熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

邂逅の紡ぐハーモニー・・・カラヤンの教え

2022年05月26日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   高名な指揮者小泉 和裕の自伝とも言うべき新書本「邂逅の紡ぐハーモニー」を、小泉指揮の都響コンサートの劇場ロビーで買って読んだ。
   非常に興味深い話題に富んだ本だと思うが、その中に師匠であったカラヤンとの逸話が語られていて、興味を引いたのは、カラヤンも、最高のものに接するべきと言っていたと言うことである。
   マエストロとしての心構えで、「滞在先はその街で一番のホテルを選ぶこと。健康のためにきちんとした食事をとること、最初の頃は無理でも、経済的には自分が支えるから、心配しないでそうするように」と言ったと言う。

   盛田昭夫も、ニューヨークで、トランジスター・ラジオを悪戦苦闘しながら売っていた頃、貧しかったので安宿に泊まっていたが、本当の仕事をする積もりなら一流のホテルに移れとアドヴァイスを受けて、その後、急速にトップクラスのアメリカ人知己を得たと語っている。
   イギリスにいた頃、この辺りの知識に欠ける日本の大企業の大社長が、社内の旅費規程に縛られて、安ホテルに泊まってビジネス交渉に当たって、痛く見くびられたと言う話をイギリス人の友人が語っていた。当時、大概の日本の大企業は、旅費規程に金縛りであったことを知っている。
   欧米では、例えばロンドンなら、どこに住んでいるか、何処のホテルに泊まっているか、その格が問題であって、誰もが認める高級な場所でなくては話にならないと言うことである。
   どんなペイペイでも、イギリスのビジネスマンは、東京に出張してくると、帝国ホテル級の高級ホテルに宿を取るのが普通なのもこの類いである。
   関西財界の重鎮である某大会社の社長が、旅費規程で、いつも、高級ホテルながら簡素なシングルに泊まっていたのだが、ホテルが見かねてグレイドアップしていたと言う切ない話もある。

   ところで、私がここで述べたいのは、このような異文化による価値観や物の見方の違いではなくて、何でもそうだと思うのだが、最高のもの、一流のものに接して切磋琢磨することが大切だと言うことである。
   このことについては、随所に書いてきたが、坂田藤十郎・扇千景著「夫婦の履歴書」のレビューで、武智鉄二の教えについて触れている。
   武智は、「一番いいものを見て、一番いいものの中に育っていないと芸が貧しくなる」と言って、「関西で一番の財界人の皆さんが行っている散髪屋に行きなさい」「クラブも、女性も一流のところで遊びなさい」と言って、総て、貧しい扇雀が払える訳がないので、当然、一切の費用は武智が持った。
   日本一の文楽の大夫豊竹山城少掾の所へ連れて行って台詞の稽古をさせ、金春流の能楽師桜間道雄から、能を学ばせるなど、武智のお陰で、トップクラスの芸術家から台詞の発声、イキの詰め方と言う基礎を訓練されたが、更に、京舞の井上八千代に稽古をつけて貰った。と言う。
   刀の目利きを育てるためには、本物の名刀しか見せないと言われているが、その訓練方法である。

   私の場合、クラシック音楽や絵画などの芸術鑑賞で、この教訓を実感している。
   最初に観たオペラは、大阪フェスティバルホールでバイロイト祝祭劇場の引越し公演「トリスタンとイゾルデ」で、その後、イタリア・オペラ、万博の時のボリショイ・オペラやベルリン・ドイツオペラなど、その後、米欧に出たので、MET、ロイヤル、スカラ、ウィーンなどトップクラスのオペラを鑑賞。
   オーケストラも、万博の時に、カラヤン指揮ベルリン・フィルのベートヴェン、バーンスティン指揮ニューヨーク・フィル、ショルティ指揮ウィーン・フィル、それに、フィラデルフィア管、コンセルトへボー管、ロンドン響などはシーズン・メンバー券を買って通い続け、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルなど結構聞く機会があった。
   イギリスでは、RSCなどに通い詰めてシェイクスピア劇を鑑賞し続けていたし、METやルーブルなど世界の目ぼしい美術館・博物館の多くを回って本物の絵画や芸術品に接し、その素晴らしさを感じ続けてきた。
   千載一遇のチャンスだと思って、文化芸術鑑賞には銭金は惜しまなかったので、年中ピーピー言っていたが、しかし、幸せであった。
   これらの原点は、受験勉強の世界史と世界地理で育んだ世界への憧れであり、京都での学生時代に、京都や奈良などの文化遺産や歴史の跡を求めて、古社寺行脚を続けたことにあると思う。

   尤も、これらのことどもが、平凡な人生を送ってきた自分にとって良かったのか悪かったのは分からないが、少しでも本物に接したい、より美しいものを見たい、価値あるものを学びたい、などと言った真善美への渇望が、ドライブし続けてくれたのであるから、幸せであったと言うことである。
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