高取町土佐の語源は、大和王朝時代に飛鳥京を建造する為、四国土佐の国から来た人達が、その後故郷土佐に帰れずこの地に永住し、故郷に思いをはせてこの地名をつけた(国名集落と言われるところ)と言われており、そのほかにも奈良には土佐との係わりを暗示するような櫛羅(くじら)と言う地名もあります。
雛めぐりが開かれている町家筋は土佐街道とも呼ばれ、写真でお気づきのように敷石と景観にマッチした舗装が施されています。 この敷石は神戸市の路面電車の軌道に敷かれていた敷石で、路面電車廃止後 国道2号線の中央分離帯に埋設されていたものが、阪神淡路大震災の復旧工事のときに大量に出土しました。 それを高取町が9000枚譲り受けて街道両側に石畳をつくり、美しい街道の景観を整備しました。 町家の改修や観光案内所「夢想館」などをつくり観光に力を入れています。 後は電信柱が地中化で無くなれば、より魅力的な空間になるのではと思います。
この日ゆっくりと町家の雛めぐりを楽しみましたが、町家や雛人形と言う見た目の楽しさもさることながら、最後はやはり地域の人達のいきいきとしたおもてなしが大変魅力的でした。
(09.03.11 撮影)
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雛人形を展示されている町家では、それぞれ季節の花で来訪者をもてなしてくれます。
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農協の広い展示室では、見上げるほどのたくさんの雛人形が所狭しと居並び、この春の祭りを楽しんでいます。
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平日ですが、雛めぐりは大勢の観光客で賑わっています。
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それぞれのお雛様に様々な思い出があり、この祭りを愛する地元の人達のぬくもりが伝わってきます。
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土佐街道の中ほどに観光案内所「夢想館」があります。
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夢想館の中庭では、枝垂れ梅が見事な花を見せてくれています。
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高取城 松の門の一部が児童公園に移築されています。
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高取城へ、もしくは壷阪寺へでしょうか、路傍の丁石。
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植村家長屋門。 当時は高取藩城代家老の役宅であったが、現在は旧藩主植村氏(現高取町長)の住居となっています。