熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

蜷川幸雄「冬物語」・・・彩の国さいたま芸術劇場

2009年02月01日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   久しぶりに、蜷川幸雄のシェイクスピアの舞台「冬物語」を観た。
   一番最初に、蜷川シェイクスピアを観たのは、もう20年以上も前で、ロンドンのロイヤル・シアターでの「マクベス」であった。
   あの頃の蜷川のシェイクスピア劇は、舞台を、場所や登場人物を日本に置き換えるなどして日本演劇風に演出していたが、最近では、大分、場所や時代背景などをシェイクスピアのイメージに近づけている。
   今回の「冬物語」などは、相変わらず、舞台は、セットが殆どない、ポンペイ遺跡の壁画に似た絵をバックに描いただけのシンプルなものだが、衣装などは時代背景などと同化していて全く異質感なく分かり易くなった感じであった。

   小澤征爾が、年初のNHK BShiのオペラの番組で、オペラの舞台は、作者の意図した場所や時代に添った演出の方が好ましいと言ったようなことを語っていた。全くそのとおりで、昔、リゴレットが、ニューヨークのマフィアの世界に変換されて演じられていたのを見たことがあるが、欧米では、奇を衒ったとしか思えないようなモダンと言うか現代感覚の舞台を結構観る機会があったが、やはり、先入観が邪魔して、十分に楽しめなかった記憶がある。
   尤も、蜷川の「マクベス」や「テンペスト」や「真夏の世の夢」の舞台には、全く抵抗なく、むしろ、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーやロイヤル・ナショナル・シアターのシェイクスピアの舞台とは一味違った新鮮な魅力を感じて楽しみながら観ていたので、先の見解は一般論である。

   この冬物語であるが、シチリア王レオンティーズ(唐沢寿明)が、王妃ハーマイオニ(田中裕子)が、客人となって逗留している幼馴染のボヘミア王ポリクシニーズ(横田栄司)と不倫関係に陥っていると邪推して錯乱して、王妃と王子を亡くすると言う悲劇と、
   16年後、牢獄でハーマイオニが生んだ、王女パーディタ(田中裕子二役)が、羊飼い(六平直政)と息子・道化(大石継太)に育てられて美しい娘となり、ボヘミア王子フロリゼル(長谷川博己)と恋に落ち、ポリクシニーズの反対を押し切った王子と故郷シチリアに帰り、生きて隠棲していた母ハーマイオニと再会して、レオンティーズ共々狂喜すると言う後半の話との二部作劇である。

   マクベスやオセローのように妄想に取り付かれた王の話だが、最後には、失われたと思っていた妻子に再会すると言うハッピーエンドの話なので、喜劇にジャンル分けされている。
   忠臣カミロー(原康義)や貴族アンティゴナス(塾一久)やその妻で王妃に忠実なポーライナ(藤田弓子)などの善意で剛直な役どころと、
   後半の軽妙でコミカルな羊飼い親子やイカサマでごろつきのオートリカス(瑳川哲朗)の灰汁の強い無頼漢的なキャラクターが対照的で面白く、メリハリの利いたシェイクスピアの筆の冴えは流石である。

   シェイクスピアの間違いかどうかは知らないが、ボヘミアはヨーロッパ大陸の全くの内陸であるが、ここでは、海に面した地中海の国と言う設定で話が進められているのが面白いが、元々、イギリスを離れたことのないシェイクスピアには、外国の場所など、あくまで、劇の背景で、確かに、ギリシャやローマなど海外を舞台にした歴史劇には違和感を感じるシーンが結構ある。

   私が、一番興味を持ったのは、レオンティーズが、王妃が不倫したかどうかをデルフォイのアポロン神殿に使いを送って神託を仰ぐのだが、その神託が意に添わなかったので、そこにきされているのはことごとく嘘だと罵倒するところである。
   アポロン神の神託は絶対であり、あの当時では、このようなことは絶対あり得ないことで、直後に王子と王妃の死を告げられて、神々が鉄槌を下されたのだと倒れ付すのだけれど、やはり、当時のイギリス人としてのシェイクスピアの価値観が濃厚に出ていると思って観ていた。
   尤も、舞台冒頭から、自分の滞在延長依頼を受け入れなかったポリクシニーズが、王妃の説得にはすぐに同調したので一挙に不倫疑惑を感じて錯乱するのだが、アポロンの神託を拒絶するほど常軌を逸してしまったと言う表現と解するべきなのかも知れない。

   私は、一度、以前に東京グローブ座で、別な日本版「冬物語」の舞台を観たような気がするが、強烈に印象に残っているのは、ロンドンと東京で観たエイドリアン・ノーブル演出のロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの実に美しくて色彩的な舞台である。
   先年、ロンドンのグローブ座で、恐らく、シェイクスピア当時でも、こんな舞台であっただろうと思えるほど古典的な演出の素晴らしい舞台に接して、このブログのミラノ・ロンドン旅でも印象を書いたが、あの時は、残念ながら、ロイヤルオペラの「オテロ」とダブルブッキングで、どうしても、ルネ・フレミングのデズデモーナを聴きたくて、前半途中で劇場を出てしまった。

   私のシェイクスピア劇は、圧倒的にイギリスでの舞台での鑑賞の方が多い。
   ロンドンとストラトフォード・アポン・エイボンでのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー公演が過半だが、それでも、ロイヤル・ナショナル・シアターやグローブ座などもかなり多い。
   蜷川シェイクスピアも好きなので、結構欠かさず出かけている積もりだが、既に、彩の国シェイクスピア・シリーズの第21弾だと言うから凄いことで、正に、世界のシェイクスピア演出家のYUKIO NINAGAWAである。

   ところで、今回の冬物語は、唐沢寿明と田中裕子の圧倒的な魅力である。
   私は、田中裕子については、昔から、天性の役者だと思って注目していたが、鑑賞前に、ハーマイオニとパーディタ二役に不安を感じた。しかし。杞憂で、優雅で神々しいほど高貴で風格のある王妃と、初々しくて瑞々しい王女の姿を見て感動して観ていた。
   昔、「北斎漫画」で胸をあらわに寝転んでいた姿や、「天城越え」での少年を魅了する妖艶な姿や、「寅さん」での夫君との懐かしい演技など、自分でも珍しいと思うほど印象に残っているが、演技せずとも役が滲み出て来るような生まれながらの素晴らしい女優だと思っている。   
   芸達者な役者揃いで楽しかったが、役者賛歌を書きたいが、長くなったのでこれで筆をおく。
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