中小企業の「うつ病」対策ー人、資金、時間、情報に余裕がない

企業の労働安全衛生、特にメンタルヘルス問題に取り組んでいます。
拙著「中小企業のうつ病対策」をお読みください。

問題は個人の能力か体制か?

2024年02月22日 | 情報
東京都の動きが典型ですが、いま、カスハラに注目です。
以下、具体例の紹介です。
精神科医の夏目先生の講義を複数回、拝聴した経験があります。
いつも、具体的で示唆に富んだ内容でした。

カスタマー対応部員が次々とストレス相談…問題は個人の能力か体制か?
24.2.7 読売 精神科医 夏目誠氏

長い間、精神科産業医をしていますと様々な相談があります。
私が担当するメーカーでの話です。同じ部署の社員が次々とストレス相談に訪れたことがあります。
お客様に電話対応をする営業本部のカスタマー部の社員たちでした。
どなられ、なじられ、無理な言い分にも言い返すわけにはいきません。
カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)を受け続けるような電話対応の日々に精神的に厳しくなってきたのです。
個人がプロとしてスキルを身につければすむことなのでしょうか。
それとも組織の運営に改善の必要があったのでしょうか。

カスタマー部異動後不眠に
最初に相談に訪れた31歳の野中太郎さん(仮名)は不眠の訴えでした。

産業医 : 精神科産業医の夏目です。どうしましたか?
野中さん: 夜寝つけないんですよ。仕事のイライラがよみがえってってきて。
産業医 : いつ頃から?
野中さん: 4月に営業からカスタマー部に異動してからです。
産業医 : 仕事内容が大きく変わりましたね。
野中さん: 全く違う仕事です。お客様のクレームを受け付けて対処する部で、電話で言われっぱなし、
大きな声、どなり声もあって耳がガンガンします。
産業医 : 言われっぱなし……か。

どなり声がフラッシュバック
野中さん: ていねいに事情を説明するわけですけど、何倍も言い返されますから。
布団に入っても、どなり声がフラッシュバックして眠れないことがあるんです。

産業医 : 上司に相談しましたか?
野中さん: 課長に言いましたが、真剣に取り扱ってくれません。
産業医 : 治療として寝つきを良くする睡眠導入剤と、イライラが収まらない時に飲む抗不安剤を出しますね。
取りあえず、それで様子を見ましょう。

どんな苦情も最後まで1人で対応
3日後に今度は、野中さんの上司である高田課長(仮名)が相談に訪れました。

高田課長:野中君から「カスハラのストレスで悩んでいる」と
相談を受けていまして、何かいい対処法がないかと相談に来ました。
産業医 : 課長としては何か対応をしていますか?
高田課長: うちの部では、電話を受けたら1人の社員が最初から最後まで対応することにしているんですが、
新しく来た社員が難しい案件にぶつかると大変だと思います。
産業医 : 対応しやすいケースから難しいケースまでいろいろでしょうから、慣れない人には厳しいですね。
高田課長: 部長が5年も在籍しているので、これまでのやり方をずっと続けているんです。
ストレスを抱えている部下がいると伝えても、「経験を積むうちに慣れていくから、最初は仕方がない」という態度です。
なんともしようがなくて……。
産業医 : 部下の意見を聞いてくれないんですか?
高田課長: まあ、そうです。
産業医 : 困ったものですね。
高田課長: 実は、うちの課の風祭由美さん(仮名)という新人社員も先生に相談したいと言っているので、よろしくお願いします。

お客様相談がストレス発散の対象に
風祭さんが訪れました。
産業医 : カスタマーハラスメントの件ですね。
風祭さん: 新人として配属されて8か月目です。もう心身ともに持たない感じがしています。
産業医 : 何が一番つらいのですか?
風祭さん: 製品クレームは初めだけで、会社の悪口を言い続ける方もいて、聞いているのもつらいし、なんともお答えのしようがありません。
産業医 : それで。
風祭さん: 急に話題が変わって、その方の知人の悪口をしゃべりだす人までいらっしゃるんですよ。
ストレスの発散相手にされている感じです。
産業医 : お客様相談窓口でストレス発散ですか。

会社を辞めたい
風祭さん: 「製品のお話とは違いますが?」と言えば、大声で「上司を出せ。
下っ端では、分からない話だ」とどなられたこともあります。
産業医 : 上司は?
風祭さん: 課長に相談したら1回だけは代わりに対応してくれたのですが、次からは「自分で対応してくれ」と言われました。
産業医 : 部長はどうなの?
風祭さん: 「担当者が最初から最後まで対応するのがルールだ」と言うだけで、取り合ってくれません。
入社してから、ずっとこのお仕事ですから、入る会社を間違えたと思っています。
産業医 : う~ん。 
風祭さん: もう辞めようかと。

専門家を交えた部員懇談会
1人目の野中さんの時は、薬で状態が改善すればと考えましたが、
課長や女性社員の話を聞いていると、カスタマー部のストレスは個人の問題ではなさそうです。
産業医としては、社員の安全配慮義務上、マネジメント上の問題もあると考えざるを得ません。
早急な対応が必要と思い、人事部長と話し合いの場を持ちました。

状況を説明すると、人事部長は、「部長のマネジメントに問題があるようですね。
若手社員にこういう形で辞められたら困ります。
カスタマー部の運用を検討する必要があります」と受け止めて、早速動いてくれました。
カスタマーハラスメントの専門家を招いて、部員一同と懇談の場を設けたのです。

苦情の難度によって対応者を変える
 部員懇談会を基に人事部、カスタマー部と専門家で対策を検討し、
次のように部の業務の運用方法を改めることにしました。
1.電話がつながると、「お客様の要望に正確、的確に対応するため、
話の内容を録音いたしますので、ご承知ください」とメッセージを流す。
2.初期対応は経験が浅い人。
3.多少難しい案件とわかれば、ベテランや役職者が引き継ぐ。
4.困難案件は専門家(委託した専門企業からの派遣)の対応とする。

運用変更でストレス減
 産業医としてもフォローアップを1か月ごとに行っていて、2か月後にそれぞれに話を聞きました。
野中さん: ストレスがかなり減りました。こじれそうな難しい案件は、ベテランが対応する体制ができたので安心です。
高田課長: みんな、前よりも元気に仕事をしているように見えます。あれから訴えはありません。
風祭さん: 段階に分けて対応者を変えるという今の方法を、なぜもっと早くから取らなかったのか。
私が苦労した8か月は何だったのか、怒りがこみ上げますよ。

大企業に意外と多い以前からのやり方順守
5年在籍の部長は他部の参事として配置転換になり、ラインの部長から外されました。
新しい対応システムの導入で部員のストレスは減ったようです。
問題は個人の資質ではなく、組織の運用体制でした。

古い体質の大企業に、従来の運用を疑いもなく続けることで職場にストレスを招いているケースは意外と多く見られます。
続けてきたやり方に固執し、新しい方法を考えない。
変えることに、本能的に反発する社風・文化が残っている印象を受けます。
このようなことを続ければ、SNSや口コミで噂が広がり、若者の入社希望が減っていくでしょう。

(註)夏目誠先生 精神科医、大阪樟蔭女子大学名誉教授、株式会社夏目こころのコンサルティング
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