熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

榊原英資著「「通貨」で読み解く世界同時恐慌」(2)

2012年06月30日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   現在の円高の基本的原因は、欧米の経済が悪いことで、欧米とも、輸出競争力を出来るだけ強くするために、通貨安を容認し、この通貨安のままに維持して置きたいからだと言う。
   円高ドル安を是正したい日本と、ドル・ユーロ安容認の欧米は、思惑が一致しないので、為替政策が全く反対であり、日本だけが為替介入に踏み切っても上手く行かず円高のままであり、市場の流れを変えることは出来ないばかりではなく、欧米の反発を招くだけだと言うのが現在の状況である。
   3.11後の一時期には、日本の悲劇に同情した「トモダチ介入」と言う協調介入があったが、その後は、全く多国間の合意による為替介入は出来ず、安住大臣が、財界などからの圧力によって、いくら断固たる処置を取っても、円高は解消される筈がない。

   どこまで円高が進むのか、何が円高の歯止めとなるのかも問題だが、ヨーロッパの危機がどこまで進むのか、アメリカ経済がどこまで後退するのかと言う向こう側の事情による円高なので、日本としては手の打ちようがないのだが、深刻な現状を考えれば、欧米の経済回復の可能性は、ずっと先のことになりそうである。
   しからば、日本は、この円高状態、すなわち、ドル安、ユーロ安が長期化すると覚悟を決めて、円高メリットを生かす道を追求するのが得策だと、榊原先生は説く。

   円高メリットを生かすには、円を日本の国外に出して使うこと。すなわち、円でドル価格のものを買うこと、海外に進出することだと言う。
   日本政府が、円高メリットを利用して、海外の鉱山を買収するとか、資源会社にM&Aをかけるとか、農地を買って若者たちを送り込むとか、これらの実際の業務は、商社等プロに任せて、実行すれば良い。
   個人も、同じように、海外旅行をするとか、定年後海外に移住するとか、東南アジアに別荘を買うとか、子弟を留学させるとか、円高は大きなチャンスだ。と言うのである。
   円高メリットを最大化するとともに、ドル高の是正を目指すべきで、円高を日本人や日本企業がグローバル化する絶好の機会と捉えて、戦略的に海外に出る、「戦略的に攻める円高政策」こそ、日本の取るべき道だと説くのである。

   ところで、円高による日本企業の国外脱出に加えて、円高メリットを企図した海外進出が加速すれば、当然のこととして、国内の空洞化が問題となる筈だが、榊原先生は、人口が減り、しかも生産年齢人口が減っているから、国内生産の全体がある程度縮小しても、人が余る状態には中々ならないので、空洞化などは心配する必要がないと言う。
   それに、長期不況に対する労働市場の対応がそれなりに進んで、非正規雇用が増えて、全体として賃金が下がり、その分企業のコストが下がっているから、そう簡単には首を切らないので、失業率はそれ程上昇しないと言うのである。
   日本の世界に誇る基幹MNCであるトヨタや日産まで、国内生産を削減して世界に打って出る時代に、何を能天気なことを言っているのか。時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ない。
   
   それに、本人も深刻な問題だと認めているのだが、年収200万円以下の労働者が1000万を越えて、結婚も出来ない非正規雇用労働者が増加の一途を辿るなどと言うのは、貧困率の拡大であり、言うならば、摩擦的失業にも匹敵する現状で、貧困層の増加による異常な格差の拡大と中産階級の没落そのものが、空洞化の所為ではないと言うのだが、この現象こそ、国内経済を疲弊の極に追い込んでいる空洞化の最たる査証の一つではないのか。
   私自身は、むしろ、国内の雇用を維持増進するためにこそ、知恵を絞って円高メリットを活用すべきであって、円高還元関連の業種や事業は幾らでもある筈で、政府が積極的に政策を立案して実行すべきであると思っている。
   例えば、これからのグローバル世界は、知や美の創造などクリエイティブな価値創造の時代に突入するのであるから、日本国民の知的・芸術的能力を止揚することが、国際競争力の涵養と最高の国力増進策であるとするならば、円高にものを言わせて、世界中から英知と美の創造者を糾合して、一大グローバル知的センターを立ち上げれば良い。
   直接の円高メリット活用にはならないかも知れないが、後生大事に持っているだけの財務省証券のほんのわずかを売り払って、一部のコストを捻出するくらいでは、アメリカも文句は言わないであろう。
   
   日本の財務省は、外貨準備の殆どは米国債など証券として持っているようだが、多少の利子は稼げているにしても、私は、国家ファンド(政府系ファンド、 SWF)を設立して戦略的に活用すべきだと思っているが、榊原先生が、日本の強みは「環境」「安全」「健康」だと言っているので、これらを含めた総合的なインフラ整備事業で、新興国や発展途上国の発展に寄与できないかと思っている。
   贈与や借款ではなくて、どちらかと言えば、BOTやPFIに似た形式の元本回収方式のプロジェクトを開発して、ペイした段階で、ホスト国に贈与すれば良いのである。
   一部手持ちの外貨を使えって実施すれば、円高メリットの活用にはならないかも知れないが、逆に、目減りして減価一途である外貨の有効活用にはなろうと思う。

   さて、円高だが、今の円高は、欧米の経済状況が悪いので、避難通貨としての円の評価がアップしているだけで、最悪に近い日本の現状を考えれば安閑とはしておれないのだが、その国家の通貨が高いと言うのは、原則として、その国家経済の国際競争力が強くて経済状態が良いと言うことであり、本来は誇るべきことである筈である。
   ところが、輸出産業が日本経済の牽引力と目されて来た日本では、円高になると輸出産業の収益が悪化し経済の下振れ懸念が生じるので、あたかも、円高が悪の権化であるかのように、忌み嫌われて来た。
   しかし、先日のソニーの株主総会で、ドルに対しては、収支トントンで、為替変動の業績への影響は殆どなく、為替対策が間に合わないユーロについては、1円上がれば60億円の損失が出ると説明していたので、日本の多くの輸出企業は、既に、円高ドル安には、十分にヘッジをしている筈である。
   また、榊原説では、日本の貿易では、輸出より輸入の方が、ドル建ての割合が高くなっているので、円高ドル安のメリットが多い筈であり、円高ドル安のバランス・シートを、日本全体で見て行けば、必ずしもマイナスにはならないのである。

   いずれにしろ、円高ドル安を、日本企業の業績悪化のエクスキュースにしたり、忌み嫌うだけではなく、ドラッカーが、日本人が一番グローバリゼーションから後れを取っていると指摘していたくらいマルチナショナル・ビジネス音痴の日本人が、今こそ、この汚名を返上して、グローバリゼーションに打って出るべき今こそチャンスと捉えて、この長期化しそうな円高トレンドの逆境(?)を乗り切るべきであろうと思っている。
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