将来なんて考えそうもないイタリア人、
女を見たら褒めちぎって
モノになれば儲けと考えるイタリア人男性、
対照的に質素堅実な考えのイタリア人女性、
ヨーロッパのどの国にも浸透しているローマ、
「あらゆる道はローマに通じる」
「ローマは一日にして成らず」を物語っている。
 
(抜けるような青空のイタリアポンペイの遺跡で)

そんなイタリア観を持っている
ボクの旅の始まりでした。
 
 
 
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